姓は「矢代」で固定
第2話 淡く深く
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***
肥後藩蔵屋敷に申し入れをして、明日伺うことになったため、今日は大坂屯所で泊まりである。
萬福寺では谷組長らが私たちの到着を待ち構えていて。彼が私を一切目に入れなかったこと以外は、とても歓迎されている雰囲気だった。
「あー。キライ」
「気持ちは分かるが、ここで口に出すのは止めておいた方がいい」
「久しぶりに見たけど、流石に露骨すぎるねアレは」
簡単な酒宴が用意されていたものの、早々に三人で脱出してきた。そもそも私たちは肥後藩に謝罪にいく道中なだけで、谷組長らと呑んでも全く楽しい席ではない。仕方ないから、近藤さんには頑張ってもらおう。
烝が七番組隊士の案内を断り、三人で濡れ縁を歩いて用意された部屋へ向かう。
「でもさ、山崎君への応対は普通だったね」
「その理由、沖田さん分かります?」
「…さあ?」
「内心では見下してるんですよ。
でも、大坂の事なら常駐してるはずの自分より詳しくて、伝手もあって、歳も一つしか変わらないから。自分が困った時のために、体裁だけは取り繕ってるんです」
「え…山崎君って歳いくつだっけ。そんなにオジサンだった…?
僕、山崎さんって呼んだ方が良いのかな?」
「もういいですから、そういうの!」
なぜか慌てたように止めに入る烝さん。
沖田さんの敬意がもらえるなら、いっそオジサン扱いされた方が、彼と話しやすいのではないだろうか。
「こちらが指示された客間です。隣が局長の部屋です、が…俺たちは監察方の部屋をいつも使ってるので、そちらに行きます」
近藤局長とは別で、一室客間を用意してもらっている。そして、元々常駐している監察方のための部屋があるそうだ。
「尾関伍長らいます?」
「今は大坂屯所には尾関君が詰めているが、肥後藩留守居役のことを急ぎ調査してほしいと言付けておいたから、夜は恐らく戻ってこないはずだ。他は長州や江戸の方に行っている」
「じゃあ、気を遣わなくて済みますね」
「ちょっと待って、君ら…」
「はい?」
弥月と烝は振り返る。
「それが普通と思ってる?」
?
疑問文で問われたが、何も異常な事がなくて、烝さんと顔を見合わせる。
「何がですか?」
「…山崎君」
「…普通でしょう」
「それ、わざと? それとも僕の訊き方が悪いのかな」
嫌味のように言われたが、何が訊きたいのかさっぱり分からない。
「何がですか?」
「…君はもういい」
は?
「山崎君は分かっててやってるんだよね?」
「…だとしても、沖田さんに不都合はないでしょう」
なんかまた、バチバチしてるんだけど…
位置的に、私を間に挟んで喧嘩するのはやめてほしい。この二人、実は止めてもらえるのを待っていないか。
とはいえ、仲裁に入りたくても、何が問題点になっているのか分からないのだから説明してほしい。
「僕、これでも不都合ないよ?」
唐突にグッと肩を掴まれて、沖田さんの方に引き寄せられ、両肩に手を置かれる。沖田さんを背後に、烝さんと対峙した。
多数決? 私が沖田さん側?
「何を多数決してるんですか?」
「部屋」
ん…?
これ、部屋割りで揉めて…る?
「弥月君はここの監察方の部屋、使ってるわけじゃないんだよね?」
「え、あ、はい…?」
大坂屯所に監察部屋ができたのは最近だ。尾関伍長らが監察方になった時分か、将軍が大坂城入りしてからかで、私は未だ使ったことはない。
「じゃあこっちでも良いよね」
え?
正面の烝さんと目が合う。すごく嫌そうなのを隠しもしないし、どちらかと言えば、沖田さんではなく、私が批難されている気がする。
え……つまり、この部屋割りで良いかって事?
なぜか沖田さんに同室を望まれていた。
弥月はギギギと軋む音がしそうなきごちない動作で後ろを振り返る。
「な…んで、です、か?」
「んー。なんとなく?」
「…じゃあ、なんとなく私は、あちらに…行こう、かな?」
「あれ? 忘れちゃったの。僕との約束」
「約、束…?」
私、なに、約束した?!
沖田さんはニッコリと笑う。その綺麗な顔面は、全く優しくないときのやつだった。
彼は口元に手を当てて、私の耳に囁きかける。
「こしょこしょ恋バナ」
「――っ!!」
その言い回しで、言い出しっぺが自分であることにすぐ思い至った。
恐怖に震える弥月を見て、沖田は満足そうにする。そして今度は山崎を横目で見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「まだ僕と一回もしてないもんね」
「まっ…それは時効でしょ!」
「ううん? 布団を並べて寝るなら、いつかって話だったもんね」
「違います! 沖田さんが嫌そうにするから、仲良くしたかっただけで。布団でする話といえばそれかなって!
でも、今もう関係ないですから!!」
「じゃあ僕とももう仲良しだから、同じ部屋でも問題ないってことだよね」
「あっ。と、んと、えっ」
今度は烝さんを向き戻る。なんでも良いから助けて。
見てないで! 助けて!
「…こちらに来るか?」
「行く!」
「だーめ」
「ウェッ」
動こうとして、お腹に沖田さんの腕が食い込んだ。肩に置かれていた手で、今度は身体を囲われていた。
耳元で吐息だけで話をされる。
「二人っきりになりたいのかなって、近藤さん、気付いちゃうよ?」
「!!?」
「そうでしょ? 三人用にって用意された広い客間、僕しか使わないのオカシイじゃない。簪までもらってさ」
「沖田さん、その手を離してください」
腕の輪に捕らわれた弥月が硬直していると、見かねた烝が前へと出る。そして弥月へ手を差し出した。
「どうする、弥月ちゃん?」
「…何を言われたんだ」
待って。烝さん
その手を取ろうとは思っていた。さっきの瞬間までは。でも、沖田さんの言いたいことが分かってしまった。
つまりさ、これってさ
今、烝さんを選んだら
部屋でいちゃいちゃしてるって思われ…て…
「わたし」
私は知っている。こういう状況を前門の虎、後門の狼って言うんだ。
烝さんは手を差し出したまま、真っ直ぐに私を見ていた。少しだけ鋭い眼は、私が来ることを強く望んでいた。それはいつかの夕暮れに見た、吸い込まれるような菫色。
ドクンと心臓が鳴った。
前門は虎
―――っ!!!
弥月はシュッとしゃがんで、横に跳んで、濡れ縁を下りた。
「野宿します!」
「は?」
「虎も狼もムリ!」
その捨て台詞を聞いてケラケラと笑う沖田と、唖然とする烝。二人を振り返ることなく、弥月は走り去った。
***
肥後藩蔵屋敷に申し入れをして、明日伺うことになったため、今日は大坂屯所で泊まりである。
萬福寺では谷組長らが私たちの到着を待ち構えていて。彼が私を一切目に入れなかったこと以外は、とても歓迎されている雰囲気だった。
「あー。キライ」
「気持ちは分かるが、ここで口に出すのは止めておいた方がいい」
「久しぶりに見たけど、流石に露骨すぎるねアレは」
簡単な酒宴が用意されていたものの、早々に三人で脱出してきた。そもそも私たちは肥後藩に謝罪にいく道中なだけで、谷組長らと呑んでも全く楽しい席ではない。仕方ないから、近藤さんには頑張ってもらおう。
烝が七番組隊士の案内を断り、三人で濡れ縁を歩いて用意された部屋へ向かう。
「でもさ、山崎君への応対は普通だったね」
「その理由、沖田さん分かります?」
「…さあ?」
「内心では見下してるんですよ。
でも、大坂の事なら常駐してるはずの自分より詳しくて、伝手もあって、歳も一つしか変わらないから。自分が困った時のために、体裁だけは取り繕ってるんです」
「え…山崎君って歳いくつだっけ。そんなにオジサンだった…?
僕、山崎さんって呼んだ方が良いのかな?」
「もういいですから、そういうの!」
なぜか慌てたように止めに入る烝さん。
沖田さんの敬意がもらえるなら、いっそオジサン扱いされた方が、彼と話しやすいのではないだろうか。
「こちらが指示された客間です。隣が局長の部屋です、が…俺たちは監察方の部屋をいつも使ってるので、そちらに行きます」
近藤局長とは別で、一室客間を用意してもらっている。そして、元々常駐している監察方のための部屋があるそうだ。
「尾関伍長らいます?」
「今は大坂屯所には尾関君が詰めているが、肥後藩留守居役のことを急ぎ調査してほしいと言付けておいたから、夜は恐らく戻ってこないはずだ。他は長州や江戸の方に行っている」
「じゃあ、気を遣わなくて済みますね」
「ちょっと待って、君ら…」
「はい?」
弥月と烝は振り返る。
「それが普通と思ってる?」
?
疑問文で問われたが、何も異常な事がなくて、烝さんと顔を見合わせる。
「何がですか?」
「…山崎君」
「…普通でしょう」
「それ、わざと? それとも僕の訊き方が悪いのかな」
嫌味のように言われたが、何が訊きたいのかさっぱり分からない。
「何がですか?」
「…君はもういい」
は?
「山崎君は分かっててやってるんだよね?」
「…だとしても、沖田さんに不都合はないでしょう」
なんかまた、バチバチしてるんだけど…
位置的に、私を間に挟んで喧嘩するのはやめてほしい。この二人、実は止めてもらえるのを待っていないか。
とはいえ、仲裁に入りたくても、何が問題点になっているのか分からないのだから説明してほしい。
「僕、これでも不都合ないよ?」
唐突にグッと肩を掴まれて、沖田さんの方に引き寄せられ、両肩に手を置かれる。沖田さんを背後に、烝さんと対峙した。
多数決? 私が沖田さん側?
「何を多数決してるんですか?」
「部屋」
ん…?
これ、部屋割りで揉めて…る?
「弥月君はここの監察方の部屋、使ってるわけじゃないんだよね?」
「え、あ、はい…?」
大坂屯所に監察部屋ができたのは最近だ。尾関伍長らが監察方になった時分か、将軍が大坂城入りしてからかで、私は未だ使ったことはない。
「じゃあこっちでも良いよね」
え?
正面の烝さんと目が合う。すごく嫌そうなのを隠しもしないし、どちらかと言えば、沖田さんではなく、私が批難されている気がする。
え……つまり、この部屋割りで良いかって事?
なぜか沖田さんに同室を望まれていた。
弥月はギギギと軋む音がしそうなきごちない動作で後ろを振り返る。
「な…んで、です、か?」
「んー。なんとなく?」
「…じゃあ、なんとなく私は、あちらに…行こう、かな?」
「あれ? 忘れちゃったの。僕との約束」
「約、束…?」
私、なに、約束した?!
沖田さんはニッコリと笑う。その綺麗な顔面は、全く優しくないときのやつだった。
彼は口元に手を当てて、私の耳に囁きかける。
「こしょこしょ恋バナ」
「――っ!!」
その言い回しで、言い出しっぺが自分であることにすぐ思い至った。
恐怖に震える弥月を見て、沖田は満足そうにする。そして今度は山崎を横目で見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「まだ僕と一回もしてないもんね」
「まっ…それは時効でしょ!」
「ううん? 布団を並べて寝るなら、いつかって話だったもんね」
「違います! 沖田さんが嫌そうにするから、仲良くしたかっただけで。布団でする話といえばそれかなって!
でも、今もう関係ないですから!!」
「じゃあ僕とももう仲良しだから、同じ部屋でも問題ないってことだよね」
「あっ。と、んと、えっ」
今度は烝さんを向き戻る。なんでも良いから助けて。
見てないで! 助けて!
「…こちらに来るか?」
「行く!」
「だーめ」
「ウェッ」
動こうとして、お腹に沖田さんの腕が食い込んだ。肩に置かれていた手で、今度は身体を囲われていた。
耳元で吐息だけで話をされる。
「二人っきりになりたいのかなって、近藤さん、気付いちゃうよ?」
「!!?」
「そうでしょ? 三人用にって用意された広い客間、僕しか使わないのオカシイじゃない。簪までもらってさ」
「沖田さん、その手を離してください」
腕の輪に捕らわれた弥月が硬直していると、見かねた烝が前へと出る。そして弥月へ手を差し出した。
「どうする、弥月ちゃん?」
「…何を言われたんだ」
待って。烝さん
その手を取ろうとは思っていた。さっきの瞬間までは。でも、沖田さんの言いたいことが分かってしまった。
つまりさ、これってさ
今、烝さんを選んだら
部屋でいちゃいちゃしてるって思われ…て…
「わたし」
私は知っている。こういう状況を前門の虎、後門の狼って言うんだ。
烝さんは手を差し出したまま、真っ直ぐに私を見ていた。少しだけ鋭い眼は、私が来ることを強く望んでいた。それはいつかの夕暮れに見た、吸い込まれるような菫色。
ドクンと心臓が鳴った。
前門は虎
―――っ!!!
弥月はシュッとしゃがんで、横に跳んで、濡れ縁を下りた。
「野宿します!」
「は?」
「虎も狼もムリ!」
その捨て台詞を聞いてケラケラと笑う沖田と、唖然とする烝。二人を振り返ることなく、弥月は走り去った。
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