姓は「矢代」で固定
第1話 誘われて
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慶応元年九月一日
数日前、町医のところで、梓月をなんとか住み込みの弟子として引き取ってもらった。今日はその様子を見に来た。
この時代の医療に、泡吹いてなかったら上々かな
今日の診療は終わっているのだろう。閉まっていた戸を叩いて、弥月は「こんにちはー」と自ら開ける。
「あ」
「…あ」
坂本龍馬
お互い相手を認識して、さてどうしたものかと固まった弥月と坂本。顔見知りなだけで、あまり関係は良いとはいえない。
坂本を捕まえる程の理由はないが、弥月にとって彼は要注意人物であり。坂本にとっても、開国に反対していて自分が居るだけで難癖つけてくる新選組は、できれば避けて通りたかった。
気まずい
「才谷さん、待ってくれたらまだ作れるって、先生が仰ってるんですけど」
「おっ、助かるぜよ」
「あれ、弥月。どした?」
「…別に」
「…二人は知り合いだったかや」
「そう」
「兄弟です」
「バッ…」
兄の無警戒さ加減に、弥月は呆れて頭を抱える。
薩摩藩邸にいる間はずっと坂本に助けてもらっていたというから、彼を信頼しているのは仕方ないとも思うのだけれど。それでも、新選組の敵になる人に、私との関係をはっきりとさせてしまうと危険かもしれないと、どうして思い至らないのか。
試行錯誤して暮らしている私と、なんやかんや平和に一カ月過ごした梓月との違いか
それか、その兄弟随一の平和主義…日和見な性格か…
苦労しろという訳じゃないけど、もうちょっと危機感持ってくれても良いと思う。
「はー…壬生狼の黄金色の洒落モノ。梓月はその上を行くと思っちょったが、まさか兄弟とはにゃあ」
「恰好良いですよね、弥月の髪。僕、昔っから羨ましくて…」
「俺は梓月の緑の方が良かったんに。ほんに染めてしもうたんは勿体なかったぜよ」
「僕のは作り物だから、どうせそのうち戻っちゃってましたよ。それに悪目立ちしちゃって、京でやっていくのは大変ですから」
「日本人はまっこと排他的で、頭硬いのばっかりでいかんちや」
「…また来るわ」
小さくそう言って、弥月は踵を返した。
楽しそうに話しているのを邪魔するのも悪いし、かといって、坂本を交えて自分が楽しく雑談できる自信はない。あれやこれやと仕事の方向にしか頭が働かない上、その話に梓月を巻き込みたくない。
けれど、その背に「弥月って言ったか?」と坂本の声がかかる。
「やっぱり、おまん女か?」
「…違います」
「簪、つけたまま忘れちょるが」
「才谷さん、グローバルスタンダードをアイデンティティにしてる割に、価値観がショーワですね。トレンドはLGBTQですよ、まさに私のためのアソシエーション」
「ふ…ッ」
「…おまんら、俺が英語の勉強中と思って……馬鹿にしちゅうは分かったき。世界、基準…IDENTITYは見たことあるぜよ……価値観がSHOWA? トレンドは流行り…」
ぶつぶつと坂本が考える横で、梓月は申し訳なさそうにどう補足したものかと困った。
「梓月、様子見に来ただけ。元気?」
「ああ! 思ったのとは違ったけど、面白いよ、漢方! さすが中国3000年の歴史って感じで」
カラリと明るく言ったその答え。蘭方医を紹介したはずなのに、東洋医学を褒めてどうする。
「カーッ! 帰って辞書引くぜよ!」
「あっ、才谷さん! 薬は!?」
「あとで取りに来るき! おんしゃ、ざんじ戻るき待っちょれ!」
ビシッと私に指を向けてから、彼は走ってどこかへ帰っていく。
「待たないって」
「…謝っとくわ」
「いいよ。別に仲良くする気ないし」
「弥月、こっちに友達いる? 大丈夫か?」
「…大丈夫」
確かに昔から女の子の友達は多くは無かったが、余計なお世話だ。梓月の世渡り上手なところは、羨ましいと思っていたけれど。
「ってか、坂本…才谷はなんでここに? 挨拶、月末に終わらせたんじゃないの?」
「もうすぐ新婚旅行するから、薬持っておきたいんだってさ。腹痛の薬とかもらいに来てて……たぶん弥月と一緒で、俺のこと心配してくれてる」
彼が善い人だと言いたいんだろうけれど。善人だからと云って、自分の敵にならない訳じゃない。
新婚、か
「その奥さんは梢さん?」
「…誰。お竜さんだろ」
そうだよね
「それ、坂本が言ってた?」
「…いや? でも…」
「やっぱ、待つわ。ちょうど一年前に梢さんと新婚だって言ってたから。今度の旅行の相手が誰か気になるから」
「梢さんって誰なん…」
「知らない。喉乾いたから湯冷ましかなんかもらえない?」
遠慮もなく上り口に座って待たせてもらうことにした。すると、調剤が終わったらしい先生が「患者はんって弟君どした?」と、おっとりと不思議そうに言うから、梓月と相性の良さそうな先生だと思って笑った。
梓月はこれから薬棚の並びを覚えるように言われているらしく、一旦そちらに戻るという。真面目な兄だ。
仕方なく、一人でぼけーっと待っていると。しばらくして辞書を片手に戻ってきた坂本が、「SHOWAってなんぞね?」と真面目な顔で聞いてくるから、ちょっと悪い事をしたなぁとは思った。
梓月は薬と代金を交換しながら、坂本に問いかける。
「お聞きしたことなかったんですけど、奥さんって、お竜さんでしたか?」
「…梓月もその質問するがじゃ。おまんらおとどい揃って、なーしお竜の名前が出てくるが?」
「え…」
「お竜は結婚したき。男前の俺がモテるのは仕方ないけんど、いつまでも言いゆうは向こうも迷惑ろう」
「あ、はい…」
「梢ほど小股の切れ上がっちゅう良ぇ女は他におらんき、比べるのも失礼やいか?」
「あ、はい、すみません…?」
困惑顔で叱られている梓月を横目に、弥月は肘をついて考える。
やっぱりね…
梓月があれだけ自信ありげに言うのだから、やはり私の記憶違いではなかった。
すっかり私がくつろいでいるのを見て、坂本の方が遠慮する気になったらしい。梓月に「またな」と言って帰っていった。
彼が消えた後、梓月は「なあ…」と私に声をかけながらも言いづらそうに、持ってきた自分の湯呑の水面を眺めていた。
「弥月、ここって本当に過去の世界なのかな?」
「…良い質問だね、梓月。それは定かじゃないんだよ」
「…どゆこと?」
弥月は自分達の間に、自身の大太刀をコトリと置く。
どういう経緯でこちらに来たか、梓月から詳細は聞いていた。けれど、私からはまだ確信のない事は、いくらか彼に話していなかった。
「顯明連。未来で爺ちゃんが無くなったって言ってたのはこの太刀」
「ああ。鎌倉時代に作った、元は世界の塊?かなんかって…」
「その世界の塊?枝?はよく分かんないけど、同時に存在する平行世界を見れる刀らしい」
梓月は分からないという顔をした。
静かに頷いてから、順を追って分かっていることを説明すると、最初のうちは梓月は「SF要素盛りすぎだろ」と興奮していた。けれど、ふっと何かに気づいたようで、頬をひくつかせて、私の顔を探るように見る。
「どした?」
「それって、お前…俺の知ってる弥月じゃない可能性が…」
「え、何それ…」
「だってそうだろ? 俺は時の神の力でタイムスリップしてきたけど、刀を持ってたお前は平行世界の弥月かもってことで……え。お前、誰?」
「…やめて、怖いから。検証したくないって」
そうは言ったものの、とりあえず自分の居た令和の記憶が、梓月の認識と相違ないことを確認して、胸を撫でおろす。『三人の兄が姉になってる』とか恐ろしいことが起きてなくて良かった。
「そういう訳だから、十五日の朝はここにいてね。夜明け前には叩き起こすから」
「りょーかい」
ガタッバンッ
「――んせえ、先生ッ!!」
「新八さん?」
ものすごい勢いで誰かが飛び込んできたと思えば、新八さんで。
「先生は!?」
「いる」
「梓月君、どなたが来はったかな?」
玄関にいた私達に緊張感が漂ったのと、先生ののんびりした声は同時だった。
「先生、すぐ来てくれ!」
「どうしたんだい」
「切腹だ! 松原さん!」
!!?
「先生、カバン持つ! どれ!?」
「これを!」
弥月はそれを受け取ると、すぐに屯所へ走り出した。
梓月がただ狼狽えていることに、誰も気に留める余裕はなかった。
***