姓は「矢代」で固定
第10話 その先へ
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応元年七月上旬
土方は夕餉の後に、千鶴だけ退室させると「脱走断定とする。監察方は本腰を入れろ」と。
「ダメかぁ…」
弥月はため息をついた。
やはりと言うべきか、またかと言うべきか。昨日、脱走者が三人出た。どれも五月に江戸から上京した隊士だ。
うっかり揚屋で寝てしまっての門限破り等ではなく、彼らは私物を持って消え、丸一日が経った。一応、今まで待ってはいたのだが、これで区切りとすることになる。
今朝の内から監察方はすでに動き出しているが、まだ網には掛かっていない。
「どうせこの前の詰腹でしょ。またしばらく落ち着かなくなるね」
沖田さん的には、脱走の理由は考えるまでもないと云う。稽古の厳しさへの嫌気だけではなく、隊規の遵守について…切腹が脅しではないことが分かり、それに恐れを成したのだろうと。
井上さんも肩を落として、息を長く吐いた。
「悪ささえしなければ、そうそう言いつける事もないのにねぇ……逃げられると、せざるをえなくなってしまう」
近藤は食事前からあからさまにションボリしていた。
「隊服もなくなったって?」
「まあ売ったら金にはなるか」
「そこじゃねぇって! また変な事に使われるじゃん!」
左之助と新八が気楽に話して、平助ががなる。幹部を騙った浅葱の羽織の「小男」の存在は、なかなか彼に効いたらしい。
そちらの押し借り三人組は先日無事に捕まえたけれど、確かに、また同じ方向性で騙りが発生しかねない。本人らが悪用するにせよ、羽織だけ売られるにせよ、できれば隊服は早く回収したい。
弥月は大阪と京にそれぞれにいる監察方と、街道を探りに行ける人数を数える。山崎を始め監察方の半分は、将軍が在阪中のため大阪に留まっている。
早々に草津に向かった魁さんと打ち合わせは必要だけれど、私は街道組になるだろう。
「監察、こっちに戻してくれますか?」
「大阪には尾関らを置いて、山崎と川島を戻す。
奴らは江戸に向かうはずだ。一緒に上った新しい隊士はどこで繋がってるか分からねぇし、情に流されたら困る。古顔で事にあたれ」
「りょ」
私、魁さん、烝さんと川島で四人か…
脱走三人かぁ…バラバラに動いてないと良いんだけど
「捕まえますか? 斬りますか?」
「持ち帰れ」
「…りょーかい」
首ね
以前なら、連れて帰れないなら斬ってくるだけで良かったのに、嫌な仕事を増やされた。首を持って数日歩く人の気持ちになってほしい。
「それ、連れ帰ってまた使うんですか?」
え?
沖田さんの質問に、まさか「持ち帰れ」が単純に「連れて帰れ」という意味だったのかと驚く。
沖田は弥月を横目に、親指と人差し指をコの形にして、身体を斜めに傾けた。
あー…変若水の方か
「…逃げる奴なんざ、どうしたって使えねぇよ」
「ですよね。それで逃げたら余計に面倒だし」
羅刹隊行きもないらしい。
やはり先ほどの指示は、私の想像通りだった。
良かっ……良かったか? まあ私が勝手に首切ろうとするヤバい人じゃないのは良かった、うん
でも、見つけたら斬るしかないかな
監察方四人しか担当しないのなら、三人を生かして連れ帰ることはそれほど期待されていない。
「少し宜しいかしら?」
!!
障子の外に突然現れた人の声。
自分はそこまで気を遣っていなかったが、沖田さんと斎藤さんが視線を合わせて首を横に振ったところを見るに、いつから居たのかは分からない。
一瞬で全員が目配せし合う。声に出した範囲では、誰に聞かれても問題なかったはずだ。
「伊東先生、どうぞ入ってください」
近藤が朗らかな声で返事をする。
「失礼しますわね。皆様がお揃いの事と思って、少しご相談をしようかと」
「どうされましたか?」
「昨日から姿の見えない子達のことなんですけれどね」
子って…
三人は江戸から上京してきてはいたが、伊東派には属していなかったはずだ。それをまるで自分の門下や庇護下にいたように言う。
伊東は裾を捌いて、局長に近い位置に腰を下ろした。
「私に捜しに行かせていただけないか、と思いまして」
「何故」
土方は近藤が口を開く前に、鋭く返事をした。
「土方副長の怒りは最もですわ。彼らは同士と誓った約束を違えたのです。
けれど、彼らも若いのですもの。迷うことも間違うこともあります事よ」
「何が言いたいんだ?」
「隊士達への武力の見せしめは、先の件で十二分じゃないかしら? 情報収集の力も、ね」
彼がこちらを向いた気配がしたが、私は目を伏せたまま合わさなかった。
「つまり、あんたは隊規を破った者の切腹を止めろと言いたいんだな」
「あの子達は約束を違えたけれど、何も罪を犯したわけではないでしょう?
一度志を同じくした彼らは、まだ更正の余地はあるのではないかしら」
「ハッ!武士を語っておきながら、血を見て逃げる奴がか?
更正なんぞ高が知れてる。いざって時に使えない隊士は要らねぇよ」
「血が恐ろしいのは私も同じですわ。ですから、どういう理由で、何から逃げようとしたのかが大事なのではないかしら?」
「無断で出ていったんだ。後から御託や屁理屈並べて、言い訳する奴の何を信用しろと?」
「仰る通り、これは蛇道かもしれません。
ですけれど、自分で考え選び生きる若者はこの国の財産だと、私は思いますことよ。ぬるま湯に浸かっている者よりはよっぽどね」
「…あんたはその腰抜け共の性根を叩き直せるってのか」
「ええ。お任せして頂けるなら、武士道を一から説き直しますわ」
…負ける、か
流れは明らかに傾いていた。元々、人道に反しているのはこちらだ。正論を持ち出されたら、勝てるはずがない。
規律を約束と称されるとはね
どっちがぬるま湯なんだか
「矢代」
「はい」
「先に島田のとこまで出てろ。後から何名か送る」
「承知しました」
生かしたまま連れ帰れ、に変わった。
伊東さんの立場には釈然としないが、それで人数を充ててくれるなら、私の仕事は情報収集だけだから色々助かる。
「が、今からですか?」
外はもう暗くなる。私は明日朝に出るつもりだった。
「今晩中に伝達して回れ。大阪へ文も出しておけ」
「それ、私いつ寝るんですか?」
「働け。ここのとこ遊んでたろ」
「聞き捨てならぬ言いがかり!!」
弥月がビシッと土方を指をさしたところで、原田が笑う。
「弥月、治ったと思ったらすぐデケぇ怪我すっからなぁ。その割に元気だから遊んでるようにしか見えねぇ時、確かにあるわ」
「だな。今度も、足も首もつけたまま帰って来いよ」
新八さんが笑うと、平助が眉を顰める。私は気にしないが、それが正しい反応だと思う。自死した人に対して気遣いが無さすぎる。
「副長、俺も行っても宜しいでしょうか?」
「はじめ君が行くなら、僕も行きたいなぁ」
「総司がこういうの行きたがるの珍しいな?」
「だってこの前の帰東にも、僕行けなかったんだよ。ちょっと遠出って面白そうじゃない?」
「そういうことなら俺も行きてぇなあ。最近新八のせいで食傷気味だし、久しぶりに京言葉じゃねぇのを聞くのも乙だ」
「何言ってんだよ左之! あんな美人に何の文句があるってんだ!」
遠足?
なぜか立候補しだした面々を見る。斎藤さん、沖田さん、原田さん。段々と目的が薄れて、話が脱線している。
「てめぇら、遊びに行くんじゃねぇんだ。平隊士の捕獲ごときに組長が何人も出てどうする。矢代、行ってこい」
「りょ」
「では弥月さん、また後程」
伊東さんにニコリと笑顔を返して、パタパタと部屋を後にする。
人数が充てられるなら、彼と終日二人きりで宿も同室になるなんて恐ろしい事態にはならないだろうと気づいて、ホッとした。
***