姓は「矢代」で固定
第10話 その先へ
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***
翌日、白幕の前に立った隊士は少なくなかった。仲間の最期を見に来たもの、切腹が実際にどのような儀式かを見に来たもの、嫌々ながら半ば義務感で居るもの……理由はそれぞれだった。
吹き出すように血しぶきが上がった瞬間、弥月は心臓がグッと締まるのを感じる。
ほぼ同時に二つ目の刃も振り下ろされる。そして、静寂と静止の中、首だけがだらんと前のめりに傾いた。
身体が震えた
斎藤と大石は刀を振って血を払い、刃を鞘に納める。
「見事」
検使役の副長は動くことすらなく、裃を着た局長が一つ頷いた。
土下座をするように徐に上体が傾くと、首の切断面がこちらを向く。
「う゛…っ」
私と同じように、儀を見守っていた隊士の何人かが下がる気配がした。
白の敷布に止めどなく広がる赤。
一人の切腹人の手から、ようやく短刀が落ちた。
「―――」
介錯人が礼をして去る。局長達もそれに続き、幕の中は空になった。
「―――」
鮮やかな赤は流れ続ける。滞りなく、命は潰(つい)えた。
そのとき、フッと弥月の視界を遮ったもの。
手
「弥月君」
…!
「はい」
「終わったよ」
「…そうですね」
横を見上げると、沖田さんだった。いつの間にそこに来たのか。
組下でもなく親しくもない者の切腹に、彼が立ち会っているのは意外だが、大石伍長の仕業を確認しに来たのだろう。
「残りは監察方の仕事って聞いてるけど」
「はい。立ち合いの皆さんが捌(は)けたら、島田さんらと片づける予定です」
沖田は「そう」と返事をして後ろを見る。他の監察方二人が端で何かを話していて、自分達以外はもう全員去るところだった。
弥月は袂から襷(たすき)を取り出し、片端を口に咥える。
「その恰好でするの?」
「? はい。あぁ、忍装束じゃないからですか?」
「そう。いつも着物が汚れるの嫌がってたじゃない」
「…なんとなく、ですね」
なんとなく、としか言えない程に、口にするのも烏滸(おこ)がましいわずかな敬意だ。隊士として最期を迎えた彼らを、仲間の一人として納棺しようと思った。
襷を背にクルリと回して、後ろ手に先を探すがなかなか掴めない。ヒラヒラとするそれをようやく掴んで、肩口で結ぼうとしたのに、今度は引っ張りすぎて引っ掛けた袖が外れた。
「……」
上手くできない格好の悪さに焦るよりも、自分に苛つく。
手が少し震えていた。
弥月は変わらぬ表情で、黙って深く長く息を吐き出しながら一旦手を下ろして、グーパーと指を曲げ伸ばしした。
後は、する事はいつもと変わらない。火葬してお寺に納骨するだけ
「貸して」
手からスルリと襷が奪われる。
もしかしたら、見かねた沖田さんに「不器用」と失笑されるかと思ったけれど、彼は何も言わずにササッと襷掛けにしてくれる。そして背中をポンと叩かれた。
「しっかりしなよ、元伍長」
私が望んでこっちに戻ったんだからと、叱られているのだと気付いた。
「…分かってますよ」
弥月は沖田に礼を言って、棺桶を乗せた台車を引いた島田らと共に、遺骸の方へと歩を進めた。
***
感情的に物言う事は、なんと簡単な事か。他者を納得させられるだけの覚悟と行動、責任が伴って、ようやく筋が通る。
弥月は自分にはそれが足りないのだとつくづくと分かった。
そして、隊士二人が未婚の女を手籠めにしたことに対して、切腹の采配を下したとされる土方さんの評判は、隊内で賛否が分かれていた。
「新入平隊士対その他、というところでしょうか。俸給の違いと、幹部だけは屯所外に邸宅を持てる決まりの弊害もありそうですね」
洗濯しながら島田さんの話を聞いて、思わず「しょうもな…」と呟く。
そもそも、それと女を強姦することは別の問題だろう。
隣で、泥まみれの洗濯物と格闘している平助も「それな」と言う。
「マジで下らねぇ。京の治安を護るためにいる新選組が、強姦の正当性を語るなっつーの」
「全く同意見。気が合うね、平助」
「おうよ」
拳を差し出すと、甲に彼の拳をトンと当て返してくれる。
「っていうか、そもそもですよ。平隊士だって家は持てなくても、彼女とか妻とか子ども作るのはありなんですよね?」
「問題ないと聞いてます。今のところ、あまり多くはないようですが…」
「知らねぇけど、どうせ振られた腹いせかなんかだろ。女が黙って泣き寝入ると思ったんじゃねぇの?
なんにせよ、男としてクズには違いねーな」
「全部正解」
もう一度拳を上げると、また拳が返ってきた。
それだけ身分ばかりが重視され、特に女性は軽視されてる世の中なのだと思い出させてくれる。
土方さんへの報告や提案は正しかったのだろうかと考えつづけていた。けれど、 こうして色んな意見があるのを聞いて、完全な正解はなかったのだと思うことにした。
全員にとっての正解ではなくても、決して間違ってはいなかったと私は思っている。私はこの価値観を大事にしたい。
隊士の人数が百人を越えて、派閥のようなものが増えた。それぞれの派閥としての考え方は理解できても、各人の腹の内を把握するのは難しい。
敵じゃなくても、その心根を理解し信用できないなら、ただの他人だ
ひたすらにそれを痛感した。
弥月は自分の褌(ふんどし)を絞って水を切り、物干しに掛ける。
「おーわりっ! じゃあ、そろそろ行ってこようかな」
「そういや、今の弥月の仕事は何なんだ?」
「新選組を騙って押し借りする不届き者の調査! 基本聞き込みだから昼前に出発してる」
「はー…また大胆な奴がいるんだな」
他人事のように感心してくれるが、平助自身の評判に関わるのだと、教えてあげた方が良いのだろうか。
「まあ、カチコミの時は一緒に行こうね! 本物とご対面って感じで面白そう!」
「かちこみ?」
「えーっと、御用検め?」
「おー!いいぜ、予定決まったら教えろよ!」
そんな遊園地にでも行くノリで喜ばれても…と、ワクワクした表情の彼に苦笑いした。
「そうだ。魁さんこのまましばらく別行動っぽいので、訊いときたい事があって」
「何でしょう?」
「以前、川島に『小鉄さん』って人から情報もらえるって聞いたんですけど、その人どこにいますか?」
その名前が出た途端に、ピシリと島田さんは固まってしまう。
…なにゆえ?
「…待ってください。弥月君が今日の夜は屯所にいるなら、その話は後ででも良いですか?」
「いいですよ?」
なぜか首を捻っている島田さんを見て、私も首を捻りつつ。まあ夜になれば分かる事だろうと、彼らに「いってきまーす」と手を振った。
不詳三人組による押し借りの被害は、洛中のこととはいえ、新選組の巡察区域でない場所ばかりだった。
小男が着ているという浅葱の羽織も本物とは思えないが、あまり本物に見慣れていない人なら、違いに気付かないかもしれない。
「その恐ろしい壬生狼の三人組は、ここらではよく見はるん?」
「最近たまにやな。東戎(あずまえびす)が迷惑な話や…」
いつもどおりに地味な装いに着替えて聞き込み調査中。
次いつどこに現れるか分からないが、何かしら”彼らが活動しやすい”と思っている地域があるはずだ。けれど、ずっと同じ地域だと見廻組や奉行所の眼につくから、いつかは移動してしまう。強盗ではなく押し借りで日中にしか現れないなら、場所にアタリをつけて早く見つけたい。
「うーん…」
そう思って、こうして聞き込みをして一週間。進展がない。
方法、変えるしかないよねー…
いくらなんでもチマチマと一人で事にあたるには、京は広い。
土方さんがこの件に本腰を入れる気がないから、私一人の担当になっていて。曰く、『押し借りの悪評なぞ今更』らしい。
犯罪の情報…そういうものが集まる場所があるのだと、監察方・川島に教えてもらったことがあった。島田さんに訊いたのはその人の名で……何がそんなに問題だったのだろうか。
…とはいえ、今日は聞き込みは終了かな。後は島田さんに期待
もう陽も傾いてきている。諦めて帰らざるをえないのだけれど、特に収穫もなく帰るのは、どうにも決まりの悪いことだった。
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翌日、白幕の前に立った隊士は少なくなかった。仲間の最期を見に来たもの、切腹が実際にどのような儀式かを見に来たもの、嫌々ながら半ば義務感で居るもの……理由はそれぞれだった。
吹き出すように血しぶきが上がった瞬間、弥月は心臓がグッと締まるのを感じる。
ほぼ同時に二つ目の刃も振り下ろされる。そして、静寂と静止の中、首だけがだらんと前のめりに傾いた。
身体が震えた
斎藤と大石は刀を振って血を払い、刃を鞘に納める。
「見事」
検使役の副長は動くことすらなく、裃を着た局長が一つ頷いた。
土下座をするように徐に上体が傾くと、首の切断面がこちらを向く。
「う゛…っ」
私と同じように、儀を見守っていた隊士の何人かが下がる気配がした。
白の敷布に止めどなく広がる赤。
一人の切腹人の手から、ようやく短刀が落ちた。
「―――」
介錯人が礼をして去る。局長達もそれに続き、幕の中は空になった。
「―――」
鮮やかな赤は流れ続ける。滞りなく、命は潰(つい)えた。
そのとき、フッと弥月の視界を遮ったもの。
手
「弥月君」
…!
「はい」
「終わったよ」
「…そうですね」
横を見上げると、沖田さんだった。いつの間にそこに来たのか。
組下でもなく親しくもない者の切腹に、彼が立ち会っているのは意外だが、大石伍長の仕業を確認しに来たのだろう。
「残りは監察方の仕事って聞いてるけど」
「はい。立ち合いの皆さんが捌(は)けたら、島田さんらと片づける予定です」
沖田は「そう」と返事をして後ろを見る。他の監察方二人が端で何かを話していて、自分達以外はもう全員去るところだった。
弥月は袂から襷(たすき)を取り出し、片端を口に咥える。
「その恰好でするの?」
「? はい。あぁ、忍装束じゃないからですか?」
「そう。いつも着物が汚れるの嫌がってたじゃない」
「…なんとなく、ですね」
なんとなく、としか言えない程に、口にするのも烏滸(おこ)がましいわずかな敬意だ。隊士として最期を迎えた彼らを、仲間の一人として納棺しようと思った。
襷を背にクルリと回して、後ろ手に先を探すがなかなか掴めない。ヒラヒラとするそれをようやく掴んで、肩口で結ぼうとしたのに、今度は引っ張りすぎて引っ掛けた袖が外れた。
「……」
上手くできない格好の悪さに焦るよりも、自分に苛つく。
手が少し震えていた。
弥月は変わらぬ表情で、黙って深く長く息を吐き出しながら一旦手を下ろして、グーパーと指を曲げ伸ばしした。
後は、する事はいつもと変わらない。火葬してお寺に納骨するだけ
「貸して」
手からスルリと襷が奪われる。
もしかしたら、見かねた沖田さんに「不器用」と失笑されるかと思ったけれど、彼は何も言わずにササッと襷掛けにしてくれる。そして背中をポンと叩かれた。
「しっかりしなよ、元伍長」
私が望んでこっちに戻ったんだからと、叱られているのだと気付いた。
「…分かってますよ」
弥月は沖田に礼を言って、棺桶を乗せた台車を引いた島田らと共に、遺骸の方へと歩を進めた。
***
感情的に物言う事は、なんと簡単な事か。他者を納得させられるだけの覚悟と行動、責任が伴って、ようやく筋が通る。
弥月は自分にはそれが足りないのだとつくづくと分かった。
そして、隊士二人が未婚の女を手籠めにしたことに対して、切腹の采配を下したとされる土方さんの評判は、隊内で賛否が分かれていた。
「新入平隊士対その他、というところでしょうか。俸給の違いと、幹部だけは屯所外に邸宅を持てる決まりの弊害もありそうですね」
洗濯しながら島田さんの話を聞いて、思わず「しょうもな…」と呟く。
そもそも、それと女を強姦することは別の問題だろう。
隣で、泥まみれの洗濯物と格闘している平助も「それな」と言う。
「マジで下らねぇ。京の治安を護るためにいる新選組が、強姦の正当性を語るなっつーの」
「全く同意見。気が合うね、平助」
「おうよ」
拳を差し出すと、甲に彼の拳をトンと当て返してくれる。
「っていうか、そもそもですよ。平隊士だって家は持てなくても、彼女とか妻とか子ども作るのはありなんですよね?」
「問題ないと聞いてます。今のところ、あまり多くはないようですが…」
「知らねぇけど、どうせ振られた腹いせかなんかだろ。女が黙って泣き寝入ると思ったんじゃねぇの?
なんにせよ、男としてクズには違いねーな」
「全部正解」
もう一度拳を上げると、また拳が返ってきた。
それだけ身分ばかりが重視され、特に女性は軽視されてる世の中なのだと思い出させてくれる。
土方さんへの報告や提案は正しかったのだろうかと考えつづけていた。けれど、 こうして色んな意見があるのを聞いて、完全な正解はなかったのだと思うことにした。
全員にとっての正解ではなくても、決して間違ってはいなかったと私は思っている。私はこの価値観を大事にしたい。
隊士の人数が百人を越えて、派閥のようなものが増えた。それぞれの派閥としての考え方は理解できても、各人の腹の内を把握するのは難しい。
敵じゃなくても、その心根を理解し信用できないなら、ただの他人だ
ひたすらにそれを痛感した。
弥月は自分の褌(ふんどし)を絞って水を切り、物干しに掛ける。
「おーわりっ! じゃあ、そろそろ行ってこようかな」
「そういや、今の弥月の仕事は何なんだ?」
「新選組を騙って押し借りする不届き者の調査! 基本聞き込みだから昼前に出発してる」
「はー…また大胆な奴がいるんだな」
他人事のように感心してくれるが、平助自身の評判に関わるのだと、教えてあげた方が良いのだろうか。
「まあ、カチコミの時は一緒に行こうね! 本物とご対面って感じで面白そう!」
「かちこみ?」
「えーっと、御用検め?」
「おー!いいぜ、予定決まったら教えろよ!」
そんな遊園地にでも行くノリで喜ばれても…と、ワクワクした表情の彼に苦笑いした。
「そうだ。魁さんこのまましばらく別行動っぽいので、訊いときたい事があって」
「何でしょう?」
「以前、川島に『小鉄さん』って人から情報もらえるって聞いたんですけど、その人どこにいますか?」
その名前が出た途端に、ピシリと島田さんは固まってしまう。
…なにゆえ?
「…待ってください。弥月君が今日の夜は屯所にいるなら、その話は後ででも良いですか?」
「いいですよ?」
なぜか首を捻っている島田さんを見て、私も首を捻りつつ。まあ夜になれば分かる事だろうと、彼らに「いってきまーす」と手を振った。
不詳三人組による押し借りの被害は、洛中のこととはいえ、新選組の巡察区域でない場所ばかりだった。
小男が着ているという浅葱の羽織も本物とは思えないが、あまり本物に見慣れていない人なら、違いに気付かないかもしれない。
「その恐ろしい壬生狼の三人組は、ここらではよく見はるん?」
「最近たまにやな。東戎(あずまえびす)が迷惑な話や…」
いつもどおりに地味な装いに着替えて聞き込み調査中。
次いつどこに現れるか分からないが、何かしら”彼らが活動しやすい”と思っている地域があるはずだ。けれど、ずっと同じ地域だと見廻組や奉行所の眼につくから、いつかは移動してしまう。強盗ではなく押し借りで日中にしか現れないなら、場所にアタリをつけて早く見つけたい。
「うーん…」
そう思って、こうして聞き込みをして一週間。進展がない。
方法、変えるしかないよねー…
いくらなんでもチマチマと一人で事にあたるには、京は広い。
土方さんがこの件に本腰を入れる気がないから、私一人の担当になっていて。曰く、『押し借りの悪評なぞ今更』らしい。
犯罪の情報…そういうものが集まる場所があるのだと、監察方・川島に教えてもらったことがあった。島田さんに訊いたのはその人の名で……何がそんなに問題だったのだろうか。
…とはいえ、今日は聞き込みは終了かな。後は島田さんに期待
もう陽も傾いてきている。諦めて帰らざるをえないのだけれど、特に収穫もなく帰るのは、どうにも決まりの悪いことだった。
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