姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
「すごく…すごく、綺麗ですね…」
甚(いた)く感動したらしい雪村がゆっくりとそう言う横で、矢代はなぜか腕を組んで、大仰に首を縦に振った。
「そうだろう、そうだろうとも。もっと褒めてくれ」
「なんで、てめぇが偉そうにしてんだ」
「これは紅葉の気もちです。心が綺麗な私には聞こえる」
「…そうかよ」
天気は快晴。雲一つなく綺麗に晴れた青空と、寺の周りをぐるりと覆うような赤いもみじの重なり。そして、紅葉しない緑の木々と、既に枯れ落ちた葉。それら全てが静かな池に鮮やかに写って、目に映る色彩を何倍にも魅せた。
キョロキョロとあちこちを見回し、はしゃぐ雪村と矢代を前に、斎藤と後ろをついて歩いた。基本的に矢代は京の地理には詳しいので、その点は任せていて問題ない。
「お参りしますよね? 願掛け何にしよっかなー…千鶴ちゃんはどうする?」
「私は」
「待て、雪村。願いは口に出してはいけないのだ」
「「え、そうなんですか!?」」
見事に口を揃えた彼らに、斎藤は一つ頷いて、「心で強く願い日々邁進するものだ」云々と自論を話している。
なんだかんだ……たぶん、矢代に助けられてんだよな
雪村と斎藤という、俺に気を遣いがちな面子がいても、半日、彼らも俺も居心地悪くなく過ごせるのは、間違いなく矢代のお陰だと思う。そしてそれは、普段から平隊士たちとの緩衝材としても、機能しているのだろう。
人心掌握が上手いと、一言で言えばそれまでだが、それがどれだけ大切か、普段から近藤さんを近くで見ていて思う。矢代にもきっと助けられているのだろう。
「で、紅葉狩りって見るだけなんですか、豊玉さん?」
「…見るだけだろ」
そのネタで、こいつが欲しがってる所にツッコむと、何故か助長するようなので、そのまま放置することにしたが。
それとは関係なく、そんな根本的な所からを、疑問に思ったことに俺は驚いていた。
けれど、同じように、はて、と考える様子で首を捻った雪村が、斎藤を見る。
「桜はお花見ですけど、紅葉は狩るんですから不思議ですよね」
「確かにそうだな」
「代わりに、きのこでも狩って行きます?」
「矢代、きのこ狩りは素人では危険だ」
「ですよね」
不思議そうに首を傾げる三人を、こうして傍から見ると。どんなに普段しっかりしていても、自分と十は歳の離れた面々なのだと気づく。
「枝折って帰ったりするからだろ。それに花見も、桜狩りって言うしな」
「え、折っちゃうんですか?」
雪村が「かわいそう」と呟くので、自分も折ったことがあるとは言わないでおいた。
「あー、でも確かに、枝ごとは折らないけど、私はもみじの天ぷら好きだなぁ」
「天ぷらって…弥月さんはもみじを揚げて食べるんですか?」
「うん。もみじに味はないんだけどね、油菓子なの。ほんのり甘くて。見た目が可愛いんだよね」
「ふふっ、もみじって赤ちゃんの手みたいな可愛い形してますもんね」
…雪村に、言ってないよな?
斎藤をチラリと見ると、俺の視線に気づき、「どうかされましたか」と小声で訊いてきた。
「雪村に、矢代の出自の話はしてないよな?」
「恐らく知らないはずです。矢代があの調子ですので、日々、疑問には思っているのでしょうが…あまり気に留めてはいないようです」
「…あいつの受け流し方、自然すぎて凄いな…」
「俺もそう思います」
本当に知らないのか疑ってしまうほどの、自然な会話だった。
この一年、矢代といる時間が多かったはずだから、慣れも多少はあるだろう。けれど、雪村は俺らに捕まった最初の頃から、『煮るなり焼くなりすれば良い』と叫ぶ、肝の据わった女であることを思い出した。
そして池田屋事件のとき、手も服も血塗れにして、安藤らの傍にいた雪村に、俺らはその強(したた)かさの理由を見ていた。
燃え尽きる命をつなぎとめようと、雪村は必死の目をしていた。
俺らは殺すしかできないが、彼女は人を生かすことを生業とする人間だ。
あれ以来、隊士たちは彼女に一目置いている。
「お寺は手叩かないんだったよね?」
「そうですよ。手を合わせるだけです」
手を合わせて静かに祈る彼女は、きっと父親の無事を祈っているに違いない。
土方は彼女らから目を離し、自分も手を合わせて、ゆっくりと眼を閉じる。
仏に祈ることなんか、何もない
俺の願いは祈るものではなく、自分で叶えるものだと、こうして手を合わせるほとに思いは強くなる。
目を開いて、じっと仏を睨みつける。
そこから、スイと視線を逸らすと、俺と同じように、険しい表情で仏を見ている矢代に気付いた。
…意外だな
雪村のように、真摯に願う類(たぐい)の人間だと思っていたけれど、彼はどうやら俺と同じ類の者らしい。
そして、祈りの場から一歩下がった瞬間には、いつもの間の抜けた表情になっていたから、さすが山南さんが監察を任せる演者だなと感心した。
「ねえねえ、千鶴ちゃん。天ぷらにはしないけど…もみじ一、二枚もらって帰っても良いと思う?」
「どうするんですか?」
「んー、お土産?」
帰り際、キョロと辺りを見回して、手ごろな枝に手を掛け、まじまじと選別を始める矢代に、土方は呆れた声をかける。
「もみじなんて、そこら中に生えてるだろ」
「気持ちが大事なんです、気持ちが。そう思うんなら、もみじ饅頭買って下さい」
「んなもん、売ってねぇよ」
恐らく、もみじの形をした饅頭なのだろうと思う。
いそいそと二、三枚選って、懐紙に包んで胸元にしまった矢代は、「さ、帰りましょうか」と笑った。
俺たちが上京してから、もうすぐ二年が経とうとしている。
扱いが面倒な拾いものを二つして、想定外にそれを手元に置かなければいけない状況になってしまったけれど、彼らを邪魔だと思ってはいなかった。
***
「すごく…すごく、綺麗ですね…」
甚(いた)く感動したらしい雪村がゆっくりとそう言う横で、矢代はなぜか腕を組んで、大仰に首を縦に振った。
「そうだろう、そうだろうとも。もっと褒めてくれ」
「なんで、てめぇが偉そうにしてんだ」
「これは紅葉の気もちです。心が綺麗な私には聞こえる」
「…そうかよ」
天気は快晴。雲一つなく綺麗に晴れた青空と、寺の周りをぐるりと覆うような赤いもみじの重なり。そして、紅葉しない緑の木々と、既に枯れ落ちた葉。それら全てが静かな池に鮮やかに写って、目に映る色彩を何倍にも魅せた。
キョロキョロとあちこちを見回し、はしゃぐ雪村と矢代を前に、斎藤と後ろをついて歩いた。基本的に矢代は京の地理には詳しいので、その点は任せていて問題ない。
「お参りしますよね? 願掛け何にしよっかなー…千鶴ちゃんはどうする?」
「私は」
「待て、雪村。願いは口に出してはいけないのだ」
「「え、そうなんですか!?」」
見事に口を揃えた彼らに、斎藤は一つ頷いて、「心で強く願い日々邁進するものだ」云々と自論を話している。
なんだかんだ……たぶん、矢代に助けられてんだよな
雪村と斎藤という、俺に気を遣いがちな面子がいても、半日、彼らも俺も居心地悪くなく過ごせるのは、間違いなく矢代のお陰だと思う。そしてそれは、普段から平隊士たちとの緩衝材としても、機能しているのだろう。
人心掌握が上手いと、一言で言えばそれまでだが、それがどれだけ大切か、普段から近藤さんを近くで見ていて思う。矢代にもきっと助けられているのだろう。
「で、紅葉狩りって見るだけなんですか、豊玉さん?」
「…見るだけだろ」
そのネタで、こいつが欲しがってる所にツッコむと、何故か助長するようなので、そのまま放置することにしたが。
それとは関係なく、そんな根本的な所からを、疑問に思ったことに俺は驚いていた。
けれど、同じように、はて、と考える様子で首を捻った雪村が、斎藤を見る。
「桜はお花見ですけど、紅葉は狩るんですから不思議ですよね」
「確かにそうだな」
「代わりに、きのこでも狩って行きます?」
「矢代、きのこ狩りは素人では危険だ」
「ですよね」
不思議そうに首を傾げる三人を、こうして傍から見ると。どんなに普段しっかりしていても、自分と十は歳の離れた面々なのだと気づく。
「枝折って帰ったりするからだろ。それに花見も、桜狩りって言うしな」
「え、折っちゃうんですか?」
雪村が「かわいそう」と呟くので、自分も折ったことがあるとは言わないでおいた。
「あー、でも確かに、枝ごとは折らないけど、私はもみじの天ぷら好きだなぁ」
「天ぷらって…弥月さんはもみじを揚げて食べるんですか?」
「うん。もみじに味はないんだけどね、油菓子なの。ほんのり甘くて。見た目が可愛いんだよね」
「ふふっ、もみじって赤ちゃんの手みたいな可愛い形してますもんね」
…雪村に、言ってないよな?
斎藤をチラリと見ると、俺の視線に気づき、「どうかされましたか」と小声で訊いてきた。
「雪村に、矢代の出自の話はしてないよな?」
「恐らく知らないはずです。矢代があの調子ですので、日々、疑問には思っているのでしょうが…あまり気に留めてはいないようです」
「…あいつの受け流し方、自然すぎて凄いな…」
「俺もそう思います」
本当に知らないのか疑ってしまうほどの、自然な会話だった。
この一年、矢代といる時間が多かったはずだから、慣れも多少はあるだろう。けれど、雪村は俺らに捕まった最初の頃から、『煮るなり焼くなりすれば良い』と叫ぶ、肝の据わった女であることを思い出した。
そして池田屋事件のとき、手も服も血塗れにして、安藤らの傍にいた雪村に、俺らはその強(したた)かさの理由を見ていた。
燃え尽きる命をつなぎとめようと、雪村は必死の目をしていた。
俺らは殺すしかできないが、彼女は人を生かすことを生業とする人間だ。
あれ以来、隊士たちは彼女に一目置いている。
「お寺は手叩かないんだったよね?」
「そうですよ。手を合わせるだけです」
手を合わせて静かに祈る彼女は、きっと父親の無事を祈っているに違いない。
土方は彼女らから目を離し、自分も手を合わせて、ゆっくりと眼を閉じる。
仏に祈ることなんか、何もない
俺の願いは祈るものではなく、自分で叶えるものだと、こうして手を合わせるほとに思いは強くなる。
目を開いて、じっと仏を睨みつける。
そこから、スイと視線を逸らすと、俺と同じように、険しい表情で仏を見ている矢代に気付いた。
…意外だな
雪村のように、真摯に願う類(たぐい)の人間だと思っていたけれど、彼はどうやら俺と同じ類の者らしい。
そして、祈りの場から一歩下がった瞬間には、いつもの間の抜けた表情になっていたから、さすが山南さんが監察を任せる演者だなと感心した。
「ねえねえ、千鶴ちゃん。天ぷらにはしないけど…もみじ一、二枚もらって帰っても良いと思う?」
「どうするんですか?」
「んー、お土産?」
帰り際、キョロと辺りを見回して、手ごろな枝に手を掛け、まじまじと選別を始める矢代に、土方は呆れた声をかける。
「もみじなんて、そこら中に生えてるだろ」
「気持ちが大事なんです、気持ちが。そう思うんなら、もみじ饅頭買って下さい」
「んなもん、売ってねぇよ」
恐らく、もみじの形をした饅頭なのだろうと思う。
いそいそと二、三枚選って、懐紙に包んで胸元にしまった矢代は、「さ、帰りましょうか」と笑った。
俺たちが上京してから、もうすぐ二年が経とうとしている。
扱いが面倒な拾いものを二つして、想定外にそれを手元に置かなければいけない状況になってしまったけれど、彼らを邪魔だと思ってはいなかった。
***