姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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慶応元年六月初旬
家茂公は長征にはまだ向かわずに、大坂城に滞在している。そのため、松本医官は同門である会津藩医の、木屋町にある家に逗留していた。
将軍とともに下坂していた山崎は、しばらく軍の動きがなさそうなため帰京することになり。そして、すぐに松本の診察を受けた。
「弥月君、午後から松本先生に金創の縫合について教示いただく予定なんだが、一緒に行かないか?」
烝さんはどうやら気に入られたらしい。一度目は内服薬について指導を受けたと言っていたから、先生を伺うのは二度目のはずだ。
「…んと、興味はありますけど、そういう細かい作業は千鶴ちゃんの方が向いてるかも。ある意味、縫い物だし…」
池田屋事件のときの初期対応を鑑みると、彼女はかなり肝が座っている。本人さえ良ければ、そういう繊細な作業はきっと得意だろう。
その提案通りに、烝さんも想像してみたのだろう。両袂に手を入れて少し考えた後にコクンと頷く。
「それもそうだな、雪村君にも聞いてみよう。君は行かないか?」
「…実は、松本先生に嫌われたというか、ソリが合わなくて揉めたというか…行きにくい感じです」
「なにをして…?」
「…内緒。隊士の個人情報です」
顰め面をされる。また心配をされるので、自分事ではないとだけ付け加えた。
「分かった。だが、些事を根に持つような御人でもないだろう。ああいうカラッとした性格の人を江戸っ子と云うのだと、島田君が言っていた」
「江戸っ子…」
てやんでい、べらぼうべい?
それは一体どういう属性なのか。ねじり鉢巻きで鼻をフンッしてても似合うけれど。
「…あれが些事かどうかは微妙なので、しばらく大人しくしてます」
こう見えて、けっこう落ち込んでいる。
女だから云々は聞き流したとして。病人の扱いに関しては、松本先生の言う事の方が正解なのだ。
もしかしたら移る病気かも、と先生は言っていた。だから、どのくらい危険な病気なのか、進行が速いのか……きちんと理解してから意見すべきだったのかもしれないと、あの後、少し思い直してもいた。
でも、聴いたら……知ったら…
自分の意見が変わるのが怖かった。
さも親切顔で、沖田さんに「治して戻ってきなよ」と促しながら、「そのまま死ぬんだ」と心で思う。
そうする自分は、気持ち悪い
「弥月君?」
「…ほとぼり冷めた頃には、また先生に相談したいとは思ってます。だから今回は見送りで」
「…分かった。だが…」
こちらへ向かって、まっすぐに上がる彼の手。烝さんがその手の甲で、私の頬に触れない距離をなぞる。
「何かの事の前に、俺にも話してくれるな?」
弥月は自分が暗い顔をしていたことに気づいて、ふっと笑む。
「…はい。まだ当分は困りません」
その伏せった睫毛の影を眺めながら、山崎はゆっくりと頷いて手を引いた。
***
触れようとして、弥月君が俺の動きを注意深く見ているのに気が付いて、躊躇いが生まれた。
まるで人慣れしていない猫のように、彼女の瞳が俺の手を追いかける。
ああ
その姿を見て、かすかに浮かんだ疑い。そして、確信。
気づいたのか
彼女が俺と同じ気持ちではなくても、彼女の信頼の一番が俺にあるのだと知ったとき。隠しきれずに、衝動に抗えずに触れてしまった。
嬉しさと 物足りなさを
何より
より深い絆を求める熱を、持て余しているのだと
この気持ちに気づかれたのだと知っても、意外と俺は冷静だった。
彼女の考えていることが、今、まるで手を取るように分かる。
自分へ好意があるのだろうかと疑念を抱いて……ただ、確信が持てず、どうすれば良いのか分からずにいる。いつも通りで居ようと、気付かないふりをしていようと、気を張っている。
だから、俺が触れても避けない
そう確信しながら、山崎は微笑んだ。
「何かの事の前に、俺にも話してくれるな?」
それでも、まだ、許されてはいない
今は触れられずとも、その視線が俺を見ている。憂いと不安を孕んだまま、俺に触れられなかったことを不思議に思っている。
「…はい。まだ当分は困りません」
この人に求められたい
淡く笑んで、頷きながら影を落とした長い睫毛。
今、君に綺麗だと言ったら、どういう顔をするだろうか
そんな戯れを想いながら、山崎はそっと手を下ろした。
***