姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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慶応元年閏五月二十七日
そんなに軽い話題ではなかったのだけれど、いつもの面子で朝餉を食べている最中に、古参の監察方だけに伝えるようにと、土方さんから伝言があった。
不確定ながらも、雪村網道が薩摩にいるという情報が入ったということ。それは昨夕に再び屯所に現れた、風間からの話だとも教えてもらった。
土佐と思ったんだけどなー…
私の予想は外れていたらしい。
…なら、南雲薫は網道さんとは関係がないと思っておいてもいいのか…
それもそれで早計な気はする。南雲薫の千鶴ちゃんへの執着は底が知れない。
それに、少なくとも薩摩……倒幕派の手にも変若水があるということは確実で。どちらも取り扱いに注意が必要な話だ。
そもそもあの変若水って…羅刹ってなんなんだろ…
私が『鬼』を知らなかったように、世の中には知らない事があるのだと受け止めているけれど。考え出すとあまりに突飛な話で、分からないことが多すぎる。
千姫のとこ、行きたいんだけどな…
腕が治るまでは迂闊に外にも出れず。屯所周囲の雑用…もはや千鶴ちゃんの手伝いだけをして、この数日過ごしている。
そうして、弥月が千鶴と共に食器の片付けを終えてから、渋い顔をして廊下を歩いていると。行く先に人が立っていて、彼がこちらを見ているのに気付いた。
「斎藤さん、どうしましたか?」
「矢代、聞きたいことがあるのだが」
「はい」
神妙な面持ちをしているから何事かと思う。彼の表情は今思いついたというよりも、私が通るのを待っていたという雰囲気だった。
「あんたは以前に自分のことを『鬼』だと言っていたな。あれは一体どういう意味だったのだ?」
「…言いましたね、そんなこと」
概ね、彼が訊きたいことの全容を察した。
この話の流れはなんとなくマズイ。
間違いなく、先日からの鬼らの襲来と、私に関する情報が、斎藤さんの中で繋がりかけている。
「鬼とは何なのだ」
「えっと…鬼の子、的な?」
髪をクルクルと捻る。これこれ。
「見た目ではなく中身の話だと、あんたが自分で言わなかったか?」
よく覚えていらっしゃる
「言いましたね…ええ」
「気合いを入れたら角が出るのか?」
「それは出ないでェす」
たぶん。知らんけど
「鬼とは何だ?」
話はふりだしに戻ったらしい。
何かしら新しい情報を得て、斎藤さんの中で納得がいくまで、これはきっと解放してもらえない。
「…私もよく分かんないんですけど、人ならざる力があるみたいです」
「例えば?」
「…私、150年後から来たんです」
「!!」
斎藤さんの驚き様は、死んだあとの霊かと疑われたとき以来のそれだった。
時間移動を証明すること自体は難しいが、人ならざる力としては、最も説得力があるだろう。
不死も大概だけど……まあどちらにしても人外だよねぇ…
「そ、そうだったな……あんたは未来から…」
「そっちか」
また忘れられていた件について。
「すまぬ、あまりに馴染んでいる故…」
謝られたが、別に怒ってはいない。
「馴染んでるなら良かったです。ところで、なんで今頃その話を?」
「二条城を襲撃した奴らが、自分たちのことを『鬼』と称していた」
「…ほぉん」
烝さんも似たようなことを言っていた。つまり、二条城の状況を想像するに、千鶴ちゃん、左之さんあたりも聞いているのだろう。
「奴らも未来から来たということか?」
「…さあ?」
ここは知らぬ存ぜぬを貫き通す。千姫の話的には、それは違うと思うけれど。
「矢代、知っている事があるなら話せ」
これは…苛立っていらっしゃる
先の屯所への襲来は、名目上、私と沖田さんらで追い払ったことにはなっているけれど。どうやら同じように現れた二条城でも、昨日の屯所来訪でも、彼らは『千鶴に会って目的を達した』から撤退したらしい。
だから、私が彼らと何かしら重要な話をしたのだと、土方さんにも疑われていた。
こうなるから、話してるところ見られたくなかったのに…
「…鬼について、基本的には何も知らないです。馬鹿力とか跳躍力があるのは、鬼の特殊能力みたいですけど」
「それは誰から聞いた」
「その鬼の人らですね」
「あんたが自分を鬼だと話したのは、大坂の時だったな。頻繁に会っているのか?」
「たまたまです」
「奴らは与(くみ)する藩と関係なく動いていた。あんたもそうするのか?」
…
……
「この怪我見てから、言ってもらえます?」
流石にちょっとイラッとした。
少なくとも、斎藤さんは大坂でも鬼関係で大怪我をしたのを分かっていて。それでもただ同族というだけで、私があっちに倣うと思われたのか。
弥月が眼を細めて斎藤を見たため、彼は一瞬ピクッとしたものの、引く気はないようで謝りはしない。
「ならば、そのように隠さず話せ」
「…なんでも話せるから仲間なんですか?」
「組の進退、場合によっては仲間の命に関わることだ」
「…まあ、そうですね」
心持ちの話と、利害の話を並べるのは履き違えている。
けれど、彼は私が仲間かどうかを疑った
「…信用できないなら、吊るして炙れば? 大概は死なないと思いますから」
「矢代!そういう話ではな」
「そういう話です」
彼の苛立ちに被せる。
「私は監察方です。情報は常に自分で取捨選択しています。隊に不要な混乱を招くと思ったことは、精査できるまで報告を取り置きます。
それと、これに関しては山崎組長も知っています……それでも信用できないなら、私を監察方から外すよう副長に進言してください」
「ーーッ」
実際の気持ちよりも、存外冷たい言い方になってしまった。
けれど、きちんと線引きをする。仲間ではあるけれど、私の上司は斎藤さんではない。
「俺は…」
斎藤は口籠る。
弥月は彼をじっと見た。
斎藤が首元の襟巻きを掴んで引き上げると、怒りの表情の中で、悲しげな瞳が際立った。
「あんたと…喧嘩をしたい訳ではない」
…喧嘩?
弥月の中に、ストンと何かが落ちる。
え?
私、喧嘩とかそういう次元の話してたの?
不信感とか、裏切りとかの話じゃ…
…うん?斎藤さん泣きそうなんだけど……え?
……
……え?
私の返答を待つ斎藤さんは、やっぱり心底困っている顔をしていて。
それを見ていると段々と気が抜けて、次第に笑いがこみ上げる。
「…フッ」
喧嘩して、女の子より先に泣かないでよ
「なに、それっ…ズルいです…ははは…っ!」
なんで急にそんな風なのか
「負けです、私の負け!あはははっ!」
不思議そうな顔をする斎藤さん。勝ち負けの話はしてない等と言い出しそうだ。
疑ったのは、きっと私の方だった
「分かりました、教えますよ、彼らのこと!」
彼は心配してくれていて。それを一生懸命に口に出して伝えようとしていたのだと、私はようやく気が付いた。
***