姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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***
沖田side
松本医官は肩書ほどでもなくヤブ医者かと思ったのだけれど。
一番組が道場の掃除をするのを監督をしていた僕に、そっと声をかけてきた。
「沖田君、少しいいかな」
「…蟻通さん、ここ任せるね」
「うっす」
それから医官様の後ろを付いて歩くと、どうやら人気の無いところを探しているようだった。けれど、今は皆が掃除でゴタついている時間で。考えて、屯所の裏手へと誘導する。
わざわざそんな所へ僕一人を呼び出す理由は、言うまでもないのだろう。
なにか?って訊いた方が良いのかな
喧騒から遠ざかったところで立ち止まり、そう思ったのも束の間。
「金髪の男に気を取られて、おまえさんの問診をしなかったからな。
単刀直入に訊くが、咳と熱以外になにか症状があるのではないか?」
それは良く言えば、気風が良いと言うのか。質問には気遣いなど感じず、こざっぱりとし過ぎていた。
なんていうか…
この医官様は居丈高に、近藤さんを下に見た態度をとるから、気に食わなかったのだけれど。これはきっと誰に対してもそうなのだろうと悟る。
「症状…例えば、どういうものですか?」
「息切れ、疲労感、痰が出る……喀血、寝汗、食欲がない…あたりか」
「わあ、すごい。全部ですよ」
「!」
口をパカッと開いて唖然とした御人に、ケラケラと笑ってみせる。
けれど、医官はそれからすぐに眉を寄せて、深刻な表情になる。そして、口惜しいといった大きな息を吐いた。
「結論から言おう。おまえさんの病は…労咳だ」
……
…あぁ
「なんだ。やっぱりあの、有名な死病ですか」
「驚かないのか」
驚いた、ね
「面と向かって言われると、流石に…」
何度も考えていた。その可能性を
でも
違うかもしれないと思い続けていたかった
「困ったな…ハハハ…ッ」
聞かなかったことにはできないだろうか
それは死の宣告。
時に死神のように言われ、いつも死と隣り合わせに居た僕でも、まさか自分が病気で死ぬとは思っていなかった。
軽く笑ってみても、胸に落ちた、自分の重い枷。瞬間に、心臓の締め付けと、息のしづらさをわずかに感じた、
いつまで…この身体はもつのだろうか
そう思って、不安で辛くても、誤魔化すのは上手で。
沖田は松本に苦笑してみせる。
けれど、それは彼の勘に障り、松本は眉を顰めて声に力を込めた。
「笑いごとではなかろう!今すぐ新選組を離れて療養した方がいい! 空気のきれいな場所でゆっくりとし」
「新選組を離れる?」
それは考えたことがなかった。考える必要すらないから。
「それはできません」
ここにしか僕の居場所はない
ここにしか僕のやりたいことはない
止めることは絶対に許さない。その権威的な物言いをもってすら、僕を止めることはできない。
松本を睨むではなく、沖田はただ視線を合わせる。そして、分からないという顔をした男から、再び視線をはずした。
「命が長くても短くても、僕にできることなんて、ほんの少ししかないんです。新選組の前に立ちふさがる敵を斬る……それだけなんですよ」
近藤さんの剣として
僕の誠のために
「先が短いなら尚更じゃないですか。ここに居ることが僕の全てなんです」
「しかし…」
この人に分かるはずがない
理由はそれ以上でもそれ以下でもない。
命が尽きるまで
「…おまえさんの覚悟は分かった」
わずかに松本医官に顔を向ける。分かったうえで、この男がどう思ったのか。
「ならば、尚更、今後は儂の言いつけを守ってもらわねばならぬぞ。くれぐれも無理はしないように」
その言葉に少なからず驚く。
死病は人に移る、忌み嫌われる病だ。医官と揉める気もないが、こんなにあっさり通るとも思っていなかった。
「結局、か…」
「?」
「あんたの病を心配している者……少なくとも四人から、沖田を宜しくと頼まれていた。当然、儂は最初から新選組から離すつもりで、さっきあんたに声をかけた…が、結局かとな」
四人?
「あんたらの思い通りだよ…まったく…」
近藤さん、土方さん…弥月君、千鶴ちゃん…蟻通さんあたりか…?
「誰かに先に言ったんですか?」
「いや、確信はなかったからな。問診をしてからと思っていたのは本当だ」
「なら、近藤さん達には言わないでくださいよ。約束、ですからね」
ニコリと笑って、先に言った者勝ちだと、一方的な誓いをとりつける。
松本先生はしばらく仏頂面をしていたが、「乗りかかった船だ」と諦めたように頷いた。
「さきほど言った喘息の薬などは、咳止め等のことだ。明日持ってくるから、必ず毎日飲むように」
「はい」
「熱がないときは風呂に入ること。他の病気にかかったら余計にひどくなる。こまめに手を洗うと良い」
「…はい」
「食欲がなくても、できるだけ精のつくものをしっかりと食べなさい。酒の飲み過ぎは身体に毒だから控えること」
「……はい」
「寝ていてばかりでもいかん。体調が良い日には身体を動かすこと。重ねて言うが、無理は絶対にしないように」
「先生、まだ続きますか?」
思わず言ってしまった。
「二人も三人も居るんですよ、毎日毎日、似たようなことを言ってくる人が。熱がなければって、非番の朝にも叩き起こすやら。身体に良いからって牛乳や卵で色々作っては、変なもの食べさせようとしてきたり。その手の話はお腹いっぱいです」
「牛乳…あの金髪のか?」
「それもですね。叩き起こすのも、料理してくれるのも千鶴ちゃんですけど」
ちらりと建物の角の先に目をやる。恐らく、そこに居るのは彼女だろう。さきほど彼女の姿を見たし、僕の内緒話に聞き耳を立てるような他の誰かなら、もっと上手に気配を隠す。
「ああ、千鶴君もか……ならば、あの二人に君の事は任せておこう」
「…いえ、先生。何かを伝えるなら千鶴ちゃんだけにして下さい」
「…なぜだ?」
「知る人は少ない方が、秘密は漏れにくいでしょう?」
お節介を焼きたがるのは、少ない方がいい。
それに…
「誰とも変わらないでいたい…かな。遠慮も同情もされたくない。共に進みつづけるんだから」
「…あんたらは」
なぜか松本先生は自分が苦しむような表情をする。
さすが、近藤さん。思ったよりは、良い先生でしたよ
「死に急ぐんじゃないぞ」
「分かってますよ。生きる気しかない…って、これはあの子の台詞か…」
松本の心配を他所に、沖田は『健康』を体現したような彼女の姿を思い出してクスクスと笑った。
沖田side
松本医官は肩書ほどでもなくヤブ医者かと思ったのだけれど。
一番組が道場の掃除をするのを監督をしていた僕に、そっと声をかけてきた。
「沖田君、少しいいかな」
「…蟻通さん、ここ任せるね」
「うっす」
それから医官様の後ろを付いて歩くと、どうやら人気の無いところを探しているようだった。けれど、今は皆が掃除でゴタついている時間で。考えて、屯所の裏手へと誘導する。
わざわざそんな所へ僕一人を呼び出す理由は、言うまでもないのだろう。
なにか?って訊いた方が良いのかな
喧騒から遠ざかったところで立ち止まり、そう思ったのも束の間。
「金髪の男に気を取られて、おまえさんの問診をしなかったからな。
単刀直入に訊くが、咳と熱以外になにか症状があるのではないか?」
それは良く言えば、気風が良いと言うのか。質問には気遣いなど感じず、こざっぱりとし過ぎていた。
なんていうか…
この医官様は居丈高に、近藤さんを下に見た態度をとるから、気に食わなかったのだけれど。これはきっと誰に対してもそうなのだろうと悟る。
「症状…例えば、どういうものですか?」
「息切れ、疲労感、痰が出る……喀血、寝汗、食欲がない…あたりか」
「わあ、すごい。全部ですよ」
「!」
口をパカッと開いて唖然とした御人に、ケラケラと笑ってみせる。
けれど、医官はそれからすぐに眉を寄せて、深刻な表情になる。そして、口惜しいといった大きな息を吐いた。
「結論から言おう。おまえさんの病は…労咳だ」
……
…あぁ
「なんだ。やっぱりあの、有名な死病ですか」
「驚かないのか」
驚いた、ね
「面と向かって言われると、流石に…」
何度も考えていた。その可能性を
でも
違うかもしれないと思い続けていたかった
「困ったな…ハハハ…ッ」
聞かなかったことにはできないだろうか
それは死の宣告。
時に死神のように言われ、いつも死と隣り合わせに居た僕でも、まさか自分が病気で死ぬとは思っていなかった。
軽く笑ってみても、胸に落ちた、自分の重い枷。瞬間に、心臓の締め付けと、息のしづらさをわずかに感じた、
いつまで…この身体はもつのだろうか
そう思って、不安で辛くても、誤魔化すのは上手で。
沖田は松本に苦笑してみせる。
けれど、それは彼の勘に障り、松本は眉を顰めて声に力を込めた。
「笑いごとではなかろう!今すぐ新選組を離れて療養した方がいい! 空気のきれいな場所でゆっくりとし」
「新選組を離れる?」
それは考えたことがなかった。考える必要すらないから。
「それはできません」
ここにしか僕の居場所はない
ここにしか僕のやりたいことはない
止めることは絶対に許さない。その権威的な物言いをもってすら、僕を止めることはできない。
松本を睨むではなく、沖田はただ視線を合わせる。そして、分からないという顔をした男から、再び視線をはずした。
「命が長くても短くても、僕にできることなんて、ほんの少ししかないんです。新選組の前に立ちふさがる敵を斬る……それだけなんですよ」
近藤さんの剣として
僕の誠のために
「先が短いなら尚更じゃないですか。ここに居ることが僕の全てなんです」
「しかし…」
この人に分かるはずがない
理由はそれ以上でもそれ以下でもない。
命が尽きるまで
「…おまえさんの覚悟は分かった」
わずかに松本医官に顔を向ける。分かったうえで、この男がどう思ったのか。
「ならば、尚更、今後は儂の言いつけを守ってもらわねばならぬぞ。くれぐれも無理はしないように」
その言葉に少なからず驚く。
死病は人に移る、忌み嫌われる病だ。医官と揉める気もないが、こんなにあっさり通るとも思っていなかった。
「結局、か…」
「?」
「あんたの病を心配している者……少なくとも四人から、沖田を宜しくと頼まれていた。当然、儂は最初から新選組から離すつもりで、さっきあんたに声をかけた…が、結局かとな」
四人?
「あんたらの思い通りだよ…まったく…」
近藤さん、土方さん…弥月君、千鶴ちゃん…蟻通さんあたりか…?
「誰かに先に言ったんですか?」
「いや、確信はなかったからな。問診をしてからと思っていたのは本当だ」
「なら、近藤さん達には言わないでくださいよ。約束、ですからね」
ニコリと笑って、先に言った者勝ちだと、一方的な誓いをとりつける。
松本先生はしばらく仏頂面をしていたが、「乗りかかった船だ」と諦めたように頷いた。
「さきほど言った喘息の薬などは、咳止め等のことだ。明日持ってくるから、必ず毎日飲むように」
「はい」
「熱がないときは風呂に入ること。他の病気にかかったら余計にひどくなる。こまめに手を洗うと良い」
「…はい」
「食欲がなくても、できるだけ精のつくものをしっかりと食べなさい。酒の飲み過ぎは身体に毒だから控えること」
「……はい」
「寝ていてばかりでもいかん。体調が良い日には身体を動かすこと。重ねて言うが、無理は絶対にしないように」
「先生、まだ続きますか?」
思わず言ってしまった。
「二人も三人も居るんですよ、毎日毎日、似たようなことを言ってくる人が。熱がなければって、非番の朝にも叩き起こすやら。身体に良いからって牛乳や卵で色々作っては、変なもの食べさせようとしてきたり。その手の話はお腹いっぱいです」
「牛乳…あの金髪のか?」
「それもですね。叩き起こすのも、料理してくれるのも千鶴ちゃんですけど」
ちらりと建物の角の先に目をやる。恐らく、そこに居るのは彼女だろう。さきほど彼女の姿を見たし、僕の内緒話に聞き耳を立てるような他の誰かなら、もっと上手に気配を隠す。
「ああ、千鶴君もか……ならば、あの二人に君の事は任せておこう」
「…いえ、先生。何かを伝えるなら千鶴ちゃんだけにして下さい」
「…なぜだ?」
「知る人は少ない方が、秘密は漏れにくいでしょう?」
お節介を焼きたがるのは、少ない方がいい。
それに…
「誰とも変わらないでいたい…かな。遠慮も同情もされたくない。共に進みつづけるんだから」
「…あんたらは」
なぜか松本先生は自分が苦しむような表情をする。
さすが、近藤さん。思ったよりは、良い先生でしたよ
「死に急ぐんじゃないぞ」
「分かってますよ。生きる気しかない…って、これはあの子の台詞か…」
松本の心配を他所に、沖田は『健康』を体現したような彼女の姿を思い出してクスクスと笑った。