姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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***
千鶴side
近藤さんから”今日は大掃除の日”とお達しがあり、午後付けで全隊士総出で、梁の上から畳の裏まで磨き上げることとなった。
勝手場と治療室は日々できるだけ清潔にしているが、高い棚の奥の拭き上げなどを弥月さんにお願いする。
「この辺のお皿、普段使ってないから埃被ってるよ」
「じゃあ、それも洗いますね」
「うん。お願いしまーす」
幸いにも今日は晴天。食器だけではなく、隊士達は布団や畳、衣服もすべて日干しにしていた。
そうして掃除に精を出して、入れ替わり立ち代わり、井戸で桶に新しい水を汲んでいく彼ら。
千鶴も井戸の傍らで皿を洗いながら、「松本先生から顔を見た瞬間、酒の飲み過ぎと叱られた」だとか「喉を見て性病と言われた」だとか話すのを聞いていた。
わたしも先生とお話ししたいんだけどな…
二年前、毎日のように父様から届いていた便りが急に途絶え、一ッ月にもなった頃。
『なにか困った事があったら松本先生を訪ねなさい。きっと力になってくれる筈だ』
父様のその言葉を思い出して、松本先生の江戸のお宅を訪ねたのだけれど。先生は長崎の医学校建設に携わり、今は不在にしているというお話で。
ただ、父様の手紙には、将軍上洛の折に京でお会いしたという旨があった。そこには松本先生が京に滞在しているとも。ならば、先生を訪ねるか、直接父様に会えればと思って上京をしてきたのだ。
でも、入れ違いになっちゃったんだよね
近藤さんが隊士募集のために帰東したときに、松本先生を訪ねてくださったそうだ。どうやら私が江戸を出発して一ッ月も経たずに、先生は江戸に帰ってきていたらしい。
そして、先ほど窺ったときは、土方さんと話している最中で。
…いつも、私の間が悪いような気がする
食器を乾かすために、茣蓙(ござ)の上に並べはじめたところで、「千鶴ちゃーーーん」と弥月さんの呼ぶ声がした。
「弥月さん、ここです」
「ごめん、勝手場任せてもいい? 高いところは拭いといたから!」
「はい、大丈夫ですけれど…どうかされましたか?」
「ちょっとお遣い頼まれて!」
とても嬉しそうな顔をした弥月さん。診察後にどこか落ち込んでいるような雰囲気だったから、彼も松本先生に叱られたのかと思っていたのだけれど。急にどうしたのだろう。
「超良いことあるから!絶対すぐになんとかするから! 明日からQOL爆上げだから、楽しみにしといてね!」
「はい…?」
さっぱり分からない
首を傾けながら返事をしたのだけれど、彼はニイッと笑うだけでそのまま走って行ってしまった。
なんか……悪い事考えてないかな…
弥月さんがああいう顔をして説明もしないとき、害意も敵意も全くなく、笑顔で酷いことをされることがまれにある。
沖田さんと違って不快になる結果はないし、大概丸く収まる事ではあるのだけれど…完全に私が遊ばれている。
っていうよりも最近、沖田さんに似てきたような…
屯所移転から三ヶ月ほど一番組で一緒にいた彼らは、傍目にも仲良くなっていて。先程のように掛け合いをしていても、以前のような殺伐とした空気はなかった。
私がここに来た頃、弥月さんも間者として疑われて肩身の狭い思いをしていたようだったけれど。いつの間にかこうして、私も弥月さんも自然体で過ごせるようになっていた。
「よしっ…と」
千鶴は皿を並べ終わって、腰を上げる。まだ陽は高い位置にあった。
「お茶、淹れとこうかな」
できるだけ井戸からの水は直接飲まないようにと、以前弥月さんが言っていた。そこまで習う隊士さんは多くはないけれど、幹部の方々にお出しするものはできるだけお茶か湯冷ましを用意している。
掃除を始めて半時ほどは経つ。今から冷やしておけば、休憩するころには丁度いい温度になっているだろう。
あれ…?
くるりと向きを変えて目に留まったのは、屯所の裏側へ向かう沖田さん…を先導する松本先生。
…沖田さん…
数日前、二条城から私が戻ってきたその晩。
男達が襲来して、何が起こったのかを反芻して、気掛かりで眠れず、深夜に手水に立ったときに見たもの。
吐血か、喀血か…
少し迷って、彼らの後を追った。
***(ほんの少し前)***
弥月side
「矢代」
勝手場で梯子に上って、高いところから埃を落として拭いていると、土方さんが私を見上げて呼んだ。
「なんですか。ちゃんと診察受けましたよ」
「知ってる。そうじゃなくて、今すぐ鉄砲風呂の材料を二、三、調達してこい」
「てっぽうぶろ?」
「こっちの五右衛門風呂でもまあ良いが」
「五右衛門風呂…」
「取り急ぎ作るだけなら江戸式が簡単だろ……
……って、そうか、お前に頼むのが間違いか…知らねぇのか…」
私の怪訝な顔の意図に気づいたらしく、”しまった”という顔をした土方さん。
「思い出してもらえて良かったです。まずこの時代の風呂の仕組みについて調べるところから始まるので、今すぐはかなり無茶振りです」
五右衛門風呂って、たぶん桶の下で火を焚いて入るお風呂だったと思うのだけれど。桶を直接燃やすはずがないから、下がどうなっているのかを知るところからで。
鉄砲風呂なんてのは初めて聞いた。
「今更だが…おまえ、それでよく諸士調の仕事してるな」
「習うより慣れろってやつですね。
…っていうか! 私が言ったときは却下したのに、お風呂作ってくれるんですか?!」
「御典医に臭ェのがゴロゴロいるって言われちゃあな。武士の恥だ」
確かに、それは恥ずかしい。
「店のアテがあるので全然行きますけど、誰か連れて行ってもいいですか? 荷物持ちほしいし」
「構わねぇ。新八か左之らでも連れてけ」
「組長らを荷物持ちに使うのは、メンタル強過ぎる」
本人は気にしないだろうし、私も頼みやすい間柄ではあるけれど。威厳もなにもなさ過ぎる。
「ああ、さっき島田が戻ってきてたから、丁度いいんじゃねぇか」
「いいですね、適任です。上司とお買い物。ついでに、土方さんのお妾宅にも作ってもいいですか?」
「妾…?」
土方さんのそれは怪訝な面持ちというよりも、”またなんか変なこと言い出した”という顔だった。
「眼鏡をかけたツヤツヤ髪の儚げな美人を隠してるでしょう?」
「…要るか?」
「えぇ、要ります。女子用の風呂です」
つまりは、千鶴ちゃんも使える用
しばらく土方さんは考えるように渋い顔をしていたが、最後には一つ頷いた。
「………好きにしろ。会計は別でな」
「まじっすか!奢りですか!土方さん太っ腹!!」
値段は知らないが、人が入れるバカデカい桶がお安いはずがない。
あ!昔テレビで見た、醤油作るのに使ってるデッカイ桶。あれが欲しいな~
少なくとも隊士用はそっちだろう。一人用桶に百五十人が入れ替わり立ち代わり入るのは無理がある。
いつか叶えるならば、千鶴ちゃんと風呂場でガールズトークとかしたい…
…いや、まず先にお風呂ドッキリ☆をしなければ…
「よっ、土方屋! ありがとうございます!!」
「…屯所内が優先だ。とっとと行ってこい」
「合点承知の助!!」
親指をグッと立てて見せる。当然、また”なんだそれは”という顔をされた。
少し考えて、もう一度笑顔で親指を立てる。あんまり気にしなくていいよ。
「魁さーん!買い物いこー」
「買い物ですか?」
監察方の部屋に戻っていたらしい彼は、掃除をしてくれていた。
「風呂を作れって、土方さんからのご依頼です!魁さんに相談役兼荷物持ちをお願いしたいです!」
「風呂ですか…」
ぽかんとした顔の彼。
「松本先生から隊士を風呂に入れろって指導があったんだと思われます」
「そうですか…」
頷きつつもどこか合点がいかない返事があった。表情も不審気だ。
「なにか?」
「いえ…まあ、とりあえずは…作りましょうか」
…?
そのとき一瞬、魁さんの視線が私の上から下へと移動した気がした。
その視線の動かし方は、さっき見た。
「…もしかして、知ってます?」
「……では、知らないことにしておこうかと」
「!?」
「野曝しではなく、きちんと囲いも作らなければいけませんね。場所はどのあたりか確認しましょう」
フフッと笑いながら廊下を先に進んだ彼。
私も自分を上から下へと眺めたが、私はいつも通りだった。
いつから知ってたんだろ…
つまり、先程の腑に落ちないような顔は、私が喜んで風呂を建設するというのに、私自身が入れるのかどうかを心配してくれたのだ。
弥月は自分より一回り二回り大きな島田の背を見て、肩を竦めた。
千鶴side
近藤さんから”今日は大掃除の日”とお達しがあり、午後付けで全隊士総出で、梁の上から畳の裏まで磨き上げることとなった。
勝手場と治療室は日々できるだけ清潔にしているが、高い棚の奥の拭き上げなどを弥月さんにお願いする。
「この辺のお皿、普段使ってないから埃被ってるよ」
「じゃあ、それも洗いますね」
「うん。お願いしまーす」
幸いにも今日は晴天。食器だけではなく、隊士達は布団や畳、衣服もすべて日干しにしていた。
そうして掃除に精を出して、入れ替わり立ち代わり、井戸で桶に新しい水を汲んでいく彼ら。
千鶴も井戸の傍らで皿を洗いながら、「松本先生から顔を見た瞬間、酒の飲み過ぎと叱られた」だとか「喉を見て性病と言われた」だとか話すのを聞いていた。
わたしも先生とお話ししたいんだけどな…
二年前、毎日のように父様から届いていた便りが急に途絶え、一ッ月にもなった頃。
『なにか困った事があったら松本先生を訪ねなさい。きっと力になってくれる筈だ』
父様のその言葉を思い出して、松本先生の江戸のお宅を訪ねたのだけれど。先生は長崎の医学校建設に携わり、今は不在にしているというお話で。
ただ、父様の手紙には、将軍上洛の折に京でお会いしたという旨があった。そこには松本先生が京に滞在しているとも。ならば、先生を訪ねるか、直接父様に会えればと思って上京をしてきたのだ。
でも、入れ違いになっちゃったんだよね
近藤さんが隊士募集のために帰東したときに、松本先生を訪ねてくださったそうだ。どうやら私が江戸を出発して一ッ月も経たずに、先生は江戸に帰ってきていたらしい。
そして、先ほど窺ったときは、土方さんと話している最中で。
…いつも、私の間が悪いような気がする
食器を乾かすために、茣蓙(ござ)の上に並べはじめたところで、「千鶴ちゃーーーん」と弥月さんの呼ぶ声がした。
「弥月さん、ここです」
「ごめん、勝手場任せてもいい? 高いところは拭いといたから!」
「はい、大丈夫ですけれど…どうかされましたか?」
「ちょっとお遣い頼まれて!」
とても嬉しそうな顔をした弥月さん。診察後にどこか落ち込んでいるような雰囲気だったから、彼も松本先生に叱られたのかと思っていたのだけれど。急にどうしたのだろう。
「超良いことあるから!絶対すぐになんとかするから! 明日からQOL爆上げだから、楽しみにしといてね!」
「はい…?」
さっぱり分からない
首を傾けながら返事をしたのだけれど、彼はニイッと笑うだけでそのまま走って行ってしまった。
なんか……悪い事考えてないかな…
弥月さんがああいう顔をして説明もしないとき、害意も敵意も全くなく、笑顔で酷いことをされることがまれにある。
沖田さんと違って不快になる結果はないし、大概丸く収まる事ではあるのだけれど…完全に私が遊ばれている。
っていうよりも最近、沖田さんに似てきたような…
屯所移転から三ヶ月ほど一番組で一緒にいた彼らは、傍目にも仲良くなっていて。先程のように掛け合いをしていても、以前のような殺伐とした空気はなかった。
私がここに来た頃、弥月さんも間者として疑われて肩身の狭い思いをしていたようだったけれど。いつの間にかこうして、私も弥月さんも自然体で過ごせるようになっていた。
「よしっ…と」
千鶴は皿を並べ終わって、腰を上げる。まだ陽は高い位置にあった。
「お茶、淹れとこうかな」
できるだけ井戸からの水は直接飲まないようにと、以前弥月さんが言っていた。そこまで習う隊士さんは多くはないけれど、幹部の方々にお出しするものはできるだけお茶か湯冷ましを用意している。
掃除を始めて半時ほどは経つ。今から冷やしておけば、休憩するころには丁度いい温度になっているだろう。
あれ…?
くるりと向きを変えて目に留まったのは、屯所の裏側へ向かう沖田さん…を先導する松本先生。
…沖田さん…
数日前、二条城から私が戻ってきたその晩。
男達が襲来して、何が起こったのかを反芻して、気掛かりで眠れず、深夜に手水に立ったときに見たもの。
吐血か、喀血か…
少し迷って、彼らの後を追った。
***(ほんの少し前)***
弥月side
「矢代」
勝手場で梯子に上って、高いところから埃を落として拭いていると、土方さんが私を見上げて呼んだ。
「なんですか。ちゃんと診察受けましたよ」
「知ってる。そうじゃなくて、今すぐ鉄砲風呂の材料を二、三、調達してこい」
「てっぽうぶろ?」
「こっちの五右衛門風呂でもまあ良いが」
「五右衛門風呂…」
「取り急ぎ作るだけなら江戸式が簡単だろ……
……って、そうか、お前に頼むのが間違いか…知らねぇのか…」
私の怪訝な顔の意図に気づいたらしく、”しまった”という顔をした土方さん。
「思い出してもらえて良かったです。まずこの時代の風呂の仕組みについて調べるところから始まるので、今すぐはかなり無茶振りです」
五右衛門風呂って、たぶん桶の下で火を焚いて入るお風呂だったと思うのだけれど。桶を直接燃やすはずがないから、下がどうなっているのかを知るところからで。
鉄砲風呂なんてのは初めて聞いた。
「今更だが…おまえ、それでよく諸士調の仕事してるな」
「習うより慣れろってやつですね。
…っていうか! 私が言ったときは却下したのに、お風呂作ってくれるんですか?!」
「御典医に臭ェのがゴロゴロいるって言われちゃあな。武士の恥だ」
確かに、それは恥ずかしい。
「店のアテがあるので全然行きますけど、誰か連れて行ってもいいですか? 荷物持ちほしいし」
「構わねぇ。新八か左之らでも連れてけ」
「組長らを荷物持ちに使うのは、メンタル強過ぎる」
本人は気にしないだろうし、私も頼みやすい間柄ではあるけれど。威厳もなにもなさ過ぎる。
「ああ、さっき島田が戻ってきてたから、丁度いいんじゃねぇか」
「いいですね、適任です。上司とお買い物。ついでに、土方さんのお妾宅にも作ってもいいですか?」
「妾…?」
土方さんのそれは怪訝な面持ちというよりも、”またなんか変なこと言い出した”という顔だった。
「眼鏡をかけたツヤツヤ髪の儚げな美人を隠してるでしょう?」
「…要るか?」
「えぇ、要ります。女子用の風呂です」
つまりは、千鶴ちゃんも使える用
しばらく土方さんは考えるように渋い顔をしていたが、最後には一つ頷いた。
「………好きにしろ。会計は別でな」
「まじっすか!奢りですか!土方さん太っ腹!!」
値段は知らないが、人が入れるバカデカい桶がお安いはずがない。
あ!昔テレビで見た、醤油作るのに使ってるデッカイ桶。あれが欲しいな~
少なくとも隊士用はそっちだろう。一人用桶に百五十人が入れ替わり立ち代わり入るのは無理がある。
いつか叶えるならば、千鶴ちゃんと風呂場でガールズトークとかしたい…
…いや、まず先にお風呂ドッキリ☆をしなければ…
「よっ、土方屋! ありがとうございます!!」
「…屯所内が優先だ。とっとと行ってこい」
「合点承知の助!!」
親指をグッと立てて見せる。当然、また”なんだそれは”という顔をされた。
少し考えて、もう一度笑顔で親指を立てる。あんまり気にしなくていいよ。
「魁さーん!買い物いこー」
「買い物ですか?」
監察方の部屋に戻っていたらしい彼は、掃除をしてくれていた。
「風呂を作れって、土方さんからのご依頼です!魁さんに相談役兼荷物持ちをお願いしたいです!」
「風呂ですか…」
ぽかんとした顔の彼。
「松本先生から隊士を風呂に入れろって指導があったんだと思われます」
「そうですか…」
頷きつつもどこか合点がいかない返事があった。表情も不審気だ。
「なにか?」
「いえ…まあ、とりあえずは…作りましょうか」
…?
そのとき一瞬、魁さんの視線が私の上から下へと移動した気がした。
その視線の動かし方は、さっき見た。
「…もしかして、知ってます?」
「……では、知らないことにしておこうかと」
「!?」
「野曝しではなく、きちんと囲いも作らなければいけませんね。場所はどのあたりか確認しましょう」
フフッと笑いながら廊下を先に進んだ彼。
私も自分を上から下へと眺めたが、私はいつも通りだった。
いつから知ってたんだろ…
つまり、先程の腑に落ちないような顔は、私が喜んで風呂を建設するというのに、私自身が入れるのかどうかを心配してくれたのだ。
弥月は自分より一回り二回り大きな島田の背を見て、肩を竦めた。