第9話 診察

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 診察が終わり、弥月が衣服を整えると、ようやく松本は気が重いといった風に盛大な溜息を吐いた。


「…して、どこまでがこれを知っている?」

「何人かは。でも、局長以外は知らないと思っていただいた方が、分かりよいかと」

「土方さんや伊東さんもか?」

「その二人は気づいてないですね」

「よもや…」


 そこでもう一度、頭の先から足元まで眺められる。


「まさかですよね。ホントに失礼千万ですよ」
 
「…いや、見事な筋肉だった」

「ありがとうございます。でも、褒められた気がしないです」
  


  新八さんじゃあるまいし



 腕の怪我は腫れも退いて来ている。折れていないことを期待するしかないらしく、そのまま包帯を巻きなおしてもらった。
 それから問診でも、女性としての心配をされはしたが、それで人生に困らないならば健康体だとお墨つきを受ける。
 

「沖田さん、ありがとうございました」


 障子の外に顔を出して、終わったよと彼に手を振ると、そこには近藤さんも一緒にいた。


「どうだったかね、弥月君」

「問題なく元気です、見ての通りです!」


 ホッと表情を和らげた近藤。特別に心配をかけているのだと気づいて、弥月は少しだけ申し訳なく思った。


「松本先生、全体の健康診断はどうでしたかな?」

「…けが人や病人を合計したら、全隊士の三分の一近くになるんじゃないか」

「な…なんと!」

「ハ!? なんとじゃないぞ、近藤さん!」


 どこに目をつけているんだと、松本は近藤を指さした。


「あんたらは今まで何をやってたんだ。切り傷から渋り腹まで…この屯所は病の見本市だぞ!!」

「病の…見本市…」


 心を入れ替えろと言わんばかりに、松本先生が前のめりに心臓に指を向けて叱るものだから、近藤さんがたじろいている。



  あ、まずい


 
 背中にじんわりと彼の人の怒気を感じた。松本先生の手を掴んで、その指先を自分の方へ向ける。


「すみません」


 そうじゃなくても、治療室設置人としては、隊士達に教育が行き届いていないとは思う。
 


  でも、無理だもん……酔っては転んで帰ってくる奴らとか、傷んだ物の臭いが分からないって言う人らとか……無理だって…



「…何故、あんたが謝る」

「私が治療室管理人の一人でございますれば…」

「あぁ、あの部屋か。腹下しの者だけ集めていた」

「病人を集めるには狭すぎるので、隔離目的で運用しています」

「隔離……まあ、判断としては悪くない。もっと部屋を広くとるべきだったが」


 いくらか勢いが収まった返答に、弥月はペコリと頭を下げる。
 しかし、松本は再びキッと近藤へ厳しい眼を向けた。


「だがな、近藤さん。あんたが患者を把握できてないのは、それとは別の問題だ。コロリが治療室から溢れたら全滅するぞ! 衣類は全て消毒、埃を払い、手を洗い……とにかく屯所を清潔に!」

「あ、あ、あぁ…」

「私がします、すみません…」


 
  もうその辺で勘弁してください



 近藤さんはそれから「午後付け全隊士で屯所の掃除をしよう」と、土方さんに相談しにそそくさと退室する。


「先生、消毒ってどうしたらいいですか?」

「む? そうか、言い方が悪かったな。洗濯をしろということだ。一週間以上、風呂にも入っていない、服を洗ってもいない奴がいたぞ」

「ヴッ…すみません…」


 この夏にそれは信じられない。誰だ。


「消毒を知っているのか?」

「?」

「その言葉自体が一般的ではない。聞いていた通り、外つ国に明るいな」

「……後学のためにお聞きしたいんですけれど、消毒に何を使えばいいですか?」

「…石炭酸か石灰液に漬けるのが一般的だな」



  石灰液というと…水酸化カルシウム? 貝がらをどうにかして…どう…



「どうしろと…」

「消石灰は肥料に使うものを使用するといい」

「あぁ、それでいいなら助かります。漆喰仕様のは値段高くて…」

「あんたは…一言えば、十が分かるのか…」

「たぶん三くらいは分かったつもりなので、使い方教えてください」


 多々ツッコミ所があるのは分かるが、ただただ物分かりの良い人であり続ける。訊いたらなんでも教えてくれそうなのに、私の話をしだすと脱線するばかりだ。

 そうして、話に入れず放置された沖田さんが、しばらくして退出していくのを、何か言いたげに松本先生が見ていた。


「沖田組長がどうかしましたか?」

「いや……あれはいつ頃から調子が悪い?」

「えっと、私が酷い咳に気づいたのは先月で……それこそ猫みたいな人で…私もその後異動したのではっきりとは…
 …三月末も少し咳してたのが治ってなかったのか、ずっと調子悪いみたいです」

「ふむ…」


 何か思うところがあるらしい。


「さっき喘息の薬って仰ってましたよね?」

「ああ、咳止めと呼吸が楽になる漢方を、会津藩医に出すように言っておく」

「ありがとうございます。それに関してお聞きしたいことがあるんですが、彼が死ぬような病気に罹っている可能性はありますか?」


 松本先生はこれまでで一番に大きく眼を瞠った。けれど、返答はすぐには返ってこなかった。

 

  ……



 その反応を見て、私もそれ以上何も言えなかった。ただ、顔が歪む。



 そして気づいた。

 否定してほしかったんだ、と。




  私は知ってた


 

 けれど、確信はなかったから、記憶違いとか、人違いだとか、そもそもそんな歴史はなかったのだと思いたかった。
 


  沖田総司は、持病のせいで新選組から離れる


  そして…

 

 ズドンと心に落ちた言葉。口に出したときよりも、重くのしかかった。

 けれど、それは私達も同じだ。新選組がこのまま走り着く先を知っている。



  結果はみんな同じだ
  

  だから



「…先生、どんな病気でも構いません。ただ、彼がここに居続ける方法だけを私は聞きたいんです」

「…あんたはどこまで分かっているんだ?」


 少し考えて、頭を垂れながら、フルフルと横に振る。


「何も分かりません。ただ、少しでも病気の進行を遅らせて、ここに居られるようにして欲しいんです」

「…まだ本人に話を聞いていないから確信がない。だが、場合によっては人に移る病気の可能性がある。
 あんたは新選組の医業を担っておきながら、他の隊士も危険に晒すつもりか?」


 それは深い怒気を孕んでいた。


「すみません」



  新選組に残された時間 

  彼に残された時間


  そう変わりがないのなら、沖田さんは共にあるべきだ



「…ここに居られるかどうかは、本人次第だ。だが、あんたとは相容れんな」

「申し訳ありません」


 床に手をついて深く頭を垂れる。

 私が嫌われようとも構わない。
 少しでも長く共に走れるように、彼にその道を示してもらいたい。


「そのうち周りも気づいて忌避するようになるぞ。周りに移した等となれば、近藤さんら責任ある者の立場も危うい。それでも病人を留め置くか?」

「…彼が望むのなら」

「…あんたじゃ話にならんな。これだから、情でものを考える女はいかん」


 吐き捨てるように言われる。

 ぐっと拳を握った。


「沖田と話をする」

「…よろしくお願いします」



  沖田さんがどこまで自覚してるのか…



 けれど、診断が下されようとも、彼は自らは誰にも話はしないだろう。
 
 いよいよとなるまで、自分は知らぬふりをし続けるのだと、弥月はギュッと眼を瞑った。



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