姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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***
診察が終わり、弥月が衣服を整えると、ようやく松本は気が重いといった風に盛大な溜息を吐いた。
「…して、どこまでがこれを知っている?」
「何人かは。でも、局長以外は知らないと思っていただいた方が、分かりよいかと」
「土方さんや伊東さんもか?」
「その二人は気づいてないですね」
「よもや…」
そこでもう一度、頭の先から足元まで眺められる。
「まさかですよね。ホントに失礼千万ですよ」
「…いや、見事な筋肉だった」
「ありがとうございます。でも、褒められた気がしないです」
新八さんじゃあるまいし
腕の怪我は腫れも退いて来ている。折れていないことを期待するしかないらしく、そのまま包帯を巻きなおしてもらった。
それから問診でも、女性としての心配をされはしたが、それで人生に困らないならば健康体だとお墨つきを受ける。
「沖田さん、ありがとうございました」
障子の外に顔を出して、終わったよと彼に手を振ると、そこには近藤さんも一緒にいた。
「どうだったかね、弥月君」
「問題なく元気です、見ての通りです!」
ホッと表情を和らげた近藤。特別に心配をかけているのだと気づいて、弥月は少しだけ申し訳なく思った。
「松本先生、全体の健康診断はどうでしたかな?」
「…けが人や病人を合計したら、全隊士の三分の一近くになるんじゃないか」
「な…なんと!」
「ハ!? なんとじゃないぞ、近藤さん!」
どこに目をつけているんだと、松本は近藤を指さした。
「あんたらは今まで何をやってたんだ。切り傷から渋り腹まで…この屯所は病の見本市だぞ!!」
「病の…見本市…」
心を入れ替えろと言わんばかりに、松本先生が前のめりに心臓に指を向けて叱るものだから、近藤さんがたじろいている。
あ、まずい
背中にじんわりと彼の人の怒気を感じた。松本先生の手を掴んで、その指先を自分の方へ向ける。
「すみません」
そうじゃなくても、治療室設置人としては、隊士達に教育が行き届いていないとは思う。
でも、無理だもん……酔っては転んで帰ってくる奴らとか、傷んだ物の臭いが分からないって言う人らとか……無理だって…
「…何故、あんたが謝る」
「私が治療室管理人の一人でございますれば…」
「あぁ、あの部屋か。腹下しの者だけ集めていた」
「病人を集めるには狭すぎるので、隔離目的で運用しています」
「隔離……まあ、判断としては悪くない。もっと部屋を広くとるべきだったが」
いくらか勢いが収まった返答に、弥月はペコリと頭を下げる。
しかし、松本は再びキッと近藤へ厳しい眼を向けた。
「だがな、近藤さん。あんたが患者を把握できてないのは、それとは別の問題だ。コロリが治療室から溢れたら全滅するぞ! 衣類は全て消毒、埃を払い、手を洗い……とにかく屯所を清潔に!」
「あ、あ、あぁ…」
「私がします、すみません…」
もうその辺で勘弁してください
近藤さんはそれから「午後付け全隊士で屯所の掃除をしよう」と、土方さんに相談しにそそくさと退室する。
「先生、消毒ってどうしたらいいですか?」
「む? そうか、言い方が悪かったな。洗濯をしろということだ。一週間以上、風呂にも入っていない、服を洗ってもいない奴がいたぞ」
「ヴッ…すみません…」
この夏にそれは信じられない。誰だ。
「消毒を知っているのか?」
「?」
「その言葉自体が一般的ではない。聞いていた通り、外つ国に明るいな」
「……後学のためにお聞きしたいんですけれど、消毒に何を使えばいいですか?」
「…石炭酸か石灰液に漬けるのが一般的だな」
石灰液というと…水酸化カルシウム? 貝がらをどうにかして…どう…
「どうしろと…」
「消石灰は肥料に使うものを使用するといい」
「あぁ、それでいいなら助かります。漆喰仕様のは値段高くて…」
「あんたは…一言えば、十が分かるのか…」
「たぶん三くらいは分かったつもりなので、使い方教えてください」
多々ツッコミ所があるのは分かるが、ただただ物分かりの良い人であり続ける。訊いたらなんでも教えてくれそうなのに、私の話をしだすと脱線するばかりだ。
そうして、話に入れず放置された沖田さんが、しばらくして退出していくのを、何か言いたげに松本先生が見ていた。
「沖田組長がどうかしましたか?」
「いや……あれはいつ頃から調子が悪い?」
「えっと、私が酷い咳に気づいたのは先月で……それこそ猫みたいな人で…私もその後異動したのではっきりとは…
…三月末も少し咳してたのが治ってなかったのか、ずっと調子悪いみたいです」
「ふむ…」
何か思うところがあるらしい。
「さっき喘息の薬って仰ってましたよね?」
「ああ、咳止めと呼吸が楽になる漢方を、会津藩医に出すように言っておく」
「ありがとうございます。それに関してお聞きしたいことがあるんですが、彼が死ぬような病気に罹っている可能性はありますか?」
松本先生はこれまでで一番に大きく眼を瞠った。けれど、返答はすぐには返ってこなかった。
……
その反応を見て、私もそれ以上何も言えなかった。ただ、顔が歪む。
そして気づいた。
否定してほしかったんだ、と。
私は知ってた
けれど、確信はなかったから、記憶違いとか、人違いだとか、そもそもそんな歴史はなかったのだと思いたかった。
沖田総司は、持病のせいで新選組から離れる
そして…
ズドンと心に落ちた言葉。口に出したときよりも、重くのしかかった。
けれど、それは私達も同じだ。新選組がこのまま走り着く先を知っている。
結果はみんな同じだ
だから
「…先生、どんな病気でも構いません。ただ、彼がここに居続ける方法だけを私は聞きたいんです」
「…あんたはどこまで分かっているんだ?」
少し考えて、頭を垂れながら、フルフルと横に振る。
「何も分かりません。ただ、少しでも病気の進行を遅らせて、ここに居られるようにして欲しいんです」
「…まだ本人に話を聞いていないから確信がない。だが、場合によっては人に移る病気の可能性がある。
あんたは新選組の医業を担っておきながら、他の隊士も危険に晒すつもりか?」
それは深い怒気を孕んでいた。
「すみません」
新選組に残された時間
彼に残された時間
そう変わりがないのなら、沖田さんは共にあるべきだ
「…ここに居られるかどうかは、本人次第だ。だが、あんたとは相容れんな」
「申し訳ありません」
床に手をついて深く頭を垂れる。
私が嫌われようとも構わない。
少しでも長く共に走れるように、彼にその道を示してもらいたい。
「そのうち周りも気づいて忌避するようになるぞ。周りに移した等となれば、近藤さんら責任ある者の立場も危うい。それでも病人を留め置くか?」
「…彼が望むのなら」
「…あんたじゃ話にならんな。これだから、情でものを考える女はいかん」
吐き捨てるように言われる。
ぐっと拳を握った。
「沖田と話をする」
「…よろしくお願いします」
沖田さんがどこまで自覚してるのか…
けれど、診断が下されようとも、彼は自らは誰にも話はしないだろう。
いよいよとなるまで、自分は知らぬふりをし続けるのだと、弥月はギュッと眼を瞑った。
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診察が終わり、弥月が衣服を整えると、ようやく松本は気が重いといった風に盛大な溜息を吐いた。
「…して、どこまでがこれを知っている?」
「何人かは。でも、局長以外は知らないと思っていただいた方が、分かりよいかと」
「土方さんや伊東さんもか?」
「その二人は気づいてないですね」
「よもや…」
そこでもう一度、頭の先から足元まで眺められる。
「まさかですよね。ホントに失礼千万ですよ」
「…いや、見事な筋肉だった」
「ありがとうございます。でも、褒められた気がしないです」
新八さんじゃあるまいし
腕の怪我は腫れも退いて来ている。折れていないことを期待するしかないらしく、そのまま包帯を巻きなおしてもらった。
それから問診でも、女性としての心配をされはしたが、それで人生に困らないならば健康体だとお墨つきを受ける。
「沖田さん、ありがとうございました」
障子の外に顔を出して、終わったよと彼に手を振ると、そこには近藤さんも一緒にいた。
「どうだったかね、弥月君」
「問題なく元気です、見ての通りです!」
ホッと表情を和らげた近藤。特別に心配をかけているのだと気づいて、弥月は少しだけ申し訳なく思った。
「松本先生、全体の健康診断はどうでしたかな?」
「…けが人や病人を合計したら、全隊士の三分の一近くになるんじゃないか」
「な…なんと!」
「ハ!? なんとじゃないぞ、近藤さん!」
どこに目をつけているんだと、松本は近藤を指さした。
「あんたらは今まで何をやってたんだ。切り傷から渋り腹まで…この屯所は病の見本市だぞ!!」
「病の…見本市…」
心を入れ替えろと言わんばかりに、松本先生が前のめりに心臓に指を向けて叱るものだから、近藤さんがたじろいている。
あ、まずい
背中にじんわりと彼の人の怒気を感じた。松本先生の手を掴んで、その指先を自分の方へ向ける。
「すみません」
そうじゃなくても、治療室設置人としては、隊士達に教育が行き届いていないとは思う。
でも、無理だもん……酔っては転んで帰ってくる奴らとか、傷んだ物の臭いが分からないって言う人らとか……無理だって…
「…何故、あんたが謝る」
「私が治療室管理人の一人でございますれば…」
「あぁ、あの部屋か。腹下しの者だけ集めていた」
「病人を集めるには狭すぎるので、隔離目的で運用しています」
「隔離……まあ、判断としては悪くない。もっと部屋を広くとるべきだったが」
いくらか勢いが収まった返答に、弥月はペコリと頭を下げる。
しかし、松本は再びキッと近藤へ厳しい眼を向けた。
「だがな、近藤さん。あんたが患者を把握できてないのは、それとは別の問題だ。コロリが治療室から溢れたら全滅するぞ! 衣類は全て消毒、埃を払い、手を洗い……とにかく屯所を清潔に!」
「あ、あ、あぁ…」
「私がします、すみません…」
もうその辺で勘弁してください
近藤さんはそれから「午後付け全隊士で屯所の掃除をしよう」と、土方さんに相談しにそそくさと退室する。
「先生、消毒ってどうしたらいいですか?」
「む? そうか、言い方が悪かったな。洗濯をしろということだ。一週間以上、風呂にも入っていない、服を洗ってもいない奴がいたぞ」
「ヴッ…すみません…」
この夏にそれは信じられない。誰だ。
「消毒を知っているのか?」
「?」
「その言葉自体が一般的ではない。聞いていた通り、外つ国に明るいな」
「……後学のためにお聞きしたいんですけれど、消毒に何を使えばいいですか?」
「…石炭酸か石灰液に漬けるのが一般的だな」
石灰液というと…水酸化カルシウム? 貝がらをどうにかして…どう…
「どうしろと…」
「消石灰は肥料に使うものを使用するといい」
「あぁ、それでいいなら助かります。漆喰仕様のは値段高くて…」
「あんたは…一言えば、十が分かるのか…」
「たぶん三くらいは分かったつもりなので、使い方教えてください」
多々ツッコミ所があるのは分かるが、ただただ物分かりの良い人であり続ける。訊いたらなんでも教えてくれそうなのに、私の話をしだすと脱線するばかりだ。
そうして、話に入れず放置された沖田さんが、しばらくして退出していくのを、何か言いたげに松本先生が見ていた。
「沖田組長がどうかしましたか?」
「いや……あれはいつ頃から調子が悪い?」
「えっと、私が酷い咳に気づいたのは先月で……それこそ猫みたいな人で…私もその後異動したのではっきりとは…
…三月末も少し咳してたのが治ってなかったのか、ずっと調子悪いみたいです」
「ふむ…」
何か思うところがあるらしい。
「さっき喘息の薬って仰ってましたよね?」
「ああ、咳止めと呼吸が楽になる漢方を、会津藩医に出すように言っておく」
「ありがとうございます。それに関してお聞きしたいことがあるんですが、彼が死ぬような病気に罹っている可能性はありますか?」
松本先生はこれまでで一番に大きく眼を瞠った。けれど、返答はすぐには返ってこなかった。
……
その反応を見て、私もそれ以上何も言えなかった。ただ、顔が歪む。
そして気づいた。
否定してほしかったんだ、と。
私は知ってた
けれど、確信はなかったから、記憶違いとか、人違いだとか、そもそもそんな歴史はなかったのだと思いたかった。
沖田総司は、持病のせいで新選組から離れる
そして…
ズドンと心に落ちた言葉。口に出したときよりも、重くのしかかった。
けれど、それは私達も同じだ。新選組がこのまま走り着く先を知っている。
結果はみんな同じだ
だから
「…先生、どんな病気でも構いません。ただ、彼がここに居続ける方法だけを私は聞きたいんです」
「…あんたはどこまで分かっているんだ?」
少し考えて、頭を垂れながら、フルフルと横に振る。
「何も分かりません。ただ、少しでも病気の進行を遅らせて、ここに居られるようにして欲しいんです」
「…まだ本人に話を聞いていないから確信がない。だが、場合によっては人に移る病気の可能性がある。
あんたは新選組の医業を担っておきながら、他の隊士も危険に晒すつもりか?」
それは深い怒気を孕んでいた。
「すみません」
新選組に残された時間
彼に残された時間
そう変わりがないのなら、沖田さんは共にあるべきだ
「…ここに居られるかどうかは、本人次第だ。だが、あんたとは相容れんな」
「申し訳ありません」
床に手をついて深く頭を垂れる。
私が嫌われようとも構わない。
少しでも長く共に走れるように、彼にその道を示してもらいたい。
「そのうち周りも気づいて忌避するようになるぞ。周りに移した等となれば、近藤さんら責任ある者の立場も危うい。それでも病人を留め置くか?」
「…彼が望むのなら」
「…あんたじゃ話にならんな。これだから、情でものを考える女はいかん」
吐き捨てるように言われる。
ぐっと拳を握った。
「沖田と話をする」
「…よろしくお願いします」
沖田さんがどこまで自覚してるのか…
けれど、診断が下されようとも、彼は自らは誰にも話はしないだろう。
いよいよとなるまで、自分は知らぬふりをし続けるのだと、弥月はギュッと眼を瞑った。
***