姓は「矢代」で固定
第9話 診察
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***
診察の様子を遠巻きに見ていた千鶴に、弥月は縁の下から声をかける。
「松本先生は知り合い?」
「はい! 父様の知り合いで、私も何度かお会いしたことがあって!」
新八を素気なくあしらう医師の姿に、千鶴は「お変わりないみたいで…」と微笑む。
「…なにやってんの、アレ」
診察の終わった新八さんがしょんぼり肩を落として帰っていくと思えば、左之さんと筋肉の魅せ合いをしていて。
それを見て、クスクスと笑う千鶴ちゃんは優しい。彼らはきっと笑われると嬉しい生き物だ。
すると。新八さんがこちらに気づいてこちらに近づいてきた。彼が服を着ていないのも、千鶴ちゃんももう見慣れたらしく平然としている。
どうしよう……この子、嫁に出しそびれそう…
「弥月は診察終わったのか?」
「終わったよ」
「てめぇ、当たり前に嘘を吐くな」
「…付いてきてたんですか、土方さん」
「今、俺が言ったばかりだろうが」
「はいはい、私あちこち包帯グルグルしてて、時間かかるから最後にね。行きます行きますはいはい」
「鼻であしらうな。脱がして並べるぞ」
「…お高いですよ?」
私が自分で肩山を引っぱって肩を抜くと、嫌そうな顔をした土方さん。
しかし、彼も負けじと顎を上げる。
「ほう。いくらだ?」
「じゃあこれで」
弥月が微笑みと共に指を三本立てると、土方が眉を顰めたので、少し勝った気になった。
その隣で、新八はギョッと目を剥く。
「おまっ…三倍はボッタクリすぎだろ!」
「そ? 少ないくらいですけど」
勿論、高級遊女の相場は知っている上で、だ。
自分が春を売るなら、これでも少ないくらいと思うのだが。
「安いね、僕買おうかなぁ」
「…さすが。溜め込んでますね」
横から話に入ってきた沖田さん。彼がお金を使うところは、いまひとつ想像できない。
「三文でしょ。お買い得だね」
「三両です!三両!! 早起きのお得感じゃない!」
そうだ、この人も診察に突き出さなければ
蟻通伍長の話から、どうにも逃げ回りかねない。
弥月が襟を整えながら、彼を逃がさないためには…と考えて辺りを見回すと。なんとも言えない顔で端にいる、千鶴に気付く。
「ごめん、下品な話したね」
「あの…」
「ん?」
「土方さんは、いくらならお買いになったんでしょうか…?」
「ん…?」
私がいくらなら買ったか?
なんで、そんなこと…?
追求しても仕方な…
浮かんだ疑問符が消えて、バッと土方さんを振り向く。当の土方さんにも聞こえていたらしい。完全に狼狽えていた。
弥月は本人からの答えを待って凝視する。その場の全員の注目が、土方に集まった。
「…っと、いくらでも買わねえよ。こいつ…いや、男に興味はねぇ…」
「そうなんですか?」
「そうだ」
目を見て言え。目を見て
腕を組んで、然り然りと頷く土方さん。
察しの良い彼が、千鶴ちゃんの素朴な疑問風…土方さんへの関心に気づいていない筈がない。
いや、千鶴ちゃん自身が気づいてないんだけどさ…
彼女からの無意識の好意に狼狽えたる大人を見て、笑いを噛み殺す。
沖田さんも察したようで、にまにまと悪い顔をしていた。
「ああ。でも、茶屋で弥月が一両って言われても、まあそれはそれで納得するか」
「…もういいから、新八さん。その話引っ張らないで」
がっくりした。
それは陰間の話で、余計千鶴ちゃんに申し訳ない。空気を読んでくれ。
「総司、お前も並んでこい」
「はーい。でも、あんな恰好してたら冷えちゃうから、全員終わる頃に呼んでくれる?」
「…分かりました。部屋に居てくださいね」
当然のように呼び出し係に任じられる。もう組下じゃないんですけど?とは思っても、色々借りがあるから言わないことにした。
***
「沖田さんッ! どこですか!!?」
逃げられた!!
あんな言い方をしていたから、まさか逃げるとは思わなかった。
斎藤さんが松本先生に付き添ってくれるとのことで、私は沖田さんを探して、屯所内を叫んで歩いていた。
門番に聞いたら出ていないと言うし、屯所内を一周したから、どこかで私の呼び声は聞こえているはずだ。
「沖田さん!!」
「矢代君? 総司がいないのか?」
「近藤さん…そうなんです。見かけたら縛ってでも捕まえてください」
「うむ…最近本当に調子が悪そうだったからな…分かった。俺も一緒に探そう」
「百人力です!」
そうか、最初から御威光に頼れば良かったのか
「総司ー!」
「はーい♪」
「「……」」
「はーい♪じゃないわ!!!」
秒殺。
ひょっこりと顔を出した彼。絶対に、私が呼んでるのも聞こえていた。
「総司。偉い先生が診てくれる復(また)とない機会だ。皆が心配している。診察を受けておいで」
「分かりました!」
「分かりました、じゃないわ!!」
思わずその背中を叩く。自分の腕が痛かった。
「乱暴だなぁ」
「怒った! 面倒くさい沖田さん嫌い!」
「…嫌いはちょっと傷付くなぁ」
は!?
「はあ!?」
全体的に「はあ?」としか言いようがない。誰のせいで怒ってると思ってるのか。私に「嫌い」と言われて傷付くとは、どの口が言ってるのか。
「マジで! はぁ?なんですけどッ!?」
「だって僕のこと好きでしょ?」
「優しい沖田さんは好きですけどね! 面倒くさい沖田さんは嫌いです!」
「全部僕だもーん」
「そうですか。じゃあ今すぐ優しい沖田さんになってください。私、引っ張っていく力無いですから、ちゃんと着いてきてください」
「はいはい」
最初から逃げるつもりなら、私に頼むな
近藤さんも心配になったのか、後ろから着いてきてくれて。御威光様々だ。
松本先生は一番組の部屋で斎藤さんと話しており、彼が上手く時間を繋いでくれていたようだった。
障子は開いていたが、弥月は敷居の向こうできちんと座って浅礼をする。
「お待たせしました。一番組組長をお連れしました。よろしくお願いします」
「おお! あんたが例の異国人か!」
「違います」
思わず即答すると、恰幅のよい剃髪の男は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
「矢代君! 松本先生、申し訳ありません。これは本当に日ノ本の生まれ育ちで…少々無作法なところがありますが…」
おろおろと言葉を紡ぐ近藤さんを見て、この人が偉い人だと思い出した。
しまったー…
弥月が冷や汗をかきながら、どう謝罪と言い訳を並べようかと計算しだすと。男は「ふっ!」っと息を吐き出した。
「ははっ!気持ちが良いくらいの一刀両断! 福澤殿に聞いていた通りの、可笑しな男だ!」
福澤…
「諭吉さん?…のお知り合いですか?」
「ゆっ…福澤殿を諭吉さんと呼んでいるのか?! はははっ!」
あー、違う。しまった。これは壱万円札のノリだった
「聞きしに勝る不遜な男だ!はははははっ!」
「申し訳ありません。内心で呼んでるだけなので、内緒でお願いします」
手をついて頭を深々と下げる。近藤さんの顔がすごく青い。
「御無礼を働き申し訳ございません。お初にお目にかかります。私、諸士調役兼監察方 矢代弥月と申します」
「うむ。儂は幕府で医官をしている、松本良順と申す」
その名前…
千鶴ちゃんが知り合いと言ったこの医師は、彼女が京に来たその日に、探していた人物の名前だった。
「松本先生は、千鶴…雪村千鶴さんがここに居る事は御存じで…?」
「ああ、彼女の父親とは懇意にしていてな。今日はその件もあって来ているんだ」
柔らかに笑った松本に、弥月もホッと息を吐く。ようやく彼女は捜し人の一人に出会えたのだ。
「その話は本人も呼んだ後にしよう。そっちの背の高いのが、噂の沖田だな」
「はい。私が一番組組長、沖田総司と申します。本日は隊士達を御高診いただき誠にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
思わず、不気味なものを見る目で見てしまった。正面にいた斎藤さんも同じ顔をしていたから、私達の反応は正しい。
「おいおい…あんた達、あれだけ大声で猫の子のように呼んでおって…今さら取り繕おうって方が、無理があるだろう」
呆れた声でそう言われ、私がジッと全員に見られたが。どう考えても悪いのは沖田さんだ。
「まあ脱げ。そっちのもな」
そっち…
「私は別室でお願いします」
「俺達が出ていこう」
慌てて何かを言いかけた近藤さんより先に、斎藤さんがそう言った。
…知らない、よね?
あまりに判断が早くて驚いたが、彼は私の性別に気付いていないはず…だと思う。
考えても仕方がないので、とりあえず沖田さんの診察が終わるのを待つ。
なにあれ、おもしろー…
間違いなく聴診器。医療ドラマで見るホース状のものはなくて、胸に筒を直接当てている。
コップで隣の部屋の音が聞けるやつじゃん
ヒョイと沖田さんの向こうにある、先生の道具箱を覗く。
件の大坂の除痘館に行ったときも見かけた、医療ドラマで見るような器具があった。ピンセットとかハサミとか、歯医者の先端とんがってるやつとか。
これを使う技術が海外にはあるんだよなぁ…
刀の波紋がどうとか、彫金細工師がどうとかいうのとは別の技術がある。
神経は繋げられなくても、外科手術という概念があるのだ。それだけで日本の医療の黎明を見ているのだと思う。
「面白いか?」
「はい!とっても!」
「弟子になるか?」
「ありがとうございます。でも、向いてないので遠慮いたします」
山南さんを診てくれていた蘭方医が言っていたが、全身麻酔をするかしないかで分派するという、訳の分からない時代だ。
この頃の海外でさえ、クリミア戦争で外科手術をした人は、しなかった人と死亡率が変わらなかったと聞いたことがある。
未来を知ってる私が、過度な期待をしてガッカリする世界
「…終わりだ。後で喘息の薬を持ってこさせる。それを飲んでおくように」
「ありがとうございました」
沖田さんの診察が終わった。何も言わずに、当たり前に出ていく彼。
けれど、彼が障子を閉めて数歩進んで、すぐに立ち止まった気配がした。
見張りか…
「…して。何故、あんただけが個別なんだ? お偉方も堂々しとったというのに」
「絶対に、絶対に声を上げてはなりませんよ。松本先生」
「む?」
「何を見ても、感想を述べてはなりません」
「…あんたよりは幾つもケロイドも疱瘡も見てきている。骨や腸が飛び出てたら声も出ようが。儂を見くびるな」
「では、参ります」
参ります
***
診察の様子を遠巻きに見ていた千鶴に、弥月は縁の下から声をかける。
「松本先生は知り合い?」
「はい! 父様の知り合いで、私も何度かお会いしたことがあって!」
新八を素気なくあしらう医師の姿に、千鶴は「お変わりないみたいで…」と微笑む。
「…なにやってんの、アレ」
診察の終わった新八さんがしょんぼり肩を落として帰っていくと思えば、左之さんと筋肉の魅せ合いをしていて。
それを見て、クスクスと笑う千鶴ちゃんは優しい。彼らはきっと笑われると嬉しい生き物だ。
すると。新八さんがこちらに気づいてこちらに近づいてきた。彼が服を着ていないのも、千鶴ちゃんももう見慣れたらしく平然としている。
どうしよう……この子、嫁に出しそびれそう…
「弥月は診察終わったのか?」
「終わったよ」
「てめぇ、当たり前に嘘を吐くな」
「…付いてきてたんですか、土方さん」
「今、俺が言ったばかりだろうが」
「はいはい、私あちこち包帯グルグルしてて、時間かかるから最後にね。行きます行きますはいはい」
「鼻であしらうな。脱がして並べるぞ」
「…お高いですよ?」
私が自分で肩山を引っぱって肩を抜くと、嫌そうな顔をした土方さん。
しかし、彼も負けじと顎を上げる。
「ほう。いくらだ?」
「じゃあこれで」
弥月が微笑みと共に指を三本立てると、土方が眉を顰めたので、少し勝った気になった。
その隣で、新八はギョッと目を剥く。
「おまっ…三倍はボッタクリすぎだろ!」
「そ? 少ないくらいですけど」
勿論、高級遊女の相場は知っている上で、だ。
自分が春を売るなら、これでも少ないくらいと思うのだが。
「安いね、僕買おうかなぁ」
「…さすが。溜め込んでますね」
横から話に入ってきた沖田さん。彼がお金を使うところは、いまひとつ想像できない。
「三文でしょ。お買い得だね」
「三両です!三両!! 早起きのお得感じゃない!」
そうだ、この人も診察に突き出さなければ
蟻通伍長の話から、どうにも逃げ回りかねない。
弥月が襟を整えながら、彼を逃がさないためには…と考えて辺りを見回すと。なんとも言えない顔で端にいる、千鶴に気付く。
「ごめん、下品な話したね」
「あの…」
「ん?」
「土方さんは、いくらならお買いになったんでしょうか…?」
「ん…?」
私がいくらなら買ったか?
なんで、そんなこと…?
追求しても仕方な…
浮かんだ疑問符が消えて、バッと土方さんを振り向く。当の土方さんにも聞こえていたらしい。完全に狼狽えていた。
弥月は本人からの答えを待って凝視する。その場の全員の注目が、土方に集まった。
「…っと、いくらでも買わねえよ。こいつ…いや、男に興味はねぇ…」
「そうなんですか?」
「そうだ」
目を見て言え。目を見て
腕を組んで、然り然りと頷く土方さん。
察しの良い彼が、千鶴ちゃんの素朴な疑問風…土方さんへの関心に気づいていない筈がない。
いや、千鶴ちゃん自身が気づいてないんだけどさ…
彼女からの無意識の好意に狼狽えたる大人を見て、笑いを噛み殺す。
沖田さんも察したようで、にまにまと悪い顔をしていた。
「ああ。でも、茶屋で弥月が一両って言われても、まあそれはそれで納得するか」
「…もういいから、新八さん。その話引っ張らないで」
がっくりした。
それは陰間の話で、余計千鶴ちゃんに申し訳ない。空気を読んでくれ。
「総司、お前も並んでこい」
「はーい。でも、あんな恰好してたら冷えちゃうから、全員終わる頃に呼んでくれる?」
「…分かりました。部屋に居てくださいね」
当然のように呼び出し係に任じられる。もう組下じゃないんですけど?とは思っても、色々借りがあるから言わないことにした。
***
「沖田さんッ! どこですか!!?」
逃げられた!!
あんな言い方をしていたから、まさか逃げるとは思わなかった。
斎藤さんが松本先生に付き添ってくれるとのことで、私は沖田さんを探して、屯所内を叫んで歩いていた。
門番に聞いたら出ていないと言うし、屯所内を一周したから、どこかで私の呼び声は聞こえているはずだ。
「沖田さん!!」
「矢代君? 総司がいないのか?」
「近藤さん…そうなんです。見かけたら縛ってでも捕まえてください」
「うむ…最近本当に調子が悪そうだったからな…分かった。俺も一緒に探そう」
「百人力です!」
そうか、最初から御威光に頼れば良かったのか
「総司ー!」
「はーい♪」
「「……」」
「はーい♪じゃないわ!!!」
秒殺。
ひょっこりと顔を出した彼。絶対に、私が呼んでるのも聞こえていた。
「総司。偉い先生が診てくれる復(また)とない機会だ。皆が心配している。診察を受けておいで」
「分かりました!」
「分かりました、じゃないわ!!」
思わずその背中を叩く。自分の腕が痛かった。
「乱暴だなぁ」
「怒った! 面倒くさい沖田さん嫌い!」
「…嫌いはちょっと傷付くなぁ」
は!?
「はあ!?」
全体的に「はあ?」としか言いようがない。誰のせいで怒ってると思ってるのか。私に「嫌い」と言われて傷付くとは、どの口が言ってるのか。
「マジで! はぁ?なんですけどッ!?」
「だって僕のこと好きでしょ?」
「優しい沖田さんは好きですけどね! 面倒くさい沖田さんは嫌いです!」
「全部僕だもーん」
「そうですか。じゃあ今すぐ優しい沖田さんになってください。私、引っ張っていく力無いですから、ちゃんと着いてきてください」
「はいはい」
最初から逃げるつもりなら、私に頼むな
近藤さんも心配になったのか、後ろから着いてきてくれて。御威光様々だ。
松本先生は一番組の部屋で斎藤さんと話しており、彼が上手く時間を繋いでくれていたようだった。
障子は開いていたが、弥月は敷居の向こうできちんと座って浅礼をする。
「お待たせしました。一番組組長をお連れしました。よろしくお願いします」
「おお! あんたが例の異国人か!」
「違います」
思わず即答すると、恰幅のよい剃髪の男は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
「矢代君! 松本先生、申し訳ありません。これは本当に日ノ本の生まれ育ちで…少々無作法なところがありますが…」
おろおろと言葉を紡ぐ近藤さんを見て、この人が偉い人だと思い出した。
しまったー…
弥月が冷や汗をかきながら、どう謝罪と言い訳を並べようかと計算しだすと。男は「ふっ!」っと息を吐き出した。
「ははっ!気持ちが良いくらいの一刀両断! 福澤殿に聞いていた通りの、可笑しな男だ!」
福澤…
「諭吉さん?…のお知り合いですか?」
「ゆっ…福澤殿を諭吉さんと呼んでいるのか?! はははっ!」
あー、違う。しまった。これは壱万円札のノリだった
「聞きしに勝る不遜な男だ!はははははっ!」
「申し訳ありません。内心で呼んでるだけなので、内緒でお願いします」
手をついて頭を深々と下げる。近藤さんの顔がすごく青い。
「御無礼を働き申し訳ございません。お初にお目にかかります。私、諸士調役兼監察方 矢代弥月と申します」
「うむ。儂は幕府で医官をしている、松本良順と申す」
その名前…
千鶴ちゃんが知り合いと言ったこの医師は、彼女が京に来たその日に、探していた人物の名前だった。
「松本先生は、千鶴…雪村千鶴さんがここに居る事は御存じで…?」
「ああ、彼女の父親とは懇意にしていてな。今日はその件もあって来ているんだ」
柔らかに笑った松本に、弥月もホッと息を吐く。ようやく彼女は捜し人の一人に出会えたのだ。
「その話は本人も呼んだ後にしよう。そっちの背の高いのが、噂の沖田だな」
「はい。私が一番組組長、沖田総司と申します。本日は隊士達を御高診いただき誠にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
思わず、不気味なものを見る目で見てしまった。正面にいた斎藤さんも同じ顔をしていたから、私達の反応は正しい。
「おいおい…あんた達、あれだけ大声で猫の子のように呼んでおって…今さら取り繕おうって方が、無理があるだろう」
呆れた声でそう言われ、私がジッと全員に見られたが。どう考えても悪いのは沖田さんだ。
「まあ脱げ。そっちのもな」
そっち…
「私は別室でお願いします」
「俺達が出ていこう」
慌てて何かを言いかけた近藤さんより先に、斎藤さんがそう言った。
…知らない、よね?
あまりに判断が早くて驚いたが、彼は私の性別に気付いていないはず…だと思う。
考えても仕方がないので、とりあえず沖田さんの診察が終わるのを待つ。
なにあれ、おもしろー…
間違いなく聴診器。医療ドラマで見るホース状のものはなくて、胸に筒を直接当てている。
コップで隣の部屋の音が聞けるやつじゃん
ヒョイと沖田さんの向こうにある、先生の道具箱を覗く。
件の大坂の除痘館に行ったときも見かけた、医療ドラマで見るような器具があった。ピンセットとかハサミとか、歯医者の先端とんがってるやつとか。
これを使う技術が海外にはあるんだよなぁ…
刀の波紋がどうとか、彫金細工師がどうとかいうのとは別の技術がある。
神経は繋げられなくても、外科手術という概念があるのだ。それだけで日本の医療の黎明を見ているのだと思う。
「面白いか?」
「はい!とっても!」
「弟子になるか?」
「ありがとうございます。でも、向いてないので遠慮いたします」
山南さんを診てくれていた蘭方医が言っていたが、全身麻酔をするかしないかで分派するという、訳の分からない時代だ。
この頃の海外でさえ、クリミア戦争で外科手術をした人は、しなかった人と死亡率が変わらなかったと聞いたことがある。
未来を知ってる私が、過度な期待をしてガッカリする世界
「…終わりだ。後で喘息の薬を持ってこさせる。それを飲んでおくように」
「ありがとうございました」
沖田さんの診察が終わった。何も言わずに、当たり前に出ていく彼。
けれど、彼が障子を閉めて数歩進んで、すぐに立ち止まった気配がした。
見張りか…
「…して。何故、あんただけが個別なんだ? お偉方も堂々しとったというのに」
「絶対に、絶対に声を上げてはなりませんよ。松本先生」
「む?」
「何を見ても、感想を述べてはなりません」
「…あんたよりは幾つもケロイドも疱瘡も見てきている。骨や腸が飛び出てたら声も出ようが。儂を見くびるな」
「では、参ります」
参ります
***