姓は「矢代」で固定
第9話 診察
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応元年閏五月二十四日
土方に「念のために」と言われて、千鶴の護衛役として、弥月は今日も屯所内にいた。
土方さんは知らないから仕方ないんだけど、獲物が二人まとめて一緒に居て、護衛になるのかどうか…
たぶん、烝さんは「鬼」と、私たちの関係について話していない。それ自体が予想外のことで、どういう真意か分かりかねていた。
「将軍様、一ッ月かけていらっしゃったのに、発たれるのお早いですね」
そして例によって、新選組は御所と二条城、そしてその道中をそれぞれ交替で警備していたのだけれど。三日目の今日、突然に家茂公は大坂へ下阪することになった。
そのため、数組は夕方からその列に同行していて、屯所内は引き続きとても静かだった。
「ぷんすこらしいよ」
「ぷん…?」
「朝廷が幕府の人事に干渉してきたんだと」
平助も自主的…というか、当たり前のように千鶴ちゃんの周りをうろついていて。
沖田さんは…まあ、何故か一緒にいる。今日は熱が下がったようだから、千鶴ちゃんも私も大目に見ていた。
なにせ、箸…は持てるが、重いものが持てない。物理的に、護衛として役立たずな私。
「一橋慶喜公が朝廷内での発言力が強いらしくてさ。家茂公は慶喜公を後継に指名するって言って、自分は長州へ向かうんだってさ」
「後継というと…家茂公様が辞職されるということでしょうか?」
「まあそういう事」
「家茂さんヤケクソだよね。もう勝手にしやがれプンプン!みたいな…」
「家茂さんってお前な…」
確か同い年くらいだったと思うのだけれど。家茂さん、大変そう…
公務合体の話が上手くまとまらないのと、長州再征の勅旨が円滑に得られなかったのと。今回の上洛は三日目にして、目的を何も果たさずに終わるらしい。
「そんな慶応元年、夏」
「は?」
そろそろ梅雨が明けてほしい頃だった。
翌日。
昼前から急に屯所内が騒がしくなったかと思って、そこらにいた隊士を捕まえて尋ねたところ、幕府お抱えの蘭方医が来ているらしい。各組へは組長から『順に診察してもらう』旨の報せがあったのだと。
監察方は組長・伍長ともに外に出ていて、弥月には伝わってこなかった。
ラッキー
広間で上裸で並んで、医師の到着を待つ男達。そこに私が並ぶのは無茶だろう。
それを横目にぐるりと屯所を回ると、千鶴ちゃんは井戸で野菜を洗っているところで。
どうしよっかなー 逃げよっかなー
ぷらぷらと暇そうにしてると、あそこに並べと言われてしまう可能性が高い。かと言って、護衛が今の仕事だから、外に出て彼女を独り放りっぱなしにしても問題だろう。
弥月が悩み始めたところ、伊東が千鶴の傍を通りかかった。
「もうッ、冗談じゃありませんよ全く!」
「伊東さん…どうしました?」
「どうしたもこうしたもありませんよ! 隊士達の健康診断とかで、松本とかいうお医者様が無理矢理私の服を脱がそうと…っ!」
身を抱え、捩ってもだえる伊東さん。
女子力、高ァ…
その動作、私にはできない。しかも、見ようによっては、心なし嬉しそうにも見えるのが絶妙だ。
「私もっ! 健康診断に行ってきます!」
「え?」
「え? ちょっと貴方!?」
あそこに並ぶの?
思わず出た声を聞きつけて、伊東さんは遠くから見ていた私に気づいたらしい。
「あら、そんな所にいらしたの。おはようございます、弥月さん」
「おはようございます、伊東さん」
特に用はなかったが、声をかけられて仕方なく寄っていく。
「大津でも、監察方のお仕事とても頑張っていたそうね。服部君から聞いたのだけれど、脚がお速いのですって?」
「はい、短距離は超得意ですよ~ 急ぎのお使いあれば任せてくださいね!」
「ふふっ、可愛らしい」
間違いなく、好かれている
そしてこの人は、私がそう自覚して媚びを売っているのを分かった上で、よしよししている。よっぽどこの顔が好きなのだろう。
腹で何考えてたって掌の上、とか思われてるんだろうなー…
その考えを隠さないこの人は面白い。それでも人が自分について来る自信があるのだ。
「時に、弥月さんは蘭学にも知見があるとのお話を聞いたのですけれど。どちらかに師はいらっしゃるの?」
「いいえェ、こんな形(ナリ)なものですから。ちょっとぐらい齧ってた方が、宴席で一発ウケるかなぁって程度の浅学ですよぉ」
伊東さんと話すと、なぜかこっちの語尾が間延びしてしまう……自分まで胡散臭くなる。
小首を傾げる彼。袂で口元を隠して「謙遜しなくても」と。
「私、御覧の通りおしゃべりは好きですけれど。内緒話も上手で、口は堅くってよ」
弥月は彼と反対向きに首を傾ける。
何を訊きたいのだろうか
「大坂で色々な方とお会いになっているのでしょう?」
……
「ふふっ、さすがですね! 全部お見通しですか、伊東参謀は!」
誰のことだろう?
何人かの顔は浮かぶが……誰から話を聞いたのか…探るか、今は探るまいか。
「…貴方、やはり一番組より、監察方がよくお似合いね。今後も活躍に期待していますよ」
「ありがとうございます。精進致します」
「また講義にいらっしゃいな」
「はい、是非」
伊東さんの方が退くことにしたらしい。
弥月は左右に吊り上げた頬のままに、後ろを振り返る。
「気持ち悪ぃ顔してんな」
「どうもぉ」
土方さん
気配を消して現れたけれど、伊東さんの視線で誰かがいることは気づいていた。そして、この人を見て伊東さんは退くことにしたのだろう。
「お前を探してた」
「なんですか?」
「医者が来てるから、腕…と、頭を診てもらえ」
「…頭は怪我してません」
なんて失礼な
けれど、今の伊東さんとのやり取りについて、どこから聞いていたのかは知らないが、追及する気はないらしい。
全く、信用されたものだ
何を心配して止めに入ったのかと思うと……私のことを掌の駒と、この人も思っているのだろう。
だけど、こっちの人は”駒がいつでも言うことを効くとは限らない”と心配している、ちょっとだけ小心者。そう思うなら、もっと大事にしてほしい。
「私よりも、各部屋で寝てる病人の往診もお願いできますかね」
「分かった。が、お前も行け」
「はいはい」
行かなきゃ話が進まないことを察して、肩を竦め、彼を背に歩き出す。
引っ張って行かれて御前に出されるよりも、自分でゆっくりと行って誤魔化し方を考える方がマシだろうと。
***