姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
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***
「治療室、添木はあるの?」
「あるある! 折れた木刀が取ってあります! あれ、ササクレがなくて使えそうだなって思ってたんです!」
「…そう。腕も反りそうだけど」
「もちろん、真っ直ぐなところだけ切ってますよ~」
それ用に置いているのだから当たり前だろうと。
けれど、私はあまりに呑気な返事をしてしまったらしい。治療室の戸を開けて、寝ていた隊士を無言の圧でどかした沖田さんが、必要以上に苛ついているのを見てとる。
「ありがとうございます。助けに来てくださって」
「…」
怒ってるー…
これが烝さんなら言い訳をするし、斎藤さんならお小言を聞きながら謝り倒すのだけれど。
血止めの軟膏薬と包帯の位置を指さすと、沖田さんが取ってくれる。内出血に効くかは微妙だが、試してみてもいいだろう。
そして無言のままの彼と、向かい合って座った。
「ちょっと勘違いが発生して、事態が可笑しくなってましたが、新選組の敵でしたね。風間と天霧は薩摩勢ですけど、少なくとも不知火は長州勢ですから」
「…」
黙々と、添木とともに腕に巻かれる包帯。沖田さんは器用らしく、私がするよりよっぽど上手だ。
「次はすぐ呼びます」
「…ちょっと君たち。どっか行ってくれる」
「君たち」は誰のことかと思ったが、「君たち」の方は理解したらしい。患者らは「は、はい!」とすぐに部屋から出て行った。
「…人払いしても、お話することないですよ? あの人たちと話をする前に、沖田さん来ちゃったんですから」
「…だから会いに行くつもりなの?」
核心を突いたた言葉にただ驚いた。不思議に思って聞き返す。
「ちょっと違いますけど、惜しいです。なんで分かったんですか?」
「…機会を逃した、って雰囲気だったからね。隊士が集まってきた時、君、迷惑そうな顔してたよ」
「そ、れは…マズいですね…」
間者疑いが再び生まれかねない。
彼らと話をしたいなら、やはり人目につかないように気を付ける必要がある。
半笑いの弥月に、沖田は半眼で問う。
「あの人らとどういう関係?」
「因縁の宿」
「そうじゃなくて」
「…たぶん、南雲薫と同じ系統の人たちです。千鶴ちゃんの情報源になりうる」
「それはここまでしなくちゃいけない?」
「いった!」
包帯の端をわざとキツく締められる。
「…襲われたのは薩摩の天霧が、私がどこまで阿呆か……血の気が多いか、かな。協力関係を築けるか知りたかったみたいで、不意打ちくらっただけで。
…それぞれ個性は強そうですけど、利害さえ合えば、話合いをできそうな人たちでしたよ」
「僕が来たこと、余計なお世話だった?」
「…そんなこと気にしてたんですか…っていうか、そこ気になるからって、包帯締め上げないでください」
言ってる事とやってる事がチグハグ過ぎる。今気にしてほしいのは、私の腕のうっ血具合だ。
彼を促してきちんと結び直してもらう。
「嘘偽りお愛想なく、真正直に言うなら、私の前に静かに立っててくれたら百点満点でした」
「…僕を盾にしようって?」
「? なってくれるじゃないですか? 盾にも剣にも」
何を今さら…
…
え? 私、変なこと言った?
「だって池田屋のときも、私の前に出たじゃないですか。ヤバい時は、沖田さんいつも前に居ますよ?」
彼は手を止めて訝し気な顔をしていたところから、私の言いたいことを理解したようで。動揺したのか、急に視線が泳ぎだした。
あ、無自覚だったのね
一番組が彼について行く理由の一つを、彼自身は気づいていなかったらしい。
また黙々と、包帯を巻きつけてくれる。
「…そういう所、組下には好かれてますよ……ったいたい!!」
「うるさい」
「締め上げるからでしょ!?」
照れ隠しに、人の傷を悪化させないでくれ。
「…はい、終わり」
「ありがとうございます」
弥月はペコリと頭を下げる。沖田は立ち上がって、残った包帯を棚に片づけながら問いかける。
「会いに行くのにアテがあるの?」
「ないですね。まずは薩摩藩邸に出入りしてるか探るところからかな」
「そう……あの不知火って男は?」
「あれねぇ…さっさと来てくれたら楽ですけど。たぶん今京にいるの、将軍の長州再征の進捗探りに来たついででしょうし、次がいつになるかアテにはできないかなぁって」
「…」
「沖田さん?」
座ったままの私の、至近距離に立つ沖田さん。ただでさえ背が高いのだから、そんなに近いと相当見上げなければならないのだが。
「…あのさ」
「はい」
「見返り…って言われたらどうするの」
「…? あー……そこまで考えてませんでした」
情報をもらうとして、代わりに何を求められるか。薩摩勢ならともかく、長州勢…しかも、強姦男がどういう方向性で出てくるか…考えたくもない。
自分の身と情報とを同じ天秤にかけられて、そこに正常な等価があるとは思えない。
「…自分も大事にしなよ」
「…しますよ。流石に。それはします」
「してない」
沖田さんがそのまましゃがむものだから、すぐ近くに顔がきて。思わず少し仰け反った。
けれど、彼はそれに気づかないほどに、翡翠の双眸は怒りに燃えていた。そして不愉快そうに私の腕を指さす。
「これ。僕が気付かなかったら、そのまま伝令走ってたよね?」
「…」
「これと一緒だよ。これが君の自分の扱い」
「それとこれとは…」
「一緒」
「…」
一緒、だろうか…?
「風邪でさえ心配してくれる人達がいるんだよ。これ見たら、気に病む人がいるの分からないの?」
「…」
「それとも伝令ですら、他の隊士には任せられない?」
「…すみません」
先日のやり取りの続きだと理解した。
斎藤さんにも言われたな…
大坂で南雲薫を追いかけたとき、監察方の仕事も手伝うから、安全を優先しろと言われた。
自分はあの時となんら変わりないらしい。
沖田はため息を吐く。そして腕を組んで、すっかり俯いてしまった弥月のつむじを眺めた。
「あとさ…報告。組長の僕に報告しないままにした事あるよね?」
う、ん…?
都合が悪いことやら、隊務に関係ないことを言っていない可能性はあるけれど、ピンと来るものがない。
基本的に一緒にいたもんね…
夜中に一緒に山南さんの所へ行ったり、非番の日に出かけてすら出会う仲だった。
俯いたまま首を捻った弥月の頭を、沖田はガシッと掴む。そして上に向ける。
「…五番組との話。噂で知ったんだけど。君が出てってからも支障出てるんだけど」
「ーーっあ、すっ、すみません…でも…」
「そうだね。悪いのは君じゃないけど、言わなかったのは君が悪いよね」
私の頭を掴んだまま、目の前でニコリと笑う彼の顔が怖い。
「くノ一の弥月君は可愛くて人気者だから、報告するほどの事じゃない日常茶飯事だった?」
「ぅ、あ…そうじゃ、ないん、ですけど…」
「けど?」
「…ごめんなさい、組同士の問題になるなんて思ってませんでした……ごめんなさい…」
下げられる頭が無くて、目で赦しを乞う。
「…あのさぁ」
「はいっ」
「気を付けなよ。ボケッとしてたら、そのうち襲われるよ」
「…はい?」
「傍から見て、さ。土方さんお手付きの千鶴ちゃんとは違って、君、丸めこめそうだもん。その辺で寝るのやめた方がいいよ」
「は…?」
「…は、じゃないから」
沖田は弥月の頭から手を離す。そして、やれやれと云う溜息交じりに立ち上がった。
「あの人たち、兄弟なんて綺麗事言ってるけど……そうじゃないの知ってるでしょ」
「…一応、わたし女ですよ?」
彼にまたジロリと睨まれた。
「…本当に馬鹿なの? 蓋開けたらそれって、棚から牡丹餅でしょ」
そ、そういうものか…
「…誰か来る」
「え?」
ガタッバンッ
「弥月君!!」
「烝さん?」
戸板が壊れる勢いで、開け払われた。
***
「治療室、添木はあるの?」
「あるある! 折れた木刀が取ってあります! あれ、ササクレがなくて使えそうだなって思ってたんです!」
「…そう。腕も反りそうだけど」
「もちろん、真っ直ぐなところだけ切ってますよ~」
それ用に置いているのだから当たり前だろうと。
けれど、私はあまりに呑気な返事をしてしまったらしい。治療室の戸を開けて、寝ていた隊士を無言の圧でどかした沖田さんが、必要以上に苛ついているのを見てとる。
「ありがとうございます。助けに来てくださって」
「…」
怒ってるー…
これが烝さんなら言い訳をするし、斎藤さんならお小言を聞きながら謝り倒すのだけれど。
血止めの軟膏薬と包帯の位置を指さすと、沖田さんが取ってくれる。内出血に効くかは微妙だが、試してみてもいいだろう。
そして無言のままの彼と、向かい合って座った。
「ちょっと勘違いが発生して、事態が可笑しくなってましたが、新選組の敵でしたね。風間と天霧は薩摩勢ですけど、少なくとも不知火は長州勢ですから」
「…」
黙々と、添木とともに腕に巻かれる包帯。沖田さんは器用らしく、私がするよりよっぽど上手だ。
「次はすぐ呼びます」
「…ちょっと君たち。どっか行ってくれる」
「君たち」は誰のことかと思ったが、「君たち」の方は理解したらしい。患者らは「は、はい!」とすぐに部屋から出て行った。
「…人払いしても、お話することないですよ? あの人たちと話をする前に、沖田さん来ちゃったんですから」
「…だから会いに行くつもりなの?」
核心を突いたた言葉にただ驚いた。不思議に思って聞き返す。
「ちょっと違いますけど、惜しいです。なんで分かったんですか?」
「…機会を逃した、って雰囲気だったからね。隊士が集まってきた時、君、迷惑そうな顔してたよ」
「そ、れは…マズいですね…」
間者疑いが再び生まれかねない。
彼らと話をしたいなら、やはり人目につかないように気を付ける必要がある。
半笑いの弥月に、沖田は半眼で問う。
「あの人らとどういう関係?」
「因縁の宿」
「そうじゃなくて」
「…たぶん、南雲薫と同じ系統の人たちです。千鶴ちゃんの情報源になりうる」
「それはここまでしなくちゃいけない?」
「いった!」
包帯の端をわざとキツく締められる。
「…襲われたのは薩摩の天霧が、私がどこまで阿呆か……血の気が多いか、かな。協力関係を築けるか知りたかったみたいで、不意打ちくらっただけで。
…それぞれ個性は強そうですけど、利害さえ合えば、話合いをできそうな人たちでしたよ」
「僕が来たこと、余計なお世話だった?」
「…そんなこと気にしてたんですか…っていうか、そこ気になるからって、包帯締め上げないでください」
言ってる事とやってる事がチグハグ過ぎる。今気にしてほしいのは、私の腕のうっ血具合だ。
彼を促してきちんと結び直してもらう。
「嘘偽りお愛想なく、真正直に言うなら、私の前に静かに立っててくれたら百点満点でした」
「…僕を盾にしようって?」
「? なってくれるじゃないですか? 盾にも剣にも」
何を今さら…
…
え? 私、変なこと言った?
「だって池田屋のときも、私の前に出たじゃないですか。ヤバい時は、沖田さんいつも前に居ますよ?」
彼は手を止めて訝し気な顔をしていたところから、私の言いたいことを理解したようで。動揺したのか、急に視線が泳ぎだした。
あ、無自覚だったのね
一番組が彼について行く理由の一つを、彼自身は気づいていなかったらしい。
また黙々と、包帯を巻きつけてくれる。
「…そういう所、組下には好かれてますよ……ったいたい!!」
「うるさい」
「締め上げるからでしょ!?」
照れ隠しに、人の傷を悪化させないでくれ。
「…はい、終わり」
「ありがとうございます」
弥月はペコリと頭を下げる。沖田は立ち上がって、残った包帯を棚に片づけながら問いかける。
「会いに行くのにアテがあるの?」
「ないですね。まずは薩摩藩邸に出入りしてるか探るところからかな」
「そう……あの不知火って男は?」
「あれねぇ…さっさと来てくれたら楽ですけど。たぶん今京にいるの、将軍の長州再征の進捗探りに来たついででしょうし、次がいつになるかアテにはできないかなぁって」
「…」
「沖田さん?」
座ったままの私の、至近距離に立つ沖田さん。ただでさえ背が高いのだから、そんなに近いと相当見上げなければならないのだが。
「…あのさ」
「はい」
「見返り…って言われたらどうするの」
「…? あー……そこまで考えてませんでした」
情報をもらうとして、代わりに何を求められるか。薩摩勢ならともかく、長州勢…しかも、強姦男がどういう方向性で出てくるか…考えたくもない。
自分の身と情報とを同じ天秤にかけられて、そこに正常な等価があるとは思えない。
「…自分も大事にしなよ」
「…しますよ。流石に。それはします」
「してない」
沖田さんがそのまましゃがむものだから、すぐ近くに顔がきて。思わず少し仰け反った。
けれど、彼はそれに気づかないほどに、翡翠の双眸は怒りに燃えていた。そして不愉快そうに私の腕を指さす。
「これ。僕が気付かなかったら、そのまま伝令走ってたよね?」
「…」
「これと一緒だよ。これが君の自分の扱い」
「それとこれとは…」
「一緒」
「…」
一緒、だろうか…?
「風邪でさえ心配してくれる人達がいるんだよ。これ見たら、気に病む人がいるの分からないの?」
「…」
「それとも伝令ですら、他の隊士には任せられない?」
「…すみません」
先日のやり取りの続きだと理解した。
斎藤さんにも言われたな…
大坂で南雲薫を追いかけたとき、監察方の仕事も手伝うから、安全を優先しろと言われた。
自分はあの時となんら変わりないらしい。
沖田はため息を吐く。そして腕を組んで、すっかり俯いてしまった弥月のつむじを眺めた。
「あとさ…報告。組長の僕に報告しないままにした事あるよね?」
う、ん…?
都合が悪いことやら、隊務に関係ないことを言っていない可能性はあるけれど、ピンと来るものがない。
基本的に一緒にいたもんね…
夜中に一緒に山南さんの所へ行ったり、非番の日に出かけてすら出会う仲だった。
俯いたまま首を捻った弥月の頭を、沖田はガシッと掴む。そして上に向ける。
「…五番組との話。噂で知ったんだけど。君が出てってからも支障出てるんだけど」
「ーーっあ、すっ、すみません…でも…」
「そうだね。悪いのは君じゃないけど、言わなかったのは君が悪いよね」
私の頭を掴んだまま、目の前でニコリと笑う彼の顔が怖い。
「くノ一の弥月君は可愛くて人気者だから、報告するほどの事じゃない日常茶飯事だった?」
「ぅ、あ…そうじゃ、ないん、ですけど…」
「けど?」
「…ごめんなさい、組同士の問題になるなんて思ってませんでした……ごめんなさい…」
下げられる頭が無くて、目で赦しを乞う。
「…あのさぁ」
「はいっ」
「気を付けなよ。ボケッとしてたら、そのうち襲われるよ」
「…はい?」
「傍から見て、さ。土方さんお手付きの千鶴ちゃんとは違って、君、丸めこめそうだもん。その辺で寝るのやめた方がいいよ」
「は…?」
「…は、じゃないから」
沖田は弥月の頭から手を離す。そして、やれやれと云う溜息交じりに立ち上がった。
「あの人たち、兄弟なんて綺麗事言ってるけど……そうじゃないの知ってるでしょ」
「…一応、わたし女ですよ?」
彼にまたジロリと睨まれた。
「…本当に馬鹿なの? 蓋開けたらそれって、棚から牡丹餅でしょ」
そ、そういうものか…
「…誰か来る」
「え?」
ガタッバンッ
「弥月君!!」
「烝さん?」
戸板が壊れる勢いで、開け払われた。
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