姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
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***(四半刻前)***
町人風平袴の格好から、忍仕様の黒装束に着替えた。この後に私が動くとすれば、屯所を襲撃された場合に二条城まで走る役か、どこかから伝令が来た場合の交代役だろう。
もう寝るか…
万一を考えて起きていたが、かなり夜も更けた。門番をする八番組以外、一・九番組もそれぞれ部屋で休んでいる。
少し前に、将軍は御所から二条城に移ったと知らせがあった。警備が強固な城の滞在中に襲撃されることはないだろう。狙われるとしたら明日の移動中だ。
「ふあぁぁぁ…」
厠で用を足して、完全に緊張の糸が切れた。大欠伸を噛み殺しもせずにかます。
つッかれたー
今日も朝から夕まで動き回った。明日も起こされるまで布団で休んでも、絶対にバチは当たらない。
「…あ。報告だけは入れとくか」
山南さんが起きている時間だ。膳所藩のこともあって、行軍を気にしていたから、問題ないと伝えてあげた方が親切だろう。
……
……外から行くの面倒くさい
いつもは他の隊士に見られないように、屯所外から入っていくのだけれど。今日は誰かに見られる恐れはあまりない。ずぼらをして屯所と庭園とを仕切る壁板に向かって歩く。
「…あー…しまった。刀、無かった」
一間(1.8m)はある壁板を見上げて思う。越えるための忍刀は部屋に置いたままだった。苦無なら数本あるけれど、壁板に刺して板が割れたら怒られる。
仕方ない。取りに戻…
…
…誰かいる?
背後に何か…人の気配を感じた。
どちらにしてもこのまま庭園側に行くわけにはいかないと、堂宇を振り返る。
「ーーっ!?」
「失礼します」
やや振り仰いだ視線の下で、なにか…人が動いた。それが目の前まで近づいたのがギリギリ視界に入り、弥月は咄嗟に身体の前で腕を交差させる。
ダンッ
「んう゛ッ!」
衝撃を受けて、後ろへ吹っ飛ぶ。壁板に激突して止まった。
い゛ーーーっ!!!たい!!!
すぐに目を開き前を向いて、地面を踏みつける。
忍小手は割れてはないが凹んでいる。腕に力を入れようとすると、尋常じゃなく痛む。
腕、折れたか……いや、指は動く…!
腰に差していた苦無を指先で抜いて、フッと一気に息を吐き出す。腕はビリビリと痺れていて、苦無の重さを指で支えるだけで精一杯だったが、何も無いよりは見た目にマシだ。
しかし、恐れた二撃目はなく、男は弥月が元いた位置に佇んでいた。
「…受けますか」
淡々とした声。だが、それは驚きを少し含んでいた。
「天霧ィ…それは俺のだ。潰したらてめぇでも容赦しねぇぜ?」
「…横取りをしたつもりはなかったのですが……まあ良いでしょう」
天霧は構えを解き、腕を組む。
来るなら来い、ということか…
この腕が使い物にならないことを分かっていて。不意打ちで殴りかかってきた天霧は、更に私を挑発している。
彼を軽く制した不知火も、屋根の上にいた。
二人……いや、三か
堂宇の上に、もう一人の影があった…風間千景。
鬼
今、彼らの存在以外に、屯所が攻め込まれているような気配はない。そして、なぜか彼らは私だけをただ見ている。屯所が手薄であることを知って襲撃に来た…というわけではないのか。
なぜ次の手を出さない。私に用だからか…?
ゴクリと唾を飲み下す。応援を呼ぶか、否か。
もし不要なのに、応援を呼んで戦闘になってしまえば、死傷者が出る。
見ているだけの理由……値踏み、か…?
風間は以前からそうだ。私が何者かを判断するためにただ見ていた……その続き、ということか。
「…私に何か御用ですか? それとも新選組に?」
天霧から目を離して、屋根上にいる風間に問いかける。
「…こいつらが見たいと言うから寄ったが、俺は角もないはぐれ者には興味はない」
「あ? 弥月は角ねぇの?」
不知火はピリとした空気の中、雑談の調子で弥月に会話を求める。
鬼として、私を見に来たということか…
天霧から目を離したのは賭けだったが、彼が追撃をしてこないところを見るに、話をする余地はありそうだ。
不知火は長州勢……薩摩の方が、情報を譲ってくれるか…
「また聞こえねぇのか? おまえ、忍の格好ときは無口だなぁ」
視線を天霧に戻すと、変わらず静かな視線を私に向けている。
聞いてた通り、穏健派か…?
不意をついて殴りかかってきたから、斎藤さんらから聞いていた話と違って、卑怯で過激な男かとも思ったが。今は、私の出方をひたすらに観察しているようではある。
「おーい、矢代弥月」
「…るっさいなぁ……痴漢…変態強姦男と喋る気はない」
「へっ…」
「変態?」
余談だが、聞いた話、この時代には「痴漢」という言葉がないらしい。世の中に痴漢行為はあるのに、それに値する呼び方がない。だから、彼の罪状を表す代名詞はやたら重い。
「おい! それは言い掛かりだろ!?」
「不知火…貴様、不知火家の直系とあろう者が…」
「違う!」
不知火は屋根からトンと跳ね降りてくるが、その降り方だと普通は脚を痛める。やはり人間じゃない。
「クソッ…ちょっとこっち来い!」
ズカズカと向かってきた男から、その手をサッと避ける。強く打ちつけた背中が軋んだが、顔を顰めるに止めた。
そして、苦無の刃先を不知火へ向ける。
「五尺以内に近づくなと言いました」
「おい!」
「嫌われているようだな」
「るっせぇ! おい、弥月!」
「近寄るな!」
不知火からも、天霧からも遠ざかるように移動する。
「誰か…」
その小さな天霧の呟きの直後、わずかな音とともに人が走ってくる気配がした。
まずい!
敵うような相手ではないと、弥月が焦って振り返ると同時に、敵の前に滑り込んできた陰。
「馬鹿!」
「沖田さん?!」
「何考えてるの!? 呼びなよ!」
寝間着のまま、刀だけ掴んで出てきたらしい。彼が裸足だったせいで、足音に気づくのが遅れた。
「敵襲!!敵襲!!」
「不知火、貴方が騒がしくするから…」
「チッ…そもそもてめぇだろ、天霧。腕試しに突っ込んで行きやがって」
「会津の味方をされているなら、力の程は知っておく必要がありますので。幸い痴れ者ではないようですね」
「お前たち…」
沖田は月明りの中でようやく男達の姿を捉えて、愕然とする。けれど、煮えるような熱さのある声で「ふぅん」と溢す。
「ここが新選組の屯所と知ってて、許可もなく入ってきたんだ」
「あ? もう帰るから気にすんな」
「逃がすわけ、ないでしょ!」
言い終わる前に沖田は突きを出すが、不知火は後ろに飛んで避ける。
「邪魔が入っちまったな。お前も俺らに用があったんだろ?」
「…」
「ここか?!」
「組長!」
「総司ッ、大丈夫か!?」
八番組を先頭に、屯所内にいるだろうほぼ全員が駆けてきた。彼らは弥月と沖田を囲むようにして抜刀する。
確かに鬼には用があった。鬼について…特に、土佐の南雲や雪村綱道について知っていることはないか聞きたかった。
けれど、これだけの他の隊士に聞かれるわけにはいかない。
口惜し気に不知火をジイッと見ると、彼はフッと笑って「いいぜ」と楽し気に言う。
「また会いに来てやるから。次こそは腰に肉つけとけよ」
「ふっ…ざけんな!!!」
そういう意味じゃない!!
イラッとして、振りかぶった苦無を投げたが。当たるわけもなく、カンッカンッと瓦に当たってから地面に落ちる音がした。
「今の…!」
「飛んで行ったぞ!?」
「追いかけろ!」
「待て!八は屯所内の巡回!九も半分は屯所内に残せ!」
ざわざわとする隊士たち。組長らの指示で数人が追いかけて行くが、彼らを追跡するのは困難だろう。
身の危険は去ったが、弥月の中にモヤリとしたものが残る。
次はいつになるか…
時間がない。南雲薫が来るか、慶応が終わってしまうか……のんびりと待っている時間はない。
負けないための情報が欲しい
ギリッと奥歯を噛む。
「今のはなに」
「…!」
隣から冷たい声で問われる。横目でそちらを見たが、沖田さんは指示を出す平助を見ていた。
「…因縁の宿敵、って奴ですね」
沖田さんは風間を見て、彼らが池田屋の時のそれと気が付いていた。
「じゃあ、あのガラの悪い男は。仲良さそうだったじゃない」
仲良さ……?
「……まあ傷物にされましたから」
「は…?!」
「2年前のココの銃創。撃ったのあの男です。恨みは大きいですよ」
自分の横腹をトントンと指差す。
沖田さんは今度はこちらを見て、納得がいかない顔をしていた。一応、臨戦状態ではあったのだけれど、彼には敵と悠長に話しているように見えたのだろう。
「っていうか、どこをどう聞いたら仲良しに見えるんですか」
「…」
「まさか、腰の肉?」
彼はグッと口を引き結んだ。セクハラされていて仲が良く見えるなんて酷い話だ。
「私、良い女らしいですよ」
「!?」
「あの強姦男は、強気な女が好みなんですって」
フンッと鼻で笑ってしまう。あくまで”女鬼だから”という前提条件があってこそだ。告白されるなら、兄弟になってくれという隊士の方がよっぽど心に響いた。
内心で溜息を吐きながら、踵を返す。面倒だが、騒ぎになってしまったので、局長らに報告に行かなければならない。
「しかも、自分好みに合わせて太れだなんで、めっちゃ失礼だと思う」
「ちょっと待っ」
「痛ッ!」
ぐっと腕を掴まれて弥月は悲鳴を上げる。慌てて沖田は手を放した。
「え…っ」
「ッたー…」
「ごめん!」
「いえ、大丈夫。ここ殴られただけ……わぉ。やっぱ折れた?」
「!? 大丈夫じゃないじゃない!」
「いえ? 動くからヒビ入った程度かな」
自分事ながら気の毒だとは思うが、すっかり怪我することに慣れてしまった。ぐーぱーぐーぱーと手を動かす。響いて地味に痛い。
「こっち来て」
「ちょっ…掴むところないからって襟首掴まないで!」
微妙に配慮されているが、言ってくれたら付いて行くから。たぶん。
沖田に引きずられながら、弥月は「平助」と声をかける。
「たぶん追いかけるのムリだろうから、ある程度で諦めたらいいと思うけど…伝令、八か九番組から出せる? 一は残したい」
「分かった。弥月、怪我したのか?」
「ちょっとね。平助が頭カチ割られたときの痛みが、今ここにある」
「うわッ…痛そうだな…」
ゲェという顔をされた。こういう時、過剰な心配をされないから彼は気安い。
だってどうせすぐ治るし
腕だって脚だって、首ですら後遺症なく治った。しばらく人並みには痛いが、山南さんの時のような今後の心配はないのだ。
平助に「あとよろしく~」と手を振った。
***