姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
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***
土方の指示どおり、弥月が屯所に戻ってきたのは昼過ぎ。
弥月は治療室の戸を開けて、布団に寝転がっている三名を見下ろす。
「あなた達は何ですか。下痢?」
「そっす…腹壊しっす…」
「何日目?」
「五日目…そっちのは三日目…」
返事をした人よりは、ぐったりとしている二名。
それを横目に、彼らの枕元にある水や薬の残り、千鶴ちゃんの表書きできちんと整頓された薬棚の中を確認する。在庫は数日分きちんと用意されていた。
「…分かりました。とりあえず、今からご飯作るから食べて下さい」
「むり…」
「気持ち悪い…」
三日目と言われた男達が手をパタパタと振る。食べても吐くと言いたいのだろう。
サッ、サッと首と額に手を当てるが、熱はなさそうだ。
「…お腹薬の百草。山崎さんに託されたから、飲んで、食べて下さい」
外回りをしている中で、屯所内のことまで気を配るのだから、烝さんは本当によくできた御人だと思う。
「ムリっす…」
「治す努力をしてください。身体は拭きませんが、洗濯はします。私が戻るまでに下を拭いて、自力で褌(ふんどし)替えててください」
「…」
汚物の入った桶を持ち上げて、部屋を一旦出ていこうとすると、背に「鬼…」という小声が聞こえた。
千鶴ちゃんに甘やかされてるな、あの人たち
そもそも三日や五日目ともなれば、千鶴ちゃんだって、そろそろ尻を叩く頃だったはず。もし彼らが今もヤバい状態なら、彼女が待機組に任せていくはずがない。
厠の裏に穴を掘って汚物を埋める。ここまで世話をしてやってる奴に対して、なにが鬼だ。
手を泡々で洗って、次に各部屋を見て回る。暑くてどこの部屋も開け放たれていたため、確認はいくらか楽だった。
転がっている大方は中熱で、何人か身体を冷やしすぎた夏風邪という人もいた。
平助は…千鶴ちゃんに任すとして…
今夜の不寝番の八番組の部屋で、他の隊士とともに横になった後ろ姿を見たが、敢えて避けていく。ご飯を運んだときにでも声をかけてみよう。
そして、閉め切られた一番組の部屋。
スパンッ
「換気!」
「…」
「咳、出ますか?」
「…たまにね」
いつも通り奥の隅っこで、沖田さんは布団で横になっていた。
ただ、症状が咳だけにしては、彼が真っ昼間に寝間着のまま布団で寛いでいるのには、少し不信感がある。
「ちょっと失礼します」
「!」
傍でしゃがんで、首元で熱さを診る。
触られて吃驚したらしく肩が跳ねていたが、そのまま大人しくしているところを見るに、病人の自覚はあるらしい。
「…熱、ありそうですけど。しんどい?」
「…」
「ご飯食べれますか?」
「…要らない」
「粥か米かどちらが良いですか?」
「…」
「食欲がないだけで、吐き戻してるわけじゃないですね?」
「…ない」
「分かりました」
スックと立ち上がって、勝手場に向かう。出てきた部屋から咳をする音が聞こえた。
今朝炊いただろう釜のご飯はきちんとなくなっていたので、新たに米の袋を掴んだ……が、そこで手を止める。
今日くらいは白米でも許されるよね?
昨年くらいから米の値上がりが止まらず、馬鹿高くなっているらしい。困った勘定方さんが、土方さんを通して千鶴ちゃんと話しているのをたまたま聞いた。
そして、私の提案で、米に麦や雑穀を混ぜるようになったのだ。
元武家の方々からは「みすぼらしい」やら「馬鹿にしてるのか」やら、散々な言われようだったが。副長の「なら食うな」の一言で概ね片付いた。伊東さんも最初は固まっていたが、「清貧」がどうのと自分を納得させたそうだ。
とはいえ、主食を本当に食べなくなった人もいるらしいけれど……自腹で外食するなり、好きにすればいい。
脚気(かっけ)だっけ? 白米しか食べないとなるやつ
社会科か家庭科かで学んだと思うのだが。その脚気とやらが何かは知らないから、いつものことながら中途半端な豆知識だ。
さて…
三十人分くらい一人で作れば良いかと思ったのだけれど。火の消えた竈を見て思い直し、人の声がする境内へトコトコと向かう。
「一番組、蟻さん伍長、以下五名、集合してください」
他にもその場に隊士はいたけれど、馴染みの彼らが頼みやすい。
「帰ってたんすね。どうしました?」
「晩ご飯作るので、火起こししてくれる人募集です。あれ苦手で」
「あー、なるほど。飯作ってくれるのは助かります。全員じゃなくていいすか?」
それに頷いたが。問いかけると二名が挙手したので、それならありがたくと、二人とも借りていく。どちらも一ヶ月共に過ごした元組下だった。
「沖田さん、ずっと調子悪そうですか?」
「ここんところ、ちょっと咳多いなぁとは思ってましたね」
「そうそう。蟻通伍長が医者に行ったかってお訊きしただけで鬱陶しそうにされるから、伍長が気の毒で」
「あーね…寝込んでるのは今日だけですか?」
「今日だけですね」
「警護に出るつもりで、昨日水浴びてたから酷くなったんじゃないかなぁ…」
「なるほど…」
近くにいる組下の情報が一番正確だ。
彼らと上洛の行列の様子や、最近の一番組の話などしながら調理に勤しむ。五番武田組が事あるごとに因縁をつけてきて折り合いが悪いらしいが……原因のひとつが私だとは何となく知っているらしい。居なくなった身で申し訳ない。
そして、出来上がった膳をそれぞれの部屋に届けていく。手伝いのおかげで時間が早いので、元気な人の分はもう少し後だ。
治療室の無理やら何やら言っていた彼らにも、ぐずぐずに煮た粥と鰹味噌や刻んだ梅干しなどの薬味を渡す。三人ともきちんと褌を替えていたので褒めておく。やればできる。
「はい、沖田さんの分。今日のお汁はさつまいもの葉」
「…ありがとう」
今度は文句も言わずに、のそりと起き上がった彼。本当に調子が悪そうだ。
沖田は膳の前に正座をして、じっと椀を見る。
「…お粥好きじゃない」
「………安心しました」
意味が分からないという顔をされたから、なんでもない事と頷いておく。そう言いながら匙を持っているのだから、まだ可愛らしいものだ。
「そんな沖田さんには、特別にこれあげます」
横に置いていた笹包みを開けて、膳の上に乗っける。
「…佃煮?」
「ついでに言うと、その粥、出汁で崩して味もあるので食べやすいと思いますよ」
本当は卵があったら良かったのだけれど、帰りがけにそこまで準備はしてこなかった。とりあえず食べろと、手で勧める。
「……うん」
「少なくとも、斎藤さんよりは濃い味で、沖田さんよりは薄味の自信があります」
「その余計な一言がなければ美味しいよ」
「そうでしょうとも。なんせ山南さんとご飯屋さんを経営する約束をした仲ですから」
フフッと笑う。それは試食係としてだが、米から粥を作る程度ならお茶の子さいさいだ。
「小魚の佃煮も良ければどうぞ」
「…おいしい」
「それは良かった。大津土産です」
「…任務中に何してるのさ」
「折角遠出するなら、ちょっとくらい楽しみがないとねー」
関西よりも甘みの少ない江戸前の味だという触れ込みだった。勿論、自分が食べるために買ったのだが、喜んでもらえたなら良かった。
黙々と食べ勧める彼を見て満足する。
「じゃあ、私もご飯取ってこよ」
「…ここで食べるの?」
「はい。沖田さんの場合、見てなきゃ食べないでしょ」
「…食べるよ」
「佃煮半分は私のだから、全部食べちゃダメですよ」
「僕の話聞いてる?」
弥月はニッと笑う。沖田は呆れた顔をしたが、少しだけ口の端が上がっていた。
***
土方の指示どおり、弥月が屯所に戻ってきたのは昼過ぎ。
弥月は治療室の戸を開けて、布団に寝転がっている三名を見下ろす。
「あなた達は何ですか。下痢?」
「そっす…腹壊しっす…」
「何日目?」
「五日目…そっちのは三日目…」
返事をした人よりは、ぐったりとしている二名。
それを横目に、彼らの枕元にある水や薬の残り、千鶴ちゃんの表書きできちんと整頓された薬棚の中を確認する。在庫は数日分きちんと用意されていた。
「…分かりました。とりあえず、今からご飯作るから食べて下さい」
「むり…」
「気持ち悪い…」
三日目と言われた男達が手をパタパタと振る。食べても吐くと言いたいのだろう。
サッ、サッと首と額に手を当てるが、熱はなさそうだ。
「…お腹薬の百草。山崎さんに託されたから、飲んで、食べて下さい」
外回りをしている中で、屯所内のことまで気を配るのだから、烝さんは本当によくできた御人だと思う。
「ムリっす…」
「治す努力をしてください。身体は拭きませんが、洗濯はします。私が戻るまでに下を拭いて、自力で褌(ふんどし)替えててください」
「…」
汚物の入った桶を持ち上げて、部屋を一旦出ていこうとすると、背に「鬼…」という小声が聞こえた。
千鶴ちゃんに甘やかされてるな、あの人たち
そもそも三日や五日目ともなれば、千鶴ちゃんだって、そろそろ尻を叩く頃だったはず。もし彼らが今もヤバい状態なら、彼女が待機組に任せていくはずがない。
厠の裏に穴を掘って汚物を埋める。ここまで世話をしてやってる奴に対して、なにが鬼だ。
手を泡々で洗って、次に各部屋を見て回る。暑くてどこの部屋も開け放たれていたため、確認はいくらか楽だった。
転がっている大方は中熱で、何人か身体を冷やしすぎた夏風邪という人もいた。
平助は…千鶴ちゃんに任すとして…
今夜の不寝番の八番組の部屋で、他の隊士とともに横になった後ろ姿を見たが、敢えて避けていく。ご飯を運んだときにでも声をかけてみよう。
そして、閉め切られた一番組の部屋。
スパンッ
「換気!」
「…」
「咳、出ますか?」
「…たまにね」
いつも通り奥の隅っこで、沖田さんは布団で横になっていた。
ただ、症状が咳だけにしては、彼が真っ昼間に寝間着のまま布団で寛いでいるのには、少し不信感がある。
「ちょっと失礼します」
「!」
傍でしゃがんで、首元で熱さを診る。
触られて吃驚したらしく肩が跳ねていたが、そのまま大人しくしているところを見るに、病人の自覚はあるらしい。
「…熱、ありそうですけど。しんどい?」
「…」
「ご飯食べれますか?」
「…要らない」
「粥か米かどちらが良いですか?」
「…」
「食欲がないだけで、吐き戻してるわけじゃないですね?」
「…ない」
「分かりました」
スックと立ち上がって、勝手場に向かう。出てきた部屋から咳をする音が聞こえた。
今朝炊いただろう釜のご飯はきちんとなくなっていたので、新たに米の袋を掴んだ……が、そこで手を止める。
今日くらいは白米でも許されるよね?
昨年くらいから米の値上がりが止まらず、馬鹿高くなっているらしい。困った勘定方さんが、土方さんを通して千鶴ちゃんと話しているのをたまたま聞いた。
そして、私の提案で、米に麦や雑穀を混ぜるようになったのだ。
元武家の方々からは「みすぼらしい」やら「馬鹿にしてるのか」やら、散々な言われようだったが。副長の「なら食うな」の一言で概ね片付いた。伊東さんも最初は固まっていたが、「清貧」がどうのと自分を納得させたそうだ。
とはいえ、主食を本当に食べなくなった人もいるらしいけれど……自腹で外食するなり、好きにすればいい。
脚気(かっけ)だっけ? 白米しか食べないとなるやつ
社会科か家庭科かで学んだと思うのだが。その脚気とやらが何かは知らないから、いつものことながら中途半端な豆知識だ。
さて…
三十人分くらい一人で作れば良いかと思ったのだけれど。火の消えた竈を見て思い直し、人の声がする境内へトコトコと向かう。
「一番組、蟻さん伍長、以下五名、集合してください」
他にもその場に隊士はいたけれど、馴染みの彼らが頼みやすい。
「帰ってたんすね。どうしました?」
「晩ご飯作るので、火起こししてくれる人募集です。あれ苦手で」
「あー、なるほど。飯作ってくれるのは助かります。全員じゃなくていいすか?」
それに頷いたが。問いかけると二名が挙手したので、それならありがたくと、二人とも借りていく。どちらも一ヶ月共に過ごした元組下だった。
「沖田さん、ずっと調子悪そうですか?」
「ここんところ、ちょっと咳多いなぁとは思ってましたね」
「そうそう。蟻通伍長が医者に行ったかってお訊きしただけで鬱陶しそうにされるから、伍長が気の毒で」
「あーね…寝込んでるのは今日だけですか?」
「今日だけですね」
「警護に出るつもりで、昨日水浴びてたから酷くなったんじゃないかなぁ…」
「なるほど…」
近くにいる組下の情報が一番正確だ。
彼らと上洛の行列の様子や、最近の一番組の話などしながら調理に勤しむ。五番武田組が事あるごとに因縁をつけてきて折り合いが悪いらしいが……原因のひとつが私だとは何となく知っているらしい。居なくなった身で申し訳ない。
そして、出来上がった膳をそれぞれの部屋に届けていく。手伝いのおかげで時間が早いので、元気な人の分はもう少し後だ。
治療室の無理やら何やら言っていた彼らにも、ぐずぐずに煮た粥と鰹味噌や刻んだ梅干しなどの薬味を渡す。三人ともきちんと褌を替えていたので褒めておく。やればできる。
「はい、沖田さんの分。今日のお汁はさつまいもの葉」
「…ありがとう」
今度は文句も言わずに、のそりと起き上がった彼。本当に調子が悪そうだ。
沖田は膳の前に正座をして、じっと椀を見る。
「…お粥好きじゃない」
「………安心しました」
意味が分からないという顔をされたから、なんでもない事と頷いておく。そう言いながら匙を持っているのだから、まだ可愛らしいものだ。
「そんな沖田さんには、特別にこれあげます」
横に置いていた笹包みを開けて、膳の上に乗っける。
「…佃煮?」
「ついでに言うと、その粥、出汁で崩して味もあるので食べやすいと思いますよ」
本当は卵があったら良かったのだけれど、帰りがけにそこまで準備はしてこなかった。とりあえず食べろと、手で勧める。
「……うん」
「少なくとも、斎藤さんよりは濃い味で、沖田さんよりは薄味の自信があります」
「その余計な一言がなければ美味しいよ」
「そうでしょうとも。なんせ山南さんとご飯屋さんを経営する約束をした仲ですから」
フフッと笑う。それは試食係としてだが、米から粥を作る程度ならお茶の子さいさいだ。
「小魚の佃煮も良ければどうぞ」
「…おいしい」
「それは良かった。大津土産です」
「…任務中に何してるのさ」
「折角遠出するなら、ちょっとくらい楽しみがないとねー」
関西よりも甘みの少ない江戸前の味だという触れ込みだった。勿論、自分が食べるために買ったのだが、喜んでもらえたなら良かった。
黙々と食べ勧める彼を見て満足する。
「じゃあ、私もご飯取ってこよ」
「…ここで食べるの?」
「はい。沖田さんの場合、見てなきゃ食べないでしょ」
「…食べるよ」
「佃煮半分は私のだから、全部食べちゃダメですよ」
「僕の話聞いてる?」
弥月はニッと笑う。沖田は呆れた顔をしたが、少しだけ口の端が上がっていた。
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