姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応元年閏五月二十二日
昨年末に幕軍による長州征討は完了した。しかしながら、今年二月、高杉晋作が挙兵をしたことにより、再び開国倒幕派が長州藩政の実権を握る。
それに対し、幕府は長州再征にあたり朝廷の勅許を得るため、将軍は三度目の入京することとなった。
一行は最後の宿泊予定地として膳所城に滞在する予定であった。しかし、膳所藩士が将軍の暗殺計画を企てているとの密告が会津藩にあり、急遽、宿泊地は大津へ変更される。
先日、新選組はその暗殺計画の首謀者とされる膳所藩士を捕えた。それからも監察方・尾関らは倒幕派諸藩の動向確認に当たり、山崎と島田らは大津周囲を警戒しながら将軍を待っている。
そして、今日、弥月は将軍が大津を出発すると同時に、一足先に京へ向かい、三条蹴上で新選組本隊と合流する。
「すっごいよ、土方さん!」
「…簡潔に言え」
弥月は土方を見つけて、開口一番、キラキラした顔で話し出した。
「大行列が超超超長くてね!先頭のとこから後ろ端が全ッ然見えないの!! すっごい大名行列って感じ!」
「大名じゃねぇよ…」
「あら、弥月さんは参勤などを見るのは初めてかしら?」
「初めてです!前の上洛のときは海路で来はったからか、人数全然違うくて!
本当、人すっごいですね!あれ要ります?!」
「そうねぇ…要るかしらねぇ」
伊東は袂で口を隠しながら、コロコロと笑う。
「矢代、報告は」
「はい!滞りなく大津を出発してます! けど、ちょっとした問題があって。護衛の付き方についてなんですが…困った事に、どうにも将軍を乗せた籠が多すぎて…」
「「「は…?」」」
「いや!いえっ! ちゃんと元藩士の服部さんらにも確認してますよ!?
列の途中途中に同じような籠がたくさんあるんですッ! けど、格式は同じだそうで、どれにホンモノの将軍が乗ってるのか分からないんです!!」
「…なるほどな」
将軍は御所に直接参内する予定だ。新選組は見廻組とともに、二条城までの群衆整理と警備、入城後の各門の警護を言いつかっているため、すでに御所までの街道沿いに分散している。
しかし、事前の会津からの報せに、籠が複数あるという話はなかった。
「近藤さん、見廻組にも確認を」
「ああ。雑踏に割く人員よりも、籠ごとに人数を充てた方がいいだろう。会津に進言してみよう」
「そうだな。籠が一つならいざ知らず…眼も壁も多い方が良いだろう」
「前触れの先供(さきども)が来るまで四半時もないでしょうから、進言するならそちらを優先で急ぎましょう」
近藤と伊東は、会津の老中が控えている陣へと駆けていく。
「おまえは将軍が到着次第、屯所へ戻れ。他は二条城へ連れていく」
「承知しました」
土方は弥月へ指示をして、見回り組の陣へ向かう。
そうして局長らが急に動き出したことと、弥月が帰営した姿を見つけて、近くにいた隊士たちが騒めいた。
「もうすぐか! 緊張するなぁ!」
「天気ももちそうだしツイてますな!」
その声に釣られて、弥月も空を見上げる。梅雨の薄い灰色の雲が一面を覆ってはしていたが、今日は風も弱く、降ってもポツポツ程度で済みそうだった。
「…あれ。一番組じゃない?」
平隊士の誰がどこに本配属されたか、完璧には覚えていないけれど。ここに居るのは少なくとも一番組ではなかった。
将軍出迎えの人員として、局長らと先頭を張ってるのが二番組・三番組らしい。
口から出た疑問に、目の前にいた新八さんが答えてくれる。
「組長が出動できない一、八と、九番組が屯所待機することになったんだよ」
「んん? 沖田さんと平助が、なぜに?」
総力を以てあたるよう通達があったと言っても、当然、屯所を空にするわけではない。それは分かっているけれど。
平助なら、お祭り騒ぎに、喜び勇んで来そうなのに
「どっちも体調悪ぃんだと」
「ふーん…」
沖田さん、ひっどい咳してたから、平助に移ったかな……それか、また去年の二の舞か…
ここのところ本格的に暑くなってきていて。まるで恒例行事のように、傷んだものを食べて腹を下したものや、中熱になっている人が増えている……と、報告のために屯所を往復した烝さんが、溜息交じりに言っていた。
「雪村はこちらに居る故、気にかけてやってくれ」
斎藤さんが言った。
「え? 千鶴ちゃん来てるんですか?」
「ああ、有事の際に事に当たれるようにと、左之の所に同行している」
「はぇー…燃えてるなぁ…」
彼女は見た目より体力があるから、同行については心配することはないだろう。
そもそも、列に連なるあの人の多さを見て、斬りこんで来る輩はいないだろう。決死の覚悟でも、その甲斐が想像できない。
つい先日、獄中の土佐藩士が切腹したり斬首されたりした件で土佐の動きはあったが。大行列をぶった切れるほどの、不穏な多勢は確認されていない。
あるとしたら、狙撃かなぁ…
ライフルなら誰かが気づくだろうけれど、小銃で謀られたら止めようがない。だから、籠の周りは人間の盾だ。
困るよねぇ…武器の進化
これからどこまでも続いていく兵器の発展。先日屯所に搬入された銃火器も、半年前のものより少し使いやすくなっていた。すでに刀二本に固執していては成り立たなくなりつつある。
そう思って隊士達を見まわすが、それらしい道具を持っている隊士はいない。見回り組にもいない。全くもって同意だ。
それから戻ってきた土方さんに一声かけて、御所までの経路をたどっていく。その途中で、浅葱色の集団の中に、桃色の小袖を見つけた。
「千鶴ちゃん」
「弥月さん!お変わりありませんか!?」
あー…マジで癒し…
嬉しそうにトトトと寄ってくる彼女。その頭をなでなでしたくなる気持ち、今なら分かるぞ、そこの左之さん。
「もう来るのか?」
「ぼちぼちですね。色々あって隊列変わるかもですけど、先供来るまでに上申が間に合うかは微妙かな」
「分かった」
お互いに頷き合う。
「それで。私、この後屯所待機になるんですけど。千鶴ちゃん。沖田さんと平助の体調悪いの、何か聞いてる?」
すると、千鶴ちゃんの動きがピタッと止まる。そして、あからさまに答えに窮して、「え…っ、と…」と口籠る。
原田さんと視線を交わすが、彼も不思議そうにしていて心当たりが無いようだった。
「ごめん。そんなに言いづらいことだった? 口止めされてる?」
「あっ…いえ、そういう訳ではないんですけど…」
千鶴は一度左之助の方をちらりと見て、それから他の隊士が離れているのを見て、意を決したように頷く。ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「たぶん……たぶんなんですけど、平助君、体調は問題なくて…」
「…?」
「…落ち込んでて…京が…見ない間に変わったって…」
弥月はもう一度左之助に視線を送るが、彼も眉根を寄せて首を横に振る。
「…どういうこと?」
「この前巡察のときに、人も街も、見ない間に変わったって…」
「は? 変わった…?」
「…だから、落ち込んでるというか…それが何か…とても引っかかるみたいで…上の空、というか…」
千鶴ちゃんの言葉はそれ以上続かなかった。根拠らしい根拠はないが、彼女が口に出すほどには、そういう素振りがあったという事だろう。
平助がいる屯所の方角へと、弥月は顔を向ける。
「………は?」
「まあ、変わったっちゃ、変わったよなぁ」
左之助は息を吐きながら、肩を竦める。その語り口は「分からんでもない」と言っていた。
は?
けれど、私は納得できなかった。
「そりゃあ、向こう一帯焼け野原の頃出かけて、祇園も焼けて、屯所も変わって、山南さんもいなくって。私だって何回か死にかけたわ。たった半年でも、場所も人も同じなわけないじゃん。馬鹿なの?
伊東さんに影響されて賢くなったかと思ったのに、やっぱり馬鹿なの?」
「えっ…と」
「なんで一人で感傷に浸る…いや、主人公きどりか……何で?帰ってきた時は普通だったじゃん。きっかけは何?」
「落ち着け、弥月」
「いや、これが落ち着いてられるかってんだ。それで隊務放棄って舐めてるでしょ」
「弥月、声抑えろ」
「…だって、新選組…辞めたいなら兎も角…じゃん」
最後は口をすぼめて小さい声で付け加えた。
「…確かに、そういう動きをした奴は尽く辞めていったな」
「え…?」
左之助の重い声と、戸惑う千鶴に、弥月は神妙にコクンと頷く。
「詐病ね、今まで何人かあったの。基本的に脱隊は許されないけど、やまれぬ事情で離隊することはあって。その人らもある程度は追跡してるから、後から分かったことだけどね」
それは元々間者だった可能性を考慮しての追跡だった。実際に長州藩士に情報を渡そうとしていたところを、監察方が斬る結末になったことがある。
左之助は顎に手を当てながら、諫めるように「弥月」と。
「そうと決まったわけじゃねえし、あんま責めてやんな。……仮にそうだとしても、原因はそれだけじゃねぇだろ」
「…分かってますよ。分かってますけど、それを望んだのは平助でしょ」
「それを分かってるから、あいつも悩むんだろ」
「……」
左之さんの言いたいことも理解はした。けど、やっぱり納得はできない。
だって、似合わない
「…平助が何考えてるか知らないけど、組長がそんなんじゃ、監察方としては由々しき事態」
キッと視線を上げる。
「ということで、千鶴ちゃんに任務です」
「え?」
「ばかタレが何考えてるか探ってきて」
「えぇっ!?」
「…無理にとは言わねぇけどな。俺達と立場が全く違う千鶴だからこそ、気安く話せることがあるかもしれないからな。気に掛けてやってくれ」
怒った顔をしている弥月とは違って、左之助は困った顔をして譲歩したが。
それでも千鶴には無茶なお願いに聞こえて、「えぇ…」と困惑して眉をㇵの字にした。
「聞いてやるだけで構わねえ。しんどい時に誰にも言えない事ほど辛いことはねぇからな」
「が…頑張ります…」
「頑張る必要はねえよ。ただ近くに居てやってくれ」
小さく拳を握った千鶴に、左之助は苦笑いする。
「じゃあ、沖田さんは?」
「沖田さんは、咳をしていたので大事を取るようにって、土方さんから指示があったので」
「ああ、そっちはそうなんだ……そうだ、それで千鶴ちゃんに訊きたいことがあ」
したーにー、したーにー、したーにー…
「あ」
「来たか!」
東の方から群衆整理が始まっている気配はしていたが、ついにその声が聞こえた。
上申は通らなかったか間に合わなかったようで、もう少し頑張って走って来ればよかったと、弥月はちょっと申し訳ない気持ちになった。
「…千鶴ちゃんに訊きたいことがあるけど、また今度!」
「お気をつけて!」
言い終わる前に、再び蹴上に向かって走り出していた弥月の背に、千鶴は手を振って叫んだ。
***