第8話 二条城警護

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***



 今日の夕餉の当番は一番組だった。私はただひたすらに玉ねぎの皮を剝き続け、沖田さんは根と茎、戻ってきた白い球から芯を取り除き続ける。


「これ、もう一枚剥いて」

「ううん。これは上半分切ってください。下食べれます」

「じゃあ蟻通さんに任せる」 
 
「…うっす」
 


  工場か



 前は玉ねぎの処理も一人一つずつ進めていたのだが、流れ作業に変わっていた。芋の皮を剥く係と、刻む係も分担されている。千鶴ちゃんは全体の進行の調整をしていた。
 隊士の人数が百人を超えて、”洗い物は各組で終わらせてくる”など、台所事情は色々変わったけれど、特に文句も出ることなく上手く回っているらしい。
  

 それぞれの組に配達が終わって、弥月は「ふぅ」と息を吐いた。

 一番組隊士はそれぞれ自分の膳を持って部屋に戻り、弥月と千鶴と沖田は、近藤らの分を重ねて小広間へ向かう。


「そういえば弥月さん、前に私に姉妹がいるかって訊かれましたよね?」

「…うん。それがどうかした?」

「さっき、巡察のときにお会いした、南雲薫さん……沖田さんが私に似てるって仰るから、そういえば前に弥月さんが言っていたような?思ったんです。もしかして、あの方のことでしたか?」

「んー…もしかしたら、そうかも?」


 返事に困って、疑問に疑問で返す。


弥月君は知り合いだったの?」

「もうずいぶん前のことですけど、遠目に千鶴ちゃんのそっくりさんを見かけたことがあって。あの人だったのかもしれませんね」

「ふぅん…」


 嘘を隠すための嘘はいくつも思いついたけれど、言葉を重ねるだけ、沖田さんに怪しまれる気がした。


 南雲の話から想像するに、二人は「東の里」出身の「鬼」らしい。そして「雪村」は徳川に付いていたというからには、里は江戸の方にあったと考える。
 二人が別けられた理由が双子如何はともかく、薫…さんが土佐の「南雲家」へ養子に出されたと考えるのが自然。



  あと問題は…



 女鬼は貴重だからツバを云々と言っていた、あの不同意わいせつ痴漢男。つまり、千鶴ちゃんも対象ということだろう。
 今思い返すと、八瀬の里の子ども達はほとんどが男の子だった。



  同じ理由とすれば”伴侶に”ってことなんだろうけど……姉妹でってなると違うだろうし…
 


 情報は色々持っているけれど、てんでバラバラで、薫の考えていることが分からなかった。


 弥月は両手が塞がっていたので、足で広間の障子を開け払う。それぞれに膳を並べて、端に積みあがった座布団を出した。

 沖田はふと顔を上げて、千鶴をまじまじと見る。


「網道さんって、実の父親?」

「え?」

「今さらだけど、やっぱり全然似てないなーと思ってさ。実は南雲千鶴とかありえないかな?」

「似てないとは昔からよく言われましたけど、ずっと父様が父ですよ?」

「ふーん」



  …南雲薫の父親?



 千鶴ちゃんは母親は亡くなっていると言っていた。南雲薫の話に”里にいたころの母”の話はあったが、父親…雪村綱道は出てこなかったように思う。



  今の所在を知ってる、から?



 南雲薫は千鶴ちゃんが新選組にいることを恐らく知っていた。



  関心がないだけの可能性もある、けど…



「じゃあ、僕たち呼んでくるから、千鶴ちゃんはお櫃もってきてくれる?」

「分かりました」


 弥月は千鶴の後に続いて、近藤さんらを呼びに一旦広間を出ていこうとしたけれど。後ろからグッと肩を掴まれる。


「で、弥月君。南雲薫とは知り合いなの?」



  沖田さん、か…



「…千鶴ちゃん……いや、皆に内緒にしてもらえるなら」

「いいよ」


 あっさりとした返答。
 
 その真偽を疑いはしたが、これに関しては、恐らく沖田さんが一番信用できる。
 彼は「近藤さん」に関する事柄以外は静観するのが上手い。特に、自分の手の及ぶ範囲でないことには、あまり口出ししない。

 烝さんや斎藤さんに相談したら、「新選組のために」上役に事前に話してしまうだろう。


「双子の姉と、南雲本人から聞いています」

「ふぅん…まあそんなところだろうとは思ったよ。で?」

「…まず、確認したいんですけれど、綱道さんは浪士組とどういう関係ですか?」

「は?」


 何を言ってるんだ、という顔で見られる。想像はついていたけれど、実は知らない。 


「探すように言われて人相書は覚えましたけど、理由は知らないです」

「あ…そっか、知ってるものだと…
 例の薬だよ。幕府経由で浪士組に持ち込んだのは綱道さん。最初は新見さんと二人で研究してたんだ」

「…医者としてではなく、ってことですか?」

「蘭方医ってことは知ってたけどね。誰もそのお世話になったことはなかったよ。
 幕府の要人って話だったし、そんな気軽に診てほしいって頼める雰囲気の人でもなかったし」


 なるほど、それは千鶴ちゃんが言う「町医者の父様」とは一致しがたい。


「…南雲薫は千鶴ちゃんをどこかに連れて行くつもりです」

「? どこかって、どこに。いつ」

「いつかは分かりませんけれど、恐らく、土佐。想像ですけど、綱道さんも土佐にいるかも…」


 土佐勤王派…一昨年八月の政変で弾圧の対象となった。未だ投獄されている指導者・武市の釈放を求めて、まれに動きをみせるが、事実上壊滅している状態ではある。
 それにより現在の土佐藩の内政的には、残る勤王派を斬首することで、公武合体派が主流へと転回している。



  妙に血生臭い藩、なんだよね…
  


「…あの子、何も知らなさそうだよね……南雲って子も、別に千鶴ちゃんのこと好きじゃなさそうだったけど」

「ええ。だから分からないことが多すぎて…ただの想像です」

「なら、秘密にしてほしい理由は?」


 流石、嫌なところを的確に突いてくる。 


「…南雲薫、私より強いです」


 沖田さんがキョトンとする。それから、そんな馬鹿なと言いたげに首を捻った。


「今年の年始。大坂で六角大夫捕縛した後、私が怪我して帰ってきたの覚えてます? あれ、南雲薫と一対一でやりあった結果です」

「!!」

「その時に口止めされてます。南雲は千鶴ちゃんを欲しがってはいましたけど、最悪、生死は問わない風で……恐らく彼女を嫌ってもいるので、どこで彼女の癇に触れるか…」

「…なるほど、ね」


 私達が古い知り合いであることは分かったけれど。お互いに記憶が無さ過ぎて、それで何かが変わるとも思えない。
 神出鬼没の南雲薫。千鶴ちゃん自身が人質のようなものだ。



  土佐、か…



 ちらりと坂本龍馬の顔が過ぎったが、繋がりはない。


「…網道さんも、姉も土佐にいるって言うなら、そっち行くのもアリなんじゃない?」

「…生死を問わないっていう人の所に送り出すんですか?」

「…」

「…沖田さん、本配属のときに監察方に戻ってもいいですか?」


 わずかに沖田さんの目つきが鋭くなり、ピリとした空気になる。


「…なんで」

「怒らないで下さい。一番組伍長が嫌なわけじゃないです。立場も…剣術では散々ですけど、皆さんそれなりに納得してくれてますし。
 でも、監察方じゃないと、欲しい情報があるときに動きづらいんです」

「山崎君らに頼めばいいじゃない」

「…沖田さんが私の立場だったら、これ、他の人に頼みますか?」

「…頼むよ」


 今度は弥月が表情を険しくする番だった。

 沖田さんも私の言いたいことは分かっているだろうに、聞き分けの悪い子どものようで、少しだけ苛立った。


「千鶴ちゃんじゃなくて、近藤さんが狙われても?」

「……」

「組長、許可を」

「千鶴ちゃんは…」


 そこで言葉を区切った続きを、弥月は待つ。
 

「…君にとってそんなに大事?」

「…?」


 
  なぜそんなことを聞くのだろうか



「千鶴ちゃんは大事です。沖田さんも、近藤さんも、土方さんも山崎さんも、みんな大事です」

「!」

「沖田さんに命を救ってもらって、ここに帰ってくる時に決めてました。保身のために仲間を見殺しにはもうしないと。私ができうる限りのことをすると」


 自分の首を指でなぞる。そこにもう傷跡は触れない。



  私は、私が最もこの力を活かせる場所で



「…分かった」


 それは殆ど音にならない声だった。


「許可するよ。山崎君に了承は得てるの?」

「いいえ。でも、いつでも回収はしてくれるそうですから」

「…不要になった訳じゃないから」

「あはは!分かってますよ!」


 短い間に色々あったけれど、みんなと仲良くやってきたし、背を預けられる人足りえたと思う。
 笑顔を向けると、沖田さんが少し名残惜しそうな顔をしてくれるのは、かなり嬉しい。


 障子の敷居を越えて、近藤さんらの部屋へと向かう。


「編成の会議ありますよね。私、出られませんし…一番組から外してって、土方さんに言ってもらえませんか?」

「やだね」

「えっ」

「君の勝手で出ていくのに、なんで僕が悪役にならなきゃいけないのさ」

「んグッ…ご尤(もっと)もです…烝さんに頼んどくしかないか…」

「ねえ、その…」

「はい?」


 パッと振り返って見上げると、沖田さんはなぜか狼狽えた。


「いや…やっぱりいいや」

「え。超気になるんですけど…」

「…なんで山崎君…とか島田さんを下の名前で呼んでるの? みんな苗字で呼ぶのに」



  なんで、と言われても……なんで? というか、なんでだっけ?



 弥月が急に足を止めると、後ろの沖田はぶつかってしまい「ちょっと」と不満げに言う。


「……あっ、そうそう。ほら、来てすぐの監禁されてた頃、忍者さん面白い人だなぁ、仲良くなりたいなぁって思って。固っ苦しい人だから、こっちから距離詰めることにしたんですよ。
 島田さんもほら、会議の後、私のこと持って帰ってくれたじゃないですか! 頼りになる~優しい大好き~みたいな?」

「ふぅん…」

「それが?」

「べつに。気になっただけ」

「?」



  よく分からん



 仲が良い人同士が名前呼びしてて、気にする要素がどこがあるのか。


 私を追い越して歩き出した、彼の後ろについて行く。


「…その法則でいくなら、土方さんのことも名前で呼んでみたら良いんじゃない?」

「それは正気じゃない」

「仲良くなれるよ」

「……ーーちょって厳しいかな、流石に」


 一応、想像はしてみたが、その呼び方をしてるのは近藤さんと井上さんだけ。例えば「勇さーん」は戯れに言えても、冗談の通じない土方さんに、それは無理がある。


「じゃあほら、あれで行きなよ」

「あれ?」 

「前、言ってたじゃない。親しみを込めての例え話。山南さんがお父さんで、山崎君がお母さんで、近藤さんがお爺さんで?」

「あー…」

「一緒に言うからさ」

「それ絶対言わないやつ。一人で言わせるやつ」

「お前ら! 俺の部屋の前でくっちゃべんな。他所でやれ!」


 沖田さんと顔を見合わせる。うんうんと彼は頷き、最高に可笑しいと云った表情をしている。



  …
  

  …


  …せーのっ



「「としぞー、ごはんだよー」」



 返事のある前に、二人でゲラゲラ笑いながら走って逃げた。

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