姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
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慶応元年閏五月上旬
千鶴side
「久しぶりだね、平助君と一緒に巡察に出るの」
新入隊士が入ってしばらくは、巡察に同行させてもらうこと自体がなくなっていた。私も私で、どうしたら隊士さんたちに負担が少なく、効率よく食事の準備ができるかを試行錯誤していた。
そうして新編成になって一ッ月が経とうとし、皆が生活に少しずつ慣れてきて。組長らもそれぞれに組員のことを把握して。
先日、晴れて土方さんの許可が出たのだ。
「俺の留守中、新八ッぁんとか左之さんに苛められたりしなかったか?」
「う、うん…」
その問いかけに少し驚く。それは平助君が『彼らならしかねない』と思っているからこその心配の仕方で。
同じ、と思ってくれてるんだなぁ…
平助君も何かと「女の子」と気にかけてくれるのに、今のは女の子としてではなく、「同じ年頃の仲間」として心配してくれたのだ。
「巡察のときもすごく気にかけてくれたし…」
原田さんは周りのことをとてもよく見ている。組下の隊士の様子だけでなく、街の様子まで。彼が巡察中に店先の人に話しかけるときは、何かが変わったことに気が付いたときだった。
そして何かが起こりそうなときは、私の身の安全を真っ先に考えてくれていた。
「父様の手がかりはまだ見つからないけど…」
こうして巡察に同行するようになって、一年を越えてしまった。
この前、沖田さんが言ったように、もう京で探すことに意味はないのかもしれない。
どこにいるんだろう…元気、なのかな…
父様は蘭学を学んでいたけれど、ただの町医者だ。松本先生のような偉い御典医の知り合いもいたけれど、攘夷や鎖国やなど、政(まつりごと)を語る姿は見たことがない。
『しばらく出かけてくる』と言ったその日も、いつものように薬や本、治療器具を仕入れに、大坂や京へ向かったものだと私は思っていた。
それがなぜ新選組…壬生浪士組にいたのかと、以前土方さんに聞いたことがあるけれど。幕府から紹介されて、医者として知り合っただけだと。
でも…
あのときの土方さんのピリとした空気……今なら分かる。あれは事情を探る私への牽制じゃなくて、父様への不信感だった。
考えごとをして暗い表情で俯いた千鶴に、平助は一瞬だけおろおろとした。けれど、息を吸って、軽く手を振り上げる。
バシッ
「きゃ!?」
「元気出せって! そのうちヒョッコリ会えるかもしれないし!」
「…うん!」
ニイッと笑う平助に、千鶴は眉尻を下げてフフッと笑顔を返す。
思い切り背中を叩かれた勢いで、憑き物が落ちたようだった。
この感じ久しぶりだなぁ
平助君は底抜けに明るくて、誰かがどこかに堕ちそうになると、引っ張り上げようとしてくれる。
心和み「ありがとう」と声をかけようとしたけれど。
彼はふと何かが気になったようで、少し厳しい表情になって、辺りを見回す。しかし、脚を止めることなく、他の隊士に声をかけることもなく、ただ硬い表情だけが残った。
「平助君……どうしたの?」
「…しばらく見ないうちに、街も人も…結構変わった気がする」
言いながら、また彼は通りを見渡した。すると、旅籠の店先に座っている町人が気になったらしい。歩を進めながらも、視線を残していく。
けれど、それは男たちを詮議するために見ている様子ではなくて……新緑色の瞳は、遠くを眺めていた。
どこを…何を見ているのだろう
「…平助君?」
「ん?…いやっ、別に!」
私を見ずに、目を細める彼。無理に作ったように、口元が歪んでいた。
「おっ!」
前を見て声を上げた彼に釣られて、千鶴も前を向く。
順路が別だった一番組と、八番組はたまたま合流した。
***
弥月side
先程まで先頭に居た沖田さんと、平助が隊の末尾に付くというので、二隊の先頭は死番の私になった。八番組の死番と順路を確認し、どこで分かれるのかや、街の様子などを共有する。
ゴホッゴホッ!!
…?
隊の後方が止まった気配がしたので、振り向くと沖田さんがうずくまっていて。千鶴ちゃんが慌てて「沖田さん!」と傍らに寄り添った。
酷い咳…
特に体調が悪い素振りなどなかったから、最初は噎せたのかと思ったけれど。思わず蹲まってしまうほどの、どうにも酷い咳のようで。
咳……火事のときだから、二カ月以上前か…
咳止めの話題をしたのはかなり前だった。また風邪をひいたのだろうか。
ゴホッゴホッ!
それにしても酷い…
「…沖田さんが咳してるの見たことあります?」
真後ろにいた組員に訊いてみるが、「いいえ?」と不思議そうに言う。常習的ではない……か、それとも隠しているのか。
猫みたいな人だからなぁ
人と群れないし、超絶マイペース。病気をしても気づかれないように振る舞うのだろう。
…病気?
「やめて!話して!」
「今の…」
頭の中が切り替わる。
弥月はパッと辺りを見回すが、該当しそうな人が見当たらない。今の女性の声はこの大通りからではない。けれど、声は近かった。
路地か…一旦、散らすか
その時、沖田さんが立ち上がって駆ける。その先を見ると、男に手を引っぱられて路地から出てきた女の子。
「サッサと来い!」
「嫌!やめて!」
「やれやれ。攘夷って言葉も君たちに使われるんじゃ可哀そうだよ」
薄紅梅色の着物。華やかな鼈甲の簪。
南雲 薫
「浅葱色の羽織…」
「新選組か…!」
その物々しい様子に怯えた顔で、軒に寄る彼女。
隊の後方の何名かは、沖田と藤堂の後ろで臨戦態勢に入る。前方の隊士達はそれを背にして注意を払いつつ、攘夷志士と名乗る敵の数がそれ以上増えないか、周囲を警戒した。
な…んで
弥月は柄に手をかけたまま、周囲に視線を走らせる。
自分たちの様子に気づいた町人らが慌てて避けていったが、戦闘になることはなく、酔っ払いの男たちは捨て台詞を残して逃げた。
隊士らと目配せをしあい、ホッと息を吐く。
「ありがとうございました。私、南雲薫と申します」
その様子を窺い見る。彼女は自ら名乗り、彼らの前に進み出た。そして、沖田さんに引っ張られて横並びにされる、南雲薫と雪村千鶴。
手の届く、隣で
「ちづ」
「もっときちんとお礼をしたいのですけれど…」
声をかけようとしたが、また一歩進んだ彼女の動作に、弥月はゴクリと息を呑む。薫はまるで千鶴には関心がないかのように、沖田を真っ直ぐに見上げていた。
「今は所用がありまして。御無礼、御容赦下さいね」
その穏やかに笑む横顔と、台詞にゾゾゾ…と這い上がる気持ちの悪さがあった。
男たちに絡まれたとしても、何も問題なく彼女は一人で対処できたはず。新選組の目の前で騒ぎにしたのは、偶然のはずがない。
薫はこちらに向かって歩いてきた。半ば無意識に柄に手をかける。
目が合った
笑った
弥月が口を開こうとしたところで、薫はもう一度彼らを振り返った。
「…この御恩は、またいずれ…」
そしてゆっくりと前に向き戻りながら、弥月に視線を残す。
「また、ね」
「!」
近くにいる私に聞こえるかどうかの大きさで、彼女は唇で呟いた。
…今の、は…全部、偶然…?
そんなはずはない。ならば何故、秘密と言われた姿を晒して接触してきたのか。
「行きましょうか」
隣にいた八番組死番の声に、咄嗟に「ん、はい」と返事をする。
「千鶴、帰るぞー!」
ビクッとして後ろを振り返ると、元居た場所で水たまりを覗き込んでいた彼女。
…そうか、千鶴ちゃんが覚えてるか…私が彼女に話したか…確かめに来たのか…
今まで必要性がなかったから、特に話をしなかっただけだ。けれど、『孤独でいられるよう見張ってて』と言った、南雲薫の「命令」は本気だった。