姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
弥月side
夜、それぞれの部屋の明かりが落ちた後の、門前以外は真っ暗な時間。山南さんに稽古をつけてもらいに行った帰りのこと。
羅刹用宿舎の出入りについて、行きは屯所外の庭園につながる勝手口から入っていくが、帰りは板仕切りを越えて帰ってくるのが、弥月の習慣だった。
それがたまたま偶然、密会の場所と重なってしまった。
誰…?
彼らはそこまで大きくない声で話していたので、内容を知るにはもう少し近づく必要があった。
聞こえたのが偶然とはいえ、元監察方だ。隊内の情報はなんでも知っておくに越したことはないと、私は思っている。
わずかずつ身体をずらして、音を立てないように近づく。彼らの手に持つ明かりに、うっすら見える姿を確認すれば、一人は見知った着物…一番組の新入隊士。
あれは…
「……ーー懇分(ねんごろぶん)になってはくれないか?!」
あー…
…ごめんなさい、聞かなかったことにします
長々と片方の男が小さい声で話していたのだが。そこだけ勢いが良かったのか、大事なところが聞き取れた。これは体育館裏の青春だった。
そして、これが潜伏捜査中ならこのまま動かず待機して、彼らが去るのを待つのだけれど。このまま盗み聞きすることは憚られた……というか、どこまでも続いたら最悪だ。
今結果を聞かなくても、数日たたずに噂で分かるだろう。
そう思って、一歩、一歩下がる。
「ギャッ!」
「!?」
ガサガサガサ…
しまっ、た…
何かを踏んだ。イタチか、猫か。
足元へ顔を向けていたところから、正面に戻すと、ばっちりと二人と目があった。
「…」
「…」
「…」
「…お構いなくー…」
ここまで来たら、堂々と立ち去るしかない。ついでにもう一人の顔も確認できたから、怪我の巧妙だ。
「わたしは矢代さんの事が好きなので、承知できません」
「…は」
「なっ…」
何かを言ったのは、一番組の隊士。
は? 好き?
居合わせただけで、なぜ私の名前がここで出てくるのか。
彼、彼…えっと、…ごめん、確か武田組の人だよね…名前覚えてない……思いを告げて即座に振られたらしい男は、絶望した表情で私をみる。
「だからって…連れて来るなんて…っ」
弥月は首をフルフルと小刻みに横にふる。きっと彼はなにか認識を間違えている。
けれど、私の訴えは彼に通じず、彼は泣きそうな表情で私を睨み、踵を返してどこかへと消えていった。
しばらく呆然と、男が立ち去った何もない跡をながめていたが。我に返って、隣に残るうちの隊士をじろりと見る。
「…あのですね。片思いの彼がフラれちゃうのは仕方ないんですけど。ダシにされるのは超絶迷惑なんですけど…」
明日が怖い。さっきの彼が言いふらすような人だったら最悪だ。
状況的に、断る理由としても、自分の組の伍長が好都合だったのは分からなくもないが……悪手も悪手だ。明日の昼には私達が恋仲という噂が流れているに違いない。
「噂出たら全否定してくださいね」
「…出汁にした訳じゃないです。冗談でもない。こんな事なかったら、言うつもりはありませんでしたけれど」
少し憤慨したように彼は言った。
「だから…けど、……見込みないことも分かってます…から、…けど、返事は欲しいと思ってしまうんです…」
…
…え?
言われてることを反芻し、咀嚼し、ようやく理解した。
「…」
「…」
どう返事をするべきかを迷い続けて。流れる時間はひどくゆっくりに感じられた。
真っ直ぐに、情欲ではなく、敬愛する眼で見られている。
その一方で、私は今いったいどんな顔をしているのだろうか、と冷静に考える自分もいて。
月の明かりもほとんど得られない夜闇。じっと見られていることに、自分の顔がカカカと熱くなっていくのに気付いた。
「――」
口を開いたが、言葉が出てこなかった。
「…わたしは真剣です。隊務には支障は出しません」
弥月は返事も頷きもできずに硬直していたが、男はそれ以上言及することなく深々とお辞儀をしてから、一番組の自室へと帰っていった。
***
「で。伊東さんが来てから、そういう『兄弟として契る』みたいな話、時々聞くじゃないですか。その申し込みが来ないようにしたいなら、誰かに決めればいいって左之さんが教えてくれて。
今後もそういう事が起こりえるなら、もう先手打とうかなって。先手必勝、相手を説得する努力も不要かなって」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ…それで、どうなった? 今のはいつの話だ?」
「昨日。返事はまだしてません」
端的に教えてくれたので、とても分かりやすかったのだが。
眩暈がしそうだ…
その事態が現在進行形なこと然り。弥月君が考えた解決方法然り。今日たまたま会って、それを相談されたという俺の立場然り。
どこから手をつけていいのかさえ分からない。
「とりあえず…その……君に気はないんだな?」
「……ない、ですね」
なんだ、いまの”間”は
当然に即答するだろうと思っていたから聞いたのに。絶妙にホッとはできない、その返事にモヤリとした。
「断る気ではいるんだな?」
「だから、そうですって…」
だから、じゃない!
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。はっきり答えて欲しいなんて、私情が過ぎる。
「彼から言われたのは予想外ですけど、まあ…晴天の霹靂ってわけでもなくて。前にも『その気はない』って断ったときに、明らかに傷ついた顔してたから、もう断るのも嫌だなあって思ってて。
それで考えた苦肉の策なんですけどね、公(おおやけ)の恋人」
「…前にもいたのか。別の男か?」
弥月はこくんと頷く。
「誰だ。というか、その昨日の件も、誰の話だ」
「それは彼の名誉とプライバシー保護のため秘密です」
ーーチッ
「え、今、舌打ちしました?」
「…していない」
信じられないものを見る顔をして「嘘!してましたよ!?」と糾(ただ)す彼女。その意味が何なのか、もう少し考えてくれても良い気がする。
「話は分かったが…君の事情が複雑すぎるだろう」
「そうなんですよねー…私が片思いじゃあんまり意味がないし。かといって、実在する人と『恋仲』ってことにしたら、その人の自由がなくなっちゃうし」
「……」
……
…実在する人…
…
心の中で、善と悪がせめぎ合っていた。彼女の無謀な計画をまず止めろという良心的で常識的ないつもの俺と、たった一言、名乗りを上げろという俺。
彼女と恋仲という設定を想って、思い出されたのは山南総長の葬儀の日。
弥月君が真実は泣いていないと知りながら、あまりに芝居がかって大袈裟だとは思いながら…
…彼女が自分に縋りついてくるのを、嬉しいというか可愛いというか役得というか……なんにせよ、不謹慎なことしか考えられなかった出来事を、俺はそっと心のうちにしまっていた。
「…きちんと断るべきだろう。誰にでも”いい人”でいようとする必要はないんじゃないか?」
善が勝った
「分かってはいるんですけどねー…」
「…どうしてもと言うなら、また相談してくれ。当てがある」
「当てがあるんですか?!」
その驚きは最もだ。言った俺も意味が分からない。
にしても、誰だ…
一番組の面々を思い出す。該当しそうなのは数名いたが、まだその性根まで把握はできていない。
手を併せて「ごちそうさまでした」と言う彼女。箸が止まって、顰め面をする俺を見て笑う。
「とりあえず、今日中に断ります。明日からの隊務に支障出かねないし」
「そうしてくれ。というか、その場で断ってくれ」
仮配属のうちに、誰か割り出さなければ…
あまりの危機感のなさに、溜息を吐く。やはりどの組だろうと監察方で回収するべきだったと後悔した。
弥月side
夜、それぞれの部屋の明かりが落ちた後の、門前以外は真っ暗な時間。山南さんに稽古をつけてもらいに行った帰りのこと。
羅刹用宿舎の出入りについて、行きは屯所外の庭園につながる勝手口から入っていくが、帰りは板仕切りを越えて帰ってくるのが、弥月の習慣だった。
それがたまたま偶然、密会の場所と重なってしまった。
誰…?
彼らはそこまで大きくない声で話していたので、内容を知るにはもう少し近づく必要があった。
聞こえたのが偶然とはいえ、元監察方だ。隊内の情報はなんでも知っておくに越したことはないと、私は思っている。
わずかずつ身体をずらして、音を立てないように近づく。彼らの手に持つ明かりに、うっすら見える姿を確認すれば、一人は見知った着物…一番組の新入隊士。
あれは…
「……ーー懇分(ねんごろぶん)になってはくれないか?!」
あー…
…ごめんなさい、聞かなかったことにします
長々と片方の男が小さい声で話していたのだが。そこだけ勢いが良かったのか、大事なところが聞き取れた。これは体育館裏の青春だった。
そして、これが潜伏捜査中ならこのまま動かず待機して、彼らが去るのを待つのだけれど。このまま盗み聞きすることは憚られた……というか、どこまでも続いたら最悪だ。
今結果を聞かなくても、数日たたずに噂で分かるだろう。
そう思って、一歩、一歩下がる。
「ギャッ!」
「!?」
ガサガサガサ…
しまっ、た…
何かを踏んだ。イタチか、猫か。
足元へ顔を向けていたところから、正面に戻すと、ばっちりと二人と目があった。
「…」
「…」
「…」
「…お構いなくー…」
ここまで来たら、堂々と立ち去るしかない。ついでにもう一人の顔も確認できたから、怪我の巧妙だ。
「わたしは矢代さんの事が好きなので、承知できません」
「…は」
「なっ…」
何かを言ったのは、一番組の隊士。
は? 好き?
居合わせただけで、なぜ私の名前がここで出てくるのか。
彼、彼…えっと、…ごめん、確か武田組の人だよね…名前覚えてない……思いを告げて即座に振られたらしい男は、絶望した表情で私をみる。
「だからって…連れて来るなんて…っ」
弥月は首をフルフルと小刻みに横にふる。きっと彼はなにか認識を間違えている。
けれど、私の訴えは彼に通じず、彼は泣きそうな表情で私を睨み、踵を返してどこかへと消えていった。
しばらく呆然と、男が立ち去った何もない跡をながめていたが。我に返って、隣に残るうちの隊士をじろりと見る。
「…あのですね。片思いの彼がフラれちゃうのは仕方ないんですけど。ダシにされるのは超絶迷惑なんですけど…」
明日が怖い。さっきの彼が言いふらすような人だったら最悪だ。
状況的に、断る理由としても、自分の組の伍長が好都合だったのは分からなくもないが……悪手も悪手だ。明日の昼には私達が恋仲という噂が流れているに違いない。
「噂出たら全否定してくださいね」
「…出汁にした訳じゃないです。冗談でもない。こんな事なかったら、言うつもりはありませんでしたけれど」
少し憤慨したように彼は言った。
「だから…けど、……見込みないことも分かってます…から、…けど、返事は欲しいと思ってしまうんです…」
…
…え?
言われてることを反芻し、咀嚼し、ようやく理解した。
「…」
「…」
どう返事をするべきかを迷い続けて。流れる時間はひどくゆっくりに感じられた。
真っ直ぐに、情欲ではなく、敬愛する眼で見られている。
その一方で、私は今いったいどんな顔をしているのだろうか、と冷静に考える自分もいて。
月の明かりもほとんど得られない夜闇。じっと見られていることに、自分の顔がカカカと熱くなっていくのに気付いた。
「――」
口を開いたが、言葉が出てこなかった。
「…わたしは真剣です。隊務には支障は出しません」
弥月は返事も頷きもできずに硬直していたが、男はそれ以上言及することなく深々とお辞儀をしてから、一番組の自室へと帰っていった。
***
「で。伊東さんが来てから、そういう『兄弟として契る』みたいな話、時々聞くじゃないですか。その申し込みが来ないようにしたいなら、誰かに決めればいいって左之さんが教えてくれて。
今後もそういう事が起こりえるなら、もう先手打とうかなって。先手必勝、相手を説得する努力も不要かなって」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ…それで、どうなった? 今のはいつの話だ?」
「昨日。返事はまだしてません」
端的に教えてくれたので、とても分かりやすかったのだが。
眩暈がしそうだ…
その事態が現在進行形なこと然り。弥月君が考えた解決方法然り。今日たまたま会って、それを相談されたという俺の立場然り。
どこから手をつけていいのかさえ分からない。
「とりあえず…その……君に気はないんだな?」
「……ない、ですね」
なんだ、いまの”間”は
当然に即答するだろうと思っていたから聞いたのに。絶妙にホッとはできない、その返事にモヤリとした。
「断る気ではいるんだな?」
「だから、そうですって…」
だから、じゃない!
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。はっきり答えて欲しいなんて、私情が過ぎる。
「彼から言われたのは予想外ですけど、まあ…晴天の霹靂ってわけでもなくて。前にも『その気はない』って断ったときに、明らかに傷ついた顔してたから、もう断るのも嫌だなあって思ってて。
それで考えた苦肉の策なんですけどね、公(おおやけ)の恋人」
「…前にもいたのか。別の男か?」
弥月はこくんと頷く。
「誰だ。というか、その昨日の件も、誰の話だ」
「それは彼の名誉とプライバシー保護のため秘密です」
ーーチッ
「え、今、舌打ちしました?」
「…していない」
信じられないものを見る顔をして「嘘!してましたよ!?」と糾(ただ)す彼女。その意味が何なのか、もう少し考えてくれても良い気がする。
「話は分かったが…君の事情が複雑すぎるだろう」
「そうなんですよねー…私が片思いじゃあんまり意味がないし。かといって、実在する人と『恋仲』ってことにしたら、その人の自由がなくなっちゃうし」
「……」
……
…実在する人…
…
心の中で、善と悪がせめぎ合っていた。彼女の無謀な計画をまず止めろという良心的で常識的ないつもの俺と、たった一言、名乗りを上げろという俺。
彼女と恋仲という設定を想って、思い出されたのは山南総長の葬儀の日。
弥月君が真実は泣いていないと知りながら、あまりに芝居がかって大袈裟だとは思いながら…
…彼女が自分に縋りついてくるのを、嬉しいというか可愛いというか役得というか……なんにせよ、不謹慎なことしか考えられなかった出来事を、俺はそっと心のうちにしまっていた。
「…きちんと断るべきだろう。誰にでも”いい人”でいようとする必要はないんじゃないか?」
善が勝った
「分かってはいるんですけどねー…」
「…どうしてもと言うなら、また相談してくれ。当てがある」
「当てがあるんですか?!」
その驚きは最もだ。言った俺も意味が分からない。
にしても、誰だ…
一番組の面々を思い出す。該当しそうなのは数名いたが、まだその性根まで把握はできていない。
手を併せて「ごちそうさまでした」と言う彼女。箸が止まって、顰め面をする俺を見て笑う。
「とりあえず、今日中に断ります。明日からの隊務に支障出かねないし」
「そうしてくれ。というか、その場で断ってくれ」
仮配属のうちに、誰か割り出さなければ…
あまりの危機感のなさに、溜息を吐く。やはりどの組だろうと監察方で回収するべきだったと後悔した。