姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
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元治元年十月二十九日
「いっち、にい、さ―――ん!」
どうも、矢代弥月です。
みなさんはお忘れかもしれませんが、私が未来から持ってきた刀“顕明連”について、私は忘れておりません。朝日に向かって「1・2・3」を叫ぶことは、相変わらず日課として続けております。
早朝に弥月がその刀を振るようになって早二ヶ月となったが、『三』の振りでの不思議な現象……『太刀筋が残像になって残る』という現象は、すでに二回起こっている。二回目も一回目と同じように、弥月が「あ」と思った瞬間には見えなくなっていたので、その瞬間の説明は割愛する。
「しかしながら、何も起こらないのは、何がいけないのか、私めには何ッにも分かりません」
二回目があったから、一回目の“不思議な現象”は見間違いでは無く、この刀に“何か”あるに違いないという確信ができた。
だから、絶対に諦めない
「ですがー、今日も何も起こらずじまいー…って、あ。山南さん、おはようございます!」
「…おはようございます、弥月君。今日も元気そうですね」
「そういう山南さんはまた徹夜ですか? また後で、稽古、お願いしたいので、ちゃんと寝といてくださいね」
「分かっていますよ。私は今から寝ますので、朝餉は不要です。
貴女の稽古におつきあいした後に昼餉は頂きますと、雪村君に伝えてください」
「はーい、了解です」
完全に昼夜逆転している山南さんを嗜(たしな)めるべきか迷って、他愛無い雑談をふる。
「研究は何か変わりありましたか?」
「…まあ、そうです、ね……」
歯切れ、悪…っ
とは思いつつ、『万能薬』の研究の成果などあるはずもないのだから、歯切れが悪くて当然といえば当然と思う。
けれど、剣技をふるう腕を失った彼が、新しい自分のあり方を模索して、今そこに行き着いているのだろうことは明白で。
私は万能薬には期待していないけれど、医療がいまひとつなこの新選組で、山南さんが千鶴ちゃんと一緒に、後方支援をしてくれたら良いなと思う。
「そういえば、この前の私の血は、ちょっとイイ感じに反応して見えましたけど、試薬に変化はありました?」
「…」
今度は完全に、山南さんの動きが停止した。その眉間には皺が寄っている。
「…どうかしました?」
「弥月君、お伺いしたいことがあります」
「はい」
「貴女は不死身ではありませんか?」
……
「……ん゛?」
なんだって? 不死身って、不死身か?
「私もまさかそんな筈はないと、再三再四熟考した上でお尋ねしています」
私の疑問を理解したつもりらしい山南さんは、それが最もな反応だという風に頷く。
「しかし、先日の自刃の件、沖田君の証言と、残っていた貴女の出血量を確認した限り……たとえ、すぐに首の治療を施したとて、到底助かるものではないと私は思っていました。
けれど、貴女は一月後には前とほぼ何ら変わらない状態で帰って来た。それが私には奇妙に思えて仕方ないのです」
つまり山南さんが言いたいのは、死んだはずの私が生きているのはありえない、と思ってるという事で。
「えっと、それは普通に、『一命を取り止めて良かったよかった』で良くないですか…?」
それでいきなり『不死身』とは……いくらなんでも、突拍子もないというか、研究に感化されすぎというか…
いくら私が丈夫そうだからって、その発想は飛躍しすぎだろう。
「貴女の血、それが鍵でした」
「鍵?」
「他の隊士の血では無かったこと……貴女の血が、試薬の副作用を軽減させる…変化をもたらすのです」
「へぇ。私の血が、ですか」
「近藤さんや土方君に許可は取ってあります。私の研究に、貴女の力を貸して頂きたい」
「…まあ、いいですけど。死なない程度なら」
失踪する前にも似たような、研究に協力してほしい云々の話をした気がするのだが、今更改まって、敢えて、土方さん達に許可を取る必要があったのだろうか。だって、私の血だし。
山南さんの態度に少し違和感を覚えた。彼は遠回しに何かを頼もうとしているのではないか、と。
血、ね
“八瀬の一族は、治癒力が普通の人よりも良い”
残念ながら不死身では無いが、私はどうやら“刻渡り”する不思議な血筋らしいから、それによる何がしかの効果があったのだろうか。
「血、またポタポタっと流せば良いですか」
「ええ、助かります……ですが、日々色々と試してみたいので、できるだけ頻繁に…前回よりも量も多めにお願いしたいのですが」
「毎日たくさんってことですか」
仮に、と想像してみる。
小さな傷を作ったところで、絞って採れる血なんて1ccそこらだろう。仕方ないと諦めて、静脈めがけて痛そうな傷を作ったとして、量多めって10㏄とか?
まあ、その献血を365日したら…
10㏄×365日≒3.5L
…私、死ぬよね?
牛乳パック4本の赤い液体を想像して、悲痛な面持ちをした弥月に、山南は「いえ…」と困った表情で応える。
「傷を作って頂くわけですから、流石にそこまで酷な事は言いませんが…」
「でも、できれば、できるだけ毎日たくさんってことですよね」
「…まあ、液状の間に使用するのと、乾燥後に使用するときの違いなども検証したいので……少々量は頂きたいと思ってはいるのですが…」
「……」
弥月は思わず黙ってしまう。今までのように「いいですよ」と、安易に言ってはいけない気がした。
けれど、山南さんが私へ懇願する表情は、これが最後の頼みの綱とでも言わんばかりで……必要性があって、他の誰でも無く、私にしかできないから、こうして頼んでいるのだとは伝わってくる。
だから、私がそれを断らないと、彼は知っている。
そう。血をある程度提供するだけなら、問題ないはずだ
いいですよ
そう言おうと、一度は思った。そして、口を開こうとした。
けれど、私は本能で感じていた。
危険だ。
断るべきだ、と。
「…―っままで以上の事はしません」
そう。私は何度となく、彼の研究に手を貸してきた。書物の整理をしたり、未来の研究の方法について話したり、血を材料として提供したり。
それを今……今更、土方さん達に許可をとってまで
何をさせるつもりなのか。血の提供で終わるはずがない。
ゴクリと唾液を飲み下した。身震いしそうになるのをグッと堪える。
断って良い場面ではないのかもしれない。私を見る山南さんの視線が刺さるように痛い。
「…そんなに緊張しなくとも、断れば殺そうなどと思っている訳ではありません」
「…」
山南は顎に手を当てて、目を伏せる。そして少しの後、俯きがちになっていた弥月へ視線を送り、ふうと一つ溜息を吐いた。
「血を譲っていただくのも、『量を』とは言いましたが、今まで通り、貴女が不調をきたさない程度で構わなかったのですが…」
「……」
「毎日とも言いません。貧血で倒れられても敵(かな)いませんからね。月に二、三回。体調と相談しながら、というのは如何でしょうか」
全ての依頼を白紙にする気はないのだと……お互いの妥協点を探りたいのだと。
「…そうですね。わざと傷を作るのに、月三回というのも辛いものですから……一、二回はどうでしょうか」
本当は断りたかった。
でも、無下に断りたくもなかった。
「…それなら、まあ大丈夫です」
「ありがとうございます」
ホッとしたような山南の声につられる様に、弥月は顔を上げて彼を見る。
「では、早速ですが、今日の夕食後にでも、あちらへ来て頂くことはできますか?」
今日
山南さんは私を促すように、手を蔵へと指し伸ばし、いつも通りの穏やかな顔でニコリと笑う。
その彼の表情を見て、ひどく薄気味悪く感じてしまった自分自身を、私は許せなかった。
***