姓は「矢代」で固定
第8話 二条城警護
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慶応元年五月十五日
平隊士が増えて、伍長という役職を冠したとしても。
「沖田さん! ストッ、待って待って待ってって!!!」
少なくとも、それは五人の平隊士の長というだけで、組長のお守りは含まれていないはず。
「死ぬって! 意識飛びかかってるから!」
「まだ飛んでないってことでしょ。はい、立つ」
「ーーっぅ…」
「交代!交代!!」
「弥月、交代する人間がいねぇぞー…」
地面と友達になっている新入隊士たち。平助が彼らを上から覗き込んでヒラヒラと手を振った。
「…根性ないなぁ」
「!? 沖田さん、待っ…」
ザバァッ
「目は覚めた?」
飲水用に置いていた桶が空になり、ポイと放りなげられて。倒れていた隊士に当たって「ウッ」と声がした。
弥月は頭を抱えた。沖田に水を被せられて、幾人かはモゾモゾと身動きをしている。
今日は一番組と八番組が合同で稽古をしている。既存の隊士らを平助が監督していて、新入隊士を沖田さんが担当していた。
そして、今、沖田はギリギリ意識を保っている一人の襟首をつかみ上げて、無理矢理に立たせている。
「平助、これどうしたら良いの…」
「いつも最初はこんなもんだからなぁ……まあ、残りたい奴は残るだろ」
平助が「ほら」と指差すと、数名立ち上がろうとしていて。
その力の根源はいったい何…
「…蟻通さんをこれから尊敬する」
「だな。一番組は変わったやつ多いけど、負けず嫌いの権化で総司についていく奴らだからな。もっと強くなるぜ」
確かに、立ち上がったのは一番組に入った者がほとんどだった。そして恐怖よりも、「悔しい」と闘志の勝つ表情をしている。
負けず嫌い度って、どう測ってるんだろ…?
土方さんの組分けが的確すぎて凄い。
「…でも、その場合、私の立場は?」
「んー…立ち上がれない奴の尻を叩くとか?
あ!俺のとこ奴のは、俺が何とかするから! 寝かしてていいからな!」
「他人事と思ってテキトー言ってる…」
「やり方はそれぞれだからな。まあ、他の組長のやり方を経験させる……と、違う顔が見れて面白ェって、今、思ったとこだ。おい、お前、こっちに混ざってみろー」
新人で立ち上がった中の八番組隊士を、既存隊士の稽古に混ぜる。
平助は想像以上にきちんと「組長」だった。
「伍長ねぇ…」
沖田さんが作る屍の中に、私が束ねるべき五人の同士がいるのだけれど。
「もしもし、大丈夫?」
「…」
倒れたままの一番組で最後の人に声をかけてみる。意識はあるが、返事はない。
一つ年下って言ってたなぁ…
配属されて四日間、この人を見ていて分かった事には。目が良いのに、動くより先に頭で考えるから、沖田さんの速さに身体が追いつかない。
「たぶん、あなたは大丈夫。一番組でやってける見込みあるよ」
「…」
「ちゃんと見えてるから…それが大事。あとは勝手に体が動くまで叩き込むだけ。
戦場でどう動くか考えるのは、戦場に出る前に終わらせとくもんだから……まだ時間はあるから、今からゆっくり考えればいい」
「…」
「一番組は死に近いから、冷静で引き時を分かる人が頼りになる。死に急がない賢いあなたのこと、頼りにするよ。これからよろしくね」
「ーーくやしいっ…す…」
泣かせてしまった
地面に突っ伏して肩を震わせる青年の横に、弥月はしゃがんで、ご機嫌な死神による必死の稽古を見守った。
***
戸板の壁の向こう。隊士達は西本願寺の域と思い、坊主達は新選組の管轄と思っている庭園。門主とは、その片隅の土地を使用することだけ合意できていた。
夜もすっかり暗くなってから、弥月は誰にも見られないようその敷地へ赴き、宿舎の勝手場に踏み入る。
「山南さん、減ってない」
「そんなことは有りません。ほら、豆と米がなくなっているでしょう?」
「鳩ですか」
弥月は背負っていた籠を下ろし、中の食材と器を出していく。
「今日の夕餉は、千鶴ちゃん特製切り干し大根だったのでお持ちしてます。食べて下さいね」
「ああ、それはとても美味しいですからね。是非いただきましょう」
嬉しそうな声だったから、これは問題なく食べてくれるだろう。
古くなりそうな食材を回収し、新しいものと取り替える。
山南さんはあまり料理は好きではないらしい。こうして生の食材を用意しても、漬物ばかりが減っている。
「私、今度も一番組になったのでまた来ますけど。来れなくなったら、土方さん派遣しますからね」
「おや、それは手怖い相手ですね」
「…私のこと容易い相手とお思いでしたら、無理矢理、獅子唐を口にねじ込みますよ」
「力比べしてみますか?」
「…」
本気なのか、冗談なのか
獅子唐が嫌いなら嫌いって言えば良いのに。調理済みでも生でも、伏見甘長は辛くないからと言っても、全く減らなかった。
「今日は調子いい日なので、お稽古も喜んで。と、言いたいところですけど、親睦会の途中で抜けてきたので戻ります」
「親睦会?」
「一番組の宅飲みですね。他所とは違って静かにやってますよ」
「沖田君もですか?」
「居るにはいますね。隅の方で一人で飲んでるから、何考えてるんだろうなぁって感じですけど」
「意外ですね…」
「まあ新人との初めての飲み会ですし、彼も大人になったんじゃないですか?」
朝は曇天だったが夜には晴れて。満月が見えていたので、月見酒をしている組がちらほらあった。
「ということで、今日はこれもお裾分け」
腰にぶら下げていた特利を手渡す。ちゃぷんと中身が揺れた音がした。
「…くすねて来たんですか」
「人聞き悪いなぁ。私の分だから良いんです」
「そうですか…少し、一緒に飲みませんか?」
ふむ、珍しい
「あんまり長居できませんけど、お茶出してくれるなら良いですよ」
「ああ、今ちょうどフラスコに沸いたばかりのお湯がありますね」
「…」
いや、まあ、お湯…なんだろうけど…
弥月は立ち上がって、実験中らしいものの中から、湯気の立つフラスコを布で包んで持ち上げる。
くるくると中身を回してみて、無色透明で、沈殿してる物もないことを確認する。
「ふつうのお湯ですか?」
「ふふっ…そうだと言ったら、それを飲んでしまえるのですから、貴女は本当に面白い」
「だってお湯ですよね?」
クスクスと笑いながら、「そうですね」と山南は言う。
「しかし、きちんと土瓶で沸かしますから、少し待ってくださいね」
「…何か入ってました?」
「いいえ?」
入ってたな、これは
そっとフラスコを元の位置へ戻す。危うく何かを飲むところだった。
山南は小さな土瓶に水を満たして、同じ三脚で火にかける。その後ろ姿を見て、弥月はくしゃりと顔をほころばせた。
彼が一献を空にするまでと、月光の下で他愛ない話をする。主には組み分けの結果と、それによる隊士の様子等々。
「…さて、もう戻りますね。明後日が非番なので、手合わせは明日しましょう、夜中にまた来ます」
「……」
「使いたくて治したんですから、使わなかったら勿体ないです」
「…そうですね」
「沖田さんも連れてきて、二対一なんてどうでしょうか?」
「…羅刹化していないときは、人間とそう変わりませんよ。お手柔らかにお願いします」
羅刹化…ね
それに関して聞きたいことがあったのだけれど。話が長くなりそうだったので、今日は一番組のところに戻ることにして、彼に手を振った。