姓は「矢代」で固定
第7話 無軌道な優しさ
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慶応元年五月十日
「おかえりーーー!!」
門前が賑やかになったのに気付いて、皆がそれぞれに建物から出てきた。弥月もお目当てを見つけて一目散に駆け寄る。
「おかえりなさい、斎藤さん!」
「ただいま戻った」
「もうね、もうね!ここんとこ沖田さんの嫌味でお腹いっぱい! 必要なのは整腸剤!じゃなくて、清涼剤!」
「石田散薬か? たくさん仕入れてきた故に…」
「ありがとうございます、出さなくていいです! 清涼剤は斎藤さん!」
約二カ月ぶりの斎藤さんに纏わりつく。近藤さんの時とは違って、ハグを求めるのはさすがに照れくさかった。
「あんたは変わらず、総司のとこにいるのか」
「そうなんです、聞いてください! 違った! いや、違うくはないんだけど、江戸の話聞きたいです!」
「フッ…慌てることはない。局長への報告があるからな。また後で話そう」
「はい!」
斎藤さんも嬉しそうに微笑んでいて。それだけで私も嬉しい。
「変わんねぇなあ…ってか、むしろ図太くなってね?」
「うっわ、平助だ!」
「うわって何だよ!?」
「久しぶりすぎて違和感ある!」
「そっくりそのまま返すわ! 相変わらず頭キラキラさせやがって、眩しいんだよ!」
「源さんの頭よりマシ!」
彼が被っていた笠を乱暴に被され、小突き合ってキャッキャと戯れる。このノリを長らく待っていた気がする。
「おかえり、藤堂君、斎藤君。
矢代君、月代のことは後で話すとして。後ろがつかえてるから中に入ってもらいなさい。部屋割りがまだだから、簡単に案内だけして、一旦、全員を広間に連れていってくれるかな」
源さんも出迎えに来ていたらしい。ヤバい。
言われて後方を見ると、硬い面持ちの男たち。手前の人達は弥月のことを凝視していて、察してニコッと笑いかけた。
「にしても! 聞いてはいたけど、でっけーーーなっ!」
仁王立ちになって、わくわくした顔で屯所を仰ぎ見た平助。
「そっか、平助は初めてだもんね! 行こいこ!」
「おう!」
「矢代、彼らも連れて行け」
「分かってまーすよー! それではっ、団体様ごあんなーい!!」
高く掲げてクルクルと回される笠と、その陽気な声。観光案内をするごとく、多弁に境内の説明を始める。
井上、斎藤とともに列を見送る土方は「緊張感が…」と頭を抱え、近藤はそんな土方を見て苦笑した。
「こちらが道場です! 前のとこから移築してきたので、屯所の大きさに反して小さいですね。だから最近は外で稽古してることも多いです。では次に行き」
「ちょっと。終わってないんだけど」
「ンぎゃっ」
後ろから、むんずと襟首を掴まれる。
しまった。稽古の途中で抜け出したんだった
「…こちら、一番組組長、沖田総司さん」
「なに。案内?」
「! そうです! 局長命令だから行かなければ!」
「…」
無事、手を放してもらえた。
すると、ざわざわとする新入隊士たち。口々に「あの人が一番組」「あの若さで組長」「小綺麗な顔で」と囁きあっている。
そこにあるのは疑念と畏敬、羨望と期待。
「やば。鼻高いです、組長」
「…君が鼻高いのおかしいでしょ」
「身内…兄弟が褒められて嬉しい感覚です」
「…」
「大きい弟ですね」
「いい度胸だ、ね!」
予備動作なく振り上がった刃引きを、上体を反らして避ける。もちろん、彼が片手に持ったままのそれが飛んでくることは想定済みだった。
そして平助の後ろに隠れる。
「ちょ!こっち来んな!」
「まあまあ」
「平助もいたんだ、おかえり」
「お、おう…ただいま」
上手いこと気が逸れたらしい。江戸のことを話し始める二人。
「じゃあ、ひきつづき行きましょう!」
気を取り直してと、パッと手を上げ団体様の注意を引いたのだが。見ると、先頭の方の表情が来たときよりも曇っていた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いなら、先に広間に案内しますね」
「いや…いえ、本当に、刀で稽古してるんですね…」
「え? 刃引きですから、今は刀じゃ…」
ない、と言おうとした。
けれど、自分がそれを難なく受入れられたのは、最初から切れる状態で稽古をつけられていたからこそと思う。
血を見ていない人達に、死を連想させる白閃を、今すぐ受け入れろという方が無理だろう。
「…まずは竹刀や木刀での稽古から始めるので、安心してください」
眉尻を落として、口元だけで笑む。
土方さんや斎藤さんが同行していたのだから、向こうでそれなりに叩き込まれているはずだ。私が多くを語る必要はない。
「あなたも一番組ですか?」
「え…っと、たぶん違いますかも?」
沖田さんが驚いた顔で振り返った。え、あ、ごめん、違った?
「無所属で、一番組にお世話になってる半人前です」
一応と、言い直しておく。
あんなに驚くくらい、沖田さんに自分のところだと思われてるなんて、ありがたい話だ。
すると、「あれで半人前」「一番組とは…」とまた小波が起きて。どうやら意図せず、一番組の敷居を上げたらしい。
まあ、箔がついて丁度いいか
新入隊士のことが気になって仕方ないくせに、向こうで「気にも留めてません」と先輩風を吹かせている面々を、内心笑って見る。
「矢代、副長がさっさと案内を終わらせろと仰っている」
「わっ、すみません!」
列の後方から、斎藤さんに呆れた声で呼びかけられ。今度こそ、「ついてきてくださーい」と言って見学を再開する。
「…なんで、沖田さんがついてくるんですか?」
「面白そうだなって」
「…そうですか?
こちらは治療室。切り傷、擦り傷、腹痛、とりあえずなんかあれば相談ください。頑張ります」
「ここには医者がいるのですか?」
「いません。が、頑張ります。雪村後方支援隊長と、山崎さんと私で」
基本は気合いで治ってね。
ここはヤバい時の隔離室だ。
「後方支援…?」
「千鶴に変な名前つけるなよ」
「シッ…いいの! 折角千鶴ちゃんの立場が確立してきてるから、舐められたくない。雪村隊長に近づきたければ、私を倒していけ」
「鬼の土方さんの小姓に手を出す輩なんていないよね、平助」
「そっ、そうだぜ!」
ジッと平助を見る。私を倒していけ、と。
「…なんだよ、弥月なら負けねぇぞ?」
「どうかな? 一番組の武者修行で鍛えられてるからね」
「お前、負け越してるの忘れたのか?」
「いつの話? 無所属新人さん。
あ、そういえば日課とか当番制とか、そもそも組分けとか、説明しなくていいのかな」
「矢代。局長との顔合わせが未だの者もいる。隊規など細かいことは、腰を据えて、改めて幹部から話をするだろう。故に、あんたは早く案内を続けろ」
「さーせん…」
列の後ろから付いてきていたらしい、斎藤さん。案内が進まないのを見兼ねて、前に来た。
それからは、斎藤さんに見張られて順調に案内を進める。
「広間に到着です。布団は一つずつ用意してますが、それ以外は自費で買い揃えてください。
平助ら長期出張組の荷物は、隣の空き部屋に入れてあるから確認してね」
「おー、ありがとな」
広間に入りきった新入隊士を、沖田はさっと見まわして「ふーん」と溢す。
「ざっと四十人てとこ? はじめ君は四番組のとこに戻ればいいけど、平助らはしばらく雑魚寝?」
「一通り腕試しは終わっている。明日にも組み分けを出すそうだ」
「強ぇのいっぱいいるからな! また面白くなりそうだぜ?!」
ニコニコとする平助の肩を、にやついた弥月がツンツンと突く。
「余裕だけど、伍長にすらなれないかもよ? 大丈夫?」
「おま…っ、よおし!その喧嘩買ってやるよ!」
「それ僕も混ざりたいなぁ」
そうして広間の入口で「後で」やら「今すぐ」やらやいのやいの言っていると、近藤さんと伊東さん、土方さんが来て「丁度いい」と。
「後で一番組に模範稽古をしてもらうつもりだったからな。お前らでやれ」
「まあ、弥月さんが参加するなら、私も見学させていただこうかしら」
『お前ら』と言われて。弥月は指さして数え、指を三本立てる。奇数のため、斎藤さんもだろうかと視線を合わせて首を傾けると、彼は一つ頷いた。
「じゃあ、私と平助。斎藤さんと沖田さんで?」
「模範稽古つったろ」
「?」
「三対一だ」
四人で顔を見合わせる。
え、このメンツで三対一?
「わたし三側!!!」
「俺も三!!」
平助とともに我先にと挙手する。
「僕はどっちでもいいけど。はじめ君は?」
「どちらでも構わぬ」
「お前らの中なら、矢代が一番時間かかりそうで適」
「三!!」
「土方さん、それ本当に『模範』になりますか? 逃げるだけで試合になりませんけど」
「仰る通り見ごたえだけならば、とは思いますが…敵に背を見せるなど、本来ならば誉れることではないかと…」
「…それもそうか」
「当たり前でしょ!?」
弥月は首がもげるほどに上下に頭を振る。土方はそれを見て、ハア…と溜息を落として腕を組んだ。
「てめぇが言うなよ。一番組で修行したいつったのはお前だろ。ニケ月もいりゃ、ちっとは逃げずに斬り合うようになったんじゃねえのか?」
「むしろ、この子、前より避け方に磨きがかかってますよ。剣術はおまけです」
「…おまけ…」
沖田さんの評価に、私よりも斎藤さんが反応する。
「嘘です! 斎藤先生、私がんばってる!」
「…ならば、俺と立ち会え、矢代弥月。その頑張りとやらを確かめよう」
「ん!?」
「丁度いいんじゃない? ちょっとお疲れぎみのはじめ君とキミとで」
「ってことは、オレが総司とかぁ…」
平助は納得したらしいが、私はそうはいかない。
「こっ、公衆の面前で、模範試合として斎藤さんと立ち会えと…」
「大事ない」
「おおごとです…」
「他所で適当に話し合っとけ。半時後に境内に出て来い」
間に入るのが面倒になったのか、単に新入隊士への説明に早く入りたいのか。土方さんは追い払うように手を振る。
弥月は斎藤へと再び顔を向けるが。土方に話し合っとけと言われたものの、彼らの中では先程の組合わせで決まったらしい。平助は荷物の確認に、沖田は一番組への指示に、それぞれに動き出していて。
「斎藤さんと語りたいけど、それは拳でじゃない…」
「普段通りにすればよい」
「…ごめんなさい」
「…」
逃げないようには頑張れるが、身体は避ける一択で動いてしまうに違いない。勝ちにいくとか、無理寄りのムリ。
後から叱られるよりも、先に謝ってみたが……彼の顔をみて、逆効果だったかもしれないと思った。
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