姓は「矢代」で固定
第7話 無軌道な優しさ
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八瀬の里にいたのは、昨年の八月頃のこと。
『三千世界を見るためには、朝日に向かって虚空を三度振る』
その言い伝えに縋(すが)って、朝の素振りは可能な限りつづけている。
「そして、今日は気合いが入っております」
誰に説明するでもない解説を入れる。今日は、伏見の山の上に来ていた。
慶応元年四月十五日
「これぞ、春はあけぼの」
向こうの山を白く縁取る朝霞。東の一等明るい方向から、間もなく太陽が姿を現す。
太刀が邪魔にならないよう、身幅に合わせて背中側に差し込む。東側がより見えるだろう大樹を選び、苦無を刺しこんで、足場を作って登っていく。幹の限界まで登って、周りの枝葉を切り落とした。
この七ヵ月間で、振り下ろした顯明連の残像が白くなったのは三回。どれも【十五日】だった。
そして朝日に向かって……は、正確には【日の出】に向かっていた。遅すぎる時間はダメだが、太陽が水平線にある必要はない。けれど、山の端だとどこまでの高さが許容されるのか分からない。
なので今日はお稲荷さんの山頂で、東が広く見えるところに来た。
「わあっ!!」
手に届く範囲の枝葉を全て払うと、眼下に広がる光景。
「山だ!なんもない!」
見晴らしは良いが、何もない。森林伐採もソーラー設置も何もされていない、どれだけ見ようと木しか見えない、手付かずの山の谷間。
ここまで見通しが良いのに、何も無さすぎることが可笑しくて、「田舎にも程がある」と独りでゲラゲラと笑う。
そうして、陽の端が見えた。刀を構える。
出た
「いっち、にいっ」
三角
「さーーーーーん!!」
光った
「…ーーーっ!!」
光った
光っている
振り上げた刀はそのままに、目を見開く。言葉が出てこなくて、あんぐりと口も開いた。計画をしてはきたが、本当にできるとは思ってなかった。
刀の軌跡が光るときに「条件」があるとすれば…と、【三回】の意味を考えた。刀を振ると【三千世界が見える】のだとすれば、それは脳裏に映るのか、肉眼で見えるのか……肉眼で見えるならば、「画面」が必要ではないかと。
今までに三回、光ってすぐに消えた銀の軌跡は、刀を三角に振ると、その内側が銀色に光った。今は虚空で平面状に銀色が浮かんでいる。
「えっ」
なにこれ
この事象が期待どおりだとしても、できるとは思ってなかったのだ。なんの準備も、これをどうしたら良いのかも分からない。
刀を手元に引いてみるが、消えない。刀の先で銀の平面を掻いてみるが、消えない。刀を鞘に入れてみたが、消えない。
「…え?」
左右を見てみても、ただの木々。正面をみると、宙に浮いた銀に光る三角。
再びぽかんと口を開ける。
「これ、何…?」
何か…三千世界が見えるかと思って、じいっと目を凝らして舐めるように見る。わずかに波をうっているような気もするが、その画面には虫の影の一つも映らない。
手近な枝を折って、それに向かって振る。
「ん!」
届かない。刀の切っ先にできた三角は少し遠かった。再度、枝を長く切って、それへと伸ばす。
枝を振ると少したわんだ枝葉が、バサリと音を立てながらそれに当たってはいるのだが、手にその感触が伝わらない。当たっている部分が、画面に吸い込まれるように見えなくなる。
…物体じゃなくて、異空間的な?
…いや、三角の向こう側が透けてないだけ…?
画面を斜めから見てみようと、身体の位置を変えるために、跨っていた幹から腰を上げたところ、
「…えっ!?」
三角は突然に消えた。首を巡らし目を瞬かせるが、再び見えることはなくて。
「なんで…?」
ふと、その先の光の塊に視線を移すと、太陽は完全に姿を現していた。
仕組みは分からないのに、なるほどと納得した自分がいた。恐らくこれも条件の内なのだろう…陽の角度か、時間か。
トンと幹に背を預ける。
なんだこれ
「…ついに?」
再び顯明連を抜き去る。高く掲げると光を跳ね返してキラリと光った。
以前、斎藤さんが言っていた。私には身に余る尺の太刀だが、装飾品としても遜色がないのに、切れ味のよい良い刀だと。無銘であることが信じられない、と。
そして皆が口をそろえて言うのは、『なぜその太刀筋で刃こぼれの一つもしないのか』と。
鬼の刀、神話の刀
胸の奥から、こみ上げるようなワクワク感…期待が襲ってきた。今更に、意図的に超常現象を起こしたのだと理解して、ドキドキとしてきた。
あれはなに?
言い伝え通りなら、銀の三角は三千世界を見るための何かだ。空想どおり画面だとするなら、何も見えない理由は?
「…チューニング…チャンネル? とすれば、リモコン?アンテナ?」
足りない条件は何だろうか
しばらくその場で考えつづけたが、照りつけ始めた陽に目を凝らして、立ち上がる。
「…次、できること考えなきゃ」
機会は一ヶ月に一度のたった数分間。天候にも左右されるだろう。
今すぐにできることはないと方向を変えると、ふと密々に生い茂った樹々に目が留まった。狙いを定めて、枝から枝へ跳ぶように移る。それを繰り返して、地上に足を着けて、降りてきた高さを見上げた。
「…できちゃうんだよなぁ、これが」
昔から”満月頃には無茶が利く”という、よく分からない理屈のこの身体だった。だけど、使いどころといえば、その時期に体育の身体能力テストがあれば、ちょっと良い点がとれるくらいのものだった。
なのに、自分が鬼だと…特殊な力があるのだと知ってから、”無茶”を試してみると、「できそう」と思ったら本当にできてしまう事が多い。
…というか、たぶんこっち来てから何か違うんだけど……まあ、馬鹿力とか跳躍力とか、治癒力まであるなんて、最強じゃん?
もちろんどこまでか無茶をしたら倒れるのも、考慮に入れなければならない。どこか倒れる限界があることは、沖田さんとの試合で実証済みだ。
弥月は陽が高くなる前にと駆け出す。無断外出ではなく、昼前には戻ると申請してあった。
鬼の私、鬼の刀
「超ファンタジー」
ニイッと歯をむき出して笑いながら、金の尾をたなびかせて、屯所へと真っ直ぐに走った。