姓は「矢代」で固定
第6話 命の重さ
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元治二年四月初旬
非番の日、財布を携えて来たのは、刀屋や金物屋、古道具屋が多い三条。
今日の私の買い物は「羅刹隊宿舎」用の家具類。山南さんの私物は運び込む予定だが、独立して生活するのに足りないものを見繕いに来た。
大道具屋で大きな水瓶や衝立、隊士が増えた時用にと行李や長持をいくつか依頼する。
「お代は今払いたいんやけど、数日中にまた取りに来るさかい、まとめて置いとってもらえへんやろか?」
「ええで、分かった。でも兄ちゃん、あれやろ。新選組の子やろ。壬生まで運んだろぅか?」
その好意的な提案に少なからず驚く。そもそも今日は用事が用事だけに、あまり目立たないように髪をまとめてきたつもりだったが、バレていた上に親切にしてくれるらしい。
弥月は顔をくしゃっとさせる。
「おおきに。でもこれ、うちの個人的な買い物やから、置くとこ整ったら拾いにくるわ」
「そうか。…前、あんたとこの髪の長い溌剌(はつらつ)とした子に世話になってな、よろしゅう言うといて」
「平助かな…うん、分かった。おおきになぁ!」
店主へ満面の笑みを向けてから、大道具屋を出て、次は小さな茶碗や急須などを扱っている道具屋へと向かう。
京の人たちは騒がしいことも新しい風もあまり好きじゃない。人斬りなんてどこにいっても嫌われ者だ。だから、彼らにとって新選組が幅を利かせるなんてもっての他で。
ただ、一人一人の人間を見ている町の人もいるんだと、たまに心が温かくなる。武士が何を守るために戦おうとしているのか、ふとした時に思い出させてくれる。
「そんな溜め込んどってもな、使えへんかったら錆るだけやろぉ?」
「これな、鑑賞用とちゃうねんで。使ってなんぼやねんで」
「やから儂は買うてほしいって…」
「やから、買うって言うてるやろ。これくらいか?」
「ほんなん小手代にしか…」
「小手三十組分か!助かるわぁ!」
あー…
しかし、だ。よりよい日本を目指す過程で、理不尽が生じがちなのはいただけない。武士だって命張って頑張ってるから、町人も頑張れよという意味での御用金依頼は分からなくもないが……国民全員が平等な犠牲を払うってムズカシイ。
弥月は近くにいた大店の下男に、町方を呼んでくるように伝える。そして、賑やかな声のする件の店に向き直った。
「具足あるだけ出さんかい!」
「こんにちは、端午の節句の準備おすか? 精が出はりますなあ」
「あ? なんだ、てめぇ…」
「餓鬼はすっこんでやがれ!」
「まあまあ、お兄はんら。お父はんが困ってるから堪忍したってぇな。そないよう通る声だしてると、町方さん早う来はりますえ?」
「うるせえな!」
「腑抜けの役人が怖くて攘夷志士やってられるか!」
ドンッと肩を押されて、一歩よろけた。顔を上げてもう一度、店内にぐるりと視線を巡らす。浪士風の男は六人…全員が二本刺し。
これは…奉行所案件かな…
一人で六人相手は無理だ。
ただ、この押借りというか強請りというかは、現行犯で抑えておかなければ、所属や腕によっては町方だけでは逃げられてしまう。この場所なら新選組より所司代に来てもらった方が早くて確実か。
呼んでくるのは誰かに頼むとして、どう引き止めようか…
弥月が黙ったのを見て、男たちは物の数ではないと判断して一蹴する。
「肝っ玉小せぇくせに正義の味方面してんじゃねえよ。とっとと失せろ!」
肝っ玉って、玉は魂なのか、玉なのか…玉なら無いよなぁ…
全く関係ないことが気になりながら、弥月は店を出る。今度は先ほどと反対側にあった大店の下男へ、所司代に中の様子を伝えて呼んでくるように声をかけて、足の向きを戻す。
そして、店の店頭幕を見て、「たしかこれ…」と溢してから再び店に入った。
「…良かった。まだいた」
「…は?」
店に入って人数を指差し確認してそう言うと、浪士達どころか、店の主人にまで”なんだこいつ”という顔をされた。
半ば同意の気持ちで、首をやや傾けながら困り顔で応じる。だって、これ以上どうしたら良いか私も分からない。
「あ゛ぁ? まだなんかあんのか?」
また同じ人に凄まれたが、その中に困惑の色を見る。
「あるけど、今はないかもです~」
そこでようやく男は弥月に脅しや凄みが効いていないことに気づいた。
「お前、何もんや」
「…」
ニコリと笑う。まだその時じゃない。
「ジジイ、隠してんじゃねぇぞ! 早ぅ全部持ってこんかい!」
少しいない間に、一番年嵩の男の前に、箱がいくつか積み重ねられていた。その近くに転がったわずかな金子。
「…その微々たる予算で買うべきは、どっちかと言えば餅じゃない?」
「は?」
「ねえ、何人か餅買いに行ってくれません?」
意図としては、一人で片づけられる人数まで浪士を分散させたいのだが。
どうやら頭のオカシイ人と思われたらしい。「意味わかんね」と気持ちの悪いものを見る目で言われ、男は私の相手をするのを辞めるつもりだ。
うーん…何かしら、時間稼ぎ…
「……ええ、嘘うそ!餅は必要どす! お兄はんの菖蒲色のお召物。ほらこっこのお店『柏』でしょう?」
男が一応…という角度で振り返ったのを見て、パッと弥月が大振りで指さす。その先には店の『三つ柏』の屋号。
甲冑と言えば、子どもの日。子どもの日と言えば、柏餅
今更だけれど、ここは甲冑屋。身に着ける金物を置いてはいるけれど、どう見ても柏餅を買う云々という場所ではない。苦しいが会話を延ばして注意をひいておくくらいしかできない。
「あぁ、けどお兄さんやったら、掛け軸買ぅた方が長ぅ使えるかもしれへんなぁ…」
「掛け軸…?」
「そう、餅の書いた掛け軸」
あまり個人的な話はしたくないと思うと、会話の引き出しもなくて。誰でもいいから早く来てくれと思ったそのとき、背後に感じた人の気配。
「その冗談はちょっと捻りすぎじゃない? 甲冑は着れるんだから。絵にかいた餅よりは使えるよ」
「ん? あれ、沖田さん?」
次に店に入ってくるのは、町方と思っていたのに。
なんでいるの?と弥月が言外に訊くと、「刀、見にね」と。
「刀、持ってるじゃないですか?」
「これは清光が折れたから急場凌ぎ。良いのがないか時々見に来てるんだよ。それより、なに遊んでるの?」
遊んでいると称して、沖田は状況を見て把握する。その視線に、弥月と相対していた男が身構えるが、相も変わらず弥月からは呑気そうな「いえね」という返事が続いた。
「私も仕事しようかと思ったんですけど、六人相手はしんどいかなあって」
「丁度いいんじゃない? 囲みの練習してるんだから」
「…練習はその半分の人数ですけどね」
不思議そうにコテンと首を傾ける沖田さんへ、うんざりした顔で応える。
三対一の囲みの練習は心底好きじゃない。実際そうなったら”逃げる”一択のはずなのに、一番組の稽古ではそれを許されない。
「じゃあ、練習通り、討ち死ぬまで斬るしかないよね」
「馬鹿言わないでください。死ぬべき時くらい、ちゃんと選びます」
どんな時でも死ぬ気なんかちょっとも起こらないし、少なくとも、たかが押借りを捕えるための今はありえない。
「…っていうか、沖田さんいるなら、死ぬ必要もないじゃないですか」
「うん。そうだね」
「ちゃんと助けてくださいね」
「守られるような子は一番組には要らないよ」
嘲笑される。
フンッと鼻息で応じた。
「お前ら、後ろでぐちゃぐちゃ煩ぇんだよ!」
「一人が二人になったところで、何もできねぇくせに!消えやがれ!」
浪人たちが目配せをして、内二人が私達の相手をすることになったらしい。削るのが楽になったと、弥月も沖田と視線を交わす。
「ごめんなさい。たぶんこっちの人が十人分くらいはあります」
「君でも二人くらいは持ってけると思うよ」
「え。あ、別に要らないですけど、ありがとうございます」
えへへと沖田さんに笑ったら、「僕が指南してるんだから当然でしょ」と。
「おい、てめぇら表出やがれ!」
「さっきから何の話を」
「何の……あー…猫に小判って話でしたっけ?」
「それなら分かりやすくて良いんじゃないかな」
「じゃあ、組長が良いって言ったので、このへんでっ!」
手前にいた男の懐に踏み込み、襟首と肩口をつかんで反転する。背負い投げられて転んだ男の頭に、全力で鞘ごと竹光を振り下ろす。
「ヴッ」
「おい!」
「余所見なんて不相応」
気を失った男に近寄ろうとした身体を、沖田は払腰にして投げる。すかさず弥月は再び鞘を、浪士の顔面に叩き落とした。
「相変わらず、甘いんだから」
「…」
そう言われた意味は分かっていた。
店主へ向かっていた男たちが振り返る。背後で何が起こっていたのか理解できずに、ただ鞘を腰に差し直している弥月を見た。
「新選組一番組に仮配属中 矢代弥月。こっちの人は組長、沖田総司」
「わー…締まらない…」
半笑いで言われた。でも代わりに言っておかなかったら、ちゃんと名乗らないでしょう。新選組の慈善活動、名誉挽回の機会なのに。
まだ早年の二人組に、信じられないという顔を向けた浪士達だったが、誰かの「組長」という言葉を端に、柄に手をかける。
「その狼藉………許すまじ!」
「…もうちょっと言い方ないかな」
私も思ったけどさ、月に代わってお仕置きよりマシじゃん。口上やったことないもん
弥月は睨み合ったままじりじりと後ろへ下がる、室内戦は得意ではないし、いい思い出がなかった。
『猫に小判』と見下した相手ではあったが、四人の内二人はまだ鞘から抜かずに、こちらの力量を推し測っている。彼らは油断してはいけない相手だ。
「外?」
「中はヤだ」
沖田は弥月が佩いた太刀の柄を握っているのを横目で見る。
「…まあ好きにしなよ」
それを聞いてホッとした。遠慮なく踵を返して、抜刀しながら表に出る。道行く人がギョッとして身を引いたので、「白兵戦です、場所空けて!」と叫んだ。