姓は「矢代」で固定
第6話 命の重さ
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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元治二年四月九日
「ケイオウは、慶ぶに応えるって書くそうだ」
「今度はなんだかおめでたそうな名前なんですね」
ん?
「ごめん、今のもう一回」
千鶴ちゃんが洗濯をしている横で、左之さんが刀の手入れをしているところに通りかかった。そして、聞き捨てならない単語が聞こえた。
弥月の「もう一回」が自分に宛ててと気づいた千鶴は、縁側に立つ彼を不思議そうに見る。
「次はなんだかめでたそうだなぁって…」
「何が」
「えっ…元号?」
「そうそれ」
「慶応が、どうかされました…?」
「元治についこの前変わったとこじゃん。まだ元治二年四月じゃん、今度こそ孝明天皇死んだの?」
「弥月! だから滅多なこと言うなって!」
横腹に左之さんの軽いゲンコツが入る。
「ウェッ…で、いつから?」
「一昨日からだそうですよ」
「まじか。知らん間に始まってるのマジか」
慶応元年四月九日
慶1865.4ー1868.9 戊辰(慶4)鳥羽伏見4江戸城10会津
かつて自分が取ったメモを見ながら唇を噛む。
「あと3年」
3年後の4月には幕軍は鳥羽伏見を敗退し、江戸城にいる。10月には会津へ敗走している。
昨年の長州征討は、西の方で多少の内乱はあれど、幕軍にそれほど影響はなく終わった。それに薩摩が噛んでいるらしいが……詳しいことは私には分からなかった。
つまり知っているのは、これから3年の間に薩摩は幕府を見限り、長州と幕府の優劣が入れ替わるということ。
悠長に構えていられるほど、もう遠い話ではない。銃器が鳴り、砲撃の音が轟く戦争に、新選組は刀を持って立つ。
それを考え出すと、まだ見もしない咆哮と絶叫が聞こえる。爆炎と砂煙に消えゆく浅葱の羽織が、脳裏に映画のように映る。
心臓がうるさい
自分がそこに佇むのだと思うと、思考がまとまらない。冷静に考えることを拒否するように、頭の中が雑然としていた。
どこに味方するのが一番安全かは知っているのに
少なくとも新選組ではない。ここはどこより死に近い負け戦だ。
だけど
ノートをスクール鞄に片づけて行李を閉じる。畳んである羽織を掴み、バサリと広げて袖を通す。見る人の目を引く、鮮やかな浅葱色。
長い顯明連は太刀紐で佩(は)いて、竹光も鳥の尾のように差した。
「…これが惚れた弱み、ってやつか」
竹光の柄をなぞる。知らず内に口角が上がる。
障子を開けると、こちらに向かってくる沖田さんと目があった。
「まだいたの」
「そういう沖田さんは、準備もまだじゃないですか」
「僕はいいんだよ、組長なんだから」
「…まあ、それは否めませんね、偉い人」
そう応えると、満足気な顔をした彼。子どもか。
先に外で待っていようと、廊下を歩き出したところで「ちょっと」と声がかかった。
「鉢金、忘れてる」
「あ」
沖田は畳に落ちていたそれを投げて渡す。
弥月はお礼を伝えて、鉢金を額に巻きながら再び歩きだして、ちょっと笑った。
沖田さんの「ふつうの人」ぶりに慣れない
言ったら、嫌そうな顔をされるからもう言わないけれど。
にやにやしながら蟻さん達に合流したら、「一人で笑っとる」「気持ち悪」と言われた。組長に似たのか、一番組の人たちは総じて口鎖がない。
一番組はそれぞれが自分を誰より信じていて、自信がある隣の人を認めている。
対して、四番組…斎藤さんの組は、最初に共に巡察したころの隊士から総替わりしている。
斎藤さんより一つ年上の芳助伍長は試衛館の門人らしい。現組長と違って社交的だが、だからこそ上手く関係を築けているようだと、以前左之さんが話していた。組下の隊士さん達も、同時期に入ってきた伍長…ひいては、斎藤組長を信頼しているのが見て取れる。
そうして全体を見ていると「どうかしました?」と芳助伍長に話しかけられて、なんでもない、と弥月はヒラヒラと手を振った。
だって、この人たちよりカッコいい人いないでしょ
未来を紡ごうと走っている彼らと、共に生きている自分がやはり好きだと思った。