姓は「矢代」で固定
第6話 命の重さ
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***
目を覚ますと、場所は見知った屯所の治療室だった。髪はしっとりと湿っていて、しかしながら桶には浸かってなかった。
「しかも、布団…」
記憶に残っているのは、髪を洗っていたところまで。汗と灰で埃っぽくなっていたのが、冷たい水ですっきりとして。うっかり気持ちが緩んで……油断したというか、そこで諦めたというか。
気が緩んだせいか頭痛が酷くなって、疲れていて眠くて、体力の限界だった。頭が冷えていると頭痛が和らいだ気がして気持ちが良かった。
だから、あんな姿勢で寝たらすぐに起きるだろうから、動けるようになったら続きをしたらいいと思って、自分がうとうとと眠るのを許容した……までは、覚えているのだけれど。
「…千鶴ちゃんか、烝さんか」
布団をかけてくれた以上に、ここで倒れているのを見つけて世話を焼いてくれた人がいる。だって桶と手ぬぐいが、綺麗になってそこに並んでいるから。さすがに寝ぼけながらするとは思えない。
「すみません、本当に」
誰もいないから、とりあえず桶に謝っておく。
そうして首を動かすと、頭痛が治っていないことに気づいた。
…
…寝直そう
久しぶりの頭痛。女の子の日には時々あって、いつも薬を当たり前に飲んでいたけれど……無いなら、寝るのが一番良いだろう。
そうとはいえ、べたつく身体を拭きたくて、新しく水を汲みに桶を持って外へ出ると、まだ陽は高いところにあった。
夜の巡察、あるのかな…
今までの経験上あるとは思うけれど。
なにせ火事場の焼け跡に、泥棒はよく出る。普段の新選組の巡察地域の範囲外だが、今日はそっちが主な路程になるだろう。
井戸でカラカラと釣瓶を引き上げていると、同じく寝起きらしい左之さんが肩を回しながら歩いてきた。
「おつかれさん」
「おつかれー」
その場で顔を洗う。目ヤニが真っ黒で、自分にドン引きした。
「風呂…」
「あ?」
「なんでもないっす」
極々小さな声を拾われて、適当に誤魔化す。湯屋に行くのは色々手間がかかるから、そんな気分というか体調ではない。
それを知ってか知らずか、横で水浴びを始める左之さん。まだ寒いのに、どういう神経しているのだろう。
「なんだよ」
「いや、寒くないのかなぁって…」
「多少はな。けど、背に腹はだろ。この後、演習で汗かいちまうっつうのに、一々水浴びるのに寒さ気にしてたら面倒くせぇ」
「…そうですよね」
「お前も昨日のままなら、とっとと着替えた方がいいぜ。総司の機嫌悪くなるだろ」
左之助は「あいつ神経質だからな」と鼻先で笑う。
想像して、想定した。沖田さんが「臭い」だの「ばっちい」だの言ってくるところを。
考えて頭痛が酷くなった。
「…そうですよね。そうします」
弥月はタスキをかけた上から、さらに袖を捲くる。裾をからげて、褌が見えない程度で脚を出した。
「…そこまでするなら、全部脱いじまったらいいんじゃねぇか?」
「それはギリアウト」
左之さんは不審な顔をしていたが、大方意固地だとでも思われたのだろう。それ以上言及されることはなかった。
脚と腕に水をかけて手拭で拭う。あぁ、ボディソープが欲しい。米糠ぬるぬるツルツルじゃなくて、たまにはゴシゴシあわあわしたい。
…って、あれ?
「この前…」
先日、八木家へ遊びに行ったときのこと。タメ坊らが、花見に行って初めて見たと言った、五色の玉。筒でふくらまして、弾けて消える香具師(やし)の見世物。
シャボン玉
「――ッ、石鹸じゃん!!!」
「は!?」
突然の喚声に、左之助は度肝を抜かれる。
「おもちゃじゃない!石鹸だよ、左之さん!文明開化来た!!」
「!??」
「うわっ、なんで気づかなかったんだろ!?」
タメ坊らがキラキラ綺麗だったと眼を輝かせる姿に、ふふふと笑っていた自分よ。
それに負けないほど目を見開いて、弥月は笑顔で左之助に詰め寄る。
「ねえ! 玉屋ってどこにいるの!?」
「玉屋って…花火か?」
「ちがうやつ! 口で玉ふくらますやつ!」
「見世物の、か…どこって、祭りがあれば見かけるが、どこにいるかって聞かれてもな……芝居小屋で演目やってれば…」
「おっけ!行ってく」
「おっけぇではない」
ガシッと掴まれる肩。振り返ると、烝さんがいた。
「すすむさ」
「着物を着ろ」
「着て」
「着ていない」
念のため自分を見下ろしたが、一応着ている。
「着て」
「いない」
ビッと袖を引っ張って、通常のたすき掛けに戻される。
何故か噛み締めるように目を閉じている烝さん。私の肩に置かれた、彼の手の圧。
……
いそいそと着物の裾を元に戻した。だってこれ、前に怒られたやーつー…
「ごめんなさい」
「…分かればいい」
溜息を吐かれた。
前に「見えてないし、いいじゃん」と言ったら、超絶長い説教をくらった。どれだけ弁明しても、これについては彼は絶対に折れなかった。
でもね。耳が赤いのに気付いているぞ、私は
純情で繊細なのは烝さんで。気にしているのは烝さんだけなのだ。見てみろ、この何も知らない左之さんの怪訝そうな顔を。
なんとか無表情を装う山崎が、知らないとは恐ろしいものだと、荒れる感情を必死になだめているのだと誰も気づきもせず。
「烝さん、石鹸もらってくる」
「石鹸? 以前に流通のない高価な物だと、諦めていただろう?」
「香具師の使ってる、五色の玉の液体がほしい」
「…さぼん玉?」
「ちょっと待って。知ってたなら教えて」
ずっと嚙み合ってなかったらしい。いや、誰かに聞いて無いものと思い込んで、彼に所望したことはなかったかもしれない。
「さぼん玉をどうするんだ?」
「石鹸にする。泡々で洗いたい」
「…ムクロジなら、あの辺りに生えいてた気がするが? 今は実はついていないが…」
「はい?」
烝さんが指をさした先は屯所の外。
「何を洗うか知らないが、泡で洗うならムクロジを使えばいいと」
「ああ。最近、たまに千鶴が使ってるやつか」
何? なんだって?
「ええ。雪村君がこの前見つけたと教えてくれました」
「洗い物が楽になるって喜んでたな。なんか服の汚れが落ちやすいんだって?」
「油が落ちやすいのだとか。傷の治療にも有効だと」
「そりゃあ喜ぶわな」
今朝の気合の入った彼女を思い出して、二人は目尻を緩める。
これ以上なく和やかな空気だけれど、私にとっては重大事件だ。
「ちょ、ちょっと待って。千鶴ちゃんに聞けば分かるってこと? サボン玉とそのムクロジ?のこと」
「サボン玉は兎も角、ムクロジについては詳しそうだったが…」
「行ってくる」
「やめてやれ、まだ寝てるだろ」
左之さんに帯を掴んで止められる。
「んんんんもううぅぅうぅ」
「唸るな」
もどかしい。さっきからもどかしい。
「お前、また夜から巡察だろ。今日はもう諦めて寝て来いよ」
「んんんぅ………そうする」
興奮で忘れていたが、頭が痛いんだった。
ヒマを見ては風呂エントリーし続けているのに、この一年半、石鹸で洗ったことは一度もない。今更、一日二日伸びたところで、何が変わるわけでもない。
水の張った桶をもって、わずかに項垂れて治療室の方に大人しく戻っていく弥月を見て、山崎はそっと胸を撫でおろした。
目を覚ますと、場所は見知った屯所の治療室だった。髪はしっとりと湿っていて、しかしながら桶には浸かってなかった。
「しかも、布団…」
記憶に残っているのは、髪を洗っていたところまで。汗と灰で埃っぽくなっていたのが、冷たい水ですっきりとして。うっかり気持ちが緩んで……油断したというか、そこで諦めたというか。
気が緩んだせいか頭痛が酷くなって、疲れていて眠くて、体力の限界だった。頭が冷えていると頭痛が和らいだ気がして気持ちが良かった。
だから、あんな姿勢で寝たらすぐに起きるだろうから、動けるようになったら続きをしたらいいと思って、自分がうとうとと眠るのを許容した……までは、覚えているのだけれど。
「…千鶴ちゃんか、烝さんか」
布団をかけてくれた以上に、ここで倒れているのを見つけて世話を焼いてくれた人がいる。だって桶と手ぬぐいが、綺麗になってそこに並んでいるから。さすがに寝ぼけながらするとは思えない。
「すみません、本当に」
誰もいないから、とりあえず桶に謝っておく。
そうして首を動かすと、頭痛が治っていないことに気づいた。
…
…寝直そう
久しぶりの頭痛。女の子の日には時々あって、いつも薬を当たり前に飲んでいたけれど……無いなら、寝るのが一番良いだろう。
そうとはいえ、べたつく身体を拭きたくて、新しく水を汲みに桶を持って外へ出ると、まだ陽は高いところにあった。
夜の巡察、あるのかな…
今までの経験上あるとは思うけれど。
なにせ火事場の焼け跡に、泥棒はよく出る。普段の新選組の巡察地域の範囲外だが、今日はそっちが主な路程になるだろう。
井戸でカラカラと釣瓶を引き上げていると、同じく寝起きらしい左之さんが肩を回しながら歩いてきた。
「おつかれさん」
「おつかれー」
その場で顔を洗う。目ヤニが真っ黒で、自分にドン引きした。
「風呂…」
「あ?」
「なんでもないっす」
極々小さな声を拾われて、適当に誤魔化す。湯屋に行くのは色々手間がかかるから、そんな気分というか体調ではない。
それを知ってか知らずか、横で水浴びを始める左之さん。まだ寒いのに、どういう神経しているのだろう。
「なんだよ」
「いや、寒くないのかなぁって…」
「多少はな。けど、背に腹はだろ。この後、演習で汗かいちまうっつうのに、一々水浴びるのに寒さ気にしてたら面倒くせぇ」
「…そうですよね」
「お前も昨日のままなら、とっとと着替えた方がいいぜ。総司の機嫌悪くなるだろ」
左之助は「あいつ神経質だからな」と鼻先で笑う。
想像して、想定した。沖田さんが「臭い」だの「ばっちい」だの言ってくるところを。
考えて頭痛が酷くなった。
「…そうですよね。そうします」
弥月はタスキをかけた上から、さらに袖を捲くる。裾をからげて、褌が見えない程度で脚を出した。
「…そこまでするなら、全部脱いじまったらいいんじゃねぇか?」
「それはギリアウト」
左之さんは不審な顔をしていたが、大方意固地だとでも思われたのだろう。それ以上言及されることはなかった。
脚と腕に水をかけて手拭で拭う。あぁ、ボディソープが欲しい。米糠ぬるぬるツルツルじゃなくて、たまにはゴシゴシあわあわしたい。
…って、あれ?
「この前…」
先日、八木家へ遊びに行ったときのこと。タメ坊らが、花見に行って初めて見たと言った、五色の玉。筒でふくらまして、弾けて消える香具師(やし)の見世物。
シャボン玉
「――ッ、石鹸じゃん!!!」
「は!?」
突然の喚声に、左之助は度肝を抜かれる。
「おもちゃじゃない!石鹸だよ、左之さん!文明開化来た!!」
「!??」
「うわっ、なんで気づかなかったんだろ!?」
タメ坊らがキラキラ綺麗だったと眼を輝かせる姿に、ふふふと笑っていた自分よ。
それに負けないほど目を見開いて、弥月は笑顔で左之助に詰め寄る。
「ねえ! 玉屋ってどこにいるの!?」
「玉屋って…花火か?」
「ちがうやつ! 口で玉ふくらますやつ!」
「見世物の、か…どこって、祭りがあれば見かけるが、どこにいるかって聞かれてもな……芝居小屋で演目やってれば…」
「おっけ!行ってく」
「おっけぇではない」
ガシッと掴まれる肩。振り返ると、烝さんがいた。
「すすむさ」
「着物を着ろ」
「着て」
「着ていない」
念のため自分を見下ろしたが、一応着ている。
「着て」
「いない」
ビッと袖を引っ張って、通常のたすき掛けに戻される。
何故か噛み締めるように目を閉じている烝さん。私の肩に置かれた、彼の手の圧。
……
いそいそと着物の裾を元に戻した。だってこれ、前に怒られたやーつー…
「ごめんなさい」
「…分かればいい」
溜息を吐かれた。
前に「見えてないし、いいじゃん」と言ったら、超絶長い説教をくらった。どれだけ弁明しても、これについては彼は絶対に折れなかった。
でもね。耳が赤いのに気付いているぞ、私は
純情で繊細なのは烝さんで。気にしているのは烝さんだけなのだ。見てみろ、この何も知らない左之さんの怪訝そうな顔を。
なんとか無表情を装う山崎が、知らないとは恐ろしいものだと、荒れる感情を必死になだめているのだと誰も気づきもせず。
「烝さん、石鹸もらってくる」
「石鹸? 以前に流通のない高価な物だと、諦めていただろう?」
「香具師の使ってる、五色の玉の液体がほしい」
「…さぼん玉?」
「ちょっと待って。知ってたなら教えて」
ずっと嚙み合ってなかったらしい。いや、誰かに聞いて無いものと思い込んで、彼に所望したことはなかったかもしれない。
「さぼん玉をどうするんだ?」
「石鹸にする。泡々で洗いたい」
「…ムクロジなら、あの辺りに生えいてた気がするが? 今は実はついていないが…」
「はい?」
烝さんが指をさした先は屯所の外。
「何を洗うか知らないが、泡で洗うならムクロジを使えばいいと」
「ああ。最近、たまに千鶴が使ってるやつか」
何? なんだって?
「ええ。雪村君がこの前見つけたと教えてくれました」
「洗い物が楽になるって喜んでたな。なんか服の汚れが落ちやすいんだって?」
「油が落ちやすいのだとか。傷の治療にも有効だと」
「そりゃあ喜ぶわな」
今朝の気合の入った彼女を思い出して、二人は目尻を緩める。
これ以上なく和やかな空気だけれど、私にとっては重大事件だ。
「ちょ、ちょっと待って。千鶴ちゃんに聞けば分かるってこと? サボン玉とそのムクロジ?のこと」
「サボン玉は兎も角、ムクロジについては詳しそうだったが…」
「行ってくる」
「やめてやれ、まだ寝てるだろ」
左之さんに帯を掴んで止められる。
「んんんんもううぅぅうぅ」
「唸るな」
もどかしい。さっきからもどかしい。
「お前、また夜から巡察だろ。今日はもう諦めて寝て来いよ」
「んんんぅ………そうする」
興奮で忘れていたが、頭が痛いんだった。
ヒマを見ては風呂エントリーし続けているのに、この一年半、石鹸で洗ったことは一度もない。今更、一日二日伸びたところで、何が変わるわけでもない。
水の張った桶をもって、わずかに項垂れて治療室の方に大人しく戻っていく弥月を見て、山崎はそっと胸を撫でおろした。