第6話 命の重さ

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***



 昨日の夕暮れから火事場に出ていた隊士たちは、夜明け後にようやく屯所へ戻ってきていた。奉行所へ行った組の帰りはいつになるか分からないとのことで、夜通し交代で門前で待機していた組は、就寝していた組と交代することになった。 





 千鶴side



「傷はそれほど深くはありませんけれど、薬を二、三日塗るので、また明日も様子見させてくださいね」

「世話になる、雪村君」

「あー、腹減ったなぁ…」

「おにぎりあるので、良ければ食べてください」

「まことか!」

「ありがてぇ!」


 昨晩、近藤が出動の指示をして、それぞれの組が動き始めた後。しばらくしてから、現場は大火となっていてるとの情報が入る。

 千鶴は夜半に湯を沸かし、米を炊き、隊士たちが無事に帰るのをただ待った。そして、明朝からパラパラと戻って来はじめた彼らの、擦り傷や切り傷などの手当をしていた。


「結構強く頭ぶつけたんすけど…」

「ちょっと見ますね……コブができてますね……気分が悪かったり、目眩、手足が痺れたりはないですか?」

「最初はなにがなんだかってなったんすけど、それ以降は特には…」

「…一旦様子を見ましょうか…今日はあまり無理をされないで。御自身に異変があれば急を要することと、周りの方にもお伝えくださいね。お医者様のところに行きましょう」

「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げられて、千鶴は驚き、慌てて「お大事にされて下さい」と深々とお辞儀する。


 今の隊士が負傷報告の最後の人で、火事場に出た組長は全員帰還の報告をし終わっていた。

 千鶴は記録を終えて、ふぅと一息つく。自分が気を張っていたよりは、大きな怪我なく皆さん帰ってきてくれた。



  疲れた…



 特に普段と変わったことは何もしていないのに、夜に起きているというだけでどっと疲れた。

 ふぁっ…と千鶴が欠伸を噛み殺したとき、「雪村君」と、門番の交代に来た井上が声をかける。


「そろそろ休むといい。あまり寝ていないだろう」

 
 あくびを見られていたのだど、「すみません」と謝ると、「いやいや、こちらこそお疲れ様」と労ってくださる。

 井上さんが浅葱の羽織を着ていないところを見るに、状況としては一段落していているのだろうと伺えた。


「ありがとうございます。大したことはしていないのですけれど…」 

「そんなことはない。家に帰ってきて、おいしい食事と清潔な寝床があるのは、心と体の一番の支えだからね」


 口の端を上げた彼に、もう一度「ありがとうございます」と返す。


「お言葉に甘えて、引き上げますね。何かあればお声かけください」

「ああ、分かったよ」


 ぺこりと頭を下げる。そして、手当の道具を抱えて、治療室へと片付けに向かった。



  えっと、起きたら軟膏作るのと、包帯切るのと…



 歩きながら、次の予定を考える。おそらく昼過ぎまでは寝てしまうだろうから、夕餉の用意までにできることは限られている。

 寝る前に薬の原液の在庫確認をしようと決める。そして、屋外から直接上がれるようになっている治療室の戸を開けた。



  !!?



「きっ…」



  誰!? なに!?


 
 目の前の土間で、誰かが四つん這いで、こちらに背を向けて項垂れていた。私の来室にもピクリとも動かず、男の頭は桶に埋まっていた。その奇妙な姿は、妖怪が出たのかと慄くような光景だった。


「わ、え、だっ……弥月さん!?」


 腰を抜かしそうになりながら、なんとかその全容を捉えると……その妖怪は、金髪を桶に浸した弥月さんで。 

 千鶴はバクバクとした胸を撫でつけながら、彼に近づく。


弥月さん…?」
 
 
 声をかけると「ん」と返事らしきものがあった。


弥月さん、大丈夫ですか…?」



  …寝てる?



 肩をトントンと叩くと、彼は「んー」と言う。鼻と口が水に浸かっていなくて良かった。

 沖田さん達より先に、比較的、早くに帰ってきていた弥月さん。頭が痛いから一足先に戻らせてもらったと言っていた。脱いだ羽織と袴もそこに放ってある。

 

  …髪を洗おうとして、寝ちゃった…?



 そんなことが有り得るのかと思うけれど、目の前ではそんなことが起こっていそうだった。


「とりあえず、桶から頭出しましょう? …ダメです、無理じゃありませんから…ほら…」

 
 駄々っ子のように「ムリぃ」という弥月さん。私が髪を絞りながら桶を避けると、彼は四つ這いから、まるで溶けるように土下座の姿勢になる。


弥月さん!…っふ」


 これは大変だと思いながらも、なんだか可笑しくて笑ってしまう。

 彼の肩を覆うほどの長い髪は、濡れたまま床に散らしても、色味のせいか軽やかさがあるから不思議だ。治療用に置いている菜種油を手に取って薄く広げる。


「髪拭きますからね」

「んぅ」


 鼻にかかった甘えるような声で返事をされる。病人や老人でもなく、こんな無防備な大人の世話をしたのは初めてだ。
 
 弥月さんは着替えようとも思っていたのだろう。そこに畳んだ着物がおいてあった。


「着替えはされますか?」

「する…」 
 
 
 そこで千鶴はふと思う。着替えるなら汗も拭きたいのではないだろうか、と。

 隊士さんたちは、春から秋にかけてはいつも井戸水で汗を流していた。だから、彼らが褌一枚でうろうろしているのなんて日常茶飯事で。
 さきほど帰ってきた人たちも、汗や燻された煙臭さのまま布団に入るのを嫌って、まだ肌寒いのに頭から水を被っていた。



  あれ? そういえば、弥月さんが水浴びしてるのを見かけたことがない、かも…?

  …そっか、だからここで頭洗ってたのね



 最初の状態が腑に落ちて、なるほどと首を縦に振る。それなら、身体も綺麗になりたいだろう。


「…ぬ」



  待って、私。そもそも着替えは手伝っちゃだめ



 一瞬、何の気なく彼の禁忌に触れようとした。それに悪意はなかった…と思う。


  
  うん…患者さんと同じように、介助しようと思っただけ、です…よ?
 


 心の中で言い訳をしながら、千鶴は彼の肩をまたトントンと叩く。


「…弥月さん、私、外に出てますから、着替えてください。…お布団ここに準備しますから」


 もう一番組の部屋への移動は無理だろうと思って、そう提案したのだけれど。


「ぬ、にぇる」


 そう言うと、全身で床にへばりついた彼。
 
 千鶴は呆れた顔で軽く溜息をついて、患者さん用の布団を押し入れから出して、そっと弥月にかけた。
 
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