姓は「矢代」で固定
第6話 命の重さ
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元治二年三月十九日
沖田side
新選組の主な巡察地域は四条より南。今日は最も栄えているそこで、千鶴は父親に関する聞き込みをしている。
今日は帳簿確認の予定もなく、隊士たちは僕からそれほど離れることはないが、それぞれに商家に困りごとはないか等を聞いて回っていた。
「ありがとうございました」
いつも通りぺこりと頭を下げ、肩を落として戻ってくる千鶴ちゃん。どうやら今日も収穫はなかったらしい。
「もうそろそろ一年だっけ。綱道さん捜し」
「そうですね。最初に巡察に同行させてもらったのは、去年の五月頃のことですから」
「少なくともこの辺…というか、京にはいなさそうだよね。いたとしたら、辺鄙なところに閉じこもってるか、隠れているとしか思えないくらい」
「…そう、ですね」
千鶴は悲し気な顔で目を伏せる。
この一年、たまに人相書きに似た人物の情報を得ることはあったが、それが解決の糸口になることはなかった。
「そろそろ移動しようか」
沖田がそう言うと、四番組の芳助伍長が散らばった隊士たちに声をかけに行く。そうして集まり始めたのを目で確認して、南へと移動を始めた。弥月も馴染みの店からふらふらと戻ってきて、隊の中ほどで、千鶴と沖田の前を歩いた。
「…弥月さんって、大変ですね」
「え。なにが?」
「皆さんが振り返るから…」
「あーね。でも私じゃなくても、この団体様はみんなが見て来るし、混ざってたら気が楽なくらいよ?」
苦笑しながら、弥月君はたいして気にしてる風もなく応えた。
いつも弥月君は巡察中は手拭いで髪を隠すことはなく、堂々と金髪を晒して歩いている。そして確かに、奇異なものを見る町の人たちの目は、浅葱の羽織全員に分散されてはいる。
でも、弥月君を見る目は独特だよねぇ…
最近、京の人たちは新選組や彼女を見慣れたのか、それほど畏怖の眼を向けてくることは少なくなった。
けれど、当然この大都会では、そうではない人の往来の方が多い。彼らはこの浅葱の羽織を嘲笑する以上に、彼女個人へ…異形への嫌悪をあからさまに向けてくる。それは近くを歩く僕だって不快に感じるほどだ。
「そろそろ桜咲きそうだし、今年はお花見どっかにいこうかなぁ。千鶴ちゃんも一緒にどう?」
「はい、良ければぜひご一緒させていただきたいです」
「おすすめはねぇ…」
弥月は後ろの千鶴を振り返ったまま歩いて、八木家の近くを通りかかる。
ん…?
「前!」
「!?」
沖田の声に全員が正面を注視する。そして、弥月は何かが足元に飛び出してきたのに気付いて、重心を倒して一歩後ろへ下がる。
「きゃっ!」
「ごめ…!」
弥月は真後ろの千鶴にぶつかった。けれど、鞘から刀を引き抜きながらすぐ視線を戻し、足元のそれが何か確認すれば、
「あー!」
「しっぱい!」
「…」
木刀を彼女の足元に出している、タメ坊、ユウ坊……ニコニコと弥月の顔を見る彼ら。
すぐに弥月は状況を理解して、湧きあがった怒りのままにスゥッと息を吸う。
「――っ、あんたたち!危ないでしょうが!!」
怒鳴りつけると、びくっと二人は息を呑んだ。隊士たちも、何が起こったのか概ね理解して、抜きかけた刃を戻す。
けれど、男たちの動きに気付かなかった兄はすぐに、怖がりながらも恨みがましい目で彼女を見た。
「だって…金ちゃん今日来るって言うてたから……左之が言うといてくれるって」
「……」
隊列の先頭ではない弥月の前に木刀を出したということは、彼女を狙ったということ。
弥月は敵ではなかったことに内心ホッとしながら、渋い顔をして、溜息を一つ落とす。そして、腕を組みながらしゃがんで「ごめんだけど」と。
「それは、左之さんがたぶん『仕事中に通りかかる』って意味で言っただけだから……千鶴ちゃん、大丈夫?」
弥月君が振り返ると、尻もちをついた千鶴ちゃんが「はい」と眉尻を下げて頷いた。
「こんな風に転んだら、骨折れることだってあるから。本当に危ないし…もうやっちゃダメ」
バツが悪いのか、納得がいかないのか、兄弟は蚊が泣くような声で「はーい…」と言うだけで。それを見て弥月は少し視線を鋭くする。
「返事は?」
「分かったって…」
「タメ坊! 返事は!?」
「――っ、はい…」
「ユウ坊は?」
弟は半泣きになって「はあぁぁい」と顔を歪ませる。
「よろしい。そしたら後でまた来るから、そのときは遊ぼう。チャンバラでも竹馬でも忍者ごっこでも。なにするか決めといて」
「ほんまに!?」
「早よきてや!」
「…ほんまにゲンキンやねんから…分かってんのかな」
困ったという風に、弥月は蟻通らと顔を見合わせる。
彼女が子どもらと話をつけるのを横面に、沖田は尻もちをついていた千鶴へ手を差し出した。
「大丈夫? 災難だね」
「ははは…大丈夫です」
千鶴ちゃんが腰を浮かすと、白い袴の裾から赤いものが見えた。
…血?
「千鶴ちゃん、どっか怪我してない?」
「え?」
立ち上がった千鶴の足元を、沖田が指さす。足首に赤いもの……血が流れて、足袋の端を染めた。
「……――っ!」
千鶴は驚愕した顔で、慌てて今度はその場にしゃがんで自身の身体を両腕で抱え込む。
「え?」
僕の疑問に反応して、千鶴ちゃんは肩を震わせて更に小さくなってしまう。
なんで怪我なんか…?
横で見ていたが、傷を作るような転び方ではなかった。
しかも、流れるほど……ん?
「えっ、あ…」
小岩のように丸くなった彼女を見下ろしていたところから、沖田は慌てて顔を上げる。
「ちょっ…、えっ……弥月君!」
「はい。なんですか?」
「それもういいから、こっち…!」
「ん、え!? 千鶴ちゃん、どうしたの?!」
弥月がしゃがんで小さくなった彼女に気づいて、隣に膝をつく。どこを打ったのか、腹が痛いのか、気分が悪いのかと並べる弥月に、ぶんぶんと小さく首を振る千鶴。
背をさすりながら困惑する弥月を、沖田は一旦引っ張り上げて立たせた。
「えっ、何、沖田さん」
「…声大きいんだって…たぶん、お馬…」
「馬…?」
なぜか左右を見る弥月君。
…
……まさか馬、探してる?
「…から、月のもの…」
躊躇いで喉が張り付いて、声が出しにくかった。
なんで男の僕が君に説明しなきゃいけないのさ……こっちの身にもなってよ
そう言われてもまだ考えた後、「あぁ!」と手を打つ彼女。本当に女の子だっただろうか。
「そういうことね……千鶴ちゃん、初めて?」
今度は声を潜めて千鶴に話しかける。彼女は膝に顔を埋めたまま、項を真っ赤にして。でも小さく首を縦にコクと振った。
なんだなんだと言い始めた隊士達へ、僕はシッシと、先に行けと追い払う。
「私もそんなに詳しくはないんだけど……一旦、応急処置して…その後は屯所まで歩ける? 今はどこも痛くはないんだよね?」
千鶴の首が縦に振られる。
「分かった。これ。手ぬぐい使っていいから。とりあえず流れたの拭って……あぁ、そうか。八木さんに助けてもらって…マサさん呼んでもいい?」
首が縦に振られる。
「じゃあ、そうしよう。沖田さん、巡察は…」
「分かってるって。落ち着いたら屯所帰ってていいよ。羽織こっちに貸して」
二人が帰る途中で、新選組を狙うだれかに襲われたら目も当てられない。
「ああでも、その髪隠さなきゃ意味ないか」
「大丈夫です。八木さんに布借りますし。あと、いざとなれば二枚は出せます」
「無い布がどこから…」
あー…
言いかけて、いざとなる二枚をどこから捻出するのか想像がついてしまったので、すぐに「わかった」と頷く。そこまで説明してくれなくてもよかったのに。
もうちょっとさ、気を遣うというか、恥じらいというか…
彼女の奔放さは、自分への気安さからくるのだとは気づいてはいたけれど。
沖田自身も女性の性の全てを冷静に、客観的に受け入れるにはまだ経験が足りない、まだ二十歳過ぎの独り身で。
「タメ坊、今お母はんいてはる?」
「おるえ。呼んで来たらええの?」
「さすが。ありがとう、お願い。千鶴ちゃん、私見ないから周り見とくから、裾から拭ける?」
千鶴ちゃんに落ち着いた声で話しかける弥月君。眼がいつになく真剣だから、それなりに焦ってはいるのだろう。
「…気を付けて帰ってきなよ」
「沖田さんも。あとよろしくお願いします」
そして、小さな声で「ありがとうございました」とだけ囁いた意味はなんとなく分かって、ひらりと手を振っておく。
千鶴ちゃんの横にいる彼女は、少しだけ大人に見えた。
***