姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
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宙ぶらりんになった私の役職『総長補佐』。
引っ越しに際して、弥月がどの部屋に配置されるかで、近藤との間でまた問題になった。
「今の組み分け的に、無難なのは、斎藤さんか原田さんのとこかな…と」
「む? 二人とも弥月君が女性であることを知らないのではないのか?」
「斎藤さんは知らなくても色々気遣ってくれますし。左之さんはあれですけど、小荷駄雑具方には烝さんがいますから、それだけで心強くはあります」
「なら、総司のところはどうだ? 君のことも知っているし、隊の統率はピカイチだから、総司が命じれば君のことについては詮索しないだろう」
「…えっと」
まさかその選択肢が出てくるとは……想像すらしたことがなかった
「えっと…近藤さん、私ら仲悪いの知ってます、よね?」
それもまさかとは思うが、ポワポワ系近藤さんなら、気付いていないこともあり得ると思って問うと。
「たしか、去年の春…いや冬ごろからか? それほど悪しくなく思っているだろう?」
その返答にキョトリとした。それは疑問ではなく、断言していた。
私からの同意を待ってニコニコとする近藤さんを見ていると、なんだか可笑しくなる。
「アハハッ…お見通しですか!」
「君のことはまだまだ不思議な人だと思っているんだがな。
これでも総司のことは10年以上見ているからなぁ。あの子の眼が優しくなったのは、君のおかげと思っているくらいだ」
「? 私の?」
はて
「百折不撓、不屈の華…俺はそんな風に君を評価している」
「…伊東さんの影響で?」
「ハッハッハ!違いない! 彼ならもっと艶(あで)やかに称えてくれるだろうなぁ!」
華だなんて…鼻が膨らんでしまう。
「斎藤君は、トシと伊東さんと一緒に今度江戸へ行ってもらう予定なんだ。その間、四番組のことは総司に率いてもらおうと思っていたから、その手伝いに入ってもらえるかな?」
「あれ、伊東さんも行くんですか?」
「そうだ。平助らが向こうで頑張ってくれて、また三、四十名ほど希望者が集まっているらしい。トシ曰く『駄目押し』の薫陶と下拵えだそうだ。それには弁の立つ彼が適任だろうと」
下ごしらえねぇ…
池田屋事件直後に入隊した人たちは俸給目当てだったせいか、脱走があとを絶たなかった。隊規を叩きこんでから上京させるつもりなのだろう。
あと、わざわざ嫌いな伊東さんを伴って、江戸に行く理由は察した。あの人が不在の間に、羅刹隊の生活拠点を整えておこうというところか。
弥月は顎に手をあてて「ふむ」と考える。
「補充要員の件は承知しましたが……思ったんですけど、その希望者が入京したらまた隊士の組み分けありますよね?」
「ああ、そういうことになるな。一応、二ッ月ほどで戻ってもらう予定にしている」
「でしたら、ちょっと間のことなので、沖田さんとこで寝てみましょうか。あ、でも先のことも考えた方がいいのかな?」
そう思って再び近藤さんと頭を捻ってみたが、隊士さんが入って実力を見ないことには、組み分けが決まらないのも事実。
「とりあえずどこも駄目そうだったら…そうだ。治療室。千鶴ちゃんの私室と別で、また患者用の部屋とってくれるって話どうなりました?」
「それならトシが八畳ほど検討していたぞ」
「じゃあ、そこで。私が千鶴ちゃんと交代で夜とかそこに居るからってことで、もう一越え広げてもらって。ついでにお風呂の話は?」
「風呂?」
「…」
五右衛門風呂を希望していたのだが、その要望はどうやら無視されたらしい。勘定方・河合さんと予算のことで頭捻ってたし……まあ、そういうことだろう。
元治二年三月十三日
「ということで、お邪魔します」
「…ほんと邪魔」
「お構いなく~」
移転したその夜。
一番組の部屋は早々に片付けを終えて、寝支度を始めたころだったようだ。各々布団を敷き始めていた。
そしてそこに、大きな行李を背負って現れた弥月。沖田は彼女に目もくれずに、返事だけはした。
事前に聞いていなかったらしい隊士さんたちが、私の突然の訪問にビビッた様子で、沖田さんと私に視線を往復させる。
「蟻さん、八十八(やそはち)さん、そんなに怖がらなくても大丈夫ですって」
「蟻さん言うな」
パタパタと手を振ってよく知った顔に笑いかける。
二人は私より古参の隊士さん。蟻さんこと蟻通さんは、私が文武館で最初に木刀を交えた人だ。
あとは池田屋事件後に入った隊士さんたちなので、今まであまり親交がない。そして、沖田さんと野試合をした過去を知らない人達だ。
「え、矢代さん、一番組なが…?」
「はい! 新選組最強の一番組でしばらく武者修行することにしたので、御教示よろしくお願いします!」
嘘ではない。南雲薫さんとの一件で脚と腕を怪我していたのもあるが、ここ一ッ月は西本願寺あたりをウロウロするばかりで、稽古にあまり参加できていなかった。
そして、一番組の平隊士さんは役職なしと言っても、伍長同等以上の実力者しかいない。こちらのふわっとした顔の八十八さんも私より強い。
「沖田さん、そこですか?」
「……」
「じゃあ、私ここ」
彼に無視を決め込まれようと、なんのその。だって私には「近藤さんのお願い」という神より強い御威光がある。
「…せめて反対の端にしてくれる?」
「真隣ゲットだぜ!」
「…嫌がらせ?」
出入口から一番遠いところに彼が布団を敷いていたから、さらにその奥の隙間に、自分の布団を無理矢理敷きこむ。
部屋の広さ自体は、隊士が倍になっても問題ないくらいあって。布団を端っこに寄せてなかったのが、沖田さんの運のつき。
「せっかくなので親睦を深めてくるといい、との近藤さんの御威光…じゃなくて、御意向です! こしょこしょ恋バナしましょうね!」
「ちょっと、蟻通さん、場所交替」
「え、嫌っすよ」
「組長命令」
「えぇ…」
「蟻さんガンバれ、蟻さん負けるな!」
「蟻さん扱いすな」
「やぁ、矢代さんおいでるなら、楽しそうぞいね」
弥月と足を向けあう位置にいた八十八は、我関せずという風にフフッと笑う。
けれど、沖田は枕をつかんで立ち上がり、布団の端をひきずって、八十八と壁の隙間に布団をねじ込む。
「どいて、八十八さん」
「だちかんがやぁ、うらはくじで勝ったさけ。沖田さんも童しいことするもんじゃないわいね。局長の命令ぞい?」
「……」
寝転がって頬杖をついたままの八十八を、沖田は恨みがましい目で見降ろす。
…なーるほど。八十八さんか
若干、彼が何を言ったかは分からなかったが、見ていて状況は分かった。
沖田さんが組長で、選りすぐりの一番組。実力があることを認められた…つまり、最も自矜心が高いのも一番組。
沖田さんが、近藤さんや山南さんにしか付き従わず、多少の好き勝手をするのは周知の事実で。それでいて、一番組が土方さんを仰ぎ、組としてきちんと機能していることを不思議に思っていたのだが。
組下の「平隊士」に手綱を用意するなんて、すごいな土方さん
先日の建白書騒ぎの反省が、少なからずここに生かされているのだろう。
「やーそはーちさん! 仲良くしましょうね!」
「うらは男に興味ないぞい?」
「私もない! 大丈夫!」
黙って布団を元の位置…私の隣に戻して、就寝してしまう沖田さんへ小さく指さして、「ふて寝した」と八十八さんと笑いあった。