姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
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元治二年三月一日
千鶴の前では山南に関する事柄の箝口令が敷かれ、喪に服するように、皆静かに食事を摂っていた。
沖田は大津へ向かった翌々日の朝には帰京したため、朝餉の後に千鶴を退室させてから、今後の方針について話し合うことになったのだが。
「泣き女も涙が引っ込む醜態だったな」
土方さんの話はなぜかそこから始まった。
急死した恩人を前にむせび泣くことのどこが醜態かと反論しようかとも思ったが、みんなとの打ち合わせにはなかったことなので、ため息混じりに応える。
「いや、私も男らしくホロホロ泣くつもりだったんですけど、こみあげる笑いを誤魔化すにはああするしかなかったんですって」
「伊東さんらが同情してくれたから良かったけど、土方さんドン引きしてましたよね」
「お前もだろ、総司」
ケラケラと笑う沖田さんや嘲笑をくれる土方さんが、あの時いったいどんな顔で私を見ていたかなど知る由もなく。
ただ、少なくとも、目聡さで厄介な伊東さんと千鶴ちゃんがあの場にいた。
「…早々にあの人達を追い払えたの、私のおかげとかちょっとは思ってくれても良いんじゃないですかね。朝から火葬場の穴掘りまでして頑張ってたんですから」
「自分が入るための穴だったんじゃないの?」
「ハハハッ!あれの後じゃ、穴があったら入りたいよなぁ!」
「新八さんまで...」
苦笑いする近藤さんや左之さん、無表情を装う斎藤さんも、擁護がないということは同じ思いなのだろう。
…私がおかしいのか?
「…私が女々しい話はもういいですって。それで? 沖田さん、山南さんの方は?」
「問題なし。しばらく逗留するための旅籠も見つかったし、移転まで長引くようなら、点々と宿場を移動するって言ってましたよ」
沖田は最後の方は近藤への報告として、彼を見る。
「うむ。昨日、西本願寺から、屯所移転を了承する旨を朝廷に伝えたという報せがあった」
「おぉ!じゃあもういつでも行けるってことか!」
新八は膝を叩いて、「いやぁ助かったぜ!」と前々から部屋の狭さに辟易していたのだと話す。
「羅刹隊の方はいかがすることに?」
「南東の庭園内にある鐘楼を移築する許諾があった。そこに新たに羅刹隊用の宿舎を建てる」
「おりょ、飛雲閣の移築は無理でした?」
庭園内にある飛雲閣。使えるのがその傍らの鐘楼とその周囲だけだと、広さはたかが知れている。
意外そうに言った弥月を、土方は呆れた顔で見た。
「弥月、お前、軽々しく移築とか言ったが、費用のことなんも考えてねぇだろ。モノ見に行って唖然としたわ」
「無理ですか?」
「無理だ。見積りとる気にもならねぇ」
「使用許可は?」
「それはてめぇが金箔がどうのとか言うから覚悟はしてたけどな。いくらなんでも、あれは俺でも遠慮する。ただの来客用って度合いじゃねぇ」
「え、常識あったんですね」
「てめぇよりはな。金銭感覚なんとかしやがれ」
むうと口を結んでみせる。
しかし、実際、お金を使う道がないから貯蓄ばかりが増えている。
みんなは大概女遊びか、遊びじゃない女性を囲うのに使っていることが多いみたいだけれど。
私も新八さんらの友達ノリの飲み会に一度参加したことはあるが、綺麗なおねぇさんにお酌してもらうために大金を払いたいとも思えず。しかも、万が一飲んでしまった場合、何があったかも覚えてないのはあまりに危険で。
そろそろ食費に全投資して、高級料亭でグルメ気取っても分不相応ではないかもしれない。
「だれか、すき焼き一緒にしません?」
「待て、矢代。それは本題から逸れ過ぎている」
斎藤さんからの軌道修正。さすがに異論なく、一旦おくちチャック。
「引っ越しは服忌を明けてから…十日頃を考えてる。北集会所の改築の進捗にはよるが」
改築というのは、その100畳は入りそうな大部屋を間仕切りをつくって小部屋にしたり、炊事場を整えたりしているらしい。
「羅刹の方々は? 宿舎ができてから蔵から移動するなら、その間の前川邸でのお世話係が必要になりますけど。行軍世話役…まあ私か。誰か残します?」
「…」
土方さんの表情が硬くなる。
「もういねぇ。山南さんが片付けてから出て行った」
「!!」
目を見開いたのは弥月だけではなかった。土方は伏し目がちに言葉をつづける。
「…今までは薬の研究のために正気があれば生かしていたが、今後、羅刹隊として運用していくことが決まった以上、隊士になる意思のない羅刹は危険なだけだからな」
おそらく、それが山南さんの言ったままの言葉なのだろう。
説明されたことは理解したが、それを山南さんが積極的に片づけたということは……正気がある羅刹を斬ったということは…
「覚悟、ってそういう事ですよね」
沖田がぼそりと溢した。
「山南さんは…その、大丈夫なのか?大津の方に…一人でいても」
左之助が言葉を選ぶように疑問を述べる。それに答えたのは弥月だった。
「統計というほど数はないそうですけど……一応、三か月は問題ないだろうという見解みたいです」
「それはなにか根拠が…?」
「その…蔵にいた羅刹が…」
蔵で過ごしていた二人の羅刹は、それ以上の期間を正気のまま過ごしていたと聞いた。つまりその彼らを殺していったのだ。
「…鬼、だな」
新八の言葉に、土方はフッと息を吐いて「…羅刹、だからな」と返す。
「鬼で結構。坊主どもにとっちゃ、俺らは最初から地獄で罪人どもを切り刻んでる鬼だからな。今更、極楽浄土に行きたいやつはいるか?」
はい!
空気は読んだ。黙って、心の中で全力で手を挙げた。
だって、行きたいかどうかと、目指してるかどうかは別
土方はサッと全員を一瞥して、どこか楽し気に近藤を見る。
「大将、他に行っておくことはあるか?」
「そうだな……この事を、平助には…」
途端に、再びおちる沈黙。
平助は八月に江戸へ向かったため、かれこれ半年京を離れている。
「そろそろ引き上げさせようと思っていたところだ。俺が江戸に行って直接話しておく」
その提案にホッとしたような、そういう顔をしてはいけないような……そんな気まずい空気のまま、会議は終了となった。