姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
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一般的に葬式の後、日暮れ前に棺桶は運び出される。火葬は夜間に寺の火屋(火葬場)で焼く。
土葬なら後から掘り起こせば良いので計画は楽だったのだが、京は火葬が主流である。途中で無縁仏の棺桶と入れ換えるのに、火夫の手を借りざるをえなかった。
なんとか予定時間内に火床を整えた弥月は、パンパンッと土の付いた手を払って「じゃあ、後は」と火夫へ声をかける。
「サッとパパッとお願いしますね」
「パパッとって、あんた……まあ、詳しく聞きはしませんけどやな…」
「人の目が多い可能性があるので、お別れの雰囲気とか無しで、効率重視でお願いします」
火をつける前に棺桶を割る作業などがある。万が一にも誰かに入れ替わりを気付かれることなく、灰になってもらわねば。
身元不明のご遺体には申し訳ないのだけれど、山南敬介として丁重に火葬・納骨させてもらう。
「骨を出せるのは朝になるけど、元の桶のお人はまたすぐ回収にくるんか?」
「一刻後に回収に来るので、今晩は口の硬い人だけで担当してください」
「今日の夕は儂一人でする予定やから問題ないで。これは独り占めや」
男は早々に袖の下にしていた布包みをジャリと鳴らした。
時は一昨日まで遡る。
「私は死んだことにすればいい」
入室した者を、心配する声を、一瞥もしなかった山南が緩徐に振り返る。友を威圧するような態度をとった彼は、すでに決断をした者の目をしていた。
「これから私は薬の成功例として手偏の新撰組を束ねていこうと思っています。
我々は薬の存在を伏せるよう幕府から命じられている。私さえ死んだことにすれば、薬の存在は隠し通せます。薬から副作用が消えるなら、それを使わない手はないでしょう」
「それしか、ないか...」
「ま、山南さんが自分で選んだ道ですし」
決して、彼は成功例などではなかったし、副作用が消える可能性が見えたわけでもなかった。けれど、自分達の選択を正当化するために必要なことと、誰もが分かっていた。
そうして男たちは溜息というよりも、落着とした息を吐く。
「テヘンノ新選組って何ですか?」
私は彼らが話すのをずっと黙って聞いていたが、ようやくそこで口を開くことにした。異見するつもりはなけれど、同席した手前、話し合いに同意したという立場になってしまう。
すると、四人は顔を見合わせて、どこまで私に話すか迷っているようだった。
弥月に相対すると、山南からは取り繕うような笑みが消え、張り詰め改まった声になる。
「…貴女にまだそこまでは話していませんでしたね。現在、数名の羅刹が蔵の中で過ごしています。羅刹を隊士として扱っていく計画があり、彼らを手偏の新撰組と呼んでいます」
「羅刹?」
「…この変若水で人ならざる者となった人達のことです」
「ふーん…」
人ならざる者、ね
最近そんな話ばかりだ。鬼だ、羅刹だ、神子だ。属性が渋滞しすぎて、人間かどうかなんて大した話ではないような気さえしてきてしまう。
だって、私は私だし
そう言ってくれる人がいる。それだけで他人と違うことを怖がる必要はないのだと、私は知っていた。
「分かりました。それで、どうしましょ。死んだことにするなら、火葬場とかお葬式とか色々手配しなきゃいけないんですけど」
さして気にも留めなかったという風な弥月に、怪訝な顔をした男たちだったが。それは追々確認すればよいだろうと、当座の問題に向き直る。
「幸いその管轄は私なので問題はありませんね。いつものところに頼んでおいて下さい。ただ、死体…もとい私を回収に行くのは当然私ではありませんので、それだけはどなたかに…」
「了解です。私でいいですか?」
「いつ居なくなっても怪しまれない、お前と山崎で行け。葬儀の方は俺と近藤さんでなんとかする」
土方の指示に弥月は「分かりました」と頷く。一方、沖田は「分からない」と言いたげにコテンと首を傾げた。
「山南さんがわざわざ運ばれなくても、空の棺持って行って燃やせばいいんじゃないの?」
「葬儀を執り行うこと自体に、伊東さんの眼を誤魔化すが狙いがありますからね。万が一を考え、火屋までは私が収まっていた方が確実でしょう」
山南が返答しながら土方へ視線を向けたため、土方は頷いて弥月を見る。
「そうだ、穴掘ってあるだけじゃねぇとこあったろ。柱建てて幕張ってるような、中が見えなくなってる火屋」
「あー…それなら炉になってるとこかなぁ……壬生からちょっと遠いんですけど」
「構わねぇ。市中に目立つ葬式やってるのを見せるのも悪かねえからな。
たぶんあの人の性格上、火屋の中までは入ってこねぇだろうから、その方が誤魔化しが効きやすいし、中で桶割るころにすり替わればいい。どっかから出られるようにしておけ」
「…たぶん石造りですよ。どうやって」
「どうにかやっとけ」
「……」
そんな無茶な
うーんと首を捻る弥月を置いて、土方は近藤へ向き直る。
「そうと決まれば、屯所移転の話は急がなきゃならねぇな」
「ん?」
「山南さんを伊東派の目から隠すためには広い屯所が必要だ。今のままでは狭すぎる」
「でしたら、私達は大津の方に移るのはいかがでしょうか。それほど遠くもなく、いざという時は上京しやすい。あちらに身を潜めるのも良いでしょう」
「それって、大坂みたいに分隊にするってことですか?」
沖田さんがそう言うと、山南さんは是とも非とも言わずに穏やかに笑みを返した。けれど、近藤さんはそれを咎めるように声を上げる。
「山南君、西本願寺に屯所が移ったら戻ってきてくれるんだろう?」
「それは...」
「庭園だ。そこに山南さんらの部屋を作る」
「土方君、そこは賃借予定になかった場所かと思いますが…」
「取れるな? 矢代」
「いけます。ゴリゴリ行きましょう。趣味全開のキラキラ飛雲閣については、めちゃくちゃ文句言われるでしょうけど、私らそれは要りませんからどっかに移築して下さい」
「分かった。計上する」
それ以上の有無を言わさない土方と矢代に、山南は苦笑いしながらも、わずかに嬉しそうに目尻を緩ませた。
***
日暮れ後。闇夜の中、まだモクモクと煙の上がる家屋の裏手に、弥月達は足を運んだ。
「モグラ作戦、上手いこといったみたいで良かったです」
早朝から半日以上かけて彫った穴は、火屋の壁の下を通して外につながるようにした。火夫にはものすごく嫌な顔をされたが、金を積んだら許してくれた。
その穴を這って出てきた山南はすぐに火夫の待機場所にかくまってもらい、今に至る。
「棺桶に入った気分はどうでしたか?」
「いくら空気穴があるとはいえ、息苦しくて死にそうでした。それにあまり好い気はしませんね」
「あはは! 息してなかったら、そのまま焼くだけなので問題なしです!」
弥月の笑えない冗談に、山南は頬をひきつらせる。
けれど、心臓を斬るか首を落とすか以外に、窒息死や焼死など、羅刹がどこまで不死なのかを疑問に思う自分もいて。ただ、そこまでは知る必要のない鑑識だと気づけば、山南は自分の好奇心をやっかいだと感じた。
「山南さん、これを」
山崎に渡された黒い羽織を着て、雪駄を履く。彼が笠の尾を締めたところで、山崎は再び声をかける。
「誰かに見られる前に行きましょう。大津までは俺が同行します」
「弥月君は?」
「私は屯所に戻ります。明日の朝、泣き張らした目でうろうろする予定です。
伊東さんは今晩は屯所で呑んでるので、近寄りさえしなければ見られることはありません」
自信ありげに言った弥月に、山崎は胡乱な顔をする。
「…あなた、あんな声を出しておいて、涙の一滴も出てませんでしたけどね」
「え…?」
「そう!」
山南の呆気にとられた声は、弥月の返事にかき消された。
「だってもう面白くて!! 顔隠すのに必死ですよ!
ちゃんとイメトレ……想像して涙も出す練習してから行ったのに、水仙が…布団の上の水仙が!私の笑いを誘って!! なんで一本やねん、っみたいな!」
思い出し笑いをすると、二人ともが冷たい目で見てくるけれど……だって笑えたんだもの。
ザッ
「あ、良かった。間に合ったみたいだね」
その足音と声はほぼ同時で。山南を背に隠すように、弥月と山崎は振り返る。
「「沖田さん!?」」
「うん、そう」
弥月は「うん、じゃなくって…」と、信じられないといった顔をしたが。沖田はそちらを見ることはなく、山南と顔を合わせてホッとした表情をする。
「大津、僕が一緒に行きますよ」
「は…?」
今度は山崎が狼狽える。けれど、沖田はそれも聞こえないという風に、山崎から山南の荷物をひったくった。
「ちょっと話したいことができたから、丁度いいかなって」
「いや、沖田さん。隊務の方が…」
「僕、明日非番だから」
弥月と山崎は顔を見合わせる。判断がつかなくて、困り顔で山南を見る。
山南さんはジッと沖田さんの笑顔を見つめてから、一つ深く息を吐いた。
***