姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
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沖田side
次の非番には衣替えをしようと思っていたから、この機にと思ってしばらく部屋で過ごしてはいたのだけれど。
さすがの僕もまともに手につかず。組下に稽古をつけた後は、今にも雨が降り出しそうな曇り空の下、内井戸を眺めながら無為に過ごしていた。
もうさすがに雪は降らないな…
「ただいまでーす…」
「…出掛けてたんだ」
「余裕だね」と思って彼女の顔を見たのだが、弥月君は死んだ魚のような目をしていて、「ん」と頷くだけだった。
いつも一つに縛っている髪が、珍しくほどかれている。肩をおおう金糸が、彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。
井戸の滑車を引く音がカラカラと鳴る。水がまだ冷たいと悲鳴をあげながら、彼女は手を洗っていた。
「何か変わりありましたか?ズッ」
ガラガラガラ…
「いや、早朝に瞬間だけ起きた後は、動きなし」
「そろそろ日も暮れますからね、起きてほしいところなんですけど…ズッ」
グチュグチュグチュ…
「あぁ、そういえば。伊東さんが何か勘づいたみたい。夜には説明しなきゃいけなくなったんだけど、大丈夫そう?」
「グッ…ゲホッゲホッ…私に聞かれても…ってか、察し良すぎでしょ」
「だよねぇ…割りと静かにしてたんだけどなぁ」
「んー…ズッ」
ガラガラガラ
「んんむむもんんむんーんんー」
「出してから喋ってくれる?」
弥月君はペッと水を吐き出してから、「叩き起こしてどうにかなるかなぁ」と。
「ダメなら他に、山南さんが不在の適当な理由考えなきゃ」
「あの人、基本屯所開けませんもんねー…ズッ」
ガラガラガラ
「う...」
うがいし過ぎじゃない?
沖田はそう言おうとしたが、すぐに気付いて口をつぐむ。
接吻の、か...
感覚を洗い流しているといったところか。
自分が思い出しても、果てしなく気まずい気持ちになってしまう。
一瞬たりとも山南さんの動きを見逃してなどいないのに、何故ああなったのか、未だに理解できない。
…なんかもう、意味が分からなさ過ぎて……倒すのが正解な気がしたんだよね……たぶん、道徳的に…?
咄嗟に、二人を引き剥がすではなく、山南さんを気絶させることを僕は選んでいた。
それが正解だったと、今なら思う。直後の弥月君は言葉ではなんとも表しがたい、ものすごい顔をしていた。山南さんの動きを止めてなかったら、彼女が冷静さを欠いて刀を抜いていたかもしれない。
手拭いで口を拭く弥月君を見る。
眉間に皺が寄っているものの、帰ってきた瞬間には「死んだ魚の目」をしていたのが、少しだけましになっている気がする。
「団子、食べます?」
「それ買いに行ってたの?」
「…ええ、まあ。ついでに監察小屋で行水もして来ましたけど」
髪が湿気ているから、何となくは察していた。
夏場は自分たちは井戸で水浴びをする。冬場になると湯屋に頻繁に行くが、彼女はそうもいかないのだろう。一々監察小屋に行って女装をして、帰るときには男装に戻して。
監察小屋が設置されたのは弥月君への配慮もあるのかもしれない。
髪も長いから、桶で洗うのもまぁ面倒そうだよねぇ…
沖田は「ありがとう」と受け取った草餅を口に運ぶ。
ん…?
「一応、確認したいんだけどさ…」
「ふぁい?」
そこで沖田は言葉を止めた。
あー…………無いか
「やっぱりいいや」
「え。なんですか」
「無いからいい」
「…?」
いや、さ。もしかして、山南さんと君が、元々そういう関係だったのかなって、一瞬…
一瞬思ったが、無いだろうと踏むことにした。万が一そうであったとしても、質問して肯定されたら、それはそれで…
困る
何が困るかは僕にも分からないが、困ることだけは確実だった。
ありえないでしょ
勝手に想像したのは自分だけれど、ありえないとは思う。山南さんは男色ではないはずだ。
しばらく僕からの話のつづきを待っていた弥月君だったが、諦めたようで、再び餅にありついていた。そんな彼女を横目にじっと観察する。
顔は…まあ、っていうか、意外とふつう…
彼女は草餅の次はみたらし団子を出してきて。
少し機嫌が良くなっているらしい。バラバラと頬に落ちる髪を耳にかける横顔は、意外にも女の子だった。
女の子、だった
#弥月君は団子の棒を口から引き抜いて、こちらを振りかえる。
「なんですか? おかわり要りますか?」
「なんでもない」
…え???
それはそうだ。男色でも衆道でもない。見た目はこれでも、中身は女性なんだから。
いや、と言うか、見た目は…
女装した彼女と連れだって歩いた日。紅をひいてニコリと笑ったときの、垢抜けて鮮やかな顔を思い出す。
そして、道行く彼女を見た佐之さん達が、「いい趣味してんな」と言った記憶が蘇る。
忍び装束で手足を捲くったときに見える、しなやかに伸びた四肢。
待って……逆…見た目があれで、中身がこれなんじゃ……え? 山南さんって面く
「沖田さん…っ!」
その時、密やかに、焦った声がかかる。振り返ると島田さんが厳しい表情で近づいてきた。
「沖田さんと、近藤さん、土方さんを呼んで来てほしいと…」
「…分かった」
誰がとは大声では言えない彼が、目を覚ましたらしい。
立ち上がってふと横を見ると、これもまたかなり困った顔をした弥月君がいた。
「…いいんじゃない、着いてきたら」
「指名されてないのに、いいと思います?」
「変なところで頭固いよね、君」
島田さんには、僕が二人を呼んでくるからと、研究小屋の周囲の警戒をお願いした。そして未だに迷っている彼女に、「行くよ」と声をかける。
「結果が知りたいでしょ。どうせ自分で見なきゃ納得しないんだろうから、着いてきなよ。怒られたら出ていけば?」
「…ありがとうございます」
そうして、近藤と土方を呼んで、沖田、矢代は足早に連れだって部屋に向かう。
「最悪、室外には出さずに…」
最後尾を歩く弥月は、沖田に小さく声をかけた。それに彼は返事をしなかったが、近藤が努めて明るい声で返す。
「島田君が大丈夫そうだと言っていたのなら、そう警戒することはないだろう」
「まあ…そうなんですけど、ね」
たとえ弥月がそう歯切れの悪い返事をしても、咎められる状況ではなかった。羅刹はいつ何が起こるか分からない。
そして、それだけではない、沖田だけは弥月の言いたいことを正しく理解していた。
接吻のことは報告してないからね…
報告の必要性を感じなかったというのもあるが、彼と山南さんの名誉のために黙っておいた。自分だったらそんな痴態を広げてほしくはない。
「弥月くんは後ろにいなよ。僕が斬るときに、また邪魔になるから」
「…ええ、ありがたくそうします」
前を行く大人二人は、彼らが冷ややかな会話を進めることに、それぞれ顔を曇らせる。
しかし、弥月が首に噛みつかれそうになったという報告をうけているため、然るべき判断だとも理解していた。
「近藤さんも僕の後ろにいてください」
「分かった」
「土方さんは先頭で」
少しだけいたずらに笑ってみせた沖田だったが。土方は何も言わずに自ら戸に手をかけた。
***