姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
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***
弥月side
試薬を飲み干して、すぐに山南さんは喉を押さえ、息苦しそうに喘ぎはじめた。
私に背を向けて立っている沖田さんは、静かに鯉口を切った。けれど、刀を抜きはせず、私と同じように気を鋭くして様子を窺っていた。
机に臥せった彼は、肩で息をしている。倒れまいと、立っていようと……何かと戦っていた。
「…さんなん、さん」
弥月は山南のもとへ、一歩、歩みを進める。
沖田さんは私を背に、正面を向いたまま小さく首を振った。
だめだ、と
分かっている
実験のねずみの毛色が、灰色から白色へ変わり、狂暴になった姿を見た。
浪士が血を求めて、無差別に人を殺めるのを見た。
それでも
山南さんの荒い呼吸を聞く。
彼はこのまま死んでしまうのだろうか。
もう1歩、足が前へ出た。
「山南さん」
そのとき、ガクンと彼の首が垂れた。
「―――っ、山南さん!!」
沖田さんを通り越して、彼の元へ駆け寄ろうとした。
けれど、伸ばした手がたどり着く前に、私は足を止めた。
崩れるかと思われた山南さんの身体は、そのまま立っていた。荒かった息は、静かになっていた。
「さ…」
項垂れた首が持ち上がる。ゆっくりと背を伸ばした山南さんの視線が、こちらへ向いた。
あか い…
赤い眼
血の気がなくなった土色の肌。力なく落ちた口角。
けれど、彼の目は爛々と赤く、鈍く輝いていた。
ダラリと垂れた腕が上がり、両手が、ゆっくりと私の顔に近づいてくる。思わず一歩、足を後ろに引いた。
ゆらりと近づいてくる彼の手を、手首を掴んで拒む。けれど、突にグッと力が入り、彼の指が私の首筋を滑るように伝う。
…―――!?
冷たい手。
ざわっとした。精一杯、力を入れてその手を引きはがす。けれど、山南さんがカクンと頭を傾けると、私の首筋を別の冷たいものが這った。
それに怯んで、一瞬だけ、彼の両手を抑えていた力が緩んでしまった。その隙に、彼が私に身を寄せる。
怖い
「山南さん!」
「―――っ」
私の声に反応してか、山南さんの動きが一瞬止まる。
...!
「沖田さん! 待って!!」
「...」
弥月の頭上で、刀を振り上げていた沖田だったが、ピタリと動きを止める。
その瞬間、山南が膝から崩れるように力が抜けた。それに合わせて、弥月もともに床に膝をつく。
「…失敗、でしょ」
ひどく落胆した悲しい声で、沖田はそう言った。
私もそう思った……けど…
私の声に反応して力を抜いた彼が、完全に正気を失っているとは思いたくなかった。
「山南さん...」
彼の頭は、今は、私の肩に力なく乗っている。腕も背もだらりとして、完全に力が抜けてしまっていた。弥月は彼の両手首を掴んでいたのを離し、指を絡ませるように変えて、ゆっくりと床に置く。
「山南さん、分かりますか...?」
反応がない。息もしていない気がする。指先はひどく冷たい。
弥月は「ねえ、山南さん」と泣きそうな声で問う。手をわずかに揺すった。
「聞こえますか...」
ゆらりと山南の頭が上がる。
視線が絡んだ気がした。
赤い眼
「さ...」
見えて...ない...?
すぐ目の前で視線が合っているはずなのに、彼は何も見ていない表情で。
ここには居ないのだと語っていた。
悲しさが湧きあがるのを抑えられない。
「―――っ」
ねぇ
答えて
「さんな...ん」
…ーーっ!
突然、不意に彼の顔が近づいたから、思わず仰け反った。
けれど、絡ませていた彼の指に力が入り、引き寄せられ、私がそれ以上離れることを拒まれた。目の前の人の顔が、近すぎるくらい近くに来る。
まっ…!?
…こ、れ…な、え…
え!?
唇に当たる柔らかなもの。
これが何かを、知ってはいた。
何が起こってるかを、認識はした。
唇と唇が重なること。
キス
考えることもなく、その単語だけが頭を巡った。
これはキス
キス
キス!!?!!?
混乱している間に、何かが唇に触れてから、くちの中にヌルリと入り込む。考える間もなく、それは私の口の中を撫で回した。
~~~っっっ!!!
ぞわりと背中が総毛立ち、顔がひきつる。
考えもせず、首を勢い任せに振ると、鼻同士がぶつかった。唇は離れた。
ゴッ
その瞬間、私の目に映ったのは、山南さんの脳天に落ちた、刀の柄。
そして山南さんは徐に前のめりに...つまり、再び私に寄りかかるようにして倒れた。
「...」
「...」
室内はシンと静まりかえる。
私に支えられなくなった山南さんは、ズルリと胴を床に落とした。
「...」
「...」
「...」
「...」
「...」
「...」
「...ねぇ」
「僕に訊かないで」
二人とも床に墜ちたものから目を放さない。
「なに、今の」
「僕に訊かないで」
山南さんは動かない。どうやら今度こそ気絶しているらしい。
変化した山南さんの瞳の色。そして、表情。
未遂ながらも、露出した皮膚を狙って、噛みつこうとした。
そして…
「...これ、どう思います?」
「失敗じゃないの」
「ですかね」
気が振れた...つまり狂った。つまり失敗ということ。
失敗した場合は…
「…後、任せて良いですか」
「…後、ね」
弥月は半ば無意識に、袖でグイと粗っぽく口を拭う。
沖田は彼女をチラリと見るだけに留めて、床に転がった山南を見る。
「...一応、起きるまで待つよ。一応ね…斬らないよ。うん…」
沖田がそう答えると、弥月は自分が冷静ではなく、判断が早計であろうことに気付いた。
確実に判明するまで、離れるわけにも、斬りすてるわけにも…
「...そう、ですね...また、様子見にきます」
「いや...あのさ。ここに居てもらっても良いかな」
「...嫌です」
数秒の間があってから、沖田は「僕だって嫌だよ...」と小さく呟いた。
再び二人の間に、沈黙が落ちる。
「...じゃあ、土方さん呼んできます」
「…うん、早くね。でも先に、縛るもの探してくれる?」
いつ起きるか分からない彼。どのような行動に出るか分からない彼と、二人っきりになるのが嫌なのは、どうやら沖田さんも同じらしい。
弥月は袴のわきから縄を取り出して、無言のまま沖田に手渡した。
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弥月side
試薬を飲み干して、すぐに山南さんは喉を押さえ、息苦しそうに喘ぎはじめた。
私に背を向けて立っている沖田さんは、静かに鯉口を切った。けれど、刀を抜きはせず、私と同じように気を鋭くして様子を窺っていた。
机に臥せった彼は、肩で息をしている。倒れまいと、立っていようと……何かと戦っていた。
「…さんなん、さん」
弥月は山南のもとへ、一歩、歩みを進める。
沖田さんは私を背に、正面を向いたまま小さく首を振った。
だめだ、と
分かっている
実験のねずみの毛色が、灰色から白色へ変わり、狂暴になった姿を見た。
浪士が血を求めて、無差別に人を殺めるのを見た。
それでも
山南さんの荒い呼吸を聞く。
彼はこのまま死んでしまうのだろうか。
もう1歩、足が前へ出た。
「山南さん」
そのとき、ガクンと彼の首が垂れた。
「―――っ、山南さん!!」
沖田さんを通り越して、彼の元へ駆け寄ろうとした。
けれど、伸ばした手がたどり着く前に、私は足を止めた。
崩れるかと思われた山南さんの身体は、そのまま立っていた。荒かった息は、静かになっていた。
「さ…」
項垂れた首が持ち上がる。ゆっくりと背を伸ばした山南さんの視線が、こちらへ向いた。
あか い…
赤い眼
血の気がなくなった土色の肌。力なく落ちた口角。
けれど、彼の目は爛々と赤く、鈍く輝いていた。
ダラリと垂れた腕が上がり、両手が、ゆっくりと私の顔に近づいてくる。思わず一歩、足を後ろに引いた。
ゆらりと近づいてくる彼の手を、手首を掴んで拒む。けれど、突にグッと力が入り、彼の指が私の首筋を滑るように伝う。
…―――!?
冷たい手。
ざわっとした。精一杯、力を入れてその手を引きはがす。けれど、山南さんがカクンと頭を傾けると、私の首筋を別の冷たいものが這った。
それに怯んで、一瞬だけ、彼の両手を抑えていた力が緩んでしまった。その隙に、彼が私に身を寄せる。
怖い
「山南さん!」
「―――っ」
私の声に反応してか、山南さんの動きが一瞬止まる。
...!
「沖田さん! 待って!!」
「...」
弥月の頭上で、刀を振り上げていた沖田だったが、ピタリと動きを止める。
その瞬間、山南が膝から崩れるように力が抜けた。それに合わせて、弥月もともに床に膝をつく。
「…失敗、でしょ」
ひどく落胆した悲しい声で、沖田はそう言った。
私もそう思った……けど…
私の声に反応して力を抜いた彼が、完全に正気を失っているとは思いたくなかった。
「山南さん...」
彼の頭は、今は、私の肩に力なく乗っている。腕も背もだらりとして、完全に力が抜けてしまっていた。弥月は彼の両手首を掴んでいたのを離し、指を絡ませるように変えて、ゆっくりと床に置く。
「山南さん、分かりますか...?」
反応がない。息もしていない気がする。指先はひどく冷たい。
弥月は「ねえ、山南さん」と泣きそうな声で問う。手をわずかに揺すった。
「聞こえますか...」
ゆらりと山南の頭が上がる。
視線が絡んだ気がした。
赤い眼
「さ...」
見えて...ない...?
すぐ目の前で視線が合っているはずなのに、彼は何も見ていない表情で。
ここには居ないのだと語っていた。
悲しさが湧きあがるのを抑えられない。
「―――っ」
ねぇ
答えて
「さんな...ん」
…ーーっ!
突然、不意に彼の顔が近づいたから、思わず仰け反った。
けれど、絡ませていた彼の指に力が入り、引き寄せられ、私がそれ以上離れることを拒まれた。目の前の人の顔が、近すぎるくらい近くに来る。
まっ…!?
…こ、れ…な、え…
え!?
唇に当たる柔らかなもの。
これが何かを、知ってはいた。
何が起こってるかを、認識はした。
唇と唇が重なること。
キス
考えることもなく、その単語だけが頭を巡った。
これはキス
キス
キス!!?!!?
混乱している間に、何かが唇に触れてから、くちの中にヌルリと入り込む。考える間もなく、それは私の口の中を撫で回した。
~~~っっっ!!!
ぞわりと背中が総毛立ち、顔がひきつる。
考えもせず、首を勢い任せに振ると、鼻同士がぶつかった。唇は離れた。
ゴッ
その瞬間、私の目に映ったのは、山南さんの脳天に落ちた、刀の柄。
そして山南さんは徐に前のめりに...つまり、再び私に寄りかかるようにして倒れた。
「...」
「...」
室内はシンと静まりかえる。
私に支えられなくなった山南さんは、ズルリと胴を床に落とした。
「...」
「...」
「...」
「...」
「...」
「...」
「...ねぇ」
「僕に訊かないで」
二人とも床に墜ちたものから目を放さない。
「なに、今の」
「僕に訊かないで」
山南さんは動かない。どうやら今度こそ気絶しているらしい。
変化した山南さんの瞳の色。そして、表情。
未遂ながらも、露出した皮膚を狙って、噛みつこうとした。
そして…
「...これ、どう思います?」
「失敗じゃないの」
「ですかね」
気が振れた...つまり狂った。つまり失敗ということ。
失敗した場合は…
「…後、任せて良いですか」
「…後、ね」
弥月は半ば無意識に、袖でグイと粗っぽく口を拭う。
沖田は彼女をチラリと見るだけに留めて、床に転がった山南を見る。
「...一応、起きるまで待つよ。一応ね…斬らないよ。うん…」
沖田がそう答えると、弥月は自分が冷静ではなく、判断が早計であろうことに気付いた。
確実に判明するまで、離れるわけにも、斬りすてるわけにも…
「...そう、ですね...また、様子見にきます」
「いや...あのさ。ここに居てもらっても良いかな」
「...嫌です」
数秒の間があってから、沖田は「僕だって嫌だよ...」と小さく呟いた。
再び二人の間に、沈黙が落ちる。
「...じゃあ、土方さん呼んできます」
「…うん、早くね。でも先に、縛るもの探してくれる?」
いつ起きるか分からない彼。どのような行動に出るか分からない彼と、二人っきりになるのが嫌なのは、どうやら沖田さんも同じらしい。
弥月は袴のわきから縄を取り出して、無言のまま沖田に手渡した。
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