姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
山南side
夕食をしているはずの斎藤君らの大きな声に釣られて、広間の方へ顔を出すと、広間の障子一枚が庭に落ちていて……それと一緒に、よく見知った人が転がっていた。
唖然としたのは言わずもがなで、これは一体どういう状況なのかと、土方君から説明を受けたが…まあ殴られても仕方がないと言わざるを得ないので、私も弥月君をそのまま放っておいた。
後から私に挨拶しに来た彼女には、「冷たいです」などと失敬なことを言われたが、「私からお灸を据えられるより幾分ましでしょう」と言ってあげれば、それ以上の反論はなかった。
弥月君が帰ってきた…
夜の帳が下りてから随分と経ち、屯所はすでに静まり返り、今が何刻か山南には分からなくなっていた。
彼は試験管でゆっくりと熱された赤い液体を、粉末の入ったフラスコに注いで、くるくると回して底を覗きながら、粉末の溶け残りが無いことを確認する。
…私は、喜ぶべきなのでしょうか…
既に彼女の帰還を、手放しで喜べない理由があった。
「山南さん。まだ起きてるんですか?」
「…沖田君ですか。入って構いませんよ」
戸の向こうから聴こえた小さな声に、思考を中断されたが、手元は落ち着いていたので後ろを振り返って応じる。
「熱心ですねぇ。研究のために身体壊しちゃ、元も子もないのに」
「ご心配なく。身体ならとっくに壊れていますから」
私が自虐的な言葉を溢しても、この子だけは表情を変えない。
それだけ言うと、沖田君が冷たい人間のように聞こえるけれど、そうではないのだと私は知っている。
近頃、研究に没頭してしまって昼も夜も関係ない山南にとって、沖田が時々こうして自分の様子と、研究の進展具合を聞きに来てくれることは、少しばかり嬉しいことだった。
「見て下さい、改良した変若水です。理論的にはこれで副作用が抑えられるはずなんです」
「試す気なんですか?」
沖田はそこに座して、山南の手の中にある赤い液体をジイッと見る。
「自信があるなら、止めないですけど」
止める気は毛頭ないという風に沖田が言うと、山南は机にそれを置いて、沖田へ向き直った。
「どうしたものかと、悩んでいる所です」
実験に失敗は付きものである。
たくさんの鼠に試して一定の成果が得られても、必ずしも、人間に同じ作用が起こるわけではない。新しい試薬と以前との違いを確認したり、効果があり、かつ、狂わない程度の量を決めたりする指標にはなったけれど……最終的に、人間に試すまで効果の確証は得られない。
捕えた敵や、切腹するはずだった者たちに、極稀に試してはみているが。薬の有効域に達した直後、狂気に堕ちた者の数の方がまだ多い。
理論的にとはいえ、今、私の手にあるこれは……ようやっと半分といったところでしょうか…
「ま、失敗したら、僕が斬ってあげますよ」
そう言う沖田君は、私を見なかった。今すぐ私がそうするだろうとは、微塵も思っていないのだろう。
心配して様子を見にきてくれる彼の優しさもそうだが、私自身への信頼と、薬への重すぎない期待がありがたかった。
「それは心強いですね」
不死の身体を得る。その代償に、狂気に堕ち、血を啜り生きる醜い化け物と化す薬。
例え、この壊れた腕が治るとしても、その代償は支払えない
私が私でなくなり、何もかもが分からなくなってしまうならば、治す意味がない。武士でありながら誠を心に掲げられないのならば、剣士に戻れても生きる価値がない。
身分よりも心を、金よりも刀を選んだ日から、私はいつかの自分が恥じるような生き方は選ばないと決め……私は、そんな私を信頼している
沖田君はそんな私を信頼してくれている
「そんなことより、どうです? 一杯」
「フッ…酒ですか。その方が身体には良さそうですね」
なぜ薬を改良しようとし続けるのか。
最初は幕府へ報告書をあげなければならなかったから、ほどほどに隊務の片手間として行っていただけで、殆ど成果らしい成果は無かった。
弥月君の意見も取り入れながら、少し凝り出した頃に、腕に怪我をして。暇の気晴らしに、時間を費やして取り組むようになった。
そうしている内に、偶然にもこの薬に光が見えたから……言わば、ただの知的好奇心で、なかなか止められない。
劇的に変若水に変化をもたらす溶媒を見つけた。
それは、死んだはずの彼女の血だった。
***
山南side
夕食をしているはずの斎藤君らの大きな声に釣られて、広間の方へ顔を出すと、広間の障子一枚が庭に落ちていて……それと一緒に、よく見知った人が転がっていた。
唖然としたのは言わずもがなで、これは一体どういう状況なのかと、土方君から説明を受けたが…まあ殴られても仕方がないと言わざるを得ないので、私も弥月君をそのまま放っておいた。
後から私に挨拶しに来た彼女には、「冷たいです」などと失敬なことを言われたが、「私からお灸を据えられるより幾分ましでしょう」と言ってあげれば、それ以上の反論はなかった。
弥月君が帰ってきた…
夜の帳が下りてから随分と経ち、屯所はすでに静まり返り、今が何刻か山南には分からなくなっていた。
彼は試験管でゆっくりと熱された赤い液体を、粉末の入ったフラスコに注いで、くるくると回して底を覗きながら、粉末の溶け残りが無いことを確認する。
…私は、喜ぶべきなのでしょうか…
既に彼女の帰還を、手放しで喜べない理由があった。
「山南さん。まだ起きてるんですか?」
「…沖田君ですか。入って構いませんよ」
戸の向こうから聴こえた小さな声に、思考を中断されたが、手元は落ち着いていたので後ろを振り返って応じる。
「熱心ですねぇ。研究のために身体壊しちゃ、元も子もないのに」
「ご心配なく。身体ならとっくに壊れていますから」
私が自虐的な言葉を溢しても、この子だけは表情を変えない。
それだけ言うと、沖田君が冷たい人間のように聞こえるけれど、そうではないのだと私は知っている。
近頃、研究に没頭してしまって昼も夜も関係ない山南にとって、沖田が時々こうして自分の様子と、研究の進展具合を聞きに来てくれることは、少しばかり嬉しいことだった。
「見て下さい、改良した変若水です。理論的にはこれで副作用が抑えられるはずなんです」
「試す気なんですか?」
沖田はそこに座して、山南の手の中にある赤い液体をジイッと見る。
「自信があるなら、止めないですけど」
止める気は毛頭ないという風に沖田が言うと、山南は机にそれを置いて、沖田へ向き直った。
「どうしたものかと、悩んでいる所です」
実験に失敗は付きものである。
たくさんの鼠に試して一定の成果が得られても、必ずしも、人間に同じ作用が起こるわけではない。新しい試薬と以前との違いを確認したり、効果があり、かつ、狂わない程度の量を決めたりする指標にはなったけれど……最終的に、人間に試すまで効果の確証は得られない。
捕えた敵や、切腹するはずだった者たちに、極稀に試してはみているが。薬の有効域に達した直後、狂気に堕ちた者の数の方がまだ多い。
理論的にとはいえ、今、私の手にあるこれは……ようやっと半分といったところでしょうか…
「ま、失敗したら、僕が斬ってあげますよ」
そう言う沖田君は、私を見なかった。今すぐ私がそうするだろうとは、微塵も思っていないのだろう。
心配して様子を見にきてくれる彼の優しさもそうだが、私自身への信頼と、薬への重すぎない期待がありがたかった。
「それは心強いですね」
不死の身体を得る。その代償に、狂気に堕ち、血を啜り生きる醜い化け物と化す薬。
例え、この壊れた腕が治るとしても、その代償は支払えない
私が私でなくなり、何もかもが分からなくなってしまうならば、治す意味がない。武士でありながら誠を心に掲げられないのならば、剣士に戻れても生きる価値がない。
身分よりも心を、金よりも刀を選んだ日から、私はいつかの自分が恥じるような生き方は選ばないと決め……私は、そんな私を信頼している
沖田君はそんな私を信頼してくれている
「そんなことより、どうです? 一杯」
「フッ…酒ですか。その方が身体には良さそうですね」
なぜ薬を改良しようとし続けるのか。
最初は幕府へ報告書をあげなければならなかったから、ほどほどに隊務の片手間として行っていただけで、殆ど成果らしい成果は無かった。
弥月君の意見も取り入れながら、少し凝り出した頃に、腕に怪我をして。暇の気晴らしに、時間を費やして取り組むようになった。
そうしている内に、偶然にもこの薬に光が見えたから……言わば、ただの知的好奇心で、なかなか止められない。
劇的に変若水に変化をもたらす溶媒を見つけた。
それは、死んだはずの彼女の血だった。
***