第5話 変若水

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「フッ…そんなに彼は落ち込んでいましたか」



  わぁ、鼻で笑ったよ



「わりとすごく。実際の所どうなんですか?」

「土方君が心からそう思っていて、ああ言ってくれたのは分かっていますし…チクリとは刺さりましたが……正直なところ、“今更”でもあるんですよね。
 ただ、移転反対なのを腕のせいにされたのは、少々頭に来ましたね」

「ですよね。なんで言い返さなかったんですか?」


 言葉の刃が多少心に刺さったとはいえ、山南さんならば、何かしら言い返せるだけの考えが思いつくはずだと思って問えば。
 山南さんは「そうですね」とやや言葉を濁してから、「まあ良いでしょう」と一人納得してから話し出した。


「私を除け者にしようとした事で、今まで以上に、土方君と伊東さんは折り合いが悪くなるでしょうからねえ…」

「…まあ、そうですね?」

「伊東さんは『局長』を取り込んで、第二勢力として新選組内で幅を利かせようとしていますが…
 …あのように明から様に私を切り捨てたのを見て、『近藤さん』はどう思うと思いますか?」

「んー…と」


 近藤さんの性格だと、山南さんが自ら脱退の申し入れでもしない限り、離隊させる選択肢はなかっただろう。ましてや精神攻撃をして相手を追い込むなんて、近藤さんからしたらありえない話だ。


「…古参の仲間を大事にしない伊東さんからは、ちょっと距離をとってみる?」

「ご明察です。伊東さんが戦の人手を集めてくれるのはありがたいですが、近藤さんはこちらに返して頂かないと」

「…つまり最初から、山南さんの中で、仲良くやっていくって選択肢はないんですか?」

「私、伊東さんとは旧知なもので。伊東さんは尊敬に値する御仁だとは思いますが、個人的にはそれほど好きじゃないんですよ」

「…なるほど」


 山南さんの爽やかな笑みと裏腹に、なかなかにコッテリした話らしい。


弥月君は伊東さんの講義は寝ていたと言いましたが、彼の思想については知っていますか?」

「はい、まあ大体?」

「我々との違いは?」

「…大体?」


 攘夷思想という点では方向性を同じとしているけれど。根本的に違うのが、近藤さんは佐幕寄りで、伊東さんは勤王寄りということ。
 将軍は帝を仰いでいるため、本来ならば佐幕派は勤王派の一部であると言えなくもないが。困った事に、幕臣は政治の実権を朝廷に譲りたいとは思っていない。だから大政奉還が成し得ても、諍いが待っていることが確実である。



 だって、イチゴケーキの時に『大政奉還』がちゃんとあって、『明治維新』が来るはずなのに、新選組が北海道まで敗走するのって、そういうことでしょ…



 予想に知識を整合させると、幕府と朝廷の円満解決は望めない……つまり、近藤さんと伊東さんは、必ず途中で道を違えるという結果は見えていた。


「正直、勤王派を明言してる伊東さんを、近藤さんが迎え入れたことが、私は不思議だったんですよねー…」

「まあ、広く言えば、我々も勤王派ではありますから。
 それに、彼の説く攘夷論は熱量で言えば、近藤さんのそれを上回ります。それでいて内容が論理的で、我々に納得のいく筋道を示している。だからこそ近藤さんは彼に同調しましたし、土方君も理屈ではそのことを理解しています。
 なので、攘夷を成すまでは、手を組むのはやぶさかではないと」

「山南さんは?」

「政権返上の道のりだけで言えば、私も彼の力を借りたい。委任されていた政権を返上しつつ、徳川の威光を保つためには、それが民意であることを朝廷に示す必要がありますから」

「…なら、ひとまず伊東さんは放っておいたら良いんじゃないですか?」

「…そこが、土方君達と私との違いです」

「…?」


 山南さんの真意がまだ見えない。
 仮に、今とは逆の状況で、山南さんがいつもの腹黒さで、表面的に伊東さんとの仲の良さを取り繕っているなら分かる。その方針に、土方さんが渋々従っている図なら容易に想像できる。
 けれど、山南さんの方針はそうではなく、伊東さんとは完全に対立する派閥を必要としている。流れに任せて放っておける事案ではないということ。


「…つまり根本的に、山南さんと伊東さんが相容れない理由があるってことですか?」

「私は政権が返上された後も、攘夷が成し得るとは考えていません」

「……」


 山南の言ったことを弥月は瞬時に理解できず、しばらく考えた後、驚きに目を見開く。

 つまり前提が違う……山南さんは攘夷派ではないということ。



「言い方を変えるならば、攘夷思想は限界を迎えています。
 詳しい方にお聞きしましたが、鎖国ではこの国を守ることはできないほど、外国の技術は進んでいる」

「え、だって…山南さん…?」


 なんとか口を挟んだ弥月へ、山南は落ち着いた穏やかな表情で、少しだけ目を細める。


「…とはいえ、我々は会津公の恩情を忘れることがあってはいけません。
 伊東さんは中途参加のために、会津公の御心遣いについて私淑し、忠節を誓う気はあまりないようですが……新選組が会津に反旗を翻すことはありえない」



  会津は攘夷派だ。それに逆らうことはしない…と?



 例えそうだとして、伊東さんを放っておけない理由が分からない。


「思想が違っても、会津について行くということですか…? でも、それと勤王派を受け入れられない理由が結びつかないんですけど…?」

「お忘れですか? 私たちは誠の士道を志す求道者です。
 義を忘れ、恩情を利用し、君主を取って喰らおうとするなど……その考え方は武士のそれではない。私たちの目指した武士の生き方ではない」



  旗色が悪いからと、仕える者を裏切るような真似はしない、と



「…合理的な貴女からすれば、我々の思想は老害のようにただ凝り固まって、不合理で滑稽かもしれません。伊東さんにとっても、すでに幕府は瓦解すべき組織に見えていることでしょう。
 しかし、泥臭いそれで良いのです。私の予想では、佐幕派だろうと尊皇派だろうと、どちらにしても日本は諸外国には勝てない……攘夷は成されないでしょう。
 かといって、今さら開国派に付くような不義はできませんし、したくありません。ならば、一時の迷いで、負けた時に後悔をする選択をしては…」


 唐突に、山南さんは言葉を切って、何かを言いあぐねた。
 そして長い睫毛に視線を隠して、口元で僅かに微笑む。


「…近藤さんに後悔する選択をさせたくありません」



  諸外国に勝てない

  それでも、近藤さんと会津公について行くと決めている



 山南さんはそう言い切った。
 


  それは、勝てない戦をしに行くのだと



「山南さん…」

「これは他言無用です。反論も認めません。宜しいですね?」



  それについて疑問を呈することすらも、してはならないと



「…分かりました」

「一応、後々面倒なことは避けたいので、先に言ってはおきますが、貴女を拾ったことを後悔したことはありません。
 逃げるなとも、一緒に死ねとも言いません。ですが、貴女も覚悟を決めたなら、剣士として付いておいでなさい」


 弥月は唇を食み、膝の拳を強く握った。それから言うべき言葉を探して、歯を喰いしばる。
 一呼吸、二呼吸、ゆっくりと深い呼吸をした。


 弥月の頭の中は、色々な思いが駆け巡り雑然としていた。

 弥月が呈することを許されなかった問いは、『自分が居たから、山南さんは諸外国には勝てないことを悟ったのか』ということ。

 そして、『付いて来なさい』と言われてすぐに返答できないのは、自分はいつか不意に消えてしまう存在かもしれない、無責任な約束をしてはいけない立場だということ。



  だけど



 私は山南さんの左腕の代わりだ。どれだけ私に事情があろうとも、彼へ示したいものに変わりはない。
 それに、複雑に絡みあった不安に囚われて、自分自身を見失いたくない。見えない先を憂いて、今ある大切なものを蔑ろにしたくない。



  私が示すべきは


  覚悟 と 信愛



「言われなくても、ついて行きますよ。たとえ山南さんが嫌がってもね」


 今の私にお道化て笑えるほどの余裕はない。けれど、不安で信念を揺らがせるほど無責任ではない。
 この決断を貫き通す決意はあるのだと、正面から山南さんを強い眼で見返した。


「…では、私が化け物になったら、貴女はどうしますか?」

「…そっちは沖田さんが何とかしてくれるんでしょう? どうするも何も、そんな嫌な役回り、私は絶対に引き受けません」


 弥月は溜息を吐いて、首を横に振る。


「なるほど。では、沖田君に感謝しなければいけませんね」

「苦しまないためにも、よくよくお願いしておいた方が良いですよ」

「そうですね……そうしましょう」


 山南さんは穏やかに微笑んだ。



  私は彼のこの優しい表情が好きだ



  山南さんは死んでも良いと思っていない。自暴自棄になって、勝てない戦を受け入れたわけじゃない

  死にたいから薬に賭けるわけではない


  生きたいから、走り続けたいから、自分の信念を貫きたいから





 絶望からでは無く、希望をもって選んだ彼の決定を、私は否定しなかった。



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