姓は「矢代」で固定
第5話 変若水
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
弥月side
「ただいまです。土方さん、報告して良いですか?」
「おう。どうだった」
弥月は書き留めていた覚書を出し、○と×を付けて、土方へ差し出す。
「南西の学林は元々が幕命で作った所らしいですから、譲ってくれる可能性はありますけど、北集会所から離れてるので、私的に微妙ですね。あと、蔵書の重要性云々で断られるかと思います」
「堂宇と書院は全滅か」
「ゴリ押しするのを止めはしませんけど、たぶん取り付く島もなく断られると思いますよ。あっちも数百人単位で住んでますし、仏が命より大切な人達ですから。
なので、やっぱり宿坊の北集会所と、南東の庭園内の飛雲閣ならば交渉の余地があるかとは思うんですけど。飛雲閣も、来客用で普段使ってないとはいえ、趣味全開の金箔ピカピカの建物なので、ゴリゴリしても貸してくれるとは思いません」
弥月はフルフルと横に首を振る。
必要があれば、無理矢理にでも押し通そうとするだろうけれど、別に土方さんも、金ピカの建物が欲しい訳ではないだろう。
「北集会所ってのは、どのくらいの広さがある?」
「うーん……定規で測ったわけじゃないですけど、広間だけでも百人寝れるかなぁとは」
集会所内の全部屋を確認できたわけではないが、その大広間以外にも、小さな部屋がいくつかあるはずだ。
「境内の他の様子はどうだ」
「東側の堂門周囲は檀家さんの出入りが多いですから、陣取りを断れるのは確実ですけど、位置的にはかなりおススメします。反対に、北集会所の奥側の庭園は、ある意味『なにも無い所』とも言えるんですが、門主様が大事に大ッッッ事にしてるみたいなので、案外難しいかもです。
なので、ゴリゴリして譲ってくれるとすれば、やっぱり北集会所の手前だけで……まあ、それでも壬生寺の境内の広さは優にありそうです」
「よし、決まりだな。夜に借用書作るから、山南さん達に声かけといてくれ」
「承知でーす」
「待て、矢代」
クルンと踵を返した弥月に、斎藤の制止の声がかかる。「ん?」と首をななめにして振り返った弥月に、斎藤は低い声で慎重に、言葉を選ぶように言う。
「今、山南さんの所へ行くならば、言動には気を付けろ」
「? 何かあったんですか?」
途端に気まずい空気が流れ、どう説明したものかと誰もが思った時、土方が「ハァ…」と溜息を吐いた。
「伊東さんが山南さんに、『左腕が使い物にならないから守りに入ってる』……西本願寺への移転に逃げ腰だって言ったんだよ。しかも、それを言った上で、『剣が使えなくても、才覚と深慮で新選組を導いてくれ』ってな」
弥月は思わずゲッと顔を歪める。
「…まじっすか。あの人、やっぱ性格悪いですね…」
最近来たばかりの伊東さんの言いたい事も分からなくはないが、屯所移転の話合いで、あまり関係がないそれを持ちださなくても良いじゃないか。しかも、何の恨みがあるのかと問いたいくらいに、かなり嫌味ったらしい。
それでさっきの悪口大会だったのかと、弥月が納得していると、沖田が「で」と、まだ続きがあるらしいことを示す。
「怒髪冠ついた土方さんが、『今でも山南さんは優秀な剣客だ』って墓穴掘ったんだよね」
「…まじっすか。そりゃまた絶妙なエグり方を…」
「ほんとだよね。傷口に塩塗ってどうすんのって感じ」
弥月が冷ややかな目で土方を見ると、面目ないのか、彼は渋い顔をして目を閉じてしまっていた。一応、心底反省しているらしい。
「いっそのこと、あの人と一緒に土方さんも江戸に返品されてきてくださいよ」
「そうだそうだ! 山南さんイジメるの反対!」
結託して土方への抗議を言う沖田と弥月に、「おまえら」と土方は恨みがましい眼を向ける。
「だったら総司。お前が副長やれ」
「ハハッ! 嫌ですよ、面倒くさい」
「矢代がやるか?」
「えー。嫌ですよ、責任重い」
アハハッと笑う二人に、土方は眉間のシワを深くしていた。
弥月は皆の顔を見回して、その件に関しては手詰まりで、どうして良いのか悩んでいるのを覚る。
一年、これが変わらなかった
来るべくして、この時が来たのかもしれない
「で、山南さんの反応は?」
「すぐに席を立っちまったからなぁ…」
「新八さん、顔ぐらい見てるっしょ」
「あの…」
「はい、どうぞ、千鶴ちゃん」
「私がその部屋の前ですれ違った時に、とても悲しい顔をしてらっしゃって…」
「そっかー…流石の山南さんも刺さるよねぇ」
「それで、秀でた参謀の加入で、自分はお役御免だと…」
「んなこと…っ!」
千鶴の言葉に噛みつくように反応したのは土方だった。けれど、それ以上言い募ることはなく、悔しそうに顔を歪める。
一方で、弥月は存外明るい表情をしていた。そして、あっけらかんとした風に「なんだ」と言う。
「山南さん、参謀の自覚あったんだ。良かった」
「…何が良かったんだ?」
この深刻な状況で、どこに『良かった』要素があったのかと、原田は訝しむ。
彼からの不謹慎だという視線に、弥月は気付いて「すみません」と前置きしてから話し出した。
「伊東さんが来るまでは、自分が新選組の脳みそって自覚あったんだ、と思って」
「そりゃあるだろ」
「まあ、それはそうなんですけど……もっと、確信と言いますか、役割の自覚?
聞くところによると、ここって剣術馬鹿の集まりが発端で。で、山南さんも類には漏れなかったから、刀を振れなくなったことに引け目を感じてて、卑屈になってて……私はそれを何とかしたいと思ってました」
その方法として、治る可能性は追及するが、治らない可能性も無視できなかった。だから、弥月としては剣技に固執しない生き方……ここでの別の役割を自覚してほしいと思っていた旨を説明する。
そういう理由で、山南が新選組の中での自分の役割を参謀と思うようになっていて、『良かった』なのだと。
「私的には、蛤御門みたいな時は戦場に出て、直接采配振っても良いんじゃないかくらいには思ってるんですけど。この前の大坂の六角源氏の時みたいに」
弥月は斎藤の方を見て、どう思うか言外に尋ねる。
「俺も年始の大坂の件では、山南さんが指揮をとる姿を見て、少し安心していた」
「あぁ、それは確かに。討ち入りには来なかったが、それでもここ最近で一番活きいきしてたな」
原田がそれに同意し、弥月の意見に「なるほどな」と納得した。
「なので、山南さんを活かすも殺すも、私たち次第ってことです」
弥月はそれから気を取り直して「まあ、とりあえず」と仕切り直す。
「山南さんが“取り扱い注意”なのは一年ずっとですし。ここでグダグダ言ってても仕方ないので、様子見てきますね」
「…悪い、頼んだ」
そう言ったのは土方さんで。
頭を下げまではしなかったが、土方さんが皆の前で私に謝るなんて、よっぽど後悔しているのだと気づき。私は苦笑しながら了承の返事をして、壬生寺を後にした。
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弥月side
「ただいまです。土方さん、報告して良いですか?」
「おう。どうだった」
弥月は書き留めていた覚書を出し、○と×を付けて、土方へ差し出す。
「南西の学林は元々が幕命で作った所らしいですから、譲ってくれる可能性はありますけど、北集会所から離れてるので、私的に微妙ですね。あと、蔵書の重要性云々で断られるかと思います」
「堂宇と書院は全滅か」
「ゴリ押しするのを止めはしませんけど、たぶん取り付く島もなく断られると思いますよ。あっちも数百人単位で住んでますし、仏が命より大切な人達ですから。
なので、やっぱり宿坊の北集会所と、南東の庭園内の飛雲閣ならば交渉の余地があるかとは思うんですけど。飛雲閣も、来客用で普段使ってないとはいえ、趣味全開の金箔ピカピカの建物なので、ゴリゴリしても貸してくれるとは思いません」
弥月はフルフルと横に首を振る。
必要があれば、無理矢理にでも押し通そうとするだろうけれど、別に土方さんも、金ピカの建物が欲しい訳ではないだろう。
「北集会所ってのは、どのくらいの広さがある?」
「うーん……定規で測ったわけじゃないですけど、広間だけでも百人寝れるかなぁとは」
集会所内の全部屋を確認できたわけではないが、その大広間以外にも、小さな部屋がいくつかあるはずだ。
「境内の他の様子はどうだ」
「東側の堂門周囲は檀家さんの出入りが多いですから、陣取りを断れるのは確実ですけど、位置的にはかなりおススメします。反対に、北集会所の奥側の庭園は、ある意味『なにも無い所』とも言えるんですが、門主様が大事に大ッッッ事にしてるみたいなので、案外難しいかもです。
なので、ゴリゴリして譲ってくれるとすれば、やっぱり北集会所の手前だけで……まあ、それでも壬生寺の境内の広さは優にありそうです」
「よし、決まりだな。夜に借用書作るから、山南さん達に声かけといてくれ」
「承知でーす」
「待て、矢代」
クルンと踵を返した弥月に、斎藤の制止の声がかかる。「ん?」と首をななめにして振り返った弥月に、斎藤は低い声で慎重に、言葉を選ぶように言う。
「今、山南さんの所へ行くならば、言動には気を付けろ」
「? 何かあったんですか?」
途端に気まずい空気が流れ、どう説明したものかと誰もが思った時、土方が「ハァ…」と溜息を吐いた。
「伊東さんが山南さんに、『左腕が使い物にならないから守りに入ってる』……西本願寺への移転に逃げ腰だって言ったんだよ。しかも、それを言った上で、『剣が使えなくても、才覚と深慮で新選組を導いてくれ』ってな」
弥月は思わずゲッと顔を歪める。
「…まじっすか。あの人、やっぱ性格悪いですね…」
最近来たばかりの伊東さんの言いたい事も分からなくはないが、屯所移転の話合いで、あまり関係がないそれを持ちださなくても良いじゃないか。しかも、何の恨みがあるのかと問いたいくらいに、かなり嫌味ったらしい。
それでさっきの悪口大会だったのかと、弥月が納得していると、沖田が「で」と、まだ続きがあるらしいことを示す。
「怒髪冠ついた土方さんが、『今でも山南さんは優秀な剣客だ』って墓穴掘ったんだよね」
「…まじっすか。そりゃまた絶妙なエグり方を…」
「ほんとだよね。傷口に塩塗ってどうすんのって感じ」
弥月が冷ややかな目で土方を見ると、面目ないのか、彼は渋い顔をして目を閉じてしまっていた。一応、心底反省しているらしい。
「いっそのこと、あの人と一緒に土方さんも江戸に返品されてきてくださいよ」
「そうだそうだ! 山南さんイジメるの反対!」
結託して土方への抗議を言う沖田と弥月に、「おまえら」と土方は恨みがましい眼を向ける。
「だったら総司。お前が副長やれ」
「ハハッ! 嫌ですよ、面倒くさい」
「矢代がやるか?」
「えー。嫌ですよ、責任重い」
アハハッと笑う二人に、土方は眉間のシワを深くしていた。
弥月は皆の顔を見回して、その件に関しては手詰まりで、どうして良いのか悩んでいるのを覚る。
一年、これが変わらなかった
来るべくして、この時が来たのかもしれない
「で、山南さんの反応は?」
「すぐに席を立っちまったからなぁ…」
「新八さん、顔ぐらい見てるっしょ」
「あの…」
「はい、どうぞ、千鶴ちゃん」
「私がその部屋の前ですれ違った時に、とても悲しい顔をしてらっしゃって…」
「そっかー…流石の山南さんも刺さるよねぇ」
「それで、秀でた参謀の加入で、自分はお役御免だと…」
「んなこと…っ!」
千鶴の言葉に噛みつくように反応したのは土方だった。けれど、それ以上言い募ることはなく、悔しそうに顔を歪める。
一方で、弥月は存外明るい表情をしていた。そして、あっけらかんとした風に「なんだ」と言う。
「山南さん、参謀の自覚あったんだ。良かった」
「…何が良かったんだ?」
この深刻な状況で、どこに『良かった』要素があったのかと、原田は訝しむ。
彼からの不謹慎だという視線に、弥月は気付いて「すみません」と前置きしてから話し出した。
「伊東さんが来るまでは、自分が新選組の脳みそって自覚あったんだ、と思って」
「そりゃあるだろ」
「まあ、それはそうなんですけど……もっと、確信と言いますか、役割の自覚?
聞くところによると、ここって剣術馬鹿の集まりが発端で。で、山南さんも類には漏れなかったから、刀を振れなくなったことに引け目を感じてて、卑屈になってて……私はそれを何とかしたいと思ってました」
その方法として、治る可能性は追及するが、治らない可能性も無視できなかった。だから、弥月としては剣技に固執しない生き方……ここでの別の役割を自覚してほしいと思っていた旨を説明する。
そういう理由で、山南が新選組の中での自分の役割を参謀と思うようになっていて、『良かった』なのだと。
「私的には、蛤御門みたいな時は戦場に出て、直接采配振っても良いんじゃないかくらいには思ってるんですけど。この前の大坂の六角源氏の時みたいに」
弥月は斎藤の方を見て、どう思うか言外に尋ねる。
「俺も年始の大坂の件では、山南さんが指揮をとる姿を見て、少し安心していた」
「あぁ、それは確かに。討ち入りには来なかったが、それでもここ最近で一番活きいきしてたな」
原田がそれに同意し、弥月の意見に「なるほどな」と納得した。
「なので、山南さんを活かすも殺すも、私たち次第ってことです」
弥月はそれから気を取り直して「まあ、とりあえず」と仕切り直す。
「山南さんが“取り扱い注意”なのは一年ずっとですし。ここでグダグダ言ってても仕方ないので、様子見てきますね」
「…悪い、頼んだ」
そう言ったのは土方さんで。
頭を下げまではしなかったが、土方さんが皆の前で私に謝るなんて、よっぽど後悔しているのだと気づき。私は苦笑しながら了承の返事をして、壬生寺を後にした。
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