姓は「矢代」で固定
第4話 欠けているもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
先程土方さんに報告したことと、同じ内容を山南さんに話しつつ、薬研(やげん)で赤黒い塊をスリスリと粉砕する。
口を動かすついでに、お手伝いがてら手を動かしているのだが。私がすり潰しているこの物体は、たぶん私の血が固まったやつだと思う。全然構わないけど、どこか複雑な心境だ。
「なのでですね、新選組辞めたら、屋台飯出そうと思って。私の世界基準の味覚を持ってすれば、大儲け間違いないと思うんですよね」
「確かに、あの牛乳煮はとても美味でしたし、平和的で素敵な着想だとは思いますが……弥月君はあまり料理が得意でなかったのでは?」
「そこは千鶴ちゃんを道連れにしますよ。私の嫁として貰って行きます」
「それはそれは楽しそうですね。私も勘定方としてお供して宜しいでしょうか?」
「良いですよ~じゃあ、薬膳なんかも出して、全国展開目指しちゃいましょう!」
「良いですね、最初はどこに出店しましょうかねぇ」
いつの間にか脱線してくだらない話をしているが、山南さんは存外ノリが良い。
「あ、この前の天狗党の調査で大津行ったとき、あそこ人多くて良いなあと思ったんですよね。どうでしょうか、勘定方さん」
「なるほど。あそこは日本一と言われる大宿場町ですからね。色んな方に試しに食べてもらうには、丁度良いかもしれません」
「じゃあ、一号店はそこにしましょうね~」
「ええ、そうしましょう」
二人でクスクスと笑う。
弥月は擦っていた手を止めて確認すると、ほどほどの粉に仕上がっていた。それを薬包紙に小分けにして、薬棚に仕舞う。
「よし……じゃあ、そろそろ私はお西さんの方に戻ろうと思います。
そういえば、私に確認したいことがあるって沖田さんに聞きましたけど、何ですか?」
「…? 沖田君にあなたへの伝言をお願いした覚えはないのですが…」
「へ?」
お互い顔を見合わせてキョトンとする。
「さっきですよ?」
「ええ、さっき彼は来ていましたけれど……あぁ、もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれませんね…」
「?」
山南は眼鏡を外して、眉間を押し込む。その横顔を、イケメンだななんて思いながら、弥月はボーッと見ていた。
「折角なので、お聞きしておこうと思いますが、伊東さんの講義はどうでしたか? 攘夷思想に関心のない君には、眠たいものだったのではと思ったのですが」
「こっそり寝てました」
ケロッとした顔で言った弥月に、山南は呆れ顔を向ける。
「…確実に、伊東さんもお分かりかと思いますよ」
「ええ、まあ。後から『お疲れの所ごめんなさいね』って、ちょっと嫌味っぽいこと言われましたし」
「それは自業自得ですから、仕方ありませんね」
軽く諌められたが、山南さんは心なしホッとしているような気がした。
「私がどっちに付くか確認したかったんですか?」
「…いえ、その心配はしていません」
「あ、そうですか」
それなりに信頼されてるが分かって、それはそれで嬉しいのだけれど。話の論点が見えない。
弥月が首を傾げると、山南は「意味がありませんね」とため息交じりに呟く。
「今の独り言ですか?」
「…いえ、回りくどい言い方をしても、意味がないと思い直しました。なので、単刀直入に言います。この薬を近々、私自身で試そうかと思っています」
出し抜けの宣言に驚いて、口を開きつ、閉じつして……やっと私から出て来たのは、一言だけだった。
「そうなんですか」
「止めますか?」
「……私に事前に申告するほど、そんなに止めて欲しいなら?」
久しぶりに会った山南さんは機嫌が良いように感じていた。その理由が“薬の完成”ということだろうか。
私の言ったことが核心をついていたのか、山南さんは誤魔化すように「そうですねぇ」と言葉を濁す。
「貴女にはこの薬の効果をきちんと話していませんでしたね。以前は聞きたくないと仰ってましたが、それは今も変わりませんか?」
「…飲むなら聞いておきます」
不死の薬だなんてありえないが、なにせ不特定多数の血が成分にある、得体のしれない代物だ。明らかな効能・副作用があるならば、把握しておくに越したことは無い。
他人の血を…って、あ、れ……?
その薬には、私の血が入っている。
私 は 得体が知れない 鬼 らしい
「あなたの知る日本には、血を飲む人間はいますか?」
一瞬、自問自答に耽(ふけ)りそうになったが、山南さんの問いに呼び戻される。けれど、言い知れぬ不安と疑念が、心のすぐ手前で渦巻いていた。
「うーん…いないと思いますよ。黒魔術的な危ない宗教のことは知りませんけど、吸血鬼みたいなのはたぶんと居ないかと…」
「吸血鬼とは?」
「欧州のお化け…妖怪?です。血を栄養にして生きてて、日光とニンニクと十字架が苦手で、ふろ…風呂が好きかもしれない」
『不老不死』と言おうとしたが、なんとなく止めた。山南さんはきっと興味を持つだろうけれど、架空の生物の話だ。そこを追求されても困る。
「実在はしないのですか?」
「河童みたいなもんです。居るかもしれなーい、居ないかもしれなーい…みたいな」
体を左右に揺らしながら答える。
「…なるほど。羅刹とは異なるのですね」
「羅刹?」
大した事を答えたつもりはなかったが、相反するように、山南さんはひどく深刻な表情をしていった。
「貴女に怨みありませんが……これの協力者として、私の小姓として……未来から来た貴女だからこそ、お願いしたいことがあります」
その穏やかでない言葉と雰囲気に、弥月は背筋を伸ばす。そして視線を鋭くし、懐疑的な目で、目の前の男を見た。
「まず、貴女が覚えているか確認させてください。一年半前、貴女が初めて私たちの前に現れた夜のことです。人を殺し、血を啜る人間を見ませんでしたか?」
「…見ましたけど。ってか、忘れるわけないじゃないですか」
根本的にここにいる原因を忘れるはずがない。あの時、町人を殺した隊士を見たと、山南さんに直接話したことも覚えている。
「貴女が見た隊士は…あの白髪の、血を啜る狂人は、薬の副作用によって気が振れた者です」
「薬…」
副作用…?
目だけ動かして、机の上の試験官に入った赤い液体を見る。この試薬の副作用を減らすために、私の血は使われているはずだ。
山南さんの言う『薬』が、もし、これの事ならば…
「お察しの通り、薬とはこの試薬の事…私が研究する、不老不死の薬。名を“変若水”と言います」
「変若水…」
「…百聞は一見に如かずですね。効果をお見せしましょう」
そう言うと、山南は立上がり、小さい木箱を二つ弥月の前に置く。箱の中には鼠がそれぞれ一匹ずつ入っていた。
それから試薬の入った小瓶を持ってきた山南が「殺生をしますので」と、弥月に了解をとって、手を合わせるのに彼女も倣う。
そして、灰色の鼠は与えられた変若水を舐めると、毛を一瞬にして白へと変えた。
鬼 みたい
既視感を覚えると同時に、その記憶にたどり着く。よく見れば、鼠の目は赤くなっている。
白くなった鼠はひたすらに狭い箱の中を走り回る。そして、山南は白い鼠の背に、刃物で傷をつけると、すぐにそこは“修復する”ように治った。
「え……なに…?」
「これがこの薬の効能。そして、これは副作用です」
そう言うと、山南さんは別のもう一匹を同じ箱へ入れた。
「あっ!」
すぐさま白い鼠は牙を剥き、新しい鼠に噛みついた。
そして何度も噛みつくので、弥月は思わず噛まれた方を箱から掬い上げる。手のひらの上で、ちーちーと鳴くそれに「ごめんね」と謝った。そして山南を振り返る。
「すみません、途中だったのに…」
「いえ、もう離して頂いて構いません。そちらの最初の白い鼠を見てください」
「…あ、え? 色が、元に戻ってる…?」
白い鼠が再び灰色に戻り、走り回るのも止めていた。恐るおそる掴んでその背中を確認するが、今しがた付けたはずの傷はない。
眉間に皺を寄せた弥月が振り返ると、山南は「詳しく説明します」と応える。弥月は自分の中で何かが繋がろうとしているのを感じながら深く頷いた。
先程土方さんに報告したことと、同じ内容を山南さんに話しつつ、薬研(やげん)で赤黒い塊をスリスリと粉砕する。
口を動かすついでに、お手伝いがてら手を動かしているのだが。私がすり潰しているこの物体は、たぶん私の血が固まったやつだと思う。全然構わないけど、どこか複雑な心境だ。
「なのでですね、新選組辞めたら、屋台飯出そうと思って。私の世界基準の味覚を持ってすれば、大儲け間違いないと思うんですよね」
「確かに、あの牛乳煮はとても美味でしたし、平和的で素敵な着想だとは思いますが……弥月君はあまり料理が得意でなかったのでは?」
「そこは千鶴ちゃんを道連れにしますよ。私の嫁として貰って行きます」
「それはそれは楽しそうですね。私も勘定方としてお供して宜しいでしょうか?」
「良いですよ~じゃあ、薬膳なんかも出して、全国展開目指しちゃいましょう!」
「良いですね、最初はどこに出店しましょうかねぇ」
いつの間にか脱線してくだらない話をしているが、山南さんは存外ノリが良い。
「あ、この前の天狗党の調査で大津行ったとき、あそこ人多くて良いなあと思ったんですよね。どうでしょうか、勘定方さん」
「なるほど。あそこは日本一と言われる大宿場町ですからね。色んな方に試しに食べてもらうには、丁度良いかもしれません」
「じゃあ、一号店はそこにしましょうね~」
「ええ、そうしましょう」
二人でクスクスと笑う。
弥月は擦っていた手を止めて確認すると、ほどほどの粉に仕上がっていた。それを薬包紙に小分けにして、薬棚に仕舞う。
「よし……じゃあ、そろそろ私はお西さんの方に戻ろうと思います。
そういえば、私に確認したいことがあるって沖田さんに聞きましたけど、何ですか?」
「…? 沖田君にあなたへの伝言をお願いした覚えはないのですが…」
「へ?」
お互い顔を見合わせてキョトンとする。
「さっきですよ?」
「ええ、さっき彼は来ていましたけれど……あぁ、もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれませんね…」
「?」
山南は眼鏡を外して、眉間を押し込む。その横顔を、イケメンだななんて思いながら、弥月はボーッと見ていた。
「折角なので、お聞きしておこうと思いますが、伊東さんの講義はどうでしたか? 攘夷思想に関心のない君には、眠たいものだったのではと思ったのですが」
「こっそり寝てました」
ケロッとした顔で言った弥月に、山南は呆れ顔を向ける。
「…確実に、伊東さんもお分かりかと思いますよ」
「ええ、まあ。後から『お疲れの所ごめんなさいね』って、ちょっと嫌味っぽいこと言われましたし」
「それは自業自得ですから、仕方ありませんね」
軽く諌められたが、山南さんは心なしホッとしているような気がした。
「私がどっちに付くか確認したかったんですか?」
「…いえ、その心配はしていません」
「あ、そうですか」
それなりに信頼されてるが分かって、それはそれで嬉しいのだけれど。話の論点が見えない。
弥月が首を傾げると、山南は「意味がありませんね」とため息交じりに呟く。
「今の独り言ですか?」
「…いえ、回りくどい言い方をしても、意味がないと思い直しました。なので、単刀直入に言います。この薬を近々、私自身で試そうかと思っています」
出し抜けの宣言に驚いて、口を開きつ、閉じつして……やっと私から出て来たのは、一言だけだった。
「そうなんですか」
「止めますか?」
「……私に事前に申告するほど、そんなに止めて欲しいなら?」
久しぶりに会った山南さんは機嫌が良いように感じていた。その理由が“薬の完成”ということだろうか。
私の言ったことが核心をついていたのか、山南さんは誤魔化すように「そうですねぇ」と言葉を濁す。
「貴女にはこの薬の効果をきちんと話していませんでしたね。以前は聞きたくないと仰ってましたが、それは今も変わりませんか?」
「…飲むなら聞いておきます」
不死の薬だなんてありえないが、なにせ不特定多数の血が成分にある、得体のしれない代物だ。明らかな効能・副作用があるならば、把握しておくに越したことは無い。
他人の血を…って、あ、れ……?
その薬には、私の血が入っている。
私 は 得体が知れない 鬼 らしい
「あなたの知る日本には、血を飲む人間はいますか?」
一瞬、自問自答に耽(ふけ)りそうになったが、山南さんの問いに呼び戻される。けれど、言い知れぬ不安と疑念が、心のすぐ手前で渦巻いていた。
「うーん…いないと思いますよ。黒魔術的な危ない宗教のことは知りませんけど、吸血鬼みたいなのはたぶんと居ないかと…」
「吸血鬼とは?」
「欧州のお化け…妖怪?です。血を栄養にして生きてて、日光とニンニクと十字架が苦手で、ふろ…風呂が好きかもしれない」
『不老不死』と言おうとしたが、なんとなく止めた。山南さんはきっと興味を持つだろうけれど、架空の生物の話だ。そこを追求されても困る。
「実在はしないのですか?」
「河童みたいなもんです。居るかもしれなーい、居ないかもしれなーい…みたいな」
体を左右に揺らしながら答える。
「…なるほど。羅刹とは異なるのですね」
「羅刹?」
大した事を答えたつもりはなかったが、相反するように、山南さんはひどく深刻な表情をしていった。
「貴女に怨みありませんが……これの協力者として、私の小姓として……未来から来た貴女だからこそ、お願いしたいことがあります」
その穏やかでない言葉と雰囲気に、弥月は背筋を伸ばす。そして視線を鋭くし、懐疑的な目で、目の前の男を見た。
「まず、貴女が覚えているか確認させてください。一年半前、貴女が初めて私たちの前に現れた夜のことです。人を殺し、血を啜る人間を見ませんでしたか?」
「…見ましたけど。ってか、忘れるわけないじゃないですか」
根本的にここにいる原因を忘れるはずがない。あの時、町人を殺した隊士を見たと、山南さんに直接話したことも覚えている。
「貴女が見た隊士は…あの白髪の、血を啜る狂人は、薬の副作用によって気が振れた者です」
「薬…」
副作用…?
目だけ動かして、机の上の試験官に入った赤い液体を見る。この試薬の副作用を減らすために、私の血は使われているはずだ。
山南さんの言う『薬』が、もし、これの事ならば…
「お察しの通り、薬とはこの試薬の事…私が研究する、不老不死の薬。名を“変若水”と言います」
「変若水…」
「…百聞は一見に如かずですね。効果をお見せしましょう」
そう言うと、山南は立上がり、小さい木箱を二つ弥月の前に置く。箱の中には鼠がそれぞれ一匹ずつ入っていた。
それから試薬の入った小瓶を持ってきた山南が「殺生をしますので」と、弥月に了解をとって、手を合わせるのに彼女も倣う。
そして、灰色の鼠は与えられた変若水を舐めると、毛を一瞬にして白へと変えた。
鬼 みたい
既視感を覚えると同時に、その記憶にたどり着く。よく見れば、鼠の目は赤くなっている。
白くなった鼠はひたすらに狭い箱の中を走り回る。そして、山南は白い鼠の背に、刃物で傷をつけると、すぐにそこは“修復する”ように治った。
「え……なに…?」
「これがこの薬の効能。そして、これは副作用です」
そう言うと、山南さんは別のもう一匹を同じ箱へ入れた。
「あっ!」
すぐさま白い鼠は牙を剥き、新しい鼠に噛みついた。
そして何度も噛みつくので、弥月は思わず噛まれた方を箱から掬い上げる。手のひらの上で、ちーちーと鳴くそれに「ごめんね」と謝った。そして山南を振り返る。
「すみません、途中だったのに…」
「いえ、もう離して頂いて構いません。そちらの最初の白い鼠を見てください」
「…あ、え? 色が、元に戻ってる…?」
白い鼠が再び灰色に戻り、走り回るのも止めていた。恐るおそる掴んでその背中を確認するが、今しがた付けたはずの傷はない。
眉間に皺を寄せた弥月が振り返ると、山南は「詳しく説明します」と応える。弥月は自分の中で何かが繋がろうとしているのを感じながら深く頷いた。