姓は「矢代」で固定
第4話 欠けているもの
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元治二年二月二十二日
報告がてら、皆が床に就く頃にふらっと屯所に戻る。
忍装束をしている時は、門をくぐらずに、塀を越えて屯所内に入るのが習慣だった。
ってことで、今日も屯所の警備は0点
「何奴…っ」
「斎藤さんのお陰で、120点まで上昇しました」
斎藤さんに見つかったが最後、有無を言わさず捕まることは必須。黒くて気配のない彼に限って、灯りを持っていないのだから、気付くはずないじゃないか。
弥月は「私です」と言いながら口布を外して、顔を晒す。頭巾の下は島田髷だったので、被ったままにした。
「…その声は矢代か。紛らわしい故、門から入って来い」
「すいません。でも、この恰好で堂々と門を通るのも、何か違う気がして」
「…それは賛ずるが。それよりも、あんた足はどうした。既に次の任務に出ているとは聞いていたが」
「ああ、そうでした。お陰様でもう塞がってますよ」
草鞋を解いて、緩めの股引きの裾を捲り上げ、右腿の傷を見せる。
「暗いな」
「私も思いました」
傷を晒してはいるが、自分でもよく見えない。
「火のある所に行くぞ」
「もう一ヶ月も経ちますから、問題ないですって。今、私、塀越えてきたじゃないですか」
「あんたの大丈夫は信用できぬ」
「…そうでしたね」
ハッキリと言われてしまって、少ししょんぼりした。
暮れに正面の門を閉めた後も、門の内では夜間燭台に火を点している。門番の隊士…今日は斎藤組が担当らしい、四番組伍長の芳助君に火を分けてもらった。
弥月の足元に膝を着いた斎藤は、火を掲げて、まじまじと太腿の傷を確認する。
「…確かに。もうほとんど治っているな。こっちはどうだ」
トントンと指の背で腹を叩かれて、一瞬驚きはしたが、弥月は笑ってペロンと上衣を捲る。
怪我をしてすぐの時はパンパンに腫れていた腹部も、元通りの見た目になっていた。
「お腹もほら、こんな感じです。跡形もなし」
ポンポンと自分の割れた腹筋を叩いていると、斎藤さんの拳が下からトンと軽く入る。
「あまり無茶をするな。一人で行き倒れられたら、誰も気付けん……消えるなら、せめて何処へ行くのか言ってからにしろ」
「…ですね。今回、ホント骨身に染みたので、今後は気を付けます」
誰かを追跡しようとするのに、行先もへったくれもないが、それを言ったら怒られるから言わない。彼が『消える』と言ったのは、恐らく、私が自刃して消息を絶った時のことをも思い出して、重ね重ね私へ注意しているのだ。
「ちょっと、矢代さん。失礼するな」
「え?」
突然、頭が軽く後ろへ引っ張られたかと思えば、頭部に解放感が訪れる。どうやら、私の後ろにいた芳助伍長が、頭巾を引いたらしい。
布の先を首に巻いていたから、そのまま頭巾は肩に引っかかる。
「え、何?」
「!?」
「いや、妙に出張ってっから、もしかしてと思ったんすけど…その頭なんすか?」
「え、あ、あぁ…これか。ちょっと…変装だけどさ。変に引っ張ると形崩れるから、勝手に取らないでくれる?」
なにかと思えば、モコモコしていた頭巾の中見が気になったらしい。
歳の近い彼の悪ふざけに溜息をつきながら、それを被り直すべく首から頭巾をはずす。
バレたかと思った…
びっくらこいたらしい斎藤さんが、視界の下で凝視しているのが居たたまれない。女装男子に対する慰めとか、お褒めとか要らないから、何も言わずに、その開いた口は閉めてね。
「わー…何してるのか知らないけど…」
「沖田さん、どこか行くんですか?」
「ちょっとね……って、いうかさ…」
門に来たということは、八木邸にでも行くのかと思ったのだが。不意に現れた沖田が、ジロジロと見分するように、この場を眺める。
「…似合うね、それ。君達」
「ははっ、総司さんもそう思います?」
「……何がですか?」
一瞬、女装が『似合う』という話かと思ったが、『君達』ということは、私個人ではないのだと気づいて。
沖田と芳助伍長が同じ認識をもっているらしいが、弥月は彼らが何を言っているのか分かり兼ねて、同じく理解できていない斎藤と共に首を傾げる。
「そうだなあ……むっつりなはじめ君が、くノ一に、体好く助平してるようにしか見えないって話」
「なっ!?」
「えっ!? いや、オレはただ単に絵になるなぁと思っただけで…! 斎藤さんが助平でズルいとか言ってないっす!」
「……あぁ、なるほど」
何を言いだすかと思えば。
斎藤さん的には酷い濡れ衣だが、実際はその意見が強(あなが)ち間違っては無いと、沖田さんは分かってて言っているから、質(たち)が悪い。
そういえば、着物の裾を東絡げにして膝を出していただけで、烝さんに怒られたことがあった。沖田さんでも私へ注意せずにはいれないくらい、下品に見えているのかもしれない。
沖田さんに言外に促された気がして、捲っていた部分をいそいそと元に戻す。
私の感覚で言うと…胸ポローンくらいには、恥ずかしい恰好なのかも…
烝さんが過保護なのかと思っていたが、私が認識を検めなければならないらしい。
そう思って、弥月が溜息を吐くと。
首だけで沖田を振り返っていた斎藤は、ゆらりと立ち上がって、「…総司」と彼の名を呼び、ピリとした空気を醸した。
え。突如、ガチおこ
「その戯言は、矢代への侮辱と、俺への讒言(ざんげん)と受け取るが?」
すいません、戯言は傷つきました
沖田さんが『くノ一に見える』と言ってくれたのを、戯言扱いされた。こういう残念な気持ちになるから、女装の感想とか求めてないのに。
「やだなぁ、いつもの冗談じゃない。なに本気にしてるのさ」
「…馬鹿にしているとしか思えない冗談は止めておけ。不愉快だ」
「はいはい。図星付かれたからって、殺気立てて怒らないでよ」
「総司!」
「斎藤さーん、私闘は切腹ですよー」
「クッ…」
今にも刀を抜き去ろうとする斎藤さんに、思わず声をかける。
そんなに『むっつりスケベ』と言われたのが癇に障ったのか……私も斎藤さんはきっとムッツリだと思うから助けきれない。
「矢代!」
「はい」
彼は再びこちらを振り返って、今度は私の名を呼ぶ。叱られる気配があるが、今のは私絶対悪くない。
「屯所内で女装は控えろ」
「…それを隔してた頭巾が取れたの、私のせいじゃありませんけどね」
チラリと後ろを見ると、芳助伍長は「すんません、どうしても気になって」と。意図して悪気があった訳ではないから許そう。
「斎藤さん、心配おかけしてすみませんでした。私、土方さんとこ報告行きますね」
弥月が良い区切りだろうと、本来の仕事へ戻る旨を言うと、「そういえば」と、沖田が思い出したように声をかけた。
「弥月君、暇ならちょっと行ってほしい所あるんだけど」
「仕事戻るって言ってる私が暇に見えたなら、沖田さんの目はオカシイと思います。で、何ですか?」
「それを言うなら耳でしょ。僕の悪口を言おうなんて百年早いよ。
君に確認したいことがあるって言ってたから、山南さんの所寄ってくれる?」
「分かりました。山南さんの所は、後で行くつもりだったので、全然良いですよ」
なんだろ、確認って…
最後に会ったのは十日前の、大坂から帰って来た日だ。
五日前にも朝に帰ってきたが、うっかり伊東組長に捕まり、伊東組長が開催する“朝の講義”に参加して時間を食った。それから戻り際も、昼寝をしていた山南さんを、起こしはしなかった。
「…つまり、私が伊東さんの講義に出たから嫉妬してるんだな、分かった」
「…それは無いと思うけどね。じゃあ、宜しく」
「了解です。伝言ありがとうございます」
背を向けた彼にぺこんと頭を下げる。
「…悪口は無視するんすね」
試衛館時代からの知り合いらしい、芳助伍長が感心というか、呆気にとられている。
「うん。お互い様だから」
「あんたたちは禍根を残さず会話できるようになっただけ、かなり進歩したな」
「えへへ、最近仲良しなんですよ」
「今のででっすか…」
少し話を盛った気もするが、斎藤さんと芳助さんの反応に満足して、弥月は自慢げに笑った。
***