姓は「矢代」で固定
第4話 欠けているもの
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結盟の髪結所に寄って、黒く塗った髪を結い上げてもらった。女の着物を着て、笠を被る。そして、体半分以上もの長さがある大きめの木箱を片手に、京の街へでかけた。
痛みを我慢すれば、ゆっくりと歩くならば、さほど不自然でなく歩けるようになっていた。
もうすぐ春だなぁ
梅が見頃を迎えている。昼日中、身を縮めて早足で通りを抜ける人が減り、暖かさと共に、人の活気が街に戻ってきた。
店々の暖簾や幟(のぼり)がはためいている。今日は少し風が強い。これが春一番かもしれない。
参拝を終え、巨大な阿弥陀如来があった本堂に向かって一礼し、総門をくぐって西本願寺を後にする。こちらの時代に来てから西本願寺に来るのは初めてだが、やはりお西さんはいつ来てもそれなりに参拝者がいる。入念に変装して正解だろう。
時間を知らせる鐘が鳴る。昼過ぎに屯所を出たので、すでに陽は傾いていた。この門も間もなく閉めるだろう。
建物の中は夜に見に来るとして、問題は昼間の見張り場だな…
明日から参拝客を観察できる場所を探していると、遠くの方に、こちらへと歩く浅葱色の羽織を来た集団が見えた。
槍が四本…左之さんとこか
早めに気付いたのだから、避けて別の道を行くこともできるが、周囲に不審に思われるのも好ましくない。目立たないよう道の端に寄って、そのまま彼らとすれ違った。
それから、いつもの監察方用に借りたままの長屋に赴こうとしたのだが。
「うー、風が吹くとまだ寒いなぁ……やっぱ、帰ってからにしとけば良かった」
街を歩いている時、屋台で切り売りしている細長いいなり寿司を見つけて、物珍しさに買わずにはいれなかった。そして空腹に負けて、道すがら食べずにはいられなかった。
まあ、屯所からは離れてるし、よかろう?
近くにあった切株に腰を掛け、道行く人を見ながらそれを咀嚼していると、後ろから人が近づいてくる足音がした。
弥月は笠を目深にかぶり直して、最後の一口を口に放り込む。
「君は何をしてるんだ?」
「…おなか空いてしもうたさかい、お稲荷さん食べてます。お兄はんはうちに何か御用どすか?」
「ああ。用だから仕方なく声を掛けている、ななし君」
「あれ、バレちゃいました?」
足音の持ち主は、羽織を脱いだ烝さんだった。
先程すれ違ったときだろう。顔をチラとは見られたが、気付かれていないと思っていた。
私と分かっていて、何食わぬ顔をしていた烝さんの方が、一枚上手だったらしい。
「変装に改良の余地ありですね」
「いつ帰ってきたんだ? 傷の具合は」
「さっき帰ってきたとこです。まあ痛いけど我慢できないことはない、って所でしょうか」
「そうだろうな。後ろから見てると、歩き方がおかしかった」
「え、そんなに? 割りと普通に歩けてると思ってたんですけど…」
普段から人をよく見ている彼だから、その微妙な違和感に気づいたのだと思いたい。
「そんなに、だ。だから、何故君がぶらぶらと呑気に街を歩いているか訊きに来た。俺は、怪我を治すことに専念しろと、念を押して、君に言わなかったか?」
…やーだ、怒ってるぅ…
全ての語尾を強調させる烝さんの、つり上がった眉に本気の怒気を見つける。
確かに、大坂に残された時に言われていたため、弥月は少しばかり気まずさを感じて、笑顔で誤魔化そうとした。
「土方さんのとこに挨拶行ったら、そのまま諸士調の任務言いつけられちゃったから、仕方ないんですよ」
「……その格好は必要なのか?」
「いえ、究極を言えば、別にどっちでも良いと思います」
含みのある物言いになったが、山南さん流に言えば「しなくても良いけど、した方が良いならする」だ。
「弥月君の女装は目立つから、必要時以外、その格好で昼間はうろうろしないという話だったろう?」
「だって、今回は昼間にも動かなきゃですもん」
怪我をした右脚の、膝から先をプラブラと揺らす。
「できるだけ弥月の印象からは遠く、かつ、昼間に熱心に寺を詣でてもどこの誰とは気に止められない格好ってたら、女性がいい気がして。
でも一応、護身用に刀は持ちたくて……それならほら、よく三味線とかお琴とか、芸妓さんとかが持ってるのに倣ったらいいかな、と思ったんですよね」
言い訳がましく丁寧に説明する。思いつきではあるが、している事にそれなりに意味はある。
「で、顔を隠すために笠被りたいなーと思ったら、こんな感じに仕上がりました」
「…変装自体は、足を擦ってるのが女太夫に化けるのには丁度よく、町人に溶け込めてはいるが、な…」
溜め息を吐かれた。そういう事が言いたいわけじゃない、という事だろう。
「…素朴な疑問なんだが、三味線は弾けるのか?」
「ああ、いえ、三味線は弾けなくて。だから、楽器屋行っても三味線ばっかり売ってて……この変装を思い付いてから、手に入れるまで、結構時間かかったんですけど」
足元に置いていた、琴用の箱より更に幅の広い木箱の蓋を開ける。すると、姿を見せたのは、雫形の弦楽器。
「…琵琶を弾けるのか?」
「弾けるってほどじゃないですけど…」
言いながら、箱からそれを取り出す。
「随分前ですけど、三、四年してたので、音階鳴らすくらいなら出来るかな、と」
ベン、ベベン、ベベンと弦を弾いて、音がずれてないことを確認する。
楽器屋で見つけた琵琶にも色々あって、私が知っているものより柱が高かったり、撥(バチ)の大きさや形が違ったり、弦の本数が違ったり……時間はかかったが、お婆ちゃんが使っていたのと同じ形の琵琶が見つかった。
「なので、こんなことくらいは……さ、くら、さーくら、やーよい、の、そーら、あの」
辿々しく一音ずつ確かめながら弾く。
道行く人が足を緩め、珍しい楽器を弾き鳴らす女に目を向ける。
「知ってます?」
「ああ。この時季、俺も子供の頃よく歌った」
「そうですか」
思い出を共有したような気分になって、思わず笑みが零れる。指の位置を確かめて、もう一度、弦を鳴らした。
歌詞がついていて、私が弾ける曲数は少ない。それを彼が知っていたことが嬉しかった。
「かーすみか、くーもぉ、か、あさひにいーのぉ、る」
琵琶から視線を外す余裕もなく、けれど、一音一音を丁寧に弾く。それでも、横の弦を間違ってビヨヨョョンと何度も鳴らすので、我事ながら苦笑いした。
「はーな、ざぁ、か、りっ、できた!」
達成感をもって、笑顔で顔を上げると、烝さんもやっぱり苦笑していた。
「女太夫としては、外で弾いて良い腕ではないけどな」
「アハハッ! そう思うなら、途中で止めて!」
「すまない。真剣に楽しそうにしてたから止めづらかった」
「弥月?」
ドキリと心臓が跳ねる。
確認するような、誰かの小さな呼び声が聞こえた。
しかし、弥月は取り澄ました顔で、聞こえないふりをして、自分の事ではないのだと黙って主張する。
「…下手の横好きなもんやさかい、御耳汚してすんまへんなぁ。もうええですか?」
「…ああ、構わない」
烝さんも、その誰かの声が聞こえていたのか、不自然にならない程度に、そちらに背を向けて私を隠すように立つ。
「ゴホッ、安全のために確認をするのが仕事……とはいえ、失礼した」
「…とんでもない、ご苦労様です」
つまり、知り合いか確認しとけ、と
そこは新選組が検めをしているフリをするべき場面ではなかったのだが、突然の声に、烝さんも動揺していたのだろう。その場を離れるべく、すぐに立ち上がって、去り際に声がした方を見る。
知り合い…――っ!?
すでに物見の人が居なくなった中、立ち止まったままの彼女と眼があった。
南雲 薫
流れるように視線をはずしたが、彼を気に留めていないフリをできたかどうか…自信はなかった。
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結盟の髪結所に寄って、黒く塗った髪を結い上げてもらった。女の着物を着て、笠を被る。そして、体半分以上もの長さがある大きめの木箱を片手に、京の街へでかけた。
痛みを我慢すれば、ゆっくりと歩くならば、さほど不自然でなく歩けるようになっていた。
もうすぐ春だなぁ
梅が見頃を迎えている。昼日中、身を縮めて早足で通りを抜ける人が減り、暖かさと共に、人の活気が街に戻ってきた。
店々の暖簾や幟(のぼり)がはためいている。今日は少し風が強い。これが春一番かもしれない。
参拝を終え、巨大な阿弥陀如来があった本堂に向かって一礼し、総門をくぐって西本願寺を後にする。こちらの時代に来てから西本願寺に来るのは初めてだが、やはりお西さんはいつ来てもそれなりに参拝者がいる。入念に変装して正解だろう。
時間を知らせる鐘が鳴る。昼過ぎに屯所を出たので、すでに陽は傾いていた。この門も間もなく閉めるだろう。
建物の中は夜に見に来るとして、問題は昼間の見張り場だな…
明日から参拝客を観察できる場所を探していると、遠くの方に、こちらへと歩く浅葱色の羽織を来た集団が見えた。
槍が四本…左之さんとこか
早めに気付いたのだから、避けて別の道を行くこともできるが、周囲に不審に思われるのも好ましくない。目立たないよう道の端に寄って、そのまま彼らとすれ違った。
それから、いつもの監察方用に借りたままの長屋に赴こうとしたのだが。
「うー、風が吹くとまだ寒いなぁ……やっぱ、帰ってからにしとけば良かった」
街を歩いている時、屋台で切り売りしている細長いいなり寿司を見つけて、物珍しさに買わずにはいれなかった。そして空腹に負けて、道すがら食べずにはいられなかった。
まあ、屯所からは離れてるし、よかろう?
近くにあった切株に腰を掛け、道行く人を見ながらそれを咀嚼していると、後ろから人が近づいてくる足音がした。
弥月は笠を目深にかぶり直して、最後の一口を口に放り込む。
「君は何をしてるんだ?」
「…おなか空いてしもうたさかい、お稲荷さん食べてます。お兄はんはうちに何か御用どすか?」
「ああ。用だから仕方なく声を掛けている、ななし君」
「あれ、バレちゃいました?」
足音の持ち主は、羽織を脱いだ烝さんだった。
先程すれ違ったときだろう。顔をチラとは見られたが、気付かれていないと思っていた。
私と分かっていて、何食わぬ顔をしていた烝さんの方が、一枚上手だったらしい。
「変装に改良の余地ありですね」
「いつ帰ってきたんだ? 傷の具合は」
「さっき帰ってきたとこです。まあ痛いけど我慢できないことはない、って所でしょうか」
「そうだろうな。後ろから見てると、歩き方がおかしかった」
「え、そんなに? 割りと普通に歩けてると思ってたんですけど…」
普段から人をよく見ている彼だから、その微妙な違和感に気づいたのだと思いたい。
「そんなに、だ。だから、何故君がぶらぶらと呑気に街を歩いているか訊きに来た。俺は、怪我を治すことに専念しろと、念を押して、君に言わなかったか?」
…やーだ、怒ってるぅ…
全ての語尾を強調させる烝さんの、つり上がった眉に本気の怒気を見つける。
確かに、大坂に残された時に言われていたため、弥月は少しばかり気まずさを感じて、笑顔で誤魔化そうとした。
「土方さんのとこに挨拶行ったら、そのまま諸士調の任務言いつけられちゃったから、仕方ないんですよ」
「……その格好は必要なのか?」
「いえ、究極を言えば、別にどっちでも良いと思います」
含みのある物言いになったが、山南さん流に言えば「しなくても良いけど、した方が良いならする」だ。
「弥月君の女装は目立つから、必要時以外、その格好で昼間はうろうろしないという話だったろう?」
「だって、今回は昼間にも動かなきゃですもん」
怪我をした右脚の、膝から先をプラブラと揺らす。
「できるだけ弥月の印象からは遠く、かつ、昼間に熱心に寺を詣でてもどこの誰とは気に止められない格好ってたら、女性がいい気がして。
でも一応、護身用に刀は持ちたくて……それならほら、よく三味線とかお琴とか、芸妓さんとかが持ってるのに倣ったらいいかな、と思ったんですよね」
言い訳がましく丁寧に説明する。思いつきではあるが、している事にそれなりに意味はある。
「で、顔を隠すために笠被りたいなーと思ったら、こんな感じに仕上がりました」
「…変装自体は、足を擦ってるのが女太夫に化けるのには丁度よく、町人に溶け込めてはいるが、な…」
溜め息を吐かれた。そういう事が言いたいわけじゃない、という事だろう。
「…素朴な疑問なんだが、三味線は弾けるのか?」
「ああ、いえ、三味線は弾けなくて。だから、楽器屋行っても三味線ばっかり売ってて……この変装を思い付いてから、手に入れるまで、結構時間かかったんですけど」
足元に置いていた、琴用の箱より更に幅の広い木箱の蓋を開ける。すると、姿を見せたのは、雫形の弦楽器。
「…琵琶を弾けるのか?」
「弾けるってほどじゃないですけど…」
言いながら、箱からそれを取り出す。
「随分前ですけど、三、四年してたので、音階鳴らすくらいなら出来るかな、と」
ベン、ベベン、ベベンと弦を弾いて、音がずれてないことを確認する。
楽器屋で見つけた琵琶にも色々あって、私が知っているものより柱が高かったり、撥(バチ)の大きさや形が違ったり、弦の本数が違ったり……時間はかかったが、お婆ちゃんが使っていたのと同じ形の琵琶が見つかった。
「なので、こんなことくらいは……さ、くら、さーくら、やーよい、の、そーら、あの」
辿々しく一音ずつ確かめながら弾く。
道行く人が足を緩め、珍しい楽器を弾き鳴らす女に目を向ける。
「知ってます?」
「ああ。この時季、俺も子供の頃よく歌った」
「そうですか」
思い出を共有したような気分になって、思わず笑みが零れる。指の位置を確かめて、もう一度、弦を鳴らした。
歌詞がついていて、私が弾ける曲数は少ない。それを彼が知っていたことが嬉しかった。
「かーすみか、くーもぉ、か、あさひにいーのぉ、る」
琵琶から視線を外す余裕もなく、けれど、一音一音を丁寧に弾く。それでも、横の弦を間違ってビヨヨョョンと何度も鳴らすので、我事ながら苦笑いした。
「はーな、ざぁ、か、りっ、できた!」
達成感をもって、笑顔で顔を上げると、烝さんもやっぱり苦笑していた。
「女太夫としては、外で弾いて良い腕ではないけどな」
「アハハッ! そう思うなら、途中で止めて!」
「すまない。真剣に楽しそうにしてたから止めづらかった」
「弥月?」
ドキリと心臓が跳ねる。
確認するような、誰かの小さな呼び声が聞こえた。
しかし、弥月は取り澄ました顔で、聞こえないふりをして、自分の事ではないのだと黙って主張する。
「…下手の横好きなもんやさかい、御耳汚してすんまへんなぁ。もうええですか?」
「…ああ、構わない」
烝さんも、その誰かの声が聞こえていたのか、不自然にならない程度に、そちらに背を向けて私を隠すように立つ。
「ゴホッ、安全のために確認をするのが仕事……とはいえ、失礼した」
「…とんでもない、ご苦労様です」
つまり、知り合いか確認しとけ、と
そこは新選組が検めをしているフリをするべき場面ではなかったのだが、突然の声に、烝さんも動揺していたのだろう。その場を離れるべく、すぐに立ち上がって、去り際に声がした方を見る。
知り合い…――っ!?
すでに物見の人が居なくなった中、立ち止まったままの彼女と眼があった。
南雲 薫
流れるように視線をはずしたが、彼を気に留めていないフリをできたかどうか…自信はなかった。
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