姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
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***
山崎side
『…それは、どういう……』
監察方の仕事の出先での事。
屯所から戻って来た島田君は、「落ち着いて聞いて下さい」と酷く重い声で前置きをしてから、俺に話を切りだした。
報せのひとつは安藤助勤が亡くなったこと。そして、もうひとつは「弥月君が自害しました」と。
『沖田さんが言うには、首を自分で斬った、と。斎藤さんと山南総長がすぐに堀川沿いの現場を確認しに行ったそうですが、血が……恐らく、その出血では生きてはいないだろうと…』
それは、その出来事が起きてから、丸一日以上も経ってからの事だった。
幹部の…近藤局長と山南総長の意向で、局長が江戸から戻るまでの間は、弥月君の帰還を待つことが決まったらしい。屯所に帰れば、まだ彼女の荷物が納戸の部屋にあった。
隊士達たちは彼が死んだことを知らなくて、いつもどおり彼の事が話題に上がり、雪村君は俺達監察方を見かけると、彼も一緒ではないのかと残念がっていた。
彼女の気配が、消えなかった
曲がり角の先に、障子の向こうに……ふとした瞬間に、彼女がいる気がした。
それでも、声が聞こえなかった
吸い寄せられるように、彼女へ近づいて、その存在を確かめる。
抱き寄せた身体は、存外包み込めるほど小さくて。この少女がどれだけの負担を抱えていたのか、想像するたびに切ないほどに胸が痛んだ。どうしてもっと気に掛けてやらなかったんだろうと、何度も後悔した。
彼女が一人前の隊士として動けるようになっていたから、きっと大丈夫だと思っていた……と、自分に言い訳をした。彼女のことを分かっているつもりで、隊務以外のことが見えなくなっていた。
いなくなって気付く。どれだけ彼女を信頼し、その声に、存在に励まされ、助けられていたかを。
フッと腕の中の弥月君の、身体の力が解れたのに気付く。
そして、彼女は俺の背に柔らかに腕を回して、触れるくらいの強さで、俺に身を寄せた。
「…ご心配、おかけしました…」
本当に…
どれだけ心配したと思っているのか……彼女は自分がいなくなったら、皆から心配されるのだと、きっと分かっていない。
他人の心配はするくせに、自分が他人からそう思われると思わない…
…彼女にとって自分事はあまりに他人事で。世界と自分を、彼女は無意識に別物のように捉えている。
だから、俺は君の表面的な言葉にいつも騙されるんだ。口癖のように『大丈夫』だと言う君の……自分が頑張っていることに気付かない君の糸が切れてからしか、俺は君の異変に気づけない。
君の近くにいるのに……俺はそんな自分が情けなくて仕方ない。
「…怒ってます?」
「…怒っていない」
憤りを感じるならば、自分にだ
こうして会話をしていても、彼女の声が俺の鼓膜を震わせていることが、未だに少し信じられないけれど。
ここに君がいる
「…よかった」
幸福感のようなものに心満たされていく。
ずっと重くのしかかっていた胸のつかえが取れ、安堵し、この腕の中にある存在に安心した。
そして、あふれ出る胸の熱さに、自分がこんなにも感激しているのだと知る。
しばらくそうしていると、彼女が離れようとする気配がして腕を解く。
すると、弥月君は少しだけ頬を赤らめ、俺を見上げて、いつものように口角を上げて嬉しそうにニコリと笑った。
「皆に生きてて良かったって、こんなに思ってもらえてることが、嬉しすぎて仕方ないです。やっぱり帰ってきて良かった」
「…心配したんだ。傷は…」
「…」
少しだけ躊躇うような間があり、複雑な顔をした弥月君が右へ首を倒すと、縫合したと思われる糸が残る傷が目立った。
その痛々しい傷痕に、山崎は眉を顰める。
「大丈夫です…これは本当に、大丈夫!」
俺の表情があまりにも暗いからだろう。弥月君はそれに相反するように、明るい表情をする。
それから彼女は一つ息を吐いて、キュッと唇を引き締めた。そして真摯な瞳で、俺をみつめる。
「何度目か分かりませんけど……烝さん。私、ここにいたいです。
本当なら逃げた私は切腹なんでしょうけど、土方さんが居て良いって許してくれました」
知っている。君が戻ってくるのを、みんなが待っていた
「…本音を言うと、まだ迷いはあります。大切な人達がいる未来は、絶対に守りたい……けど、私は私の未来を…みんなと同じ”今”を、ここで歩いていきたい。
家族と同じくらい、私はみんなのことが大好きだから…」
ずっと前から、一緒に歩くことを決めているのは君だけじゃない
「私は嫌な事から、すぐに逃げてしまう弱い人間ですけど、もう一度、一緒にいさせてもらえませんか?」
「俺は…」
君にここにいてほしい
そう、是の言葉を返すだけでも、君は喜ぶだろう……否、きっとそれを望んでいる。そして、俺は心から君にいてほしいと…そう思っている。
けれど、弥月君の質問に倣うだけのその答えは、彼女を縛りつける言葉となるのを知っていた。刹那の感情に乗せただけの言葉では、君がいつか傷つくのを知っていた。
君は帰りたいと心の底から願っているから。
だから、彼女へ俺が与えるべき言葉は、信頼の証
「…俺は君と約束をした。君が仲間のために力を尽くすならば、君を監察方に迎えると。俺は、君がそれを違える人ではないと知っている」
本当はもっと頼ってほしいと願うけれど、君が一人で立ちたいと望んでいるから
「俺は君のことを知ろうと思った……矢代弥月の事を知って、それでも監察方に居てほしいと思った。弥月君だから、どんな時も俺は君の選択を信じて、君に背中を預けている。
君が俺達と共にあることを望む限り、この先もそれは変わらない」
真剣な表情をした君の瞳に、燃えるような灯りがある。
「俺が君に望むのは……一人で戦っていると思わないでくれ。俺達が君を頼ってるくらいに、君は俺達を頼ったら良い」
それが俺が君に望むこと
しかし、弥月は山崎の期待空しく、「うーん」と首を捻る。
「…まあ、人並みに仕事任されてるとは思いますけど……そこまでは…」
やはり、自覚のない君に、どうしたら伝わるのだろうか
「…君がいなくなってから、山南総長が部屋に籠りがちだから、幹部の方々が心配して気を揉んでいるんだ」
途端、神妙な面持ちで「え、そうなんですか?」と返す彼女。弥月君がいなくなって、みんながどれくらい困っていたのか知って欲しいと思った。
「雪村君は君を一番信頼しているんだ。それをちゃんと分かってやってくれ」
「…それは本当に無責任だったな、と思います。でも、彼女はきっと大丈夫だって、ちょっと思ったりもするんですよね」
なぜか誇らしげに言う君が、居なくなっても大丈夫と言うみたいで、少し憎らしかった。
「…沖田さんが寺で遊んでいた子どもの相手をしたら、何故か泣かしたらしくて、一気に新選組の評判が悪くなったんだ」
「…うわぁ」
「俺は…食事なんてどうでも良くて…弥月君がいないと、島田君が俺の体調をひどく心配するんだ」
「それは…私が見張ってなくても、ちゃんと食べてください…」
彼女は呆れ顔で困ったように、でも可笑しそうに笑う。
「…でも、そうですね。私がいなくなった後に、みんなどうしてるかなぁ…って考えたら、心残りの方が多すぎて仕方ないかも」
「…弥月君がいないから、みんなの笑顔がなくなっているんだ」
弥月君のきょとんとした顔。
じっと上目に俺の顔を見て、少し考えるような間があった後、一歩俺に近づいた。そして、彼女が眉をハの字に下げて小首を傾げると、金の髪がふわりと揺れた。
「…じゃあ、笑って? 烝さん、私、帰ってきましたから」
俺を見上げる弥月君の手が高く上がって、俺の頭を優しく撫でる。不意のそれがひどく心地好くて。
彼女の微笑みに応えるように笑おうとしたら、俺は自分の深い眉間の皺に気付いて。返事をしようとしたら、喉の奥が熱くなって、言葉が引っかかった。
詰まった息で何を言うべきか考えるうちに、俺の視界は滲んで。瞬きの瞬間に目尻から零れそうになったものには抗わず。彼女の慈しむような目を真っ直ぐ見つめたまま、俺は穏やかに笑った。
君がくれる優しい言葉
「…っ、おかえり」
「フフッ…ただいま戻りました」
強くしなやかになっていく君は綺麗で
いつでも笑おうとする君が、こんなにも愛おしい
君の笑顔で、俺はこんなにも嬉しくなる
理由なんてどうでも良くて、本当はただ君に居て欲しい
君が大切だと、こころが叫んでいた。
***
山崎side
『…それは、どういう……』
監察方の仕事の出先での事。
屯所から戻って来た島田君は、「落ち着いて聞いて下さい」と酷く重い声で前置きをしてから、俺に話を切りだした。
報せのひとつは安藤助勤が亡くなったこと。そして、もうひとつは「弥月君が自害しました」と。
『沖田さんが言うには、首を自分で斬った、と。斎藤さんと山南総長がすぐに堀川沿いの現場を確認しに行ったそうですが、血が……恐らく、その出血では生きてはいないだろうと…』
それは、その出来事が起きてから、丸一日以上も経ってからの事だった。
幹部の…近藤局長と山南総長の意向で、局長が江戸から戻るまでの間は、弥月君の帰還を待つことが決まったらしい。屯所に帰れば、まだ彼女の荷物が納戸の部屋にあった。
隊士達たちは彼が死んだことを知らなくて、いつもどおり彼の事が話題に上がり、雪村君は俺達監察方を見かけると、彼も一緒ではないのかと残念がっていた。
彼女の気配が、消えなかった
曲がり角の先に、障子の向こうに……ふとした瞬間に、彼女がいる気がした。
それでも、声が聞こえなかった
吸い寄せられるように、彼女へ近づいて、その存在を確かめる。
抱き寄せた身体は、存外包み込めるほど小さくて。この少女がどれだけの負担を抱えていたのか、想像するたびに切ないほどに胸が痛んだ。どうしてもっと気に掛けてやらなかったんだろうと、何度も後悔した。
彼女が一人前の隊士として動けるようになっていたから、きっと大丈夫だと思っていた……と、自分に言い訳をした。彼女のことを分かっているつもりで、隊務以外のことが見えなくなっていた。
いなくなって気付く。どれだけ彼女を信頼し、その声に、存在に励まされ、助けられていたかを。
フッと腕の中の弥月君の、身体の力が解れたのに気付く。
そして、彼女は俺の背に柔らかに腕を回して、触れるくらいの強さで、俺に身を寄せた。
「…ご心配、おかけしました…」
本当に…
どれだけ心配したと思っているのか……彼女は自分がいなくなったら、皆から心配されるのだと、きっと分かっていない。
他人の心配はするくせに、自分が他人からそう思われると思わない…
…彼女にとって自分事はあまりに他人事で。世界と自分を、彼女は無意識に別物のように捉えている。
だから、俺は君の表面的な言葉にいつも騙されるんだ。口癖のように『大丈夫』だと言う君の……自分が頑張っていることに気付かない君の糸が切れてからしか、俺は君の異変に気づけない。
君の近くにいるのに……俺はそんな自分が情けなくて仕方ない。
「…怒ってます?」
「…怒っていない」
憤りを感じるならば、自分にだ
こうして会話をしていても、彼女の声が俺の鼓膜を震わせていることが、未だに少し信じられないけれど。
ここに君がいる
「…よかった」
幸福感のようなものに心満たされていく。
ずっと重くのしかかっていた胸のつかえが取れ、安堵し、この腕の中にある存在に安心した。
そして、あふれ出る胸の熱さに、自分がこんなにも感激しているのだと知る。
しばらくそうしていると、彼女が離れようとする気配がして腕を解く。
すると、弥月君は少しだけ頬を赤らめ、俺を見上げて、いつものように口角を上げて嬉しそうにニコリと笑った。
「皆に生きてて良かったって、こんなに思ってもらえてることが、嬉しすぎて仕方ないです。やっぱり帰ってきて良かった」
「…心配したんだ。傷は…」
「…」
少しだけ躊躇うような間があり、複雑な顔をした弥月君が右へ首を倒すと、縫合したと思われる糸が残る傷が目立った。
その痛々しい傷痕に、山崎は眉を顰める。
「大丈夫です…これは本当に、大丈夫!」
俺の表情があまりにも暗いからだろう。弥月君はそれに相反するように、明るい表情をする。
それから彼女は一つ息を吐いて、キュッと唇を引き締めた。そして真摯な瞳で、俺をみつめる。
「何度目か分かりませんけど……烝さん。私、ここにいたいです。
本当なら逃げた私は切腹なんでしょうけど、土方さんが居て良いって許してくれました」
知っている。君が戻ってくるのを、みんなが待っていた
「…本音を言うと、まだ迷いはあります。大切な人達がいる未来は、絶対に守りたい……けど、私は私の未来を…みんなと同じ”今”を、ここで歩いていきたい。
家族と同じくらい、私はみんなのことが大好きだから…」
ずっと前から、一緒に歩くことを決めているのは君だけじゃない
「私は嫌な事から、すぐに逃げてしまう弱い人間ですけど、もう一度、一緒にいさせてもらえませんか?」
「俺は…」
君にここにいてほしい
そう、是の言葉を返すだけでも、君は喜ぶだろう……否、きっとそれを望んでいる。そして、俺は心から君にいてほしいと…そう思っている。
けれど、弥月君の質問に倣うだけのその答えは、彼女を縛りつける言葉となるのを知っていた。刹那の感情に乗せただけの言葉では、君がいつか傷つくのを知っていた。
君は帰りたいと心の底から願っているから。
だから、彼女へ俺が与えるべき言葉は、信頼の証
「…俺は君と約束をした。君が仲間のために力を尽くすならば、君を監察方に迎えると。俺は、君がそれを違える人ではないと知っている」
本当はもっと頼ってほしいと願うけれど、君が一人で立ちたいと望んでいるから
「俺は君のことを知ろうと思った……矢代弥月の事を知って、それでも監察方に居てほしいと思った。弥月君だから、どんな時も俺は君の選択を信じて、君に背中を預けている。
君が俺達と共にあることを望む限り、この先もそれは変わらない」
真剣な表情をした君の瞳に、燃えるような灯りがある。
「俺が君に望むのは……一人で戦っていると思わないでくれ。俺達が君を頼ってるくらいに、君は俺達を頼ったら良い」
それが俺が君に望むこと
しかし、弥月は山崎の期待空しく、「うーん」と首を捻る。
「…まあ、人並みに仕事任されてるとは思いますけど……そこまでは…」
やはり、自覚のない君に、どうしたら伝わるのだろうか
「…君がいなくなってから、山南総長が部屋に籠りがちだから、幹部の方々が心配して気を揉んでいるんだ」
途端、神妙な面持ちで「え、そうなんですか?」と返す彼女。弥月君がいなくなって、みんながどれくらい困っていたのか知って欲しいと思った。
「雪村君は君を一番信頼しているんだ。それをちゃんと分かってやってくれ」
「…それは本当に無責任だったな、と思います。でも、彼女はきっと大丈夫だって、ちょっと思ったりもするんですよね」
なぜか誇らしげに言う君が、居なくなっても大丈夫と言うみたいで、少し憎らしかった。
「…沖田さんが寺で遊んでいた子どもの相手をしたら、何故か泣かしたらしくて、一気に新選組の評判が悪くなったんだ」
「…うわぁ」
「俺は…食事なんてどうでも良くて…弥月君がいないと、島田君が俺の体調をひどく心配するんだ」
「それは…私が見張ってなくても、ちゃんと食べてください…」
彼女は呆れ顔で困ったように、でも可笑しそうに笑う。
「…でも、そうですね。私がいなくなった後に、みんなどうしてるかなぁ…って考えたら、心残りの方が多すぎて仕方ないかも」
「…弥月君がいないから、みんなの笑顔がなくなっているんだ」
弥月君のきょとんとした顔。
じっと上目に俺の顔を見て、少し考えるような間があった後、一歩俺に近づいた。そして、彼女が眉をハの字に下げて小首を傾げると、金の髪がふわりと揺れた。
「…じゃあ、笑って? 烝さん、私、帰ってきましたから」
俺を見上げる弥月君の手が高く上がって、俺の頭を優しく撫でる。不意のそれがひどく心地好くて。
彼女の微笑みに応えるように笑おうとしたら、俺は自分の深い眉間の皺に気付いて。返事をしようとしたら、喉の奥が熱くなって、言葉が引っかかった。
詰まった息で何を言うべきか考えるうちに、俺の視界は滲んで。瞬きの瞬間に目尻から零れそうになったものには抗わず。彼女の慈しむような目を真っ直ぐ見つめたまま、俺は穏やかに笑った。
君がくれる優しい言葉
「…っ、おかえり」
「フフッ…ただいま戻りました」
強くしなやかになっていく君は綺麗で
いつでも笑おうとする君が、こんなにも愛おしい
君の笑顔で、俺はこんなにも嬉しくなる
理由なんてどうでも良くて、本当はただ君に居て欲しい
君が大切だと、こころが叫んでいた。
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