姓は「矢代」で固定
第4話 欠けているもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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二月上旬。
八番組を引き続き大坂に残し、壬生から応援にきていた隊士は、今日を一区切りとして大坂を引き上げることになった。
足を引きずって歩けるようにはなっていた弥月だったが、他の隊士と一緒に京まで歩けるほどではなく。そのため、脚がある程度治ってから戻ってきたら良いとの、山南の配慮があったが、弥月は頑として首を縦に振らなかった。
「這ってでも一緒に帰る」
甚だ迷惑な話ではあったが、谷組長の元に一人残される弥月の身になれば、そう言いたい気持ちを斎藤と井ノ上は理解できて、困った顔をせざるをえない。
「ダメなら駕籠呼びます、駕籠」
「矢代…本来歩いて戻るべきところを、駕籠を呼んだら、また嫌味言われるのが目に見えているだろう」
「良い、仕方ない。味方が居ない所で毎日チクチク嫌味言われて過ごす方が、精神衛生上良くない」
「…矢代君、ここから壬生までだと決して安くはないが、大丈夫かい?」
井ノ上の案ずるような助言に、弥月は貯金の額を頭に浮かべつつ、疑わし気に問い返す。
「…いくら掛かりますか?」
「そうだねえ…一両はかかると思っておいた方が良いかもしれない」
「ウッ…」
一つ月の給料の三分の一、ないしそれ以上。
貯蓄もあるし、決して払えない額ではない。こういう、いざって時のためにお金を溜めているんだ。
…そう、私は小金もち
***
元治二年二月十日
「近藤さん、弥月です。開けて良いですか…」
「おお、帰ったか!入れ入れ!」
「…立ったまま、失礼します」
座る手間を惜しんでそのまま障子を開けると、そこには思った通り、土方さんも座っていた。
「歩いて帰って来たんだろう? 長旅、ご苦労だった」
「思ったより遅かったな」
「…ただいま戻りました」
屯所に着いて、まず帰還の報告をしに、近藤さんと土方さんを訪ねた。
「気にせず、楽な姿勢で座ってくれ。脚と手に怪我をしたと聞いたが…?」
「ありがとうございます。特に問題なく治って来てます」
「うむ、ならば良かった!」
ホッとした表情でうんうんと頷いてくれる近藤さんに、「ご心配おかけしました」と微笑み返す。
すでに私に関心を失ったらしい土方さんは、机上にある地図に視線を戻していたが。一応、総長補佐の仕事として出かけたので声をかける。
「副長。私の報告、何か要りますか?」
「特に無いなら要らねえ。巡察にはいつから出られる」
「……」
ちょっと待て。大坂が鬼門だって言ったのに、行って怪我した私を労(ねぎら)え。少しは労(いた)われ
「…十日もすれば、痛みも無くなるかと思います」
「歩いて帰って来たなら問題ねえな。丁度いい、明日ここ行って来い」
「……」
ペロンと一枚の紙を差し出される。
どうやら巡察ではないらしいが、さすがにカッチーンと来た。仏頂面をして返事をせず、それを受け取らなかった。
「矢代」
「いやだ」
「あ? 首切られてぇのか?」
「おい、トシ…」
「今、一人でいて喧嘩売られたら、絶対死ぬもん。嫌だ」
「…」
土方さんに「もんって、お前…」と、面倒くさそうな顔をされたが、命の心配をして何が悪い。
帰って来る道中だって、私が『新選組』と割れないように、どれだけ周りに気を遣ったか。
「ハァ……得意の変装でも何でもして構わねぇから、ここに出入りしてる奴調べとけ」
「…」
不満顔のまま、ペラペラと揺すられた紙を渋々と受け取る。見ると、バッテンで消された文字の間で、残っているのは三つ。
「…中堂寺、本圀寺、西本願寺…って、寺?」
「次の屯所の候補だ」
「…!」
西本願寺か…
「これ、優先順位ありますか?」
「…急にやる気になったな」
「土方さんと毎日同じ部屋は疲れることが判明しました。今すぐ引っ越したい」
「お互い様だな」
なるほど。それで地図を広げて、近藤さんと二人で顔を突き合わせていたらしい。
バッテンで消されていたのは、長州藩邸・池田屋やら、土佐藩邸やら、東本願寺やら、黒谷やら…他にも思いつくままと言ったような候補はいくつかあったみたいだが、何かしらの理由で消えたのだろう。
「優先は西本願寺だ。他の二カ所は幕府のお抱えだからな、ほとんど調べる必要はねえ。
お前に頼みたいのは、西本願寺はどんど焼けの時に長州浪士を匿ってたからな。その残党が今も残ってないかの確認だ。居たとすれば、さすがにもう引き籠ってることも無いだろ」
「そうですね、さすがに五カ月も引き籠りはないかと…」
なるほど。中堂寺と本圀寺なら幕府から“譲ってもらう”けれど、西本願寺なら“乗っ取る”と。
「現状が分からないんですけど、どの土地もまだ譲ってもらえてないって事ですか?」
「まだ申し入れをしてもない。立地と広さを検討しての、俺の考えた候補だ」
「立地は西堀川あたりってことですか…畑に新しく建てたらどうですか?」
「馬鹿言え。んな金ねぇよ」
「この前大坂で十二万両くらい献金させたって聞きましたけど?」
「あれは会津の軍用資金だ。こっちには殆ど充てられてねえ」
十一月ごろ、谷組長と大坂を訪ねていたはずの近藤さんをチラリと見ると、少し寂しそうな顔をしていた。
「…嫌な役ですね」
「そのために居るんだろ」
それを悲観するでもなく、自虐するわけでもなく、ただ事実としてハッキリと言い切る彼は、いったいどんな気持ちなんだろう。
…だから、私はこの人に弱い
弥月は自分の甘さに肩を竦めて、「わかりました」と言う。
「激しく動かなくて良いのは助かりますけど、期限はどれくらいですか?」
「状況次第だな。他の奴らに言ったり、申し入れをしたりで、その返答で期間が延びるかもしれねえと思っとけ」
「山南さんには? 勝手に決めたら、後からめっっっちゃ嫌味言われますよ、絶対」
「言ってある。山南さんは西本願寺だけは反対してるからな。お前の報告次第じゃ、山南さんも西本願寺に賛成してくれんだろ」
「…土方さんが乗っ取りたいことは、よーく分かりました」
「分かったなら、とっとと行って来い」
「りょー」
休暇をくれるとは思っていなかったが、今日一日くらいは休ませてくれたらいいなと期待していた。
ま。楽なんくれたし、良しとしましょう
そう納得しつつも、弥月はゆっくりと立ち上がった後、土方へのあてつけに、わざと脚をズルズルと引きずりながら部屋を出て行った。