姓は「矢代」で固定
第3話 暗示
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
大坂屯所で私たちを迎え出た男は、泣きそうな顔をして言った。
「すみません、申し訳ない、本当に! まさか、今回の報告で訓戒を受けることになるとは、私も毛頭思っておりませんでしたので、まだ何の対応策も立てられていなくて……副長も烈火のごとく怒(いか)られ、矢代殿にまで火の粉が及んでしまい、本当に申し訳ない…!」
「ああ、いえ、私は怒られ慣れてますし……私も同じような失敗をしたことがあって…心中お察しします。
起こってしまった事はもう仕方ありませんし、出来ることしていきましょう」
私に向かって腰を折り、深く深く頭を下げ続ける彼…胃に穴が空きそうな雰囲気の谷弟・万太郎さんに、思わず同情してしまう。私より十歳は年上だろうに、こんなに腰の低い人は今まで見たことが無い。
谷三兄弟の、上の谷組長と、下の周作さんは私への当たりが強くて苦手だが、真ん中の彼は全くそんな事はない「良い人」だった。
「先達に、私と山崎さんが派遣されましたが、今日中に四番組、遅れて島田さんと三番組が到着する予定です。
残党が既に大坂から出てしまっていては見つけようがないので、彼らが計画の続行・延期などを狙って、大坂に残っていると仮定して、虱潰しに探していきましょう。応援が到着するまでは、情報収集と、出来るだけの大坂の包囲を」
情報収集は主に私とすすむさんで、と目で確認しあう。
しかし、谷弟さんは「そうか、包囲…」と青い顔で呟いてから、「あ、でも」と困惑した声をだす。
「包囲しようにも人手が…」
「そうですね、えっと……奈良や紀州に逃げるとは考えにくいですから、八番組は西側の街道を重点にいきましょう。東は四番組に、道中気を付けて来るようにお願いしています」
「なるほど…!ありがとうございます!」
「それで谷組長たちはどちらに?」
「あっ、今残党を探しに出掛けてて…」
そうだろうなぁ、とは思ったけれど、谷弟さんがさらに落ち込む姿が想像できて、口にするのを寸でのところで止(とど)まった。
「谷組長達に西の街道を抑えてもらう伝達が済んだら、万太郎さんは齋藤さん達の到着をここで待って、彼らには大坂内を順番に調べるよう伝えてください。以降も、万太郎さん…と島田さんは、ここで全体の統制を」
「分かりました! 宜しくお願いします!」
「ああぁ、待ってまって。大坂の地図ってありますか?」
「ああぁ、すみません! こちらに準備しています!」
誰かの執務室なのだろう。片付いた部屋に通されて、文机に数枚の地図が置いてあった。
そして、谷弟さんが屯所を出た後、私たちも北から南へ探っていこうと、烝さんと揃って北へ駆ける。
「先程の…概ね、事前に俺と打ち合わせていたとはいえ、良い判断だったな」
「…静かだなぁと思ってたら、やっぱり私の評価してたんですね」
口をへの字にして抗議する。
今までとは役職が違うことを差し引いても、万太郎さんは烝さんと変わらない年頃だから、どう考えても烝さんが指示を出すべきだったのに。人が悪いにも程があると思っていた。
「元々この任務が、君の指揮に委ねられたものだから、俺は確認程度で…と思っただけだ」
「あー…責任重いのヤだやだ…」
弥月は首を横にブンブンと振る。
「問題があれば、俺も口を挟もうと思っていたが…島田君の事は特に、適格な采配だと感心した」
「…ありがとうございます。でも、ずっと黙って見てる烝さんの前で、私がどんだけ緊張してたか…」
「そうなのか?」
烝さんが本当に意外そうに言うから、むくれて「当たり前でしょ」と返す。
一人で行動するようになってから、情報収集の過程は自分の判断に任されていたから、仕事を間違っていると叱られる機会は少なくなっていた。だから、全部見られていて、指導されるかもと思うと、間違わないか叱られないかと、不安で緊張した。
けれど、「胴が入っていて、そうは見えなかったけどな」と笑う烝さんには、鉛の心臓だと思われてるに違いない。
「俺たちはこれからどう動く?」
「烝さんは西側、私は東側から行きましょう。一刻後にここに集合で」
地図の真ん中を指差して、そこにあった橋の名前を確認する。
「分かった。くれぐれも無茶はしないよう」
「お互い様です。笛持ってます?」
訊きながら自分も首から下げた呼び笛を、上から叩いてその形を確認する。そして「大丈夫だ」と頷いた烝さんに、弥月も笑顔を見せる。
「それじゃ!」
「気を付けて」
ひらりと手を振って、二人は暗くなり始めた大坂の夜に溶けこんでいった。
***
大坂屯所で私たちを迎え出た男は、泣きそうな顔をして言った。
「すみません、申し訳ない、本当に! まさか、今回の報告で訓戒を受けることになるとは、私も毛頭思っておりませんでしたので、まだ何の対応策も立てられていなくて……副長も烈火のごとく怒(いか)られ、矢代殿にまで火の粉が及んでしまい、本当に申し訳ない…!」
「ああ、いえ、私は怒られ慣れてますし……私も同じような失敗をしたことがあって…心中お察しします。
起こってしまった事はもう仕方ありませんし、出来ることしていきましょう」
私に向かって腰を折り、深く深く頭を下げ続ける彼…胃に穴が空きそうな雰囲気の谷弟・万太郎さんに、思わず同情してしまう。私より十歳は年上だろうに、こんなに腰の低い人は今まで見たことが無い。
谷三兄弟の、上の谷組長と、下の周作さんは私への当たりが強くて苦手だが、真ん中の彼は全くそんな事はない「良い人」だった。
「先達に、私と山崎さんが派遣されましたが、今日中に四番組、遅れて島田さんと三番組が到着する予定です。
残党が既に大坂から出てしまっていては見つけようがないので、彼らが計画の続行・延期などを狙って、大坂に残っていると仮定して、虱潰しに探していきましょう。応援が到着するまでは、情報収集と、出来るだけの大坂の包囲を」
情報収集は主に私とすすむさんで、と目で確認しあう。
しかし、谷弟さんは「そうか、包囲…」と青い顔で呟いてから、「あ、でも」と困惑した声をだす。
「包囲しようにも人手が…」
「そうですね、えっと……奈良や紀州に逃げるとは考えにくいですから、八番組は西側の街道を重点にいきましょう。東は四番組に、道中気を付けて来るようにお願いしています」
「なるほど…!ありがとうございます!」
「それで谷組長たちはどちらに?」
「あっ、今残党を探しに出掛けてて…」
そうだろうなぁ、とは思ったけれど、谷弟さんがさらに落ち込む姿が想像できて、口にするのを寸でのところで止(とど)まった。
「谷組長達に西の街道を抑えてもらう伝達が済んだら、万太郎さんは齋藤さん達の到着をここで待って、彼らには大坂内を順番に調べるよう伝えてください。以降も、万太郎さん…と島田さんは、ここで全体の統制を」
「分かりました! 宜しくお願いします!」
「ああぁ、待ってまって。大坂の地図ってありますか?」
「ああぁ、すみません! こちらに準備しています!」
誰かの執務室なのだろう。片付いた部屋に通されて、文机に数枚の地図が置いてあった。
そして、谷弟さんが屯所を出た後、私たちも北から南へ探っていこうと、烝さんと揃って北へ駆ける。
「先程の…概ね、事前に俺と打ち合わせていたとはいえ、良い判断だったな」
「…静かだなぁと思ってたら、やっぱり私の評価してたんですね」
口をへの字にして抗議する。
今までとは役職が違うことを差し引いても、万太郎さんは烝さんと変わらない年頃だから、どう考えても烝さんが指示を出すべきだったのに。人が悪いにも程があると思っていた。
「元々この任務が、君の指揮に委ねられたものだから、俺は確認程度で…と思っただけだ」
「あー…責任重いのヤだやだ…」
弥月は首を横にブンブンと振る。
「問題があれば、俺も口を挟もうと思っていたが…島田君の事は特に、適格な采配だと感心した」
「…ありがとうございます。でも、ずっと黙って見てる烝さんの前で、私がどんだけ緊張してたか…」
「そうなのか?」
烝さんが本当に意外そうに言うから、むくれて「当たり前でしょ」と返す。
一人で行動するようになってから、情報収集の過程は自分の判断に任されていたから、仕事を間違っていると叱られる機会は少なくなっていた。だから、全部見られていて、指導されるかもと思うと、間違わないか叱られないかと、不安で緊張した。
けれど、「胴が入っていて、そうは見えなかったけどな」と笑う烝さんには、鉛の心臓だと思われてるに違いない。
「俺たちはこれからどう動く?」
「烝さんは西側、私は東側から行きましょう。一刻後にここに集合で」
地図の真ん中を指差して、そこにあった橋の名前を確認する。
「分かった。くれぐれも無茶はしないよう」
「お互い様です。笛持ってます?」
訊きながら自分も首から下げた呼び笛を、上から叩いてその形を確認する。そして「大丈夫だ」と頷いた烝さんに、弥月も笑顔を見せる。
「それじゃ!」
「気を付けて」
ひらりと手を振って、二人は暗くなり始めた大坂の夜に溶けこんでいった。
***