姓は「矢代」で固定
第2話 誰知らず点された火
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元治元年十二月三十一日
屯所待機を命じられた行軍世話役は、普段は何をして過ごせばよいのかと疑問に思ったが、土方さんからの指示は、諸子調兼監察方の頃からとそう大差なかった。
朝昼の全体稽古に参加し、局長達のおつかいがあれば行き、手が空いていれば巡察に同行する。或は、隊士が増えて、家事がてんてこまいの千鶴ちゃんをお手伝いする。
世間はどうあれ、弥月の身の回りは平和であった。
「はーやくぅ来いこい、お正月~」
今日は年末、大晦日。つまり、大掃除の日。
前々から計画的に掃除するなど、この職場・職員では不可能なので、今日一日は全体稽古も無しにして、できるだけ掃除を頑張るよう副長命令が出た。そして、玄関・広間や道場など、みんなが使う場所の掃除は、平隊士が分担して掃除することになっている。
「なので、今日は、長らく放置してました、自分の部屋を掃除したいと思います」
「誰と話してるの?」
「え、自分」
気持ちの悪いものを見るような、隣の部屋の沖田さんは無視して。
とりあえず動きやすいように、監察用の黒装束に着替えて、「お掃除開始!」と気合を入れた。
今日は掃除日和、天気が良い。真冬の空気がものすごく冷たいが、開け放して換気し、部屋に置いている布団と行李を外へ出す。
まずは高い所から~ホコリをはたきで落として~そこを濡れ雑巾で拭いて~
腰にはたきと雑巾を差して、鼻歌交じりに、梯子(はしご)を手にして天井を見上げた時、はたと気付く。
上からするなら、屋根裏もした方が良いよね…
ちらりと「面倒くさい」という思いが過ぎったが、しばし考えた後、よしと一つ頷く。
普段から天井を這いつくばるのだから、定期的に綺麗にしておくのが理想だろう。しかも、烝さんも使う道だから、ここは部下の私が掃除して然るべき。
小さい箒諸々を持って上がれるように準備した後、天井が外れる板の方へと移動し、梯子に足を掛けて、段々と上がって行く。あまり長くない梯子だと、最後に天井裏に上るのに中々苦労する。いつも股関節外れそう。
「よいっしょー!!」
「弥月君、ちょっと良いかな?」
「はーい?」
すでに上がりきった後だったため、逆さになって上から顔を覗かせると、驚いた顔の近藤さんと目が合った。
「どうかしました、近藤さん?」
「ちょっと相談があって来たんだが……弥月君は何を…?」
「屋根裏の掃除をしようと思ってたところだったんですけど、とりあえず降りますね」
降りるときは素早く、格好良く
頭から落ちるように身体を全部落とし、逆手でつかまっていた縁に一瞬だけぶら下がり、床に片膝をつけるように着地した。
見ていた近藤さんが「達者だな」と褒めてくれたので、「恐縮です」と微笑む。実は膝めっちゃ打った。イタい。
「それで、相談って何ですか?」
「それが…部屋割をな、変えようかと、トシ達と前々から話をしていてだな…」
「はあ」
「それぞれが部屋を綺麗に片づけた後の新年なら、区切りが良いだろうということで……今までは、まず平隊士と副長助勤で分けていたんだが、これからは大方、組ごとに分けることになってな…」
「はい」
「『行軍世話役』と『馬験』は、一つに纏めることになりそうなんだが…
…それで、雪村君はこの部屋にしようという話になっているんだが……どうだろうか、変えた方が良いだろうか?」
「了解です。千鶴ちゃんが喘息にならないよう、誠心誠意真心こめて、来た時よりも美しく仕上げてみせます」
ビシッと軍隊式の敬礼をしてみせる。
近頃、私は屯所に居る時間が短くて、ここを掃除もろくにせず放置していたので、部屋の中が埃(ほこり)だらけなことは言わずもがな。これをこのまま、千鶴ちゃんに譲るわけにはいかない。
「いやいや、そうではなくてだなぁ…」
何かを否定しながら、言葉につまった近藤さんが、私に何かを言いたいらしい事は察した。そして、何に気を遣っているのかも、なんとなく理解したつもりだ。
『馬験』と『行軍世話役』が一部屋ってことは、私もそこって事だからね
けれど、不満を言ったって仕方ないじゃないか。
寧ろ、今日までこの納戸の物を、勝手に触らずにいてくれたことに感謝する。
「気」
「近藤さん。たぶんこの子、近藤さんの気遣いを理解できてませんよ」
話を聞いていたらしい沖田さんは、開け放していた戸から顔を出して、私に被せるように言った。
「それ、まだ決定事項じゃなくて、内々に操作可能って事なんですよね?」
え?
弥月が近藤を見ると、彼はひとつ頷いて「その可能性はある」と言った。
つまり、詳しく話を聞くと、半月ほど前…伊東さんが来てすぐの頃から、部屋割の変更の話は出ていた。それが今さっき初めて具体案として、土方さんの考えた部屋割が、近藤さんの元に届いたらしい。
「部屋の広さと、人数の割り振りに関しては、さすがトシ、完璧だからな。トシからしたら、別に俺がそこに不満をつける事はないだろうと思っててな。
だが、俺としては、どうにも君の気持ちを忖度せずにはいられないというか、なんとかしてやりたいというか…」
「近藤さん…」
本当に善い人、優しい人
『行軍世話役』と同室になる『馬験』は四名。元監察・川島、近藤さんの養子・谷周平さん、出自が御立派・三浦さんと小原さん。彼らの仕事は局長の側付になるので、いわく付き…じゃなくて、近藤さんのお目にかなった人物ばかりだ。
「以前、林君らと同じ監察方の部屋にいたから、耐性はあるだろうとは思ったんだが、今度は人数も増えて、他に『馬験』の者らがいるからな…」
「ん、まあ、正直なところ、元監察方の面子(めんつ)だったら、全く気にしません。寧ろ、向こうも何やかんや気遣ってくれますし」
「む? 監察方には話したのか?」
「いえ、知ってるのは、すす…山崎さんだけです」
たぶん。林さんは『え、女だろ?』って、当然のように言いそうで怖い。
「雪村君にだけは話して、彼女の護衛という名目で、この部屋を共有するという手も考えたんだが…」
その提案の状況を試しに想像してみる。
女子二人相部屋。千鶴ちゃんは最初は驚いたとして、そんなに問題なく同室で良いと言ってくれるだろう。それはとても幸せな毎日が女子会。
しかし、傍から見て、だ。
この狭い部屋で、若い男女と思われている二人が一緒。あくまで監視ではなく、公的に布団を並べて可。しかも、普段からかなり仲良し。
「…風紀、乱しまくりですね」
「やはりそう思うか…」
逆に、訳を知っている数名以外の、誰がそれを許容するというのか。特に、平助とか平助とか平助とか、今居ないけど。
…
平隊士には見せられない、未来から持ってきた荷物を置くところも、着替えや清拭を隠れてできる場所も、今の屯所にはない。
……
「…いっそのこと、もう皆に話しちゃいます? 私、実は女でした~って」
今まであれだけ公表するかしないかで揉めておいて、自分で提案するのもアレだけれど。寝る場所くらいで、一々、頭を抱えなければならないなら、公にして、千鶴ちゃんと一緒にしてくれたら良い気がする。
「土方さんも、今更無下に『出てけ』なんて言わないでしょう。だって、他に千鶴ちゃんがいるし」
「そうだなぁ…やはり、それが一番過ごしやすいのかもしれんな…」
「いつかは言う事もあるだろうって思ってましたし……新年から重大発表で、土方さんが喉に餅詰まらせそうですね」
仕方ないと肩を竦めてみせ、二人で頷きあう。
そうして話は纏まろうとしていたのだが、部屋に居るのにずっと黙っていた沖田さんが、ポツリと溢した。
「今は止めといた方が無難だと思う」
「…? なんでですか?」
思案顔で伏せられていた彼の視線が、スッとこちらを向く。
「伊東さん、たぶん女の子嫌いだから。千鶴ちゃんが屯所内にいるだけで、難癖付けてたし」
「私、好かれてますよ?」
「男だと思われてるからでしょ」
「…あぁ、ね」
それは喜ぶべき事なのだろうか…
その通りすぎて、返す言葉がなかった。
いつも思うが、男と思われ過ぎても、心にクるものがある。
そして、この見た目を入り口に、“矢代弥月”全体が好かれてるのかと思いきや、女と分かった瞬間に掌反されたら、軽くなく傷つく。
可能性に言葉を失った弥月を横目に、沖田は溜息交じりに言った。
「だから、弥月君が女だって分かったら、古参組は兎も角、伊東さんのところの門人とか、新入隊士の対応は変わるだろうし。仕事に支障でるんじゃない?」
「ううむ……伊藤先生は話をすれば分かって頂けると思うんだが…」
「…そうかもしれませんね。でも、皆にバラすにしても、もうちょっと関係ができてからの方が確実だと思いますよ」
「確かにそうかもしれんなぁ…」
弥月が溜息交じりに「うーん」と唸りながら首を捻ったのを横目に、沖田は近藤へ向き直る。
「近藤さん、最初に何か考えてた方法があったんじゃないですか?」
「うむ…かなり強引な手段なんだが、君を『行軍世話役』から外すというのはどうだろう。そうすれば、弥月君の部屋を作為的に変えることも可能になるのではと…」
弥月と沖田は「あぁ!」と、妙案を得て一瞬明るい顔をしたが、すぐに次の問題に気付いて、渋い顔になる。
確かに『行軍世話役』としては、部屋割に組み込まれなくなるけれど、部屋が余っていない事実は変わりない。
「それで俺の小姓ということにして、俺の部屋で寝起きする…という方法も、考えたのだが…」
「え!? それ、良いんですか?」
まさかの、なんて完璧ステキな提案!
局長と一緒の部屋だなんて、おこがましいにも程がある発想を、仮に思いついていたとして、まさか自分からは提案する由もない。
「いや、しかしだな…俺が知っているからこそ、それは嫌だろうと思ったり何だり…」
「え、全然嫌じゃないって言いますか、喜んで近藤さんの草鞋温めますと言いますか…」
嫌がる要素なんて微塵もないのに、気を遣う近藤さんに、首を横に振って見せたが。ふと思いついて「あ」と、言葉を切る。
「…そういう方法でも良いなら、もしかして、山南さんの部屋に転がりこめたりします?」
「いや、それは…山南君はトシと一緒の部屋になる予定だからな。流石に狭……いや、二人の部屋を俺のと交換したら、三人も可能か…?」
「え? 近藤さんの部屋の方が、二人の部屋より広いんですか?」
「ああ。俺も皆が窮屈に暮らしているんだから、俺だけ広い部屋は要らないと言ったんだが、トシが『伊東さんもいるからそれくらいの見栄は張ってくれ』と譲らなくてな…今の部屋のまま据え置きなんだ」
「なるほど…」
その局長の部屋を“実質二人部屋”にするのは、やはり許可されないだろう。
「…っていうかさ、君、部屋に土方さんが居るのは良いの?」
沖田の質問に、近藤は「あ」という顔をしたが、弥月は「あぁ」と思わず半笑いで応じる。
「土方さん一人なら、誤魔化せる自信が割とあります。あの人、私の女装ばっちり見たのに、疑ってすらないですからね」
私が土方さんに失礼極まってるのは、お互い様だと時々思う。
弥月はハアと一つ溜息を溢してから、「決めました」と大きく頷いてみせる。
「私が近藤さんと同室より、土方さん達と三人で同室の方が、土方さん的にはそれほど問題ないはずなので、そっちを狙いましょう。
最悪、『矢代弥月の部屋は副長・総長と同じ』ってのは、名目だけでも構いません」
「…問題ないが、名目だけとは…どういう事だい?」
「それほど問題ない理由は三つです。一つは、そもそも私は、自室以外で寝てる日の方が多いこと」
三本立てた指の一つをペキッと折る。
「二つ目は山南さんは最近午前中寝てますから、土方さんはその邪魔をしないよう、恐らく昼間は近藤さんのところに居るつもりだと思う……というか、今はそこまで考えてなくても、結果、そうなると思うんですよね。
で、私も昼間は部屋にいませんし、居るとすれば、夜勤明けに寝てるだけだと思うんです」
だから、昼間に部屋で彼らの邪魔をすることはない。山南さんと布団並べて寝てるだけだ。
「三つ目は、夜は山南さんは研究室の方に居ますから、実質部屋は二人で使うことになります。土方さんが遅くまで仕事してても、私は寝ますけど……隅の方で寝てれば、土方さんが気にしないことは実証済みですから、そこまで問題ありません。私、寝相は良い方です」
だから、夜は土方さんと布団並べて寝てるだけだ。
弥月は三本とも折ってグーになった手を、開いたり閉じたりして微笑む。
「名目だけってのは、土方さんがこの提案を駄目だって言うなら、どちらかの部屋に荷物だけを置かせてもらって、道場に布団敷いて寝ても全然構いませんって話で…大丈夫ですって、私どこでも寝れる人ですから」
近藤さんが「それはいかん!」等と大声を出しそうだったので、パタパタと手を振って止める。
「まあ、どちらにせよ、とりあえず役職から外してもらわなきゃ、話が始まりませんけど…」
寧ろ、今さら総長補佐を外して、行軍世話役に付けた理由もよく分かんないとは思ってたんだよね…
私に対する信用度の問題かと思ったが、伊東さんのあの様子が関係しているのだろうか。
「俺の部屋ではだめなのか…?」
考えを巡らせていたところに、なぜか少し落ち込んだような声が聞こえて。近藤さんの方へ顔を上げて、思わず苦笑いする。
「局長が一人部屋で、かつ、大きい部屋を割り振った土方さんの考えを曲げない方が、役職変更の提案を受け入れられやすいかなと思うんですよ。
役職変更と同室にしてほしい事、両方却下されたら部屋出れないですから、最悪、役職変更だけはもぎ取りたいです」
「理由はどうするつもり?」
そういえば、そこまでは考えてなかった。
「そうですね……何かしら山南さんを出汁に使いますかね……良い案ないですか、沖田さん?」
「なんで僕。自分で考えなよ」
「こういうの得意でしょう。土方さんハメるの」
「まあね。でも、狡賢さでは、君には負けるよ」
「ですよね、知ってます。じゃあ、さっきの半分採用して、山南さんの小姓…総長補佐復帰というのはどうでしょう?
近藤さんには馬験がいて、土方さんには千鶴ちゃんがいますし、私が名目上の山南さんの小姓で丁度良くないですか?」
「それ、山南さんの協力が要るよね?」
「そっちはお茶の子さいさいです」
山南さんは私に定期的に血を提供してほしいはずだから、私が出張の多い役職より、自分の小姓の方が都合が良いと考えるだろう。
土方さんへの細かい言い訳など、山南さんがいれば百人力。
「じゃあ、山南さんを味方にするべく、経緯含めてイイ感じに説明したいと思うので、早速行きましょう! 勿論、沖田さんも!」
「なんで僕まで…」
「千鶴ちゃんと伊東さんの事で何かあったんでしょ。共有しとくのが無難ですって!」
二カッと笑って、渋る沖田さんの袖を引いて立ち上がらせ、三人連れ立って山南さんの部屋へ向かう。
そして、寝入り端(ばな)を叩き起こされた彼がすごく不機嫌なのは怖かった。けれど、連れ立った面々を見て、何か重要な案件らしいことを察したらしい山南さんは、話を聞き、役割を了承してくれた。
そして今度は土方さんの部屋へ行くべく、四人は揃って腰をあげ、並んで部屋を出て行く。すると、私の後ろにいた山南さんが、後ろからこっそりと私に耳打ちした。
「上手に誑(たぶら)かしましたね」
「…ふふっ、私も無敵な気がしてました」
土方さんに私の性別を隠すのは、既に遊び心が十割だから、いかに楽しく面白可笑しく立ち回れるかを、内心考えているけれど。
今は、それに加えて、沖田さんが大人しく巻き込まれてくれていることが可笑しく、そして心強くも感じて、会心の笑みを浮かべずにはいられなかった。