姓は「矢代」で固定
第2話 誰知らず点された火
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***
何はともあれ、お持たせまでもらった弥月が上機嫌で廊下を歩いていると、今から巡察に出るのだろう原田と行き合った。
「よっ、荷物もち!」
「…うるせえ」
番付に入れてもらえなかったのを気にしているらしく、左之さんは渋い顔をした。
それでも、土方さん達が色々悩んだ末、斎藤さんでも井上さんなく、左之さんが『小荷駄雑具方』に配備されたのは、彼本人の希望でもあるから、多少からかうのは問題ない。
「なんだそれ、饅頭か?」
「伊東さんにもらった今川焼、もしくは回転焼、あるいは大判焼か太鼓焼。私的には御座候!」
弥月はニヘヘッと嬉しそうに見せびらかした後、「あっ、これは千鶴ちゃんの分だからあげないよ」と自分の後ろへ隠す。
原田は「盗らねえよ」と笑って、チラリと弥月が来た方向に目をやってから、「しかしなあ」と言って顔をわずかに歪めた。
「気持ち悪くなかったか?」
「なにが?」
「…伊東さん」
そこで声を特に抑えた原田に、今度は弥月が破顔する。
「ああ、オカマさんっぽいから?」
「っぽい、と言うか、神道無念流の師範代だってのに、あんなナリしてナヨナヨしてて、うすら寒いじゃねえか」
「私はべつに。下品で粗暴でむさ苦しいよりは全然マシだなって。確かに話し方が女性的なのは気になるけど、物腰が柔らかくて、私は割りと好きだけどな」
言うなれば、年上のお姉さんと喋っているような感覚だ。
「まさかとは思うが、言い寄られて嬉しいとか言わねえよな…?」
「え? あれって、そういう意味だったの?」
あらま
言われてみれば、詩を贈られたのだ。たぶん恋文ではなかったけれど、神々しく、麗しく、盛られていた気がする。
「でも、私、伊東さんとほぼほぼ初対面だよ?」
「そうらしいな。祇園で見かけただけって話は、俺らも聞いたんだけどな……いや、な……到着してからずっと、お前が『帰ってきてないのか』って探したんだ。
俺らもまあ何てか、弥月がどんな奴だって訊かれても、説明しかねてよ…」
「え、何で。イイ感じに説明しといてよ」
唇を尖らせて言うと、「無茶言うな」と断られた。どういう意味だ。
「それだけじゃなくてな。伊東さん、見た目が良いお気に入りの門下生とはべったりだし、なんっか気色悪いというか。弥月に興味深々って感じで……お前、狙われてるんじゃねぇかと思ってよ」
「それがどうかは分かんないけど……とりあえず、用事があったから探されてたみたいだし、そこは解決したんじゃないかな?」
そうであってほしい。
男色の趣味はないし、それどころか、私は男では無い。
弥月が「ナイナイ」と否定すると、原田はホッとしたような表情をする。
「俺はてっきり弥月が伊東さんに、餌付けされたのかと思ったぜ」
「んー…餌付けはされた。それにまあ、左之さんが思ってるほどには嫌いじゃないよ」
「はあ? あんなのが好きなのか?」
「いや、あの人を選別しようとする目は好きじゃない」
原田は弥月の言うことが理解できず、不審な顔をする。
すると、弥月は後ろ手に持っていた回転焼きを、目の高さに掲げて、それほど嬉しそうな顔はせずに言った。
「だって、今んとこ実害ないし、何もしてないのに綺麗だって可愛がられて、お菓子もらって。この顔で良かったなあって感じ。
ただ、見てくれしか見てないなら超腹立つ。だがしかし、回転焼きはおいしい」
左之さんは嫌悪している。そこに同調してほしいのだろう。
けど、伊東さんの考えてることが分からないから、私は今はどちらとも言えない。決して、彼が私個人や新選組にとって毒になるとも思ってはいない。もし私が土方さんの懐刀と思われているなら、引き込みたい気持ちも分かる。
でも、きっと左之さんは、近藤さん側に付くだろうから
回転焼きをゆらゆらと揺らす弥月に、原田は「おまえなぁ…」と呆れた声を出す。
「いつか、お前が捕って喰われても、俺は知らねえぞ…」
弥月はニヤリと笑って、「まさか」と。
「犬や猫じゃあるまいし、まして、こちとら高給取りの部類に入る、新選組の『行軍世話役』ですよ。
回転焼も羊羮も瓦煎餅も、賄賂(わいろ)はありがた――く美味しく頂戴するけど、むしろ、欲しいから行くけど、媚びは売っても、心は売らん」
つまり、伊東派にはならないと明示しておく。
なぜなら、私は土方さんに信用されている『行軍世話役』という役を仰せつかっているのだから、古参組の輪を乱すことはしない。
「…おまえって、時々、すっげぇ性格悪いよな」
「失礼な。イイ性格してると言ってくれ」
元、諸子調兼監察方
私はいつか訪れるかもしれない“卑怯なコウモリ”の役に備え始めた。
何はともあれ、お持たせまでもらった弥月が上機嫌で廊下を歩いていると、今から巡察に出るのだろう原田と行き合った。
「よっ、荷物もち!」
「…うるせえ」
番付に入れてもらえなかったのを気にしているらしく、左之さんは渋い顔をした。
それでも、土方さん達が色々悩んだ末、斎藤さんでも井上さんなく、左之さんが『小荷駄雑具方』に配備されたのは、彼本人の希望でもあるから、多少からかうのは問題ない。
「なんだそれ、饅頭か?」
「伊東さんにもらった今川焼、もしくは回転焼、あるいは大判焼か太鼓焼。私的には御座候!」
弥月はニヘヘッと嬉しそうに見せびらかした後、「あっ、これは千鶴ちゃんの分だからあげないよ」と自分の後ろへ隠す。
原田は「盗らねえよ」と笑って、チラリと弥月が来た方向に目をやってから、「しかしなあ」と言って顔をわずかに歪めた。
「気持ち悪くなかったか?」
「なにが?」
「…伊東さん」
そこで声を特に抑えた原田に、今度は弥月が破顔する。
「ああ、オカマさんっぽいから?」
「っぽい、と言うか、神道無念流の師範代だってのに、あんなナリしてナヨナヨしてて、うすら寒いじゃねえか」
「私はべつに。下品で粗暴でむさ苦しいよりは全然マシだなって。確かに話し方が女性的なのは気になるけど、物腰が柔らかくて、私は割りと好きだけどな」
言うなれば、年上のお姉さんと喋っているような感覚だ。
「まさかとは思うが、言い寄られて嬉しいとか言わねえよな…?」
「え? あれって、そういう意味だったの?」
あらま
言われてみれば、詩を贈られたのだ。たぶん恋文ではなかったけれど、神々しく、麗しく、盛られていた気がする。
「でも、私、伊東さんとほぼほぼ初対面だよ?」
「そうらしいな。祇園で見かけただけって話は、俺らも聞いたんだけどな……いや、な……到着してからずっと、お前が『帰ってきてないのか』って探したんだ。
俺らもまあ何てか、弥月がどんな奴だって訊かれても、説明しかねてよ…」
「え、何で。イイ感じに説明しといてよ」
唇を尖らせて言うと、「無茶言うな」と断られた。どういう意味だ。
「それだけじゃなくてな。伊東さん、見た目が良いお気に入りの門下生とはべったりだし、なんっか気色悪いというか。弥月に興味深々って感じで……お前、狙われてるんじゃねぇかと思ってよ」
「それがどうかは分かんないけど……とりあえず、用事があったから探されてたみたいだし、そこは解決したんじゃないかな?」
そうであってほしい。
男色の趣味はないし、それどころか、私は男では無い。
弥月が「ナイナイ」と否定すると、原田はホッとしたような表情をする。
「俺はてっきり弥月が伊東さんに、餌付けされたのかと思ったぜ」
「んー…餌付けはされた。それにまあ、左之さんが思ってるほどには嫌いじゃないよ」
「はあ? あんなのが好きなのか?」
「いや、あの人を選別しようとする目は好きじゃない」
原田は弥月の言うことが理解できず、不審な顔をする。
すると、弥月は後ろ手に持っていた回転焼きを、目の高さに掲げて、それほど嬉しそうな顔はせずに言った。
「だって、今んとこ実害ないし、何もしてないのに綺麗だって可愛がられて、お菓子もらって。この顔で良かったなあって感じ。
ただ、見てくれしか見てないなら超腹立つ。だがしかし、回転焼きはおいしい」
左之さんは嫌悪している。そこに同調してほしいのだろう。
けど、伊東さんの考えてることが分からないから、私は今はどちらとも言えない。決して、彼が私個人や新選組にとって毒になるとも思ってはいない。もし私が土方さんの懐刀と思われているなら、引き込みたい気持ちも分かる。
でも、きっと左之さんは、近藤さん側に付くだろうから
回転焼きをゆらゆらと揺らす弥月に、原田は「おまえなぁ…」と呆れた声を出す。
「いつか、お前が捕って喰われても、俺は知らねえぞ…」
弥月はニヤリと笑って、「まさか」と。
「犬や猫じゃあるまいし、まして、こちとら高給取りの部類に入る、新選組の『行軍世話役』ですよ。
回転焼も羊羮も瓦煎餅も、賄賂(わいろ)はありがた――く美味しく頂戴するけど、むしろ、欲しいから行くけど、媚びは売っても、心は売らん」
つまり、伊東派にはならないと明示しておく。
なぜなら、私は土方さんに信用されている『行軍世話役』という役を仰せつかっているのだから、古参組の輪を乱すことはしない。
「…おまえって、時々、すっげぇ性格悪いよな」
「失礼な。イイ性格してると言ってくれ」
元、諸子調兼監察方
私はいつか訪れるかもしれない“卑怯なコウモリ”の役に備え始めた。