姓は「矢代」で固定
第2話 誰知らず点された火
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
少し前の話だけれど。
痘瘡の療養から帰ってきた後、土方さんに「ただいま」を言いに行くと、「巡察はいい。明日あたりから監察の方行って来い」と言われて。
それは万が一、他の隊士へ痘瘡をうつすことの無いようにとか、病み上がりの私への配慮かと思いきや。
次の日、報告に帰って来た川島に代わり、私が烝さんと合流するよう命じられて、彼の居場所を聞くと。今回の任務地は遠く…丸一日かけて、私は大津に辿り着いた。
烝さん曰く、魁さんは敦賀にいるというから、なんというか、体力勝負の任務であることは理解した。
『こういうの、飛脚使えば良くないですか…』
『勿論、飛脚も使うが、文章では伝えきれない微妙な子細があるからな。時々は報告に行くようにしている』
確かに言いたいことは分かるが、その日は「疲れた」以外の言葉は出なかった。
因みに、監察方が京を離れて何をしているのかというと、天狗党が京へ向かって進軍しているから、それの各藩の対応と、行軍状況の把握がしたいらしい。
この人数で無理だとすぐに思ったが、訴えてもしかたない相手に言う気力も残っていなかった。
元治元年十二月十二日
「新しい編成?」
「あぁ、江戸から伊東殿が門人を連れてきたという話をしただろう。組分けをし直したそうだ」
屯所から帰って来た烝さんが、書き写してくれたという帳簿を、パラパラと捲って確認する。
「えっと…」
【局長】近藤勇
【副長】土方歳三
【総長】山南敬助
【組頭】
一番組 沖田総司
二番組 伊藤甲子太郎
三番組 井上源三郎
四番組 斎藤一
五番組 尾形俊太郎
六番組 武田観柳斎
七番大砲組 松原忠司
八番大砲組 谷三十郎
小荷駄雑具方組 原田左之助
【諸役】
旗役 …
行軍世話役 …
馬験 …
「……?」
知らない名前は新入隊士の人だろうけれど。そうではなく、色々疑問に思うことが多すぎて、どこから質問すれば良いのかに迷う。
えっと、私は『行軍世話役』って奴なんだけど…
「この、『行軍世話役』…と、『旗役』、『馬験』と『小荷駄雑具方』ってのは……何する仕事ですか?」
『行軍世話役』は、私と魁さんと、林さんの三名。
『旗役』は、中村君ら二名。
『馬験』は、川島を含めた四名。
『小荷駄雑具方』は、左之さんと烝さんを含め、全部で十名配備されている。
正直、その名称から仕事内容は想像できなくはないが、敢えて訊いてみなければ、気が済まないものもあった。
「…字の通り、『旗役』は新選組の先頭で旗を持つ役で、『馬験』は騎乗した局長達の周囲で、馬を引いたり、旗印をもつ係だ」
「旗ぁ!?」
旗役は兎も角、馬験は馬の世話役かと思いきや、まさかそっちも旗持ち係とは思わなかった。
馬鹿じゃないか、川島らに旗を持たせるなんて。そもそも戦場で旗を持つって、邪魔って言うか、何のためのあの目立つ羽織着てるのかというか。
「てか、今、馬役当番制じゃないですか。え、これ川島が世話するの? てか、近藤さんら、馬乗れないって言ってませんでした?」
現状、伝令用に馬を一頭、屯所外で飼ってはいるが、魁さんや一部の乗れる人しか使わない。
「馬は手始めに、二、三頭増やす予定だそうだ」
「そうですか…」
恐らく、近藤さんも土方さんも、今から乗馬の練習をするのだろうと想像して、なんとも言えない気持ちになる。
「『小荷駄雑具方』というのも、文字通りだな。大砲組があるから分かると思うが、その荷物や兵糧を運ぶ、力仕事及びその護衛だ」
兵糧
聞きなれない言葉に、そしてそれが意味するものに気付いて……私は一度口を噤んで、烝さんを見た。
「…烝さん。もしかして、この編成って……」
山崎は硬い表情をして、ゆっくりと頷いた。
「…そうだ。これは戦に備えた、軍隊編成だ」
今までのように、ただ巡察の当番を振り分けるためだったり、一日二日で区切りの見える戦いのための組分けではない。これは何ヶ月も、何年も続くような、大きな戦に備えての、軍隊の指揮系統を示すものだ。
「弥月君たちの所属する『行軍世話役』は、今の諸子調役兼監察方の仕事を任される。出陣の時には先達をしたり、伝令をしたりが仕事になるだろう」
「…烝さんと川島は、何故他所の配属に?」
「…全体の均衡の問題だそうだ。見てのとおり、古参の隊士には概ね役職が付いているため、四番から八番の組では、平隊士の殆どが新入隊士になっている。
だが、『小荷駄雑具方』は古参と新入隊士が半々な上、他の組と違って番付がない性質上、なにかしら隊士の不満が最も反映されやすいと考えられる。そこの監察を俺は任命されている」
川島も同じ理由で『馬験』だそうだ。用心深い土方さんは万一を考え、信頼できる者を均等に配置したいらしい。
なるほどね…
言われてみれば、見れば見るほど、この組み分けはよくできている。古参隊士と新入隊士、どちらの顔も潰さないように配慮されていて。尚且つ、新入隊士の動向に、古参隊士の目があり、今までの指揮系統を混乱させはしない。
「…ん?」
あれ?
「これ、新八さんと、平助…なくないですか?」
平助はまだ江戸から戻っていないけれど、新八さんは伊東さんより先に屯所に着いていたはずだ。
「永倉さんは、しばらく謹慎だそうだ」
「は?」
何やらかした、あの筋肉さんは
あの筋肉至上主義の酒乱が、局中法度のどれをやらかしても不思議では無いと思って、驚かない心の準備をしたのだが。
「…噂で聞くより、話しておくべきか」
「え、何がですか…?」
思った以上に深刻な話らしく、烝さんは「心して聞いてくれ」と、重い声で言った。
「君も、局中法度を侵せば、切腹だとは分かっているな」
「ええ。個人的には何度も大目に見て頂いている節はありますけど……私も数人、脱走者の切腹は見てきてるので…」
切腹の瞬間に立ち会ったことはないが、その埋葬には何度も参列した。
「法度とは別の理由で、葛山さんが切腹した」
!?
「それ自体は、君が失踪していた間の話だが……居ないのに気付かなかったか?」
「…今居ない人は江戸に行ってるものだと…」
弥月の困惑した表情を見て、山崎は一つ溜息をついて「そうだろうな」と溢した。
「永倉さんを先頭に、葛山さんたちが連名して、会津公に建白書を提出しようとしたことが問題になったんだ」
「建白書って……意見書みたいなものですよね?」
「そうだ。その内容が、近藤局長の専横を糾弾しようというものだったんだ」
永倉が発端のそれに連名したのは、原田、島田、斎藤、尾関、葛山の五名。
事の顛末としては、正式に建白書を出す前に、当人たちの話し合いで和解したが……噂に戸は立てられず、幹部や伍長の間で、そのような騒動があったことが、他の隊士に露呈した。
「なんで、島田さんと斎藤さんまで…」
血の気の多い面々は兎も角、そういう無謀を真っ先に止めてくれそうな人のはずなのに。
「俺もそこだけは詳しく分からなかったんだが…
…恐らく、直接話し合いの場を持つきっかけを作ったのは彼らだろうし……もし、本当に会津公に提出するに至ったとしても、斎藤さんは半端な気持ちで連名などしないだろうし、永倉さんを慕っている島田君は後悔などしていなかっただろうな」
確かに、尾関さんも葛山さんも、同じだろうとは思うけれど…
「…それで、役職付きではない葛山さんが、局長に対する反抗の見せしめに、責任取らされたってところですか」
何でも要求すれば通ると思われないよう、他の隊士に釘を刺す必要がある。
葛山さんは池田屋よりも前に入隊したが、古参組や助勤とは、隔たりのある立場だった。五人全員切腹させては組としては酷い痛手になるが、彼だけならば、その被害はかなりマシだろう。
「それもある。だが、彼だけが最後まで抗議し、和解の姿勢を示さなかったんだ。どうしても局長の責を問うたから、結局は幹部も制裁せざるを得ないことになった」
「あー……ちょっと…変わった人だったですもんね…」
悪口ではない。
彼は入隊前は虚無僧をしていたと言って……つまり元武士で、会津藩出身というだけで、鼻高々なところがあり……本当にちょっと変わった、残念な人だった。
「ハァ……その建白書の件で、和解したとは言っても、新八さんは先導者だから、体裁に謹慎を命じられているわけですね」
「そういうことだ」
思わずもう一度、ハアァと溜息が出る。
何に対しての溜息かと問われると困るが……なぜ話し合う前に建白書を作るに至ったのか、全く理解できなかった。
「近藤さん、困ってるとか、怒ってるとか話したら、ちゃんと聞いてくれるのにですね…」
「…いつの間にか、遠い存在に感じるようになってしまったんだろう」
「…局長の専横ってやつ、烝さんも感じてたんですか?」
私は微塵も感じたことはなかったが、意見書の内容が専横の糾弾ということは、近藤さんが上司然として偉そうに振る舞っていたとか、パワハラがあったと言うことだろう。
ただ、それなら、土方さんの方が圧倒的に訴えられて然るべきだと思う。
「…監察方としては、な。そういう意見があるのは把握してはいた」
「…個人的には?」
もしかしたら、烝さんもそれに同調するのかと思ったが、彼は「いや」と、首を横に振った。
「古くからの仲の彼らとは違って、俺は近藤局長が『局長』と呼ばれるようになってからの関係だ。身分を問わず『同士』としての結びつきを望む、彼らの思いとは違うのだろう。
俺は武士として、局長が局長然としていることに疑問はない」
「あぁ……烝さんも元町人でしたね。ずっと武士になりたかったんでしたっけ?」
「まあな。だから、仕える方がいるというのは、やりがいを感じるし…天職だとも思っている」
「…なんとなく、私もそっち側だと思います」
話はそこで途切れ、二人で長い溜息を吐いた。
少なくとも、今までも新選組は一枚岩ではなかった。
バラバラの出自の人が、色々な理由で集まったから、指示系統だけははっきりさせて、各々で自分がするべきことを理解して進んできた。
そして、烏合の衆を維持するために、諸子調兼監察方がいた。
それが、今回、他の組織も交えて、大所帯になってしまう。平助が江戸から戻ってきたら、数は更に増えるだろう。烏が増える。
「…ねえ、そろそろ、マジで監察の人数増やしてもらいません?」
「…新編成が決まったばかりだけどな」
「あああぁぁそうだったあぁぁぁぁ…!!!」
なんだこれ、よくできた新編成だけど、私たちに優しくない
土方さんに信頼されているから、この仕事を貰えてると言えば聞こえは良けれど。人手が増えるという希望が一番見えない、ツラい役職だと実感した新編成だった。