第2話 誰知らず点された火

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  少し前の話だけれど。

 痘瘡の療養から帰ってきた後、土方さんに「ただいま」を言いに行くと、「巡察はいい。明日あたりから監察の方行って来い」と言われて。
 それは万が一、他の隊士へ痘瘡をうつすことの無いようにとか、病み上がりの私への配慮かと思いきや。

 次の日、報告に帰って来た川島に代わり、私が烝さんと合流するよう命じられて、彼の居場所を聞くと。今回の任務地は遠く…丸一日かけて、私は大津に辿り着いた。
 烝さん曰く、魁さんは敦賀にいるというから、なんというか、体力勝負の任務であることは理解した。


『こういうの、飛脚使えば良くないですか…』

『勿論、飛脚も使うが、文章では伝えきれない微妙な子細があるからな。時々は報告に行くようにしている』


 確かに言いたいことは分かるが、その日は「疲れた」以外の言葉は出なかった。

 因みに、監察方が京を離れて何をしているのかというと、天狗党が京へ向かって進軍しているから、それの各藩の対応と、行軍状況の把握がしたいらしい。
 この人数で無理だとすぐに思ったが、訴えてもしかたない相手に言う気力も残っていなかった。





元治元年十二月十二日





「新しい編成?」

「あぁ、江戸から伊東殿が門人を連れてきたという話をしただろう。組分けをし直したそうだ」


 屯所から帰って来た烝さんが、書き写してくれたという帳簿を、パラパラと捲って確認する。


「えっと…」




【局長】近藤勇
【副長】土方歳三
【総長】山南敬助
【組頭】
 一番組 沖田総司
 二番組 伊藤甲子太郎
 三番組 井上源三郎
 四番組 斎藤一
 五番組 尾形俊太郎
 六番組 武田観柳斎
 七番大砲組 松原忠司
 八番大砲組 谷三十郎
 小荷駄雑具方組 原田左之助
【諸役】
 旗役 …
 行軍世話役 …
 馬験 …


「……?」


 知らない名前は新入隊士の人だろうけれど。そうではなく、色々疑問に思うことが多すぎて、どこから質問すれば良いのかに迷う。



  えっと、私は『行軍世話役』って奴なんだけど…



「この、『行軍世話役』…と、『旗役』、『馬験』と『小荷駄雑具方』ってのは……何する仕事ですか?」


 『行軍世話役』は、私と魁さんと、林さんの三名。
 『旗役』は、中村君ら二名。
 『馬験』は、川島を含めた四名。
 『小荷駄雑具方』は、左之さんと烝さんを含め、全部で十名配備されている。


 正直、その名称から仕事内容は想像できなくはないが、敢えて訊いてみなければ、気が済まないものもあった。


「…字の通り、『旗役』は新選組の先頭で旗を持つ役で、『馬験』は騎乗した局長達の周囲で、馬を引いたり、旗印をもつ係だ」

「旗ぁ!?」


 旗役は兎も角、馬験は馬の世話役かと思いきや、まさかそっちも旗持ち係とは思わなかった。


 馬鹿じゃないか、川島らに旗を持たせるなんて。そもそも戦場で旗を持つって、邪魔って言うか、何のためのあの目立つ羽織着てるのかというか。


「てか、今、馬役当番制じゃないですか。え、これ川島が世話するの? てか、近藤さんら、馬乗れないって言ってませんでした?」


 現状、農耕や貨物運搬用の馬を一頭、屯所外で飼ってはいるが、一部の扱えるしか接しない。


「馬は手始めに、二、三頭に増やす予定だそうだ」

「そうですか…」


 恐らく、近藤さんも土方さんも、今から乗馬の練習をするのだろうと想像して、なんとも言えない気持ちになる。


「『小荷駄雑具方』というのも、文字通りだな。大砲組があるから分かると思うが、その荷物や兵糧を運ぶ、力仕事及びその護衛だ」



  兵糧



 聞きなれない言葉に、そしてそれが意味するものに気付いて……私は一度口を噤んで、烝さんを見た。


「…烝さん。もしかして、この編成って……」


 山崎は硬い表情をして、ゆっくりと頷いた。


「…そうだ。これは戦に備えた、軍隊編成だ」


 今までのように、ただ巡察の当番を振り分けるためだったり、一日二日で区切りの見える戦いのための組分けではない。これは何ヶ月も、何年も続くような、大きな戦に備えての、軍隊の指揮系統を示すものだ。


弥月君たちの所属する『行軍世話役』は、今の諸子調役兼監察方の仕事を任される。出陣の時には先達をしたり、伝令をしたりが仕事になるだろう」

「…烝さんと川島は、何故他所の配属に?」

「…全体の均衡の問題だそうだ。見てのとおり、古参の隊士には概ね役職が付いているため、四番から八番の組では、平隊士の殆どが新入隊士になっている。
 だが、『小荷駄雑具方』は古参と新入隊士が半々な上、他の組と違って番付がない性質上、なにかしら隊士の不満が最も反映されやすいと考えられる。そこの監察を俺は任命されている」


 川島も同じ理由で『馬験』だそうだ。用心深い土方さんは万一を考え、信頼できる者を均等に配置したいらしい。



  なるほどね…



 言われてみれば、見れば見るほど、この組み分けはよくできている。古参隊士と新入隊士、どちらの顔も潰さないように配慮されていて。尚且つ、新入隊士の動向に、古参隊士の目があり、今までの指揮系統を混乱させはしない。


「…ん?」



  あれ?



「これ、新八さんと、平助…なくないですか?」


 平助はまだ江戸から戻っていないけれど、新八さんは伊東さんより先に屯所に着いていたはずだ。


「永倉さんは、しばらく謹慎だそうだ」

「は?」



  何やらかした、あの筋肉さんは



 あの筋肉至上主義の酒乱が、局中法度のどれをやらかしても不思議では無いと思って、驚かない心の準備をしたのだが。


「…噂で聞くより、話しておくべきか」

「え、何がですか…?」


 思った以上に深刻な話らしく、烝さんは「心して聞いてくれ」と、重い声で言った。


「君も、局中法度を侵せば、切腹だとは分かっているな」

「ええ。個人的には何度も大目に見て頂いている節はありますけど……私も数人、脱走者の切腹は見てきてるので…」


 切腹の瞬間に立ち会ったことはないが、その埋葬には何度も参列した。


「法度とは別の理由で、葛山さんが切腹した」



  !?



「それ自体は、君が失踪していた間の話だが……居ないのに気付かなかったか?」

「…今居ない人は江戸に行ってるものだと…」


 弥月の困惑した表情を見て、山崎は一つ溜息をついて「そうだろうな」と溢した。


「永倉さんを先頭に、葛山さんたちが連名して、会津公に建白書を提出しようとしたことが問題になったんだ」

「建白書って……意見書みたいなものですよね?」

「そうだ。その内容が、近藤局長の専横を糾弾しようというものだったんだ」


 永倉が発端のそれに連名したのは、原田、島田、斎藤、尾関、葛山の五名。
 事の顛末としては、正式に建白書を出す前に、当人たちの話し合いで和解したが……噂に戸は立てられず、幹部や伍長の間で、そのような騒動があったことが、他の隊士に露呈した。


「なんで、島田さんと斎藤さんまで…」


 血の気の多い面々は兎も角、そういう無謀を真っ先に止めてくれそうな人のはずなのに。


「俺もそこだけは詳しく分からなかったんだが…
 …恐らく、直接話し合いの場を持つきっかけを作ったのは彼らだろうし……もし、本当に会津公に提出するに至ったとしても、斎藤さんは半端な気持ちで連名などしないだろうし、永倉さんを慕っている島田君は後悔などしていなかっただろうな」



  確かに、尾関さんも葛山さんも、同じだろうとは思うけれど…



「…それで、役職付きではない葛山さんが、局長に対する反抗の見せしめに、責任取らされたってところですか」


 何でも要求すれば通ると思われないよう、他の隊士に釘を刺す必要がある。

 葛山さんは池田屋よりも前に入隊したが、古参組や助勤とは、隔たりのある立場だった。五人全員切腹させては組としては酷い痛手になるが、彼だけならば、その被害はかなりマシだろう。


「それもある。だが、彼だけが最後まで抗議し、和解の姿勢を示さなかったんだ。どうしても局長の責を問うたから、結局は幹部も制裁せざるを得ないことになった」

「あー……ちょっと…変わった人だったですもんね…」


 悪口ではない。
 彼は入隊前は虚無僧をしていたと言って……つまり元武士で、会津藩出身というだけで、鼻高々なところがあり……本当にちょっと変わった、残念な人だった。


「ハァ……その建白書の件で、和解したとは言っても、新八さんは先導者だから、体裁に謹慎を命じられているわけですね」

「そういうことだ」


 思わずもう一度、ハアァと溜息が出る。
 何に対しての溜息かと問われると困るが……なぜ話し合う前に建白書を作るに至ったのか、全く理解できなかった。


「近藤さん、困ってるとか、怒ってるとか話したら、ちゃんと聞いてくれるのにですね…」

「…いつの間にか、遠い存在に感じるようになってしまったんだろう」

「…局長の専横ってやつ、烝さんも感じてたんですか?」


 私は微塵も感じたことはなかったが、意見書の内容が専横の糾弾ということは、近藤さんが上司然として偉そうに振る舞っていたとか、パワハラがあったと言うことだろう。
 ただ、それなら、土方さんの方が圧倒的に訴えられて然るべきだと思う。


「…監察方としては、な。そういう意見があるのは把握してはいた」

「…個人的には?」


 もしかしたら、烝さんもそれに同調するのかと思ったが、彼は「いや」と、首を横に振った。


「古くからの仲の彼らとは違って、俺は近藤局長が『局長』と呼ばれるようになってからの関係だ。身分を問わず『同士』としての結びつきを望む、彼らの思いとは違うのだろう。
 俺は武士として、局長が局長然としていることに疑問はない」

「あぁ……烝さんも元町人でしたね。ずっと武士になりたかったんでしたっけ?」

「まあな。だから、仕える方がいるというのは、やりがいを感じるし…天職だとも思っている」

「…なんとなく、私もそっち側だと思います」


 話はそこで途切れ、二人で長い溜息を吐いた。

 少なくとも、今までも新選組は一枚岩ではなかった。
 バラバラの出自の人が、色々な理由で集まったから、指示系統だけははっきりさせて、各々で自分がするべきことを理解して進んできた。
 そして、烏合の衆を維持するために、諸子調兼監察方がいた。

 それが、今回、他の組織も交えて、大所帯になってしまう。平助が江戸から戻ってきたら、数は更に増えるだろう。烏が増える。


「…ねえ、そろそろ、マジで監察の人数増やしてもらいません?」

「…新編成が決まったばかりだけどな」

「あああぁぁそうだったあぁぁぁぁ…!!!」



  なんだこれ、よくできた新編成だけど、私たちに優しくない



 土方さんに信頼されているから、この仕事を貰えてると言えば聞こえは良けれど。人手が増えるという希望が一番見えない、ツラい役職だと実感した新編成だった。


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