第2話 誰知らず点された火

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偽名

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 弥月が深々と頭を下げ、お礼を言って帰ってから少しして、再び除痘館の戸が開いた。
 訪れたその男は、コツと靴音を鳴らして、ゆっくりと敷居をまたぐ。


「こんにちはー、どなたか居ますか?」

「はいはーい…って、え!? わぁ、先生!お久しぶりです!! 急にどうされたんですか?」

「久しぶり、元気そうだね。薩摩に開成所ができただろう? 一度見に来てくれと、小松君や町田君に言われたからね、夏頃から行っていたんだ。その帰りの途中、というところかな」

「適塾の方には?」

「行ってきたよ。君はこっちに居ると聞いたからね。はい、これお土産」


 蘭医はそれを受け取りながら礼を言って、男を中へと促す。


「どうだい? 特には変わりはないかい?」

「はい、特には……あ」

「?」


 蘭医は何かを思いついたらしく、「どうでも良いことなんですけど」と前置きしつつも、どこか可笑しそうに話し始める。


「さっきまで金髪の男がいたんですよ。除痘しに来てて」

「異人かい? それは珍しい」

「いえ、異人じゃなくて…先生はご存じですか? 新選組に金髪の男がいるの」

「いや…新選組は聞いたことがあるが…」

「こっちじゃ有名なんですよ。守護職の私兵みたいなもんなんですけどね、そこそこ腕の立つ集団で、難癖つけて金も巻き上げるし、断れば血も涙もないって嫌われ者です」

「そんな人がこんな所に…」


 物騒な話なのかと思いきや、それをどうして、蘭医はこんなに可笑しそうに話すのか、男は疑問に思って問うた。


「それが噂と違って変な男でね。我々のすることに一々興味深々なんですよ。当然、嫌悪する塾生もいたんですけど、本人は攘夷なんてどこ吹く風って様子で、塾にも出入りしていて。
 しかも、種痘したってのに元気そのもので、毎日これは何だあれは何だって楽しそうに……我々の想像してた新選組と違いすぎて、拍子抜けしたというか何というか…」

「へえ…確かにそれは、私としても興味深いね」

「はい。先生も会う事があれば、是非話してみて下さい。人斬りでさえなければ、面白い男です」


 男が頷きながら「覚えておくよ」と答えた時、再び玄関の開く音がして、バタバタと誰かが駆けこんでくる。


「ごめんやでー…あ、良かった、まだおった。大鳥先生、大事なん忘れもんしとったでー」

「あれ? 本当かい、ありがとう」


 大鳥は懐を探って、それが無いのに気付き、照れ笑いしながら、塾生から自分の財布を受け取った。


「先生、泊まっていかはるんですか?」

「いいや、舟が出る時間までと思って寄っただけなんだ。舟に人を待たせているし、偉い人に呼ばれてるから、早めに行かなきゃならない」

「そう言えば、四、五日前に福沢先生が、江戸から帰る途中にここに寄ったので、丁度行き違いになりましたね」

「そうなのかい!?それは惜しい事をしたなぁ」


 大鳥が大袈裟にそう言ったところ、塾生は不快を露わにして、吐き捨てるように言う。


「福沢先生はなんであの男を庇ったのか…」

「ん? あの男って誰のことだい?」

「あぁ、さっき言ってた新選組の男ですよ。決して手は出さないように、塾生たちに言い包めて行かれたんです」

「へえ…福沢先生が、ねぇ」


 どうやら新選組に因縁があったらしい塾生が憤慨するのを、蘭医とともに、大鳥はなだめすかしながら、改めて考えていた。


 神奈川の開成所、それに次ぐ、薩摩の開成所。
 そして、西郷殿が参謀格になったことで、おそらく近日中に行われるだろう、長州の恭順。
 幕府の権威を絶対としている、攘夷を譲らない会津藩。

 西洋化を早々に受け入れ、軍備に徹している薩摩が、会津と手を組んで動いていることは、牙を研ぐ時間を稼いでいるためにしか見えなかった。



  新選組、か…



  それは大きな流れに抗う力になるだろうか

 
 
 激変の時が迫り来るのを、日々肌で感じている。
 幕臣として今自分がすべきことは何だろうかと、大鳥は道を探し続けていた。


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