姓は「矢代」で固定
第2話 誰知らず点された火
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元治元年十一月十一日
それは土方さんのおつかいで、監察方の借家にいるはずの烝さんを訪ねたときのこと。
偶然居合わせた林さんに、「そういえば矢代は女装の時、白粉塗らんよなぁ」と言われたことから始まった。
その時は「顔にベタベタ塗るの好きじゃないから」という理由で、二人とも納得した。けれど、林さんがいなくなってから、残った烝さんには嘘をついたのだと話す。
「白粉って病気の原因になるんですよ」
昔の白粉は鉛が含まれてて、鉛中毒の芸者さん達がいたという豆知識がある。他にも、昔の缶詰は鉛が溶けだしてしまっていて、具体的な症状は知らないが、それが生死に関わるものだったと記憶している。
「そもそも、なんで皆あんなに真っ白にするのかなぁ、と思ってるんですよね。むしろ絶対に無い方が可愛い」
「あぁ、それはたぶん、痘瘡の痕があるからだろう」
「とうそう?」
「痘瘡。流行り病の痘瘡だ」
「それ何の病気ですか?」
「!? 痘瘡を知らないのか!?」
軽い気持ちで聞いたのに、そんなに吃驚されても困る。知ってて当たり前みたいに言われてることに、私も吃驚してるよ。
「数年ごとに流行るんだが……まず熱、軽い咳や痰の風邪のような症状がある。特徴的なのが体中に発疹がでて、そのうちエンドウ豆大の水疱や膿疱ができる。その高熱と膿疱の痛みで、幼い子どもは殆ど保たないし、大人でも三割ほどは亡くなる、重い流行り病だ」
「三割も…!?」
「あぁ、普通の風邪と違って、恐ろしいほどに移るんだ。運よく治っても、痘痕(あばた)ができたり、酷いと失明したりもする」
『あばたもえくぼ』の痘痕(あばた)とは、つまり痘瘡でできた発疹の痕らしい。
私が白粉をつけずに女装して、時々「肌が綺麗」と褒められるのは、世間ではその病気に罹ったために痘瘡のある大人が多いのだ。だから白粉は重宝される。
あばた
致死率
痘
ぼんやりとした知識が蘇る。その漢字…『痘』って……どこかで見たぞ…
弥月はトントンとこめかみを何度か叩いて、唇で「天、然痘…?」と呟いた。
生物でやった。どっかの国のオヤジさんが、牛の天然痘に一度罹ったら、人間の天然痘にかかっても軽傷だとかに気付いて、自分の子どもに試したやつだ。なんというか、頭のオカシイ親子だと震撼したのを覚えている、世界初のワクチンの製造。
「…天然痘ワクチンなんて打った記憶ない…」
たぶん一通りの予防接種は済ませてるはずだ。だけど、天然痘ワクチンなんて打った記憶がない。
なんで?
子宮頸がんみたいな、本人に任せるワクチンだったのだろうか。
…いや、もう何ででも良い。とりあえず、この時代に億ヶ一あるなら打たねば。
「治療法とか、予防法ってないんですか?」
「唯一ある『うにかう』という薬は高価で、とても手を出せるような代物じゃない。予防は…」
そこで山崎が言いあぐねた事に、弥月が首を傾げると。
「…いや、昔『除痘』の話を聞いたことがあるんだが……そういえば、最近どこかで…」
じっと考える烝さんを、急かさず見守る。
そうしてしばらくした後、思いついた瞬間にポンと手を打った彼を見て、私の癖が彼に移ったらしいことに気付いた。なんだか可愛いぞ、烝さん。
「あぁ、そうだ。大坂だ。長州征伐の時に蘭学の私塾を張っていた川島が、痘瘡にわざと罹るみたいな話をしていた気がする」
「それだ! 烝さん、グッジョブ!」
***
「ということで、一先ず、十日程お休みください」
ここは土方さんのお部屋。
「はあ?」
「十日程おやす」
「聞こえなかったわけじゃねぇ。んなもん、やれる訳ねえだろうが」
「じゃあ、もし私が痘瘡で死んだら、休みをくれないブラック企業代表取締役のドケチのせいで死んだって、七代先まで祟りますからね」
「…おまえは猫か」
欲しいツッコミをもらえて、満足気に二カッと笑った弥月を見て、土方は溜息をつく。
「黙っててやるから、二日でどうにかして来い」
「痘瘡ですよ、痘瘡。罹るんですから、二日じゃ無理です」
「そんだけ元気なら、痘瘡の方が逃げらぁ」
「…」
弥月は無言で両手を開き、土方へ突き出して見せる。狙うは十のみ。
「…三日だ」
弥月はピクリとも表情を変えない。
「…三だ」
「土方さんの指示通りに私が三日で帰って来て、もしそれがウイルスの潜伏期間で、私が咳とかめっちゃして飛沫感染で隊内に病原菌まき散らして良いなら、もはや一日も休みなしで構いません。
因みに、恐らく、この時代はまだ弱毒化ワクチンとかじゃなくて、そのままのウイルスを植え付ける方法でしょうから、当然、私自身の重篤化とか合併症のリスクも高まりますし、正直なところ私としても迷った末の除痘実施ではあるんですけど。これが命の危機ならば仕方ないんですよね。わかりますか、専務。
だから、知らないうちに隊内に菌を飛散させたら申し訳ない、ということを考慮しての十日の休み希望なので、私が新選組のために進言していることは理解してくださいね。二次感染が起きたらあくまで貴方のせいですからね、土方部長。」
「―――ったよ、七だ! 絶対、次の日から巡察に出ろよ!!」
「合点承知の助」
「任務で出てることにしてやるから、絶対、休暇とか吹聴して回んなよ!?」
「わーかってますって」
というわけで、七日間お休みを頂きました。
***