姓は「矢代」で固定
第三章 京都編Ⅱ 〈完〉
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今日は終業式の前日で、家に帰るには珍しく早い時間帯だった……とはいえ、生活指導の先生に捕まって、昨日染めた髪の色のことで20分ほど説教を受けた後なのだけれど。
そんな梓月が鍵を鞄から取り出そうとしたところで、ちょうど玄関の戸が開く。
「あれ、ただいま。どっか行くの?」
「おかえり梓月。今から弥月の父方の家族に会いに行くことになったから、今日は道場は閉めててくれ」
「お父さんと…爺ちゃんで?」
パリッとしたスーツを着た父の後ろで、珍しく同じように洋装をした祖父が、革靴を履こうと靴べらを握っていた。
「みんな今日はまだ仕事だからな。私たちだけで行ってくる」
「じゃあ俺も行く」
スマホだけ手に握って、鞄を上り口に置く。
「来ても…」
「行って何も無いってことはないだろ。弥月の話なんだから」
「…大人の話だ。待っていなさい」
「…お父さん、そういう言い方したら、榎月なら絶対怒るって。俺は兄ちゃんらと違って、後ろで大人しく聞いてるからさ」
梓月は少し不愉快そうな顔で、けれど弱々しく強請(ねだ)る声を出した。末子の指摘を理解した父は、少し考えた後で「分かった」と頷いた。
親子三人はとある大学の建物へと赴いた。そして案内されたのは、古めかしいレトロな煉瓦造りの外観に似合う、シックな調度品で揃えられた一室。
梓月は通された部屋のソファに父と横並びに座って、これから会う人は大学の関係者なのかと問うたら、祖父はそうでもないと言う。
「お待たせしました」
そう言って入ってきたのは、それほど俺と歳の変わらなさそうな女性だった。
「当主様は急用の電話が入り、少しお待ちいただかなければなりませんが、その間にこれを確認して頂きたいとのことでした」
大きな細長い箱が、ゴトリと重々しい音を立ててローテーブルの上に置かれる。年期の入った桐の箱だった。女性が「失礼致します」と蓋を開けると、中には二本の大小の刀。
「これは…?」
「刀で御座います」
見れば分かる
「触っても?」
祖父がそう訊くと、「構いません」と彼女は抑揚の少ない声で答えた。
大きい方を祖父は手にとって見る。黒漆の誂はどこも欠けるところがなく、まるで鈍く光っていた。
「父さん、これは…」
父が祖父に問いかけるが、頷きながらも祖父は首を横に振った。
「似ているがうちの刀ではない。あれはもっと大きい」
「やはり似ておられるのですね」
女性は祖父をジッと見ていた。
「刀剣は少し学んだことがあるが、一目見て、似ていると感じた」
「この刀は当家のものではありませんが、高貴な方に託され、我々一族が受け継いでいくもので御座います。
あなたたちが失くしたという刀はこれに類する、古の鈴鹿御前が持っていたという刀の三本目」
鈴鹿御前?
聞いたことがあるような名前だ。
父は前のめりになって問いかける。
「鈴鹿御前は実在の人物ではなかったのでは? 静御前と巴御前は鎌倉にいた姫だと記憶しておりますが…」
「左様で御座います。鈴鹿様は人では御座いません」
当たり前のことのように、女性は不思議なことを言った
「人でないとは…」
その問いに女性は訝し気な顔をする。それから少し考えて、「少々お待ちください」と言って、部屋を出て行った。
残された木箱とその中の二本の刀。祖父はそれらを静かに見て、傍らにある折りたたまれた細長い紙をそっと拾い上げた。
それもまた古そうな黄ばんだ和紙だった。千切れないようにゆっくりと広げると、中には綺麗に束ねられた一房の金糸。
梓月は祖父の手元を覗き込む。
糸にしては細い…
気付いて身体が震えた。
「髪、か…?」
ブリーチやカラーされた金髪ならば街のあちこちで見かけるから、大して珍しくもない。けれど、この色合いで真っ先に思い出したのは、たった一人の妹。
そのとき、コンコンとドアがノックされる。誰かが応じることも無かったが、その人物は遠慮する様子もなく入ってきた。
「待たせたな」
「…お久しぶりです、風間さん」
祖父と父が立ち上がって礼をしたので、俺は慌てて真似をした。
「まあ座れ。刀の説明は聞いたか?」
風間と呼ばれた高齢の男は、伴ってきた先程の女性に視線を送る。
「鈴鹿様のご説明から必要そうでしたので、私の口からはまだ何も…」
「そうか。あの臆病な神子は、どうせ70年あのまま何の説明もしないで死んだのだろうな……神子とはいえ、歳をとると脆いものだ」
その言い方に棘はあったが、どこか憂いるような声をしていた。
「矢代、妻から特殊な力と刀についてはどこまで聞いている」
この場に矢代は3人いたが、祖父のことをそう呼ぶのだと察した。
「神隠しにあう家系だ、と」
「それだけか?」
「ええ。その…それに似た大太刀が、その神隠しを呼ぶものだと」
「…信じられんな。そこまで…」
風間は言いかけて止めた。それは死人への冒涜であり、亡くしたばかりの家族に聞かせる言葉ではなかった。
代わりに、仕切り直すように、両手の指を組んで、肘を膝の上に乗せた。
「結論から言おう。お前の妻は遠い過去から時渡りをしてきた者だ。神隠しというのは人間の言葉で、我々はそれを時渡りという。
そして、時間を身一つで移動するような者が、人間であるはずがないことを理解しろ」
何だって? 時わた…り?
なぜか風間さんは俺をジイッと見た。祖父でも父でもなく、俺を見ていた。
「お前の祖母は、人の子ではなく、時の神の系譜だったといえば分かるか? お前達はその血の一部を引いている」
は?
「分からぬだろうな。だが事実だ。あの女は幼い頃から繰り返し時を渡り、70年前この時代にたどり着いた神の子だ」
は?
こちら側の誰一人も話を理解できていないことに、風間はため息を吐いて「どこから」と呟いた。そして、目の前の刀に目を留める。
「…矢代らが失くした刀の銘は、記録上は『顯明連』となっている。その誂は鎌倉の時代にこの大小に寄せて作らせたそうだ。
これらは今となってはただの古い刀……だが、神子が持っていた刀、顕明連は刀身の材が違うらしい。そもそも刃の形はしておらず、元は彼女が遠い過去から持ってきた『世界の塊』だと聞いた」
「は?」
今度は声に出た。
「世界の、塊…?」
「先代も意味が分からなくて追求したそうだが、それ以外の表現の仕様がないそうだ。
感覚的なもので、何か他に似たものがないか問うたら、辛うじて北欧神話にある樹が近しいと言うから、彼女が分かる言語で刀身に名を刻んでやったという」
「はぁ…」
「女がこの時代に流れ着いたばかりで、矢代と出会う前の話だ。
70年前に時の神が途絶え、ここより先に時渡りをしても自分が留まる方法がないと思い、この時代を最期の地にすることにしたらしい。時渡りをするには、行った先にも時の神が必要だそうだ」
何の話?
一つ一つの言葉は理解したが、登場人物と話が合致しなかった。自分はその刀を一度も見ていないから想像するしかないが、RPGの特殊アイテムがうちの蔵にあったらしい。
話が真実だと仮定しても、どこから深堀りしていくべきか。固まった三人の中で、梓月はさきほどの紙の中身を思い出した。
「すみません。あの紙は…」
「刀の最後の持ち主から、ともに保管するようにと伝わっている。中の髪についての詳細は知らない」
「持ち主は…」
男は首を静かに横に振った。
「雪村家の当主だ。しかし、その御方も亡くなられたのは100年以上前の話。故に、こうして箱ごと倉庫に眠ったままになっている」
「今、雪村家の方は…」
「その御方を最後に雪村姓は途絶えた。その時分の風間の当主が金髪だったと伝わっており、その方の髪ではないかと私は推察している」
100年以上も前の人毛。
明治…いや、その頃は大正か?
雪村家の当主はその時代に生きていた人だろう。金髪の誰かの髪を大事にしてほしいと後世に遺した。それは丁寧に束ねられ、大切に保管されていた。
それは何か意味のある物なのだと
遠い過去からやってきたという祖母と刀。その刀とともに、こつぜんと消えてしまった妹。
時渡りをする血筋
ぞわりとした感覚が背筋を上がる。自分達の身体に未知の何かが隠されていた。
弥月は どこへ行った?
「風間さん、この髪が、妹…弥月の物である可能性はありますか?」
俺は慎重に言葉を選んで訊ねる。
男の話を理解できている自信はなかったが、何よりも先にそれを聞かなければならないと思った。この疑問を先延ばしにできなかった。
未来に託された遺物
それはまるで弥月の遺髪のようだったから
CONTINUED
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