姓は「矢代」で固定
第10話 その先へ
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
寺の総門から本堂裏まで、それぞれが配置に着いた頃に、斎藤さんの声が境内の静けさを割った。
「探せ! 屋根裏から床下まで見逃すな!!」
事前に建物・棟の数は把握している。ただ、華厳寺は西国三十三カ所に含まれるかなり大きな寺で、この人数でも正直なところ目も手も足りない。担当ごとに散り散りになって、裏から逃げられることのないようにと注意を払う。
そして巡礼に来ている一般人などお構いなしに、開かない戸は蹴破り、坊主が怪しげな動きをしたら刀を向ける。
そこまで来てようやく、不穏な音と声に慌てて出てきた住職と斎藤が対面した。
「我ら京都守護職お預かり、新選組と申す! こちらに下手人が匿われていると聞いたため、これより境内検めさせていただく。今この場から何人たりとも動くことは許さぬ!」
「なっ、何を…!」
ここまで来て、手ぶらで帰れるか!!
そう思いながら、弥月は本堂周囲をぐるりと走って見回る。
私たちが雨で美濃街道で足止めをくらっている間に、予想外なことに、魁さんは三番組と垂井宿で合流し、東の加納宿へと移動していた。
名古屋で男らが金策をしているかもしれないという私からの報せで、土方さんはすぐに応援を出発させてくれたらしい。超太っ腹だった。
「羽織!隊服ありました!」
「馬鹿なの!?」
遠くの隊士の声を聞いて、本堂の脇から思わずツッコむ。正面の総門から本堂まで、まっすぐな石段を駆けあがってくる隊士の手には、浅葱の羽織が一枚握られていた。
とっくに山の中にでも棄ててきていると思ったのに、ここまで手放さずに持ってきたとは。確かに、質に入れたらあんなに良い値段になるとは私も驚いたけれど。
「中と周囲に人はいませんでした!」
「前後の堂も無人です! すぐ裏の山に踏み入った形跡は見当たりません」
「矢代、西!黒いの行った!」
「りょ!」
本堂の屋根上にいた川島の声を聞いて走り出す。山に入られたら面倒だ。
そこらに落ちている石を投げて牽制し、体当たりで押し倒して、男の目の前に苦無を突き立てる。
「別人!」
「じゃあ、なんですかこの人は」
「普通に悪い人とか?」
「逃がしに行くつもりだったのでは?」
数名が集まってきて、男は逃亡を諦めたらしい。腕を引き上げられて痛みを訴えながらも、大人しく私の縄に締めあげられる。
「男、名前は」
「…」
斎藤の質問に男は口を閉ざした。斎藤は自分と弥月に任せて問題ないと言って、他の隊士に再度捜索を命じる。
弥月は縄を括り終わって、手をはたきながらにっこりと笑う。
「新選組の悪名ご存じありませんか? 当たり前に拷問してうっかり殺しかねませんから、死ぬほど悪いことはしてないなら、早いことお名前くらい言った方が良いですよ」
「…池田、五左衛門」
「池田。なぜ逃げた」
「…」
「俺たちは植田という男を追っている。知っていてのことか?」
「…」
埒が明かないと弥月が肩を竦めると、斎藤は男を引っ張って本堂の方へと戻る。
「住職、この男は知り合いか」
青い顔で住職が首を横にふるのを見て、弥月は禿げって頭皮も青くなるんだと感心した。
慶応元年八月二日
「終わり! 解散ンッ!」
弥月は高く伸びをする。
華厳寺を検めてから数日。結局、目的の男は見つからなかった。加納宿あたりでもう一人関係者を捕まえてはいたが、どちらも金をもらって動いていて、その先の行方に心当たりはないようだった。
ただ、逃亡に手を貸した男らが平藩の所属だったため、そちらにも責任を追及することになり、三番組は今から平藩の陣屋に出向く。
勿論、次にどこまで追うかという話になったのだが、この華厳寺にいるという情報と、三番組の応援でどうにもできなければ終了して良いそうだ。そのため「次が無い」と取り調べ中も色々あったが、これで自分の仕事は片がついた。
魁さんは実家へ寄り、川島は情報筋の博徒の親分へと礼をしに行き、私と烝さんはこれから早々に帰路に着く。
「最後に来て、最初に帰るって、なんか申し訳ないですね」
「岐阜へはそうだが、弥月君と島田君は一番最初に屯所を出ていたのだから、誰もそうは思わない」
烝さんの真面目な答えに「ん」と笑って返事をした。
「土産買って帰っていいですか? それか烝さんが真面目に帰るなら、屯所に着くまでに走って追いつきます」
「…島田君がゆっくりと戻るんだ。君のそれを咎めることはできない」
「確かに~」
加納宿は岐阜城下にあり、比較的大きな宿場町だった。
「名物ってなんでしょう? 魁さんに訊いとくべきでした」
「確か、紙と鮎…鮎はちょうど産卵の時季だな。長良川は鵜飼で有名だったはずだ」
「ウッ…よだれが…子持ち鮎の塩焼き…」
近代と違って、輸送ができないから、京ではなかなか美味しい魚を食べることができない。生鮮食品を持って帰ることはできないし、是非食べて帰ろう。
鮎鮨街道なるものが在るだなんて話をしながら商家が並ぶ通りにくると、紙屋がいくつか軒を連ねていた。
何の気なしに通りすぎようとしたのだが、白色の中の桃色の紙が目に留まる。現代で見るような印刷された派手な柄のものは無いが、自然な淡い色合いの和紙。
「…綺麗な色紙なら千鶴ちゃんが喜びそう」
こういう紙に手紙を書いたら喜ばれそうだ。少量であれば持って帰るにも嵩張らない。
「俺は少し他の店を見たい」
「はーい。じゃあ四半時後でその辺に集合で!」
この遠征の成果自体は芳しくなかったが、仕事終わりのおかげか、烝さんが甘い。
これは今日中にまた風呂に入って、黒染めもせずに屯所まで数日過ごせそうだと、弥月はニヤリと笑った。
***
無事、烝さんの説得に成功し、金髪は笠の中に隠して、四日の行程で屯所まで歩くことになった。二日に一回髪を洗えるなら、これ以上有難いことはない。
…っていうか、切ろうかな
気づいてしまった。長くて扱うのが大変なら、切ればいいのだ。
髪も爪も伸びないことに気づいてから、自分が不気味で……ひと思いに切ったが最後、行く先は禿げ一択も困ると思っていたのだけれど。
ベリーショートにすれば、鬘(かつら)で女髪もどうにかなるし、染めるのも楽だし。もう良くない?
伸びなくても禿げはしないことが、この二年で実証されている。
決めてしまえば、自分が何にそんなに拘っていたのかと、憑き物が落ちたようだった。
宿の下女に大きめのハサミはないかと声をかけると、裁ちばさみを貸してもらえた。
自分で切るのは初めてだな…
家では前髪ですら親や美容師の兄に切ってもらっていた。
弥月は勝手がわからず、鏡の前に座ってしばらく考える。後ろの毛を切るときは、たしか上の毛は持ち上げて、下から切っていたはず。上半分をくくって、耳の前の横の毛を持ち上げながら、完成図の予想をたてる。
まあ、初めてだから失敗するかもしれないけれど、髪がザンバラになったって死にはしない。
文明開化の音させて行こうじゃないの
ハサミを開いた瞬間、スッと障子が開いた。
ジャキッ
「あ、おかえりなさーい」
「ただい………待て! 何をしてる!!?」
鏡越しに目が合った。烝さんは湯屋帰りで、小ざっぱりしていた。
弥月は顎の高さより短くなった横の毛を、鏡で見降ろしながら返事をした。
「髪の毛、切ったら洗うの楽だなって気づいて」
「ちょっと待て」
やや強引にハサミを取り上げられた。
「なんですか?」
「…尼にでもなるつもりか?」
「禿げじゃないですよ。烝さんのそこよりは長くするつもりです」
そこと指をさしたのは、彼の頭の上の方。下の方は私より長いのだから面白い髪型だなぁと思っていた。
「…いくら男装しているからって、髪まで切る必要はないだろう」
「むしろ逆? 男装関係なく墨塗ること多いですし、女装したいならかつら被ればいいんだから、その方が楽だなって思って」
「全く逆じゃないじゃないか。そんな理由なら止めてくれ。俺は…俺達はどんな顔をして君を見ればいいんだ…」
「…どんな?」
普通に見ていただいて
そう言おうと思ったが、反対の手に握っていた既に切れた髪を見て、烝さんは一層悲痛な表情をした。
「…もしかして、髪は女の命だったりします?」
「そうだろう?」
「じゃあ俺達っていうのは、烝さんと山南さんと、近藤さんとって話ですか?」
「…そうだ」
「みんな髪の短い女を見ると、超居たたまれなくなるってことですか?」
「あぁ、そういう罪人の刑もあるほどだ」
「…なるほど、そういう感じか」
手の中にある細い一束の髪の毛。五十本くらいだろうか。ひとまずそれをポイとごみ箱の中に捨てる。
そうしてようやく烝さんも髪に対する価値観が、私と違うことに気づいたらしい。悲痛と言うより、不満げな表情になっていった。
「じゃあ、保留で。もっと上に許可とります」
「許可は絶対にしない」
「私の髪なのに」
負けじと私も不満げな顔をしたが、烝さんは首を横に振っただけだった。
***
寺の総門から本堂裏まで、それぞれが配置に着いた頃に、斎藤さんの声が境内の静けさを割った。
「探せ! 屋根裏から床下まで見逃すな!!」
事前に建物・棟の数は把握している。ただ、華厳寺は西国三十三カ所に含まれるかなり大きな寺で、この人数でも正直なところ目も手も足りない。担当ごとに散り散りになって、裏から逃げられることのないようにと注意を払う。
そして巡礼に来ている一般人などお構いなしに、開かない戸は蹴破り、坊主が怪しげな動きをしたら刀を向ける。
そこまで来てようやく、不穏な音と声に慌てて出てきた住職と斎藤が対面した。
「我ら京都守護職お預かり、新選組と申す! こちらに下手人が匿われていると聞いたため、これより境内検めさせていただく。今この場から何人たりとも動くことは許さぬ!」
「なっ、何を…!」
ここまで来て、手ぶらで帰れるか!!
そう思いながら、弥月は本堂周囲をぐるりと走って見回る。
私たちが雨で美濃街道で足止めをくらっている間に、予想外なことに、魁さんは三番組と垂井宿で合流し、東の加納宿へと移動していた。
名古屋で男らが金策をしているかもしれないという私からの報せで、土方さんはすぐに応援を出発させてくれたらしい。超太っ腹だった。
「羽織!隊服ありました!」
「馬鹿なの!?」
遠くの隊士の声を聞いて、本堂の脇から思わずツッコむ。正面の総門から本堂まで、まっすぐな石段を駆けあがってくる隊士の手には、浅葱の羽織が一枚握られていた。
とっくに山の中にでも棄ててきていると思ったのに、ここまで手放さずに持ってきたとは。確かに、質に入れたらあんなに良い値段になるとは私も驚いたけれど。
「中と周囲に人はいませんでした!」
「前後の堂も無人です! すぐ裏の山に踏み入った形跡は見当たりません」
「矢代、西!黒いの行った!」
「りょ!」
本堂の屋根上にいた川島の声を聞いて走り出す。山に入られたら面倒だ。
そこらに落ちている石を投げて牽制し、体当たりで押し倒して、男の目の前に苦無を突き立てる。
「別人!」
「じゃあ、なんですかこの人は」
「普通に悪い人とか?」
「逃がしに行くつもりだったのでは?」
数名が集まってきて、男は逃亡を諦めたらしい。腕を引き上げられて痛みを訴えながらも、大人しく私の縄に締めあげられる。
「男、名前は」
「…」
斎藤の質問に男は口を閉ざした。斎藤は自分と弥月に任せて問題ないと言って、他の隊士に再度捜索を命じる。
弥月は縄を括り終わって、手をはたきながらにっこりと笑う。
「新選組の悪名ご存じありませんか? 当たり前に拷問してうっかり殺しかねませんから、死ぬほど悪いことはしてないなら、早いことお名前くらい言った方が良いですよ」
「…池田、五左衛門」
「池田。なぜ逃げた」
「…」
「俺たちは植田という男を追っている。知っていてのことか?」
「…」
埒が明かないと弥月が肩を竦めると、斎藤は男を引っ張って本堂の方へと戻る。
「住職、この男は知り合いか」
青い顔で住職が首を横にふるのを見て、弥月は禿げって頭皮も青くなるんだと感心した。
慶応元年八月二日
「終わり! 解散ンッ!」
弥月は高く伸びをする。
華厳寺を検めてから数日。結局、目的の男は見つからなかった。加納宿あたりでもう一人関係者を捕まえてはいたが、どちらも金をもらって動いていて、その先の行方に心当たりはないようだった。
ただ、逃亡に手を貸した男らが平藩の所属だったため、そちらにも責任を追及することになり、三番組は今から平藩の陣屋に出向く。
勿論、次にどこまで追うかという話になったのだが、この華厳寺にいるという情報と、三番組の応援でどうにもできなければ終了して良いそうだ。そのため「次が無い」と取り調べ中も色々あったが、これで自分の仕事は片がついた。
魁さんは実家へ寄り、川島は情報筋の博徒の親分へと礼をしに行き、私と烝さんはこれから早々に帰路に着く。
「最後に来て、最初に帰るって、なんか申し訳ないですね」
「岐阜へはそうだが、弥月君と島田君は一番最初に屯所を出ていたのだから、誰もそうは思わない」
烝さんの真面目な答えに「ん」と笑って返事をした。
「土産買って帰っていいですか? それか烝さんが真面目に帰るなら、屯所に着くまでに走って追いつきます」
「…島田君がゆっくりと戻るんだ。君のそれを咎めることはできない」
「確かに~」
加納宿は岐阜城下にあり、比較的大きな宿場町だった。
「名物ってなんでしょう? 魁さんに訊いとくべきでした」
「確か、紙と鮎…鮎はちょうど産卵の時季だな。長良川は鵜飼で有名だったはずだ」
「ウッ…よだれが…子持ち鮎の塩焼き…」
近代と違って、輸送ができないから、京ではなかなか美味しい魚を食べることができない。生鮮食品を持って帰ることはできないし、是非食べて帰ろう。
鮎鮨街道なるものが在るだなんて話をしながら商家が並ぶ通りにくると、紙屋がいくつか軒を連ねていた。
何の気なしに通りすぎようとしたのだが、白色の中の桃色の紙が目に留まる。現代で見るような印刷された派手な柄のものは無いが、自然な淡い色合いの和紙。
「…綺麗な色紙なら千鶴ちゃんが喜びそう」
こういう紙に手紙を書いたら喜ばれそうだ。少量であれば持って帰るにも嵩張らない。
「俺は少し他の店を見たい」
「はーい。じゃあ四半時後でその辺に集合で!」
この遠征の成果自体は芳しくなかったが、仕事終わりのおかげか、烝さんが甘い。
これは今日中にまた風呂に入って、黒染めもせずに屯所まで数日過ごせそうだと、弥月はニヤリと笑った。
***
無事、烝さんの説得に成功し、金髪は笠の中に隠して、四日の行程で屯所まで歩くことになった。二日に一回髪を洗えるなら、これ以上有難いことはない。
…っていうか、切ろうかな
気づいてしまった。長くて扱うのが大変なら、切ればいいのだ。
髪も爪も伸びないことに気づいてから、自分が不気味で……ひと思いに切ったが最後、行く先は禿げ一択も困ると思っていたのだけれど。
ベリーショートにすれば、鬘(かつら)で女髪もどうにかなるし、染めるのも楽だし。もう良くない?
伸びなくても禿げはしないことが、この二年で実証されている。
決めてしまえば、自分が何にそんなに拘っていたのかと、憑き物が落ちたようだった。
宿の下女に大きめのハサミはないかと声をかけると、裁ちばさみを貸してもらえた。
自分で切るのは初めてだな…
家では前髪ですら親や美容師の兄に切ってもらっていた。
弥月は勝手がわからず、鏡の前に座ってしばらく考える。後ろの毛を切るときは、たしか上の毛は持ち上げて、下から切っていたはず。上半分をくくって、耳の前の横の毛を持ち上げながら、完成図の予想をたてる。
まあ、初めてだから失敗するかもしれないけれど、髪がザンバラになったって死にはしない。
文明開化の音させて行こうじゃないの
ハサミを開いた瞬間、スッと障子が開いた。
ジャキッ
「あ、おかえりなさーい」
「ただい………待て! 何をしてる!!?」
鏡越しに目が合った。烝さんは湯屋帰りで、小ざっぱりしていた。
弥月は顎の高さより短くなった横の毛を、鏡で見降ろしながら返事をした。
「髪の毛、切ったら洗うの楽だなって気づいて」
「ちょっと待て」
やや強引にハサミを取り上げられた。
「なんですか?」
「…尼にでもなるつもりか?」
「禿げじゃないですよ。烝さんのそこよりは長くするつもりです」
そこと指をさしたのは、彼の頭の上の方。下の方は私より長いのだから面白い髪型だなぁと思っていた。
「…いくら男装しているからって、髪まで切る必要はないだろう」
「むしろ逆? 男装関係なく墨塗ること多いですし、女装したいならかつら被ればいいんだから、その方が楽だなって思って」
「全く逆じゃないじゃないか。そんな理由なら止めてくれ。俺は…俺達はどんな顔をして君を見ればいいんだ…」
「…どんな?」
普通に見ていただいて
そう言おうと思ったが、反対の手に握っていた既に切れた髪を見て、烝さんは一層悲痛な表情をした。
「…もしかして、髪は女の命だったりします?」
「そうだろう?」
「じゃあ俺達っていうのは、烝さんと山南さんと、近藤さんとって話ですか?」
「…そうだ」
「みんな髪の短い女を見ると、超居たたまれなくなるってことですか?」
「あぁ、そういう罪人の刑もあるほどだ」
「…なるほど、そういう感じか」
手の中にある細い一束の髪の毛。五十本くらいだろうか。ひとまずそれをポイとごみ箱の中に捨てる。
そうしてようやく烝さんも髪に対する価値観が、私と違うことに気づいたらしい。悲痛と言うより、不満げな表情になっていった。
「じゃあ、保留で。もっと上に許可とります」
「許可は絶対にしない」
「私の髪なのに」
負けじと私も不満げな顔をしたが、烝さんは首を横に振っただけだった。
***