姓は「矢代」で固定
第10話 その先へ
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慶応元年七月十八日
数日ぶりに町奉行所に行くと、相変わらず忙しく人が動いていた。私たちの訪問に気付いた内与力が「急ぎでなければちょっと待ってて下さい」と言うので、大人しく待っていたのだが、その男は一回離席した後いつまでも戻って来ず。
弥月がいくらなんでも…と思い始めたころに、烝が奥へ向かって「お頼み申す」と声を掛けると、部屋の隅で紙の束と難しい顔で向き合っていた年嵩の男が腰を上げた。
「どういったことで?」
「京都守護職御預かり、新選組の山崎烝と云う。先日依頼した件について伺いたく存じる」
明らかに空気が変わり、ジロリと睨まれた。
…?
役人に愛想がないのは至って普通だが、敵意があまりに高い。後ろの役人もちらりと視線だけを向けて、不愉快そうな顔をした。
「はあ! 言うとったのは何でしたかな?」
「…二人ないし三人組の浪士を探している。先日、その者の特徴についても申し伝えたのだが」
「こちらは何もありませんなあ。私達も忙しいから、自分らで片づけてもろうた方が早いと思います!」
バンッと意味もなく叩きつけられる帳面。
私たちが眉を顰めたのにも構わずに、役人は片肘をついて紙をまくっていく。
詰所にいるのは武家の方だから、多少横柄なのは仕方ないにしても、これは…
「我々に何が言いたいことでも?」
訊いた。すごい
この空気の中を突っ込んでいける烝さんはかなり精神力が強い。そもそも彼の言葉遣いから、無下に扱われないため意図してのものだろう。それなりに上役っぽい役人に相対してもその姿勢を崩さずにいれるのは、年の功というものだろうか。
…とか言ったら、年寄扱いされたって落ち込みそう…
弥月は滅多にない彼の貫禄ある姿に、黙って感心した。
「困るんですわ。街で勝手されると!」
「? 先日依頼したときは、そのような事仰らなかったでしょう」
「聞いとりませんなぁ! うちの町人に無体を強いて、果ては私達にも御公儀だと脅して来られるだなんて」
「…なんのお話でしょうか」
「ハッ!自覚がないときた。さすがは天下の新選組! お覚悟が違いますなぁ!」
「…」
あまりの非礼に烝の癇にも障るが、相手の方が上の立場だ。状況的にも分が悪い。弥月か小声で「一旦、引きましょう」と耳打ちすると、彼も「そうだな」と頷いた。
当たり障りない程度に礼を言って、奉行所から少し離れたところで二人で腕を組む。
「忙しくて虫の居所が悪いにしては、かなり攻撃的だったな…」
「最初に来た時、こんな感じでしたっけ?」
「いや…」
「名乗った途端だったような気がしません? あの年配の人、こっち来てくれた時は普通でしたもん」
「そうだな。何か新選組に怨恨があるような様子だった」
私たち…新選組が町人に無体を強いて、役人にも御公儀と脅した?
その話、どこかで…
「芹沢さん、生き返りました?」
「…」
「笑うところです」
微妙な顔した理由は分かるが、真剣に受け止めないでほしい。
「しかし、可能性があるな」
「え、芹沢さん?」
「違う。逃げた三人が新選組と名乗って、何かしている可能性だ」
「ですよね。じゃあもう一回訊いてきましょう」
弥月がクルンと踵を返したので、烝もそれに続く。烝は自分より前を歩く彼女の背をじっと見る。
鋼の意気地だな
俺が前に出なくても、弥月君は躊躇いもなくあの空間に返って、あっけらかんと「その人達どこですか?」と問うのだろう。
空気を読めないわけではない。ただ、正当性を押し通す意思が恐ろしく強いのだ。怒鳴り合うでもなく、しかし当然のように男の役人にも一歩も引かない、こんな女性は他に知らない……尊敬する。
「すごいな」
「何がです?」
思わず溢れた感想を拾われて、烝は笑って誤魔化す。
「そういえば、金策してた場合って、処分はどうなるんですか?」
局中法度 勝手ニ金策致不可
「どうなるんだろうな…」
「急に投げやりですね」
「流石に…二重で法度破りは救いようがない」
「ですね」
「しかも、奉行所まで噛んでしまっているのが痛いところだ」
弥月は「あー…」と返事をする。
新選組を騙った奴らが見ず知らずの悪人なら、捕まえてそのまま奉行所に引き渡せば良いのだけれど。本当に隊士達で、彼らを連れ帰るつもりで動くなら、奉行所にどう謝ったものか考えておいた方が良いだろう。
そうして奉行所の前で立ち止まっていると、さっき私たちを放置した内与力と再会した。
「あっ! お待たせしてすみません!!」
「いいえ。他の人に対応してもらったので大丈夫です。ただ、今から別件でもう一度伺おうかと思ってはいるんです」
「それは申し訳なかった! どのような御用向きですか?」
「私達、京都守護職お預かりの新選組の者なんですけど。さっき対応してもらった与力の方が妙な話をしていたので、それについてお話聞か」
「おみゃあら、新選組か!」
「なんじゃと!? 新選組じゃと!?」
「は?」
弥月は急に後ろからした声に驚き、肩をぐっと掴まれて振り返る。
「どなたですか?」
「よくここに顔が出せたもんだ! 牢人集団が!」
「こっちが会津の顔を立てて引いてやらぁ付け上がりやがって!」
「は…? なにが!?」
「止めろ!」
烝さんが男の手を放そう掴んで、私たちの間に入ろうとする。私達は若い男二人に喧嘩を売られ、気付けば私は胸倉を掴まれていた。
「あんたら何?!」
「何じゃねぇ!」
「誰か知らないから訊いてるんでしょうが!」
新選組が悪名高いのは言わずと知れたこと。どこで恨みを買ってるかなんて聞かなきゃ分からない。
そうとはいえ、奉行所の前で喧嘩をふっかけるなんてどういう了見かと思ったが、気付けばさっきの内与力がいない。おい、どこいった。
「お前らに斬られた同心の仲間だよ!」
は?
「ここの奉行所の方ですか?」
「決まってんだろ!白々しい!」
弥月は襟元を掴まれたまま呆ける。訳が分からないにも程があった。
「与力が俺達になんの用だ! 無礼にもほどがある!」
「笑わせる!ただの牢人が!」
ツバ飛ばさないで欲しい
「この手を放せ!」
「てめぇが先に放しやがれ!!」
私を掴む男の腕を掴み、もう一人には掴まれている烝さんがガチギレしている。無抵抗になった私の代わりに、二人分の怒声を受け止めていた。
理詰めなら兎も角、怒鳴り合い殴り合う喧嘩は、私は気持ち的にはあまり得意じゃない。
「あんたら、尾張藩士を舐めとりゃあすか?」
緊張が走った一瞬の間、そう言って奉行所の中から現れたのは、先程の年嵩の男性だった。どこかへ消えた内与力を伴っていて、どうやら彼が呼んできたらしい。
「…この状況が貴殿も承知のことなら、少し話をしたい。先ほどから貴殿方の言うことに、我々は心当たりがない」
「華々しい活躍は手柄として、裏での悪漢は有名無実ということですか。あまりに都合が宜しい」
「そうではない。今、名古屋にいる新選組隊士は我々二人だけだ。だから我々が貴殿方に非礼をしたというなら詫びよう。しかし、それ以外の事は本当に心当たりがない」
「浅葱の羽織をこれ見よがしに着ていてすら、昨日の強盗とは関係がないと?」
「強盗…?」
ようやくその上役の藩士は「放してやれ」と部下へ手を払う。
「昨日、商家への押し入りがありましてな。通報を受けて若いのを走らせたんですが、『朝命に逆らうのか』と恫喝されたんですわ」
「それが新選組と…」
「浅葱の羽織を着た二人組で、抜き身をもっていらしてな。こちらが配慮して刀を抜かないことを『腰抜け』とまで言われたと。与力が仕方なく鯉口を握ったところで、そちらから斬りかかってきたと」
まずいな
正真正銘の強盗だ。見ず知らずの悪人という路線も捨てきれないが、その二人組は十中八九、私たちの追いかけている隊士だろう。追われる身で自ら名乗るなんてどういうつもりか。
脱走してから半月経って、難を逃れたとでも思って……思ってそうだな
「…申し訳ない。その羽織を仮に本物とするなら、恐らく、詰腹をさせるために我々が追いかけている者でしょう」
!!
「詰腹?」
「ええ。新選組は士道不覚悟による脱退を許しません。その者らは半月程前に仲間が強姦の責を取り切腹と相成った事に、恐れを為して組を逃げだした者達です。路銀に困りそのような強行に出たのでしょう」
「つまり元々それをあんたらは追いかけていて、商家への強盗と自分らは関係がないと」
「左様です。組へ連れ帰り、腹を切らせるために我々はこちらに赴いています」
烝さんは予定外の事を言い切った。
二重に法度破りをした隊士達の処分としても、尾張藩士と事を穏便に収める対処としても、それが一番可能性が高いとは思う。けれど、なにせまだ指示は捕縛のままだ。真っ先に指示を仰ぐ性格の烝さんがそうするほどに、急速な対応が必要と判断したのだろう。
土方さんに先に指示をもらいたいけど、伊東さんとの合流に間に合うかどうか…
最悪の場合、伊東参謀が来て詰腹なんかさせないと言って、本人らに謝らせるだけだ。
私たちにとっては組の参謀といえど、彼らにとってはただの浪人でしかない。捕まえたことで、今現在の尾張藩士の怒りは波が引いているかもしれないが、少なからず禍根を残すだろう。
こういうの大法螺って言うんじゃないの?
何かうまく事を運ぶ算段があって、烝さんが話し出したとは思えない。今日、明日には到着するであろう、伊東参謀とどう話をつけるか。
二人の交渉というか話し合いが進み、同心や与力らが強盗として捕まえてよいか、それとも奉行所と協力して捕まえるかどうかまで、打ち合わせが進もうとしている。
いや…先に捕まえて言い切っておけば、こっちのものか…!
諸子調役兼監察方として判断してよい範囲を超えてはいるが、できない組立てではないと理解して、弥月は一歩下がる。
「おい!どこ行く!」
「…山崎組長、ここをお任せして、街道を捜索している他の者と、屯所に飛脚を出してきても宜しいでしょうか」
同心に再び肩を握られたが、弥月はまっすぐ烝へ視線を送る。
烝は年番方だという男に「私が残る。宜しいかな」と断って、彼女を飛脚問屋へ送りだした。
***
「午前中の便に乗せれたので、早ければ明日には着きそうな感じでした」
弥月の報告に伊東は「分かりました」と返す。
京都から名古屋まで一、二日で着くらしい。超早い。
「あなた方は奉行所と連携して、隊士ではなく、下手人として彼らを捕まえるつもりということですね?」
「そうです」
「あなた方が副長から命じられているのは、説得して連れ帰れということではなかったかしら?」
「そうです。なので、生かして連れ帰ります」
「…でしたら下手人として扱うのは、命令違反ではないかしら?」
「出発時とは状況が変わりましたので、隊士として丁重に扱う必要はないと判断致しました」
「そうですよ、伊東さん。当初の予定通り、私たちは捕まえるだけで説得もしませんし、切腹させるかどうかは私達の管轄外なんですよ」
もう嫌だ、この空間!
宮宿の合流場所は本陣脇と示し合わせていたので、昼過ぎに確認に行けば、丁度伊東さんは到着したところだった。奉行所から烝さんを呼んで来て、旅装も解かぬうちに経緯を説明して今に至る。
「管轄外と仰るなら、奉行所との申し合わせも私の判断を待っても宜しかったのではないかしら?」
ひぃえええぇぇ…
やはり伊東参謀としては、独断が気に入らなかったらしい。相変わらず穏やかな口調ではあるが、監察方の組長として彼が詰問されている。私の助け舟を寄せ付け無い。
「弥月さんとしても、賛成というところだったのかしら?」
「…組長の指示に従います」
「あら、信頼されているようで羨ましいですわね」
怖ッ、ちびるって…
土方さんの説教と方向性が全く違う。その矛先が今まで自分に向かってなかったから、平気だったのだと知った。誰だ、腰が低くて尊敬できるとか言ってたの。
「ハァ…仕方ありませんわね。どちらにせよ連れ帰ることには変わりがないのですし、ひとまず手がかりがあった事を良しとしましょう」
奉行所の役人に手傷を負わせたため、そちらの顔を立てることを優先することに重きをおいて、不本意ながらも自分達の始末を収めてくれるらしい。
「あなた方もこちらに宿を移し替えては?」
「あ、私達は今から出てきます」
弥月は小さく挙手して、烝と頷きあった。
そこそこに金回りのよくなった男達が、気が大きくなってすることといえば、女か酒か博打だ。昨晩、今晩と、派手に遊んでいる人がいないか探しに出かける。
決して、同じ部屋での寝起きを避けようというわけではない…と思う。
「それから、我々は件の商家のあった名古屋城下の方に拠点を映そうと思います。参謀達は夜はあまり心配されず、ゆっくりとお休みください」
同じ部屋を避けてる人がいた
伊東さんの視線が痛い。「仲の宜しいようで」とニコリとしていたけれど、瞳の奥が全く笑っていなかった。
***